表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
57/62

第五十四話:突きつけられた真実

今欲しいのは精神と時の部屋です。一日は二十四時間では短すぎる・・。

 店を出た私たちは、晴明を先頭に響也の幽霊がいるはずの私の住むアパートに向かい歩き出した。とはいえ、私の家はそこまで近くないので、途中で晴明がタクシーを呼び留め、それに乗り向かうことにした。

 助手席には晴明、後部座席には私と“ご隠居”が乗り込む。既に仕事モードに入っているのか、晴明は車内では全く口を開かなかった。ただ、おそらくタクシーの運転手が女性なら目的地にたどり着くまでずっと話しかけていただろうとは思う。というか、かくいう私もずっと沈黙を貫いていた。それは、これから臨む依頼に対する緊張感故だ。

 私は、正直怖かった。この一年で何十件もの依頼を晴明たちと解決しておきながら、いざそれが自分の番となると、その度にあの日見た響也の悲し気な顔が思い出されて思わず腕が震えてしまう。そんな私の腕に、そっと小さな掌が置かれた。顔を上げると、そこには優しげな笑みを浮かべた“ご隠居”の姿があった。その、いつ見ても色あせることのない可愛い笑みを見るうちに、次第に心が落ち着いてくるのが分かった。

・・そうだ。あの時とは違う。私には晴明や“ご隠居”という頼もしすぎる上司がいる。この二人がいてくれるなら、私は何も恐れる必要なんかない!

 私は、ぱしぱしと自分の頬を叩き、改めて気合を入れなおす。目的地は、もうすぐそこだ。


 タクシーから降りた私たちは、再び晴明を先頭に歩き出す。そして、一分も経たずに、目的地の私の住むアパートの入り口に到着した。しかし、そのままアパートに入るかと思われた晴明は、何故か立ちどまり、私に驚くべきことを告げた。

「俺と“ご隠居”はここで待つ。ここから先は鏡夜、お前一人で行くんだ。」

「・・え?」

 私は思わず間抜けな声で聞き返してしまう。

だって、え?ついてきてくれるんじゃないの?私一人で・・またあの部屋に行くの?

 先ほど振り切ったはずの不安が再び込み上げてくる。しかし、晴明には動く様子は全くなく、また“ご隠居”も晴明に反論する様子もない。つい私の口からは弱音がこぼれる。

「そんな・・。私一人じゃ無理ですよ。大体、もし響也が怨霊になっていたら晴明以外成仏させることはできないじゃないですか!」

 私がそう言っても、晴明はただ眉を上げるだけだった。

「おや?最近随分図太くなってきた鏡夜らしくないじゃないか。大丈夫だ。烏丸響也が怨霊になっている可能性は万に一つもない。成仏させるだけなら特別な力は必要ないのはお前もこの一年でよく知っているだろう?」

「確かにそうですけれど・・でも、これまでは幽霊は全て晴明が成仏させていたじゃないですか!それに、どうして響也が怨霊になっていないと言い切れるんです!?」

 これまでにはなかった展開に混乱し、私は声を荒らげて晴明に問いかける。そう、明らかに晴明のこの命令はおかしい。今までは私一人で幽霊の成仏という仕事を任されたことはなかったというのに、今日は何の理由も言わずそれを行えと言っている。しかも、私自身が依頼人でもある仕事であるにも関わらずだ。

「ちゃんと理由を言ってくれなければ納得できません!まさか、この依頼は私じゃなきゃ解決できないとでも言うのですか!?」

「ああ、その通りだ。」

 不意に真剣な表情で晴明にそう返され、私は息を呑んだ。晴明は、そんな私を見据えたまま、さらに言葉を重ねる。

「理由は今は言えない。だが・・それはお前があの部屋の中で見つけると俺は信じている。鏡夜、お前にしかあの霊は成仏させることはできないんだ。」

 そして、そんな晴明の言葉に続けるように、“ご隠居”はこう言った。

「あの部屋の中で、お主はある真実と向き合わなけらばならぬ。真実とは、時折嘘よりも残酷じゃ。じゃが、お主ならその真実を乗り越える強さを持っていると儂は信じておるぞ。」

 “ご隠居”の言葉の意味は、よく分からない。だが、何となく不吉な予感がした。しかしながら、響也の霊を成仏させることができるのは私だけだと晴明は言う。私のことを信じると“ご隠居”は言う。ならば、私はその二人の期待に応える義務があるだろう。

 私は、再び覚悟を決めた。

「・・分かりました。では、私の出したこの依頼、私の手で解決してみせます!」

 そう言って、私はアパートの入り口をくぐった。


▼▼▼▼▼


「ふう・・。」

 私は、とあるドアの前で立ち止まって息を整える。勿論、このドアは私の部屋の入り口たるドアだ。勝手知ったるこのドアを、私は思い切って一気に開けた。一瞬、

(あれ?なんで鍵かかっていないんだ?)

 そんな疑問が頭に浮かんだがすぐに振り払い部屋の奥へと進む。玄関には、やはりあの時と同じように男物の靴が置かれている。そして、靴箱の上には、新聞紙がいくつも折り重なっていた。日付はバラバラで、ところどころ切り取られた跡がある。一番上の新聞の日付は、八月ごろのもので、これにもやはり切り取られた跡があった。

 そのことに首を傾げつつも、私は靴によってこの奥に響也の幽霊がいることを確信した。そして、案の定、リビングにそれは居た。以前見た時と同じように、これまた私の部屋にはなかったはずの仏壇に手を合わせている。ただ、以前よりもその姿は痩せているように見えた。私は、その姿に衝撃を受けながらも、今度は逃げることはせずに、ゆっくりと話しかけた。

「響也・・だよね?私だよ。鏡夜・・鏡夜(カナウ)。」

 しかし、私がそう呼びかけたにも関わらず響也からの反応は無い。その後も、恐る恐る何度か話しかけるも、響也は全く反応を示さなかった。私は、そのことに思わず眉を顰める。

 なぜなら、幽霊に人間の声が聞えないということはないからだ。それは、霊感のない女将さんの呼びかけにすみれが反応していたことからも分かることだ。その逆、幽霊の声は陰陽師などの専門家以外霊感のある舞でも聞くことはできないが・・。

 と、そのことに思い当り、私の中にある疑惑が浮上した。しかし、即座にまさか、とそれを否定する。

 しかし、その突如浮かんだある疑惑を証明する出来事が起こってしまった。

―ピーンポーン

 唐突に鳴ったドアベル。直後、「新聞の集金でーす。」という声が聞えてくる。そして、その声に反応してか否か、それまでじっと仏壇に手を合わせ続けていた響也(・・)が、気だるげに立ち上がった。目の前で起こったその事実に戦慄する私。そんな私の目の前を、響也はまるで私が見えていない(・・・・・・・・)かの如く自然に通り過ぎていく。そして、ドアを開けた響也は、新聞の集金に来たその男性に、軽く会釈をした(・・・・・・・)。対する男性も、「こんにちは。」と挨拶を返す(・・・・・)

 そのあり得ない光景に、私はアパートの下で“ご隠居”が私に送った言葉の意味を悟った。

『あの部屋の中で、お主はある真実(・・・・)と向き合わなけらばならぬ。』

 そして、私は、それまで響也の背によって隠されていた仏壇に置かれた写真を目にした。

・・・そこには、紛れもない、この私・・鏡夜叶の写真が置かれていた。

 

次回、『答え合わせ』です。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ