第五話:依頼人兼従業員
「まあ、そういうわけで幽霊に関してはいろいろと厄介な決まり事があり、どんな未練を残して死んだのかが分からないと成仏させるのが難しいため、”今すぐ”というのは無理なわけです。下手すると暴走して成仏させることが不可能になる事態もありえますしね。・・・では、決まりに関しての説明も終わりましたし、依頼内容は烏丸響也の霊を成仏させることで、間違いはありませんか?」
改めてそう尋ねてきた晴明に、私は無言で頷いた。さんざん説明を受けた今になって今すぐ成仏させてほしいなどと言う理由はない。
これでようやく救われる・・・。安堵して胸をなでおろしたのもつかの間、晴明が笑顔でとんでもないことを口にした。
「それでは、依頼料金として、百万円いただきますね?」
一瞬の静寂の後、
「はああああああああ!?」
私は、晴明の口から出た言葉が信じられず思わず絶叫していた。
「え、えっと・・・なんかとんでもない額が聞こえて気がしたんですけれど、もう一度依頼料金を言ってもらってもよろしいでしょうか・・・?」
先ほど聞いた額が信じられない私は、引きつった笑みを浮かべながら晴明に確認をいれる。できれば聞き間違いであってほしい。そんな私の願いは、晴明のどこか黒いものを感じさせる笑顔と共に一蹴された。
「はい、依頼料金は百万円となっています。」
いやいやいや!!
「う、嘘ですよね!嘘だと言ってくださいよ!そ、そうだ!百円、百円の間違いでしょう!?だってネットの掲示板にはコーヒー一杯と同じ値段って書いてありましたもんね!?胡散臭い情報も全て本当だったのに、ここにきてガセネタぶっこんでくるとかありえませんよね!?」
私がそう必死に訴えると、晴明は、「あ~、あの掲示板か。」と言って、私が見た掲示板の名前を口にした。
「ど、どうしてその名前を知っているんですか?」
「どうしてって・・あの掲示板の書き込み、私が書いたやつですから。もちろん、あの書き込みに嘘偽りは一切ございませんよ?」
「あの掲示板を書いたのは儂じゃろうが。お主はぱそこんは全く使えぬくせに・・・」
そんな”ご隠居”のツッコミも入ったが、問題なのはそんなことではない。
「嘘!だって、あの書き込みには依頼料はコーヒー一杯と同じって・・・」
そう言って詰め寄る私に、晴明は無言でカウンターの上にあるメニュー票を指さした。こちらを見つめるその目は、意地悪そうな光を宿している。その目になんとなく嫌な予感を感じながら指さされたとおりにメニュー票を見ると、そこには大きく手書きでこう書かれていた。
―『コーヒー一杯:料金100万円』―
「ふ、ふざけないでくださいよ!コーヒー一杯が百万円なわけないでしょうが!詐欺よ詐欺!詐欺で訴えてやるわ!」
「それは別にかまいませんが・・貴方は、どう説明して私たちを訴えるのですか?」
「そ、それは・・・?」
この店を訴えようと思ったら、当然私はこの店に来た経緯を説明しなければいけないだろう。しかし、「家にいる幽霊を成仏させてもらいに来ました」と正直に答えれば、頭のおかしい人だと思われて終わりだろう。
―私には、この店を訴えることはできない。
残念ながらその結論に至った私は、ニヤニヤとこちらを見つめる晴明を見て青筋を浮かべた。
こ、こいつ・・口調は丁寧だけれど、絶対性格悪いな!
とりあえず、私にそんな高い依頼料が払えるわけもない。折角問題が解決しそうだったのだが、どうやら諦めて他の方法を探すしかないようだ。そう思い私が椅子を立ち上がろうとする。しかし、なぜか立ち上がることができない。慌てて椅子を見ると、何やらお札のようなもので足が椅子に貼り付けられてしまっていた。
「お客さん・・残念ですが、この店に来てあの言葉を口にした時点で既に依頼は完了しています。今更依頼料が払えないからって、逃げることなんてできませんよ?」
先ほどまでの雰囲気とは打って変わって急にどす黒いオーラを放ち始めた晴明が、お札を手にしてそう言った。私は、必死で椅子から立ち上がろうともがくが、椅子は床に固定されているようにぴくりとも動かない。
うがああああああ!!!畜生ぅぅぅ!!こんな店来るんじゃなかったぁぁぁ!!!!!
激しい後悔の念に苛まれている私に、晴明はゆっくりと顔を近づけると、こんなことを口にした。
「どうしても依頼料が払えないというのなら・・・身体で払ってもらいましょうか?」
晴明のその言葉に、私はひっと息を飲み自らの身体を隠すように両腕で抱きしめた。
・・やっぱり、男は皆考えることは同じなのか!こんなきれいな顔をしてるくせに・・・最低だ!
しかし、このままの状態ではどうあがいても襲われてしまうに違いない。私は、精一杯の抵抗として、晴明の整った顔を思いっきり睨み付けてやった。
そんな至極当然のリアクションをとった私に、晴明はなぜか首を傾げるとこんなことを言った。
「君は一体何をしている・・・ああ、そうか。なるほどなるほど・・。君はそうなんだね。了解した。―お嬢さん、私が客に手を出すような畜生に見えるというなら心外だ。確かに、私は世界中の女性を愛しているし、幼女から老婆まで全ての女性が性の対象となりえるが・・」
「おい、晴明。話が脱線しておるぞ。」
さらっととんでもないことを口にした晴明を、隣に立つ”ご隠居”が呆れたような顔でたしなめる。
「ああ、すまないな、”ご隠居”。まあ、とにかくだ。私が言いたかったのは、ただこの店でアルバイトとして働いてほしいっていうことなんだよ。」
どうやら、晴明の言う『身体で払え』は、『この店で働け』ということだったらしい。・・ややこしいわ!
「期間は明日から一年間。その間、君が住む場所も提供するし、食事だって提供する。どうだい?悪い話ではないだろう?」
・・確かに、悪い話ではない。元々、響也の幽霊のせいで自分の家に帰るのは怖かったし、食事も出してくれるというなら、一年働くだけで100万円の依頼料を払わなくていいというなら正直おいしすぎる話だ。しかし・・なんだろう。見事に晴明の掌の上で転がされているように感じるのは気のせいだろうか。こちらをニヤニヤと見つめてくる晴明に、しぶしぶ頷いて承諾の意を示すと、晴明は胡散臭いほどの満面の笑みで私の手を握ってきた。
「よし!これで契約成立ってことで・・これからは、アルバイトとはいえ従業員としてバシバシこき使っていくから、よろしく頼むよ?―お嬢さん。」
―こうして、私は、依頼人からいつの間にかBARの店員になってしまいました。
・・・どうしてこうなった。
次回は、初めての仕事です。