第五十一話:謎の掃除屋
―ドン!ドンドンドンドン!
私はそんなドアを乱暴に叩く音によって無理やり起こされた。勿論寝起きは最悪だ。
誰だよ!こんな朝早くから非常識な騒音たてる奴は!私の安眠を邪魔した罪は万死に値する!男の娘河童に言って逮捕させてやる!
「こんな朝っぱらから一体誰だ?これで変な訪問販売とかだったら“ご隠居”に頼んで二度と現実世界に戻れなくしてやるぞ!」
どうやら、安眠妨害されて憤っているのは私だけではなかったようだ。晴明は、そんな物騒なことを口走りながら店へと階段を上がっていく。そして、その頃には舞や“ご隠居”も部屋から出てきていた。“ご隠居”は、あまりにもラフすぎる寝間着姿で店に上がろうとする晴明を慌てて引き留めた。
「こ、これ!仮にも店主がそんな恰好で客かもしれぬ者の前に姿を現すでない!儂の幻術を使って身なりを整えるか故一旦しゃがめ!」
“ご隠居”のその言葉に、不機嫌そうに眠たい眼をこすりながらも素直に応じる晴明。そんな晴明の頭を“ご隠居”がさっと撫でると、寝癖のついていた髪も一瞬で整い、服装もちゃんとしたスーツ姿になった。
・・流石“ご隠居”。そのチート的な便利さにはもはやツッコむまい。
ついでに私と舞も身なりを整えてもらい、私達はそろって店へと上がっていく。カウンターの棚にある隠し扉を開け店に入ると、厨房には寝袋にくるまって寝ているサトリの姿が。
そして、私の安眠を邪魔した来訪者らしき声がドアの向こうから聞こえてきた。
「おい!晴明!ここにアレがいるのは分かっているんだ!早く出てこい!」
その声を聞いた瞬間、晴明は心底嫌そうな顔でちっと舌打ちをした。そして、私達に向かってこう告げた。
「・・どうやら俺の知り合いみたいだ。だが、アイツはかなりめんどくさい奴だから俺だけで対応する。お前らは下に戻れ。」
晴明から下されたその指示に私は、
「嫌です。」
と、はっきりと拒絶の意志を示した。私が指示に逆らうとは思っていなかったのか、晴明と舞、そして“ご隠居”までもがぎょっとした表情を浮かべた。
「・・どうして嫌なんだ?理由を聞いても?」
「だって、今ドアの向こうにいる生きる公害は私の安眠を邪魔したんですよ?一言文句を言ったやらないと気が済みませんし、声をかけるのが駄目でも顔くらい拝みたいものです。」
そう、晴明が私たちに気を遣ってその厄介な奴に合わせまいとしているのだとしても、私の安眠を邪魔した愚か者の顔も見ずにすごすごと引き下がることだけはしたくなかった。それくらい、私の安眠を邪魔した怒りは大きいのだよ!
私の意志が変わらなさそうなのを感じ取った晴明は、ため息混じりにこう呟いた。
「・・鏡夜、お前、初めて会った時より大分図々しくなったというか、なんかたくましくなったな。」
そうかな?舞にも前同じようなことを言われたからもしかしたらそうかもしれない。もしそうだとしたら、その原因はほぼ一年間個性が濃すぎる面子と濃すぎる体験をしてきたからだろう。
結局、私達は厨房の裏に隠れてその厄介な客を晴明が対応する様子を見ることとなった。勿論、厨房には私たちの姿が見えないよう“ご隠居”が幻術で細工してくれている。
私達がそんな準備をしている間も、ドアをノックする音はずっと鳴り響いていた。五月蠅いな!てか、チャイムあるんだからそれ押せよ!私が心の中でそうツッコんだ時、まるでその声が聞こえていたかのようなタイミングで外から声が聞えてきた。
「ご主人様。ドアをノックするよりチャイムを鳴らした方がよろしいかと。このままでは只の近所迷惑です。」
それは、先ほど晴明を呼んでいた声とは違う明らかに女性の声だった。そして、その声に先ほどの男の声が答える。
「なるほど。確かにお前の言う通りだな。そうと決まれば早速鳴らすか。」
―ピンポンピンポンピンポンピンポンピンポーン!
ノック音の代わりに、今度はチャイム音がけたましく部屋中に鳴り響く。その先ほどよりもはるかに五月蠅い音に、舞も耳を抑えながら大声でツッコんだ。
「五月蠅いわ!こいつは加減っちゅうもんを知らんのか!」
しかし、今度は女の制止する声も聞こえてこない。近所迷惑は気になるが、店の中にいる私たちがどう思おうと知ったことではないということか。
晴明もまた、私達と同様に五月蠅そうに耳をふさぎながら、いつの間にか厨房から抱えて連れ出してきたサトリに相手を牽制させる。
『「ピー。只今留守にしております。はた迷惑な掃除屋はさっさと帰って部屋の掃除でもしてください。」』
晴明に言われた台詞をそのまま口に出すサトリ。元々無機質な声のサトリにはこの役はピッタリだ。そして、サトリのこの煽りまくった台詞に、ドアの向こうの男は早速反応した。
「そうか、留守だったか。仕方ない、帰るか。」
なんと、散々煽りまくった後半の台詞を無視し、前半の明らかに嘘だと分かる台詞を信じ帰ろうとする男。先ほどからの無駄なチャイム連打といい、この男かなりのアホ疑惑が浮上してきたぞ!?
しかしながら、男のそばにいるであろう女はどうやらしっかりしているらしかった。
「ご主人様。あれは明らかに嘘です。しかも、後半めっちゃ煽られてます。絶対この中に晴明はいます。」
すると、女の言葉を聞いた男は何故か突然激怒した。
「何だと!?おのれ晴明!この俺をだましたのか!許さん!こうなったら強硬突入だ!」
そんな声を聞いた晴明が、「やべえ。」と小さく呟き慌てて机の下に避難する。そしてその瞬間、
―スパァン!
という鋭い音と共に、店の入り口のドアが思いっきり真っ二つにされた。その光景を見た私は思わず「え!」と声を漏らしてしまう。それは舞も同様で、むしろ舞の方が驚愕していた。
それもそのはず、実はこの店には常時座敷童の双子による物理結界と妖術結界が張られていて、それは座敷童の双子が寝ている時でも関係ない。実際、一度はぐれ悪鬼が店を襲って来た時も結界で完全にはじき返してその衝撃で悪鬼が消滅してしまったほどだ。座敷童の結界というものは、座敷童がその家に住む年月に比例して力を増すらしく、この店に来て約半年になる座敷童の結界はそうそう簡単に破れるものではない。
その結界を今、その男は簡単に破ってみせたのだ。そして、真っ二つになった入り口から今その男が私達の前に姿を見せた。
晴明と同じ黒色の髪に、黒色の瞳。そして、髪や瞳と同じ黒色で服装を統一している。やや痩せ気味のその男は、手に持っている謎の刃物のようなものも相まって死神のようにも見えた。じっとその男の姿を眺めているうち、私はようやく男の手に持っている刃物のようなものの正体が分かった。
あれは・・箒?え、あれ箒だよね?なんだか毛の一本一本が剣みたいになっているけれどあの形状は箒だよね!?
私がその事実に驚愕している中、机から顔を出した晴明が嫌そうな顔を隠そうともせずその男を呼んだ。
「随分派手な登場をしてくれたな、『掃除屋』。今日は一体何のようだ?」
「とぼけるな。俺が来る理由など一つしかない。お前もそれは知っているだろう。」
若干怒気を含めながら、晴明にそう言い返した男の名は、御手洗潔。職業、『祓い屋』。ただ、彼と彼を知るものは彼のことを『掃除屋』と呼んだ。
彼の仕事は、幽霊を祓うこと。『祓い屋』は、幽霊であれば怨霊や悪鬼でなくても即座に祓うことを選択する。その選択肢に、成仏させることは含まれていない。
つまり、彼は晴明とは正反対の立場の人間であった。
新キャラは男の祓い屋。この作品、地味に男キャラが少ないので貴重です。
次回、「覚悟の時」です。




