第五十六話:『響』
昨日更新できなかったのはどうかお察しください・・。
いちいち活動報告にあげるのもどうかと思いましたので、ここで改めて謝罪申し上げます。すいませんでした。
・・とまあ、少々辛気臭くなってしまいましたが、ここで章タイトル回収です。ぜひお楽しみください。
「・・は?」
思わず私の口からそんな間抜けな声が出てしまう。晴明の言葉の意味がよく理解できなかったからだ。
―晴明は今何と言った?私が“鏡夜叶”の幽霊ではない?そんなこと・・
「“そんなことあるはずない”・・とでも言いたげな顔だな。鏡夜。まあ、俺ももしかしたらという期待はしていたが正しい答えを自分で見つけるのは酷な話だったか。いや、自分が死んだことを認識している点ではむしろ褒めるべきでもあるな。」
晴明は、私の心を読んでいるかのようにそう言った。しかし、こうなるとますます晴明が何が言いたいかが分からなくなってくる。晴明のあの口ぶりでは、私が死んでいるという認識はどうやら間違っていないようだ。だがそうなると・・間違っているのは、『私が鏡夜叶である』という認識だとなってしまうが、それはあり得ない。だって、私はこの身体で二十一年間ずっと生きてきたのだ。そして、私にはその二十一年間の“鏡夜叶”としての記憶がちゃんとある。
私が私であること・・この事実だけは否定できるものではない。
しかし、晴明は私の訝し気な目線など全く気にする気配も見せず、懐から何かを取り出した。それは、よく見ると少しくたびれた様子の新聞だった。
「この新聞には、去年の秋ごろ起こった、ある自動車事故の情報が載っている。被害者は、一組の男女。一人は重傷で済んだが、もう一人は死亡したと報道されている。」
なぜ晴明はいきなりそんな昔の事件の話を持ち出したのか。そんな私の疑問は、晴明の次の言葉ですぐ解決することになった。
「・・そして、被害者の男女の名前は、『烏丸響也』と『鏡夜叶』。死亡したのは、『鏡夜叶』の方だ。」
そう言って、こちらに意味深な視線を向ける晴明。私は、無意識のうちに晴明から目を逸らしていた。何故か冷や汗が止まらない。“ご隠居”がいる方からも視線を感じる。
私の心の中は、ひどく波立っていた。私が既に死んだ者だという事実を改めて突きつけられたからではない。私の記憶には、そんな自動車事故の記憶は存在していない。
そんな私の内心の動揺を見透かしているかのような厳しい眼で私を一瞥した後、晴明は話を続ける。
「俺は、お前が店に来て名乗った時から、お前がその“鏡夜叶”を名乗っていることが分かっていた。『幽霊は自分が死んでいるという認識はない』。その決まりを知っていたからこそ『烏丸響也の幽霊を成仏させてほしい』という無理な依頼も引き受けた。それは、お前に一年という期間を与え、真実を悟ってもらうためだ。それが、一番平和的に解決できる方法だと思ったんでな。」
どうやら、私の予想は間違ってはいなかったらしい。だとしたら、先ほどから感じるこの胸のざわめきは一体・・?
「そして、今お前は自分が死んだという事実を認識し、受け入れている。だが、お前にはもう一つ受け入れなければならない“真実”がある。」
心臓が早鐘を打つ。これ以上晴明の言葉を聞きたくない。しかし、耳を塞ごうとした私の腕を、“ご隠居”が優しく掴んで阻止した。その漆黒の瞳が、真っ直ぐこちらを射抜いてくる。思わず息を呑む私の耳に、再び晴明の声が聞えてきた。
「・・お前は、疑問に感じたことがなかったか?サトリやアリスは、なぜお前を『心と身体がバラバラ』、『自分のことが好きではないように見える』と評したのか。なぜぬいはお前のことを『イケメンちゃん』とわざわざ呼ぶのか。そして・・なぜ俺がお前のことを口説かなかったのか。」
その言葉を聞いた瞬間、私の中に電撃が走った。確かに、今晴明から言われていたことは、私もずっと気になっていたことだ。特に、なぜ女好きの晴明が私のことだけは口説かなかったのか・・前その理由を聞いた時ははぐらかされてしまった。
「・・俺は、自慢じゃないが初めて会った女性には年齢生死種族問わず誰でも口説いてきた。そのモットーを破ったことは一度もない。そして、童児を間違って口説いてしまった時にこれからはどんな状況でも男は絶対に口説かないと心に決めた。」
晴明の口から出た言葉。それが、ある真実を私に押し付ける。しかし、徐々に浮かび上がってきたその真実を、私は必死に否定しようとした。
だが、晴明の追及は終わらない。晴明は、再び懐から先ほどとは異なる日付の新聞を取り出した。
「この新聞は、今年の夏の初めのものだ。実は、さっき話した自動車事故だが、途中から故意の轢き逃げ事件ではないかという疑いが出てきて、その犯人が特定された。しかし、その犯人は、警察が居場所を突き止めた時には既に自殺していたことが分かった。それはその時のことを報道した新聞だ。そして、死体の腐敗状況からその犯人は今年の春の初めには既に死んでいたことが分かった。」
―目の前に、手を繋いで横断歩道を渡る一組のカップルの光景が不意に浮かんできた。そのカップルは、二人とも私がよく知っている顔だ。一人は私の初恋の人、烏丸響也。そしてもう一人は・・
「その犯人は、被害者の女性・・つまり“鏡夜叶”の双子の弟であることも分かった。」
―そう。もう一人は、私の姉。鏡夜叶。私は、二人のことが大好きだった。だから、二人がそうして手を繋いで歩いているのを見た時、私一人だけが仲間はずれにされたように感じた。
どうして、私がいないのに二人はそんな楽しそうに笑っているの?私は、二人に認めてもらいたくて、二人にもっと愛されたくて、こうして今も働いている。それなのに・・
気付いた時には、私はアクセルを強く踏みしめていた。
「・・その弟の名前は、“鏡夜響”。俺は、奇しくも彼の顔を知っている。」
晴明はそう言って、私の顔をゆっくりと指さした。
「『カガミヤキョウ』」。お前は、『カナウ』ではなく、鏡夜『ヒビキ』だ。」
―晴明が私にその“真実”を突き付けた瞬間、私は世界が崩壊する音を聞いた。
次回、『私の未練』です。




