第五十七話:注文は百鬼夜行で
思いっきり次回予告詐欺をしてしまいました!すいません!
―“性同一性障害”―
私は、十歳の時にこの疾患にかかっていることを知った。それまでは、男の子が喜ぶような戦隊モノのアニメに興味を示さず、姉と人形遊びをする方が楽しかったりなどということはあったが、それは姉の影響だろうと私の両親もそして私自身もそこまで危惧していなかった。
しかし、私は十歳の時初めて恋に落ちた。そして、その相手が男だった時初めて、私は自分がどこか普通の人とは違うのだということを知った。そのことを両親に話した結果、私は病院に連れていかれ、そこで初めて自分が性同一性障害であることを知ったのだ。
性同一性障害を抱える者は、自身とは反対にある身体の性別に違和感や嫌悪感を持ち、生活上のあらゆる状況においてその性別で扱われることに精神的な苦痛を受けることが多いとされている。私も、これまでさんざん誤解され、その度に傷ついてきた。特に、私が性同一性障害であることを知った父親は、私のことを化け物でも見るような目で見つめてきた。実の親からそんな眼で見られ、それでも私が前を向いて生きることが出来たのは、こんな私を理解してくれる存在が居たからだ。
それが、他でもない私の姉、鏡夜叶とその恋人、烏丸響也だったのだ。
私の姉は、昔から私の一番の理解者であった。私がいじめられていると、すぐに助けてくれたし、私が悩んでいることがあればいつでも相談に乗ってくれた。そして、社会人になった私たちは、両親の元を離れ、一緒に暮らし始めた。いくら姉弟とはいえ、成人した男女が付き合ってもいないのに一緒に暮らすのはおかしいかもしれない。しかし、私達にとってそれは当たり前のことだった。今思えば、私達はお互いに依存しあっていたのかもしれない。私は、自分を助けてくれる一番の理解者たる姉という存在に。そして姉は、自分が守るべき対象である弟という存在に。
しかし、そんな私達の間に突如入ってきた存在がいた。それが、烏丸響也だ。響也は、姉と同じ仕事場で働いていた。そして、何かのきっかけで、姉と響也は関わりを持つようになり、二人は付き合い始めた。
私がそんな響也と初めて出会ったのは、あの轢き逃げ事件を起こす一か月前のことだった。その日、姉は私たちの住むアパートに初めて響也を連れてきた。姉から事前に私のことを聞いていたらしい響也は、男のくせに女の恰好をしている私を見ても眉一つ動かさず、ごく自然に、私のことを“女”として扱ってくれた。それは、たとえ事前に私が性同一性障害であるということを知っていたとしても、簡単にできることではない。普通の人なら、私を傷つけまいと気を付けて、かえって不自然な対応をするところを(今までは実際にそうだった)、彼はごく自然に当たり前のように私を受け入れ理解してくれたのだ。
そのことに気付いた私は、彼に一瞬で恋に落ちてしまった。思えばこの時芽生えた恋が、あの悲劇を引き起こすことになってしまったのだ。
私は、姉のことが大好きだった。そして、そんな姉と同じくらい響也のことも好きになってしまった。しかし、二人は互いへの思いを徐々に深めていき、次第に二人きりになる時間が増え、私は一人でいることが多くなった。
私は、これまで他人と関わるのが嫌で働こうとしなかったが、そんな二人に私のことを認めてもらいたい、再び私のことをかまってほしい一心で、運送会社で働き始めた。しかし、二人はそんな私の願いとは裏腹に、どんどん私から離れていった。その頃から、私の中にはどす黒い感情が渦巻き始めていた。その感情は、嫉妬か、それとも二人への執着心か。それは私にも分からない。
ただ、私に分かるのは・・私はあの日、二人を轢いてしまったという事実だけ。
そして・・私の最愛の姉は、私自身の手で死んでしまったという事実だけだ。
「う・・うわああああああああ!!!!!」
自分の正体を晴明の口から突きつけられた私は、その事実に思い当り、絶望の悲鳴を上げた。
私が・・!私が、カナウを殺した!響也を傷つけた!もうカナウに会えない?嫌だ!そんなの嫌だぁ!!
「まずい!“ヒビキ”!落ち着くのじゃ!儂の声が聞えるか!?」
“ご隠居”の慌てたような声が聞えてくるが、私の精神にはそれに応える余裕などなかった。そして、私はさらなる事実に自分で気づいてしまう。
・・そういえば、私はもう死んでいるんだ。でも、カナウではないのに、何故私は死んでいる?
その答えは、先ほど晴明の口から既に語られていた。
『犯人は、警察が居場所を突き止めた時には既に自殺していたことが分かった。』
・・なんということだ。私は、実の姉を殺しておきながら、身勝手に自殺していたのだ。しかも、死んだ後もさも私が姉であるかのように振る舞うことで、私は自分が『自殺した鏡夜響である』ということを認めないようにしていたのだ!なんて身勝手で自分勝手な行為なんだ!!!
「うわああああああああああ!!!??」
沸き上がる自責の念が、悲鳴となって口からこぼれ出る。私はなんて最悪な人間なんだ。こんな私に成仏する資格なんてない。
・・こんなどうしようもない私は、消えた方がましだ。
私がそう考え、次々溢れだす自責の念にその自我を埋まらせようとしたその時、
―パシィン!
という鋭い音と共に、私は頬に衝撃を感じ、意識を無理やり引き戻された。そして、茫然とする私の目の前には、たった今私の頬をその小さな手で平手打ちした“ご隠居”が、私を力強く睨み付けていた。“ご隠居”は、両手で私の服の裾を強く握りしめると、その澄んだ声を荒らげて私に叫んだ。
「お主は、今何をしようとした・・?お主は、自分の負の感情に身を委ね、自我を消そうとした!晴明と儂に消滅させてもらうことを望んで!お主のその行為はただの逃げじゃ!自分のした罪から逃げるだけでは、自殺した時と何も変わらん!お主は、この一年で一体何を学んできたのじゃ!」
“ご隠居”は、私に「思い出せ!」とその言葉を叩きつけた。
「思い出すのじゃ。死んだ友人のために必死に叫んだ女のことを。性別や種族を越えて愛し合ったのっぺらぼうと人間のことを。最期までその歪んだ心を捨てきれず存在すら消え去った悪鬼のことを。自分のことが大好きで欲望に忠実に生きる変態魔女のことを。人間と交わって生きることを望んだ河童のことを。人間や幽霊や妖怪の垣根を超え、彼らを橋渡しし悩みを解決してきた一人の陰陽師のことを。そして何よりも・・お主のことを最後まで信じ、再び会おうと約束してくれた、お主の大事な友のことを。」
“ご隠居”のその言葉に、私ははっと胸を打たれた。
・・そうだ。私はこの一年、多くの人や人でないモノ達と出会ってきた。その度に私は、これまでの自分の常識をことごとく塗り替えられ、多くのことを学んできた。この一年間をなかったことにすることなど、もはや私にはできない。
そして・・私を信じてくれた友を、そして今もこうして私を叱咤してくれる“ご隠居”や、私が向き合うべき真実を教えてくれた晴明を裏切ることなど・・私にはできない。
私は、自分を呑みこもうとしていた闇を、自分の力で振り切った。もう私はこの闇に呑まれたりしない。私は、逃げずに自分のこの罪を受け止めなければならない。そのための覚悟は、もうできた。
「ありがとうございます、“ご隠居”。おかげで目が覚めました。」
私は、こんな私を見放すことなく闇から救い出してくれた“ご隠居”に礼をいうと、改めて晴明に向き合った。晴明の顔には、いつの間にか満足そうな表情が浮かんでいる。その顔を正面から見据え、私は改めてあの言葉を告げた。
「・・改めて、『鏡夜響』として貴方に注文します。どうか、『鏡夜響』の霊を成仏してください。注文はもちろん・・」
―“百鬼夜行で”―
私の注文に、晴明は華麗に一礼すると、「承知しました。」とその注文を引き受けた。
そして、晴明の顔には、私が何度も見た自信気な笑みが既に浮かんでいた。
いよいよ物語も最終局面。終わりが近づいてきました。
次回タイトルはまだ未定です。今回のようなことがあるかもしれませんので・・。




