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第五十三話:慟哭

若干のシリアス。鬱展開は苦手だよ~。

 晴明から私の依頼解決に取り掛かることを告げられた翌日の朝、私は晴明と“ご隠居”の隣に立って出発する準備を固めていた。そして、そんな私の前には今となっては随分見慣れた顔が勢ぞろいしていた。その中にアリスやカワちゃんはいないが、二人とも自分の仕事があるので仕方ないだろう。第一、こんな時にアリスが来て雰囲気をぶち壊されたらたまったもんじゃない。

 ここにいるメンバーそれぞれが浮かべている表情はかなり違う。右から順に、今日が私がこの店にいる最後の日だと聞いて駆け付けたぬいとごん。ただ、二人はお互い見つめ合って二人だけの世界に入っているので正直何しに来た感が否めない。そんな二人に若干呆れつつも、私は別れの挨拶を告げた。

「ぬいさん、ごんさん、今までありがとうございました。・・その、喫茶店でお二人の元で働くことが出来て、とても楽しかったです。糞忙しくて死ぬかと思う時もありましたが。」

「最後に毒吐く~?普通。まあ、実際私たちもかなり楽しかったわよ。そ・れ・に~イケメンちゃんの料理はなかなか素晴らしかったわ♡」

 ぬいの受け答えはいつも通りどこかふざけた感じだ。あまりにもいつもと変わらないその態度に逆に安心する。しかし、ごんからかけられた言葉は予想に反するものであった。

「・・寂しくなるな。」

 それは、別れの言葉にしてはあまりに短い一言。しかしながら、これまでごんがぬい以外の誰かと三文字以上の単語で話したところを見たことがなかった私は思わず目を見開いた。それはぬい以外の全員も同じだったようで、揃って驚愕の表情を浮かべている。

―ちなみに、ごんの発した言葉で皆が聞いたことがあるのは「了解。」や「承知。」などだけであった。

 予想外の人物の口から出た別れを惜しむ言葉に、若干目頭が熱くなる。そこで、私も本心からこう言った。

「・・私もです。お二人とも、お元気で。」

 妖夫婦に挨拶を終え、私がその隣に視線を移すと、そこにはこんな時でも無表情なサトリの姿があった。サトリからは私に何も言う様子がなかったので、今度も私から話しかける。

「サトリちゃん・・正直マイペース過ぎてどう絡めばいいか分からなかったけれど、そんなサトリちゃんを見てると晴明たちの非常識な行動にいちいち驚いている私がアホらしく思えました。ありがとうございます。」

『「・・何やら、感謝されているのかけなされているのかよく分からないが、とりあえずしーゆーだ。」サトリは複雑そうな顔でそう言った。』

 サトリの受け答えもいつもと変わらないもので安心する。そんなサトリに、この際なので初対面の時言われて少し気になっていたことを尋ねてみた。

「ねえ、サトリちゃん。私が貴女に初めて会った時、『心と身体がぐちゃぐちゃだ。』って言われたと思うんだけれど、今でもそう思う?」

 私のその問いかけに対し、サトリは目をすっと細めるとこう答えた。

『「私の言葉をどう受け止め、そしてどう感じるかはお前次第だ。鏡夜(キョウ)。そして、お前が全てを受け止めどんな結論を出すか・・私はそれを覗くだけだ。」サトリはうっすらと笑みを浮かべてそう言った。』

 結局、サトリからは期待した答えは返ってこなかったが、サトリの言葉が意味不明なのは今に限ったことではない。私は、サトリの意味深な言葉に若干困惑しながらも、視線をさらに隣に移す。

 そこには、既に涙で顔がぐしゃぐしゃな空と、澄ました顔でこちらをじっと見つめる花がいた。相変わらず全く性格の違う双子の座敷童に苦笑しつつ、私は別れの挨拶を告げた。

「空、花・・。あんまり話したこともないし特にこれといった思い出もないけれど、舞のことを守ってあげてください。」

 私のその言葉に、泣きじゃくり返事も出来ない様子の弟のことは無視して、花が呆れたような顔で返事を返した。

「・・あんた、さっきから思ってたけれどいろいろと失礼なこと言ってるわよ?・・え?なんで首傾げてるわけ?もしかして無自覚?・・だとしたら余計タチ悪いわ。まあ、舞のことは心配しなくても守るつもりだから安心しなさい。」

 何故かものすごく変な顔をされたが、どうやら舞のことは心配しなくても大丈夫だったらしい。

「流石ツンデレ!」

「は!?私のどこがツンデレだっていうのよ!それ以上変なこと言うなら可能な限り無慈悲な一撃でアンタの口裂いて失血死させるわよ!?」

 慌てて顔を赤くして否定する花。この独特な言い回しも聞けなくなるのかな・・などと思うと少ししんみりしてしまう。・・あと、いい加減空は泣き止もうか。

 結局空が泣き止む様子がなかったので、私は諦めて最後の人物へと視線を向けた。その瞬間、思わずその人物の名前を呼んでしまう。

「・・舞。」

「・・なんや?」

 私の呼びかけに、いつもと変わらぬ様子で答える舞。しかし、その瞳には既に涙が溜まっていた。その姿を見た瞬間、なんとも言い難い感情が沸き上がってくる。

「舞・・。私は、貴女がいたおかげで、凄く、もの凄く助かりました。周りが変人だらけの中で、唯一同じ人間の舞の存在は私にとってかけがえのないものです。そして、きっとこれからもそれは変わらないと思います。」

 私の言葉を聞いた周りの者からは、「え、なんかさりげなく変人呼ばわりされてない?」とか「俺も人間なんですけど?」などという声が上がっていたが今の私には関係ない。私は、ただいつもそばにいてくれたかけがえのない友人・・舞の姿をじっと見つめていた。舞もまた、私の方をじっと見つめていたが、急にぶわっと瞳に涙を盛り上がらせて私に飛びついて来た。

「当り前やないか!うちにとってもアンタは親友や!なあカナウ・・いや、キョウちゃん。行かないでくれや!私はアンタと別れるのなんか嫌や!」

 それまでずっと私のことを「カナウちゃん」と呼んできた舞が、本来の読み方で私の名前を呼んでそう訴えてくる。その溢れんばかりの強い思いを受け止め、次第に私の目からも涙が零れ落ちていた。

(ああ・・私、こんなに大切に思われていたんだな。)

 舞と出会ってからはまだ半年しか経っていない。それでも、一緒に過ごした時間は忘れがたいほど濃厚で刺激的なもので、それ故私と同じように舞が自分のことを友達だと・・親友だと言ってくれることがとてつもなく嬉しかった。

―そして、そんな親友を悲しませることなど誰ができようか。

 私は、私の胸の中で空のように泣きじゃくる舞の頭をそっと撫で、その耳元で優しく、しかし力強くこう呟いた。

「・・舞。私は、この依頼が終わってもこの店で働きます。そう約束します。」

 私のその言葉を聞いた舞は、信じられないと言ったように私の顔を見上げてきた。涙にぬれる舞のその見上げてきた顔が妙に色気があって、私は照れくささから顔を背けてこう付け足した。

「いや、よくよく考えれば私の依頼が完了したからといって私がこの仕事を辞める必要はないわけで・・。なんというか、その、みなさんともう少し一緒に居たいですから。」

 私がそう言うと、舞はしばらくどこか悲しそうな、それでいてとても嬉しそうな顔で私を見つめていたが、ふいに力強く目を擦ったかと思うと、満面の笑みでこう言った。

「ほな、約束やな!・・絶対やで。」

―こうして、全員との別れの挨拶を終えた私は、晴明と“ご隠居”と共に最後の依頼の場所・・私の自宅に向かって店を出発したのだった。


▼▼▼▼▼


 鏡夜が全員との別れの挨拶を済ませ、出発した後の店の中で。鏡夜を見送る最中、無理やり笑顔を保っていた舞は、不意に泣き崩れた。そして、悲痛な声で絶叫する。

「あああああああ!!!なんでうちはもっと早くキョウと出会ってやれんかったんや!神様のあほんだら!!くそったれぇぇぇ!!!!」

 舞の慟哭につられたように、空も再び泣き出す。

「ひっく・・ひっぐ・・。うう・・舞が可愛そうすぎるべ!」

 どうやら、先ほどからずっと泣きじゃくっていたのは鏡夜との分かれが悲しかったのではなく舞の気持ちを思ってのことだったらしい空。そんな舞と弟の様子を見て、呆れたような、それでいて優しい声で花が話しかける。

「呆れた・・。なんであんな約束をしたの?辛くなるだけでしょうに・・。」

「だって・・!他にどう答えろっちゅうねん!!キョウに安心して行ってもらうにはああ答えるしかないやろ!!うう・・うわああああああん!!!」

 再び大音量で泣き出す舞。そんな舞を、花は若干ためらいつつも優しく背中を撫でてあげた。

 そんな三人の様子を、ぬいとごん、そしてサトリの三人は少し離れたところから見つめる。サトリがふいに、自分の指で輪っかを作りそれを覗く仕草をして舞を見つめた。

『「・・人間とは不思議な生き物だな。あれだけの悲しみを抱えて居ながら、友の前では心配させじと笑顔を浮かべることもできる。それに、今も彼女の心は友を思う心で満ちていて、とても美しい。これだから、人間は面白いのだ。」サトリは、感嘆の意を込めてそう呟いた。』

次回、突きつけられる真実です。

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