第六話:初めての朝
若干次回予告詐欺してしまいました。すいません・・。サトリのせいで仕事にまでいけなかったようです。
・・・重い。なぜか先ほどから足元に妙な重みを感じる。ああもう気になる!なんだよ人が気持ちよく寝ている時に邪魔しやがって!
私は、睡眠中感じた重みに耐えきれず、ベッドの上で目を開いた。
―すると、そこにはパジャマ姿の薄緑色の髪の少女が、私の上にまたがっていた。
「うわあ!?だだだ、誰!?てかここどこ!?」
慌てて飛び起きた私の目に飛び込んできたのは、見慣れぬ天井と壁だった。しかし、寝起きの頭も少しすっきりしてきたところで、ようやく今自分がどこにいるのかを思い出した。
「そっか・・私、あのBARで働くことになったんだっけ。」
昨日、私はこの店に依頼人として訪れてきた。しかし、何を間違えたかいつの間にかこの店で働くことになってしまったのだ。まあ、依頼自体はしっかりやってくれるようだし、今更文句を言うつもりもないのだが・・。
そして、この店で働くことが決まった後、「今宵はもう遅い。儂がお主の部屋まで案内してやろう。」という”ご隠居”の言葉に従い、この部屋にやってきた後すぐに寝てしまったのだ。昨日までの出来事を完全に思い出した私は、ここであることを忘れていることに気が付いた。
「あ、そういえばさっきの女の子は・・って、ぎゃー!?」
起きてすぐ私が目にした少女を探そうと振り返った瞬間、目の前にその少女が立っていた。しかし全くそこにいる気配がしなかったので、つい悲鳴を上げてしまった。
「あれ?君、よく見ると・・あの時店の奥で眠っていた女の子?」
先ほどぱっと見たときは分からなかったが、その少女は確かに昨日依頼に来た際に店の奥で目にした少女だった。そのことに気が付いた私が少女に話しかけると、少女はその薄桃色の唇をゆっくりと開いた。
『「お前は、一体何だ?」サトリは不思議そうに首を傾げてそう言った。』
えっと・・なんか動作まで自分で言ってくれるのはありがたいんですけど、全く表情変わってないし首傾げてもいないんだけれど・・・
「えっと、私は、鏡夜叶って言います。今日からこの店で働くことになったの。よろしく・・でいいんだよね?」
いろいろ気になることはあったが、私はとりあえず無難にそんな挨拶をしてみた。しかし、その少女はそんな私の挨拶など無視してこちらに詰め寄ると、全く感情を感じさせない無機質な声でこんなことを言ってきた。
『「心と身体がぐちゃぐちゃだ。こんな奴は初めて視た。・・お前は、本当に何なんだ?」サトリは難しい顔でそう尋ねた。』
「え、えっと・・?」
どうしよう。この子の言っていることが全く分からない。目の前の少女にどう対応すればいいのか困惑する私の元に、ようやく救世主が現れた。
「あー!サトリ!お主こんなところにおったのか!いつもの場所におらんからどこに行ったかと探しておったのじゃぞ!」
しゃらりと着物の裾がすれる音と共に、”ご隠居”が部屋の入り口に姿を現す。その澄んだ声に、こちらをじっと見つめていたサトリがすっとその視線を外し、”ご隠居”の方を振り向いた。
『「うるさいぞロリ婆。サトリは今大いなる謎と直面しているのだ。」』
「・・その呼び方はやめろといつも言っておるじゃろうが。そいつはお主の遊び道具ではない。さっさとこの部屋を出ていかんか!」
”ご隠居”の静かな怒気を孕んだその言葉に、サトリと呼ばれた少女はすごすごと部屋を退散していく。その後ろ姿を見送った後、”ご隠居”は大きくため息をつき、こちらの方を振り返った。
「朝っぱらからあの馬鹿が迷惑かけたの。すまんな、カナウよ。」
「い、いえ!全然大丈夫です!”ご隠居”さんが謝ることはありませんよ。」
私に対しそう言って深々と頭を下げてきた”ご隠居”に、私は慌ててフォローを入れた。
「ところで・・あの子は一体誰なんですか?昨日も店にいたみたいですけど・・・。」
「あいつも、お主と同じように少し特殊な事情があってこの店に住まわせている依頼人じゃ。奴は『サトリ』と呼ばれる妖怪で、他人の心を読むことを得意としておる。・・じゃが、あいつの言うことは基本気にしなくていい。半分は奴のただの独り言じゃ。・・それと、お主は一時とはいえここに住む同居人なのじゃから、儂に対して敬語は使わんでいい。儂のことは気軽に”ご隠居”と呼んでくれ。」
なんと、なんとなく分かってはいたが、あの子も人間ではなく妖怪だったらしい。それと、少し上目遣いで敬語を使わなくてもいいなどと言う”ご隠居”が可愛すぎたので、これからは敬語を使わずに話したいと思う。
「おーい!”ご隠居”!鏡夜!早く上に上がってこい!朝食を食べたらすぐに出発するぞ!」
上の方から私たちを呼ぶ晴明の声が聞こえてきた。その声を聞いて早速上に上がろうとする”ご隠居”を、私は慌てて呼び止めた。
「ちょ、ちょっと待って!”ご隠居”、出発って一体何の話?」
そんな私の疑問を受け止めた”ご隠居”は、「ああ、そういえばまだ話しておらんかったな。」と呟くと、私の顔を見てこう言った。
「昨日お主が寝た後依頼の電話が入ったんじゃ。朝食をとり次第すぐに依頼主のところへ向かうことになっておる。もちろんそなたも一緒じゃ。」
なんと、この店は電話での依頼も受け付けていたらしい。私は、その答えに納得しつつ、”ご隠居”と一緒に朝食が置いてあるリビングへと向かいながら何気なくこんなことを聞いてみた。
「へえ・・。じゃあ、これが私の初仕事か。その依頼主がいるところってどこなの?」
「確か北海道じゃな。」
「・・・は?」
―数時間後、朝食を食べ終えた私は、生まれて初めて飛行機で北海道へと向かうことになったのだった。
次回こそ、北海道に降り立った鏡夜が、初めて依頼を受けます。