第四十一話:呼ばれて飛び出て閻魔ちゃん
晴明が投げた銭は地面に吸い込まれるように消えていき、そこには代わりに仰々しい大きな門のようなものが現れた。ぬり壁たちも含めた私たち一同が固唾を呑んで見守る中、その門の前方に突然小さな黒い穴が空く。おや?と少しだけ嫌な予感のした私の期待を裏切らず、その穴から突然小さな手がにょきっと突き出された。そして、「よいしょ、よいしょ・・」と言いながら少しずつ姿を現したそれは、私達の前に立つと赤いマントを翻しこう大きな声で言った。
「呼ばれて飛び出て余、参上である!余こそかの有名な閻魔大王であるぞ!かーはっはっは!!」
満足そうな顔でそう言って平たい胸を張るのは、黄色い髪をツインテールにした青い瞳の・・幼女。
・・・えーっと、ちょっと待った。一旦状況を整理しよう。
「・・晴明、今あの女の子閻魔大王とか言いませんでした?冗談ですよね?冗談と言ってください。」
「ん?冗談も何もあれが閻魔大王様だぞ?俺が六文銭投げた時『閻魔大王!』って叫んでただろう?」
あの時晴明が投げたのは六文銭だったのか・・とか、そんなことは問題じゃなくて!
私は、こちらの様子を期待に満ちた目でちらちらと眺めてくる閻魔大王(幼女)を指さしながら叫んだ。
「あの子が閻魔大王!?はあ!?いやいや、閻魔大王ってなんか顔が赤くてでっかいおっさんじゃないんですか?あんな可愛らしい幼女が閻魔大王なわけないでしょ!せめて閻魔大王の孫とかならまだ納得できますけど!?」
興奮して詰め寄る私を、晴明はため息と共にいなしこんなことを言ってきた。
「正真正銘、あの方が閻魔様だ。いいか、鏡夜。お前の言う閻魔大王はあくまで人間の想像した姿に過ぎないわけだ。そんな確証のない噂や妄想より、自分の目で見た真実だけを信じろ。そうやって思考を柔軟にしないと、これから上手くやっていけないぞ?ほら、舞を見てみろ。」
晴明に言われ舞の様子を見た私は、顎が落ちるかと思うほど驚愕した。
「うわ!閻魔大王ってこんな可愛い子やったんやな。どれ、飴ちゃんいるか?」
「ほう!お前はなかなか気が利くようだな。余は甘いものが大好きなのだ!」
そこには、幼女の閻魔大王を受け入れ飴まで渡している舞の姿があった。私は思わず、舞を幸せそうに飴を舐めている閻魔大王から引き離し、そっと耳打ちした。
「ちょっと舞さん!何飴なんて渡しているんですか?状況受け入れるの早すぎません!?ウサ〇ン・ボルトでもこんなに早くないですよ!?」
私がそう言うと、舞は何故か少し恥ずかしそうに頭を掻きながらこう応えた。
「いや~、うち昔っから小さい子には弱くてな?あんまり可愛かったんでついあげてしもうたんや。それに、あの一人信号機みたいな色彩もうちのセンスに合っとるもんで余計に・・」
・・確かに、黄色い髪に青い瞳、そして赤いマントという恰好は『一人信号機』と呼ぶにふさわしいかもしれない。そう思うとなぜだか急に面白く思えてきて、先ほどまで感じていた驚きとかがどうでもよくなってきた。晴明の言う通り、いちいち目くじらを立てていてはストレスで死んでしまう。もっと柔軟に考えていけばいいのかもしれない。
「ちょ、うちら置き去りにして何勝手にそっちで盛り上がってるワケ!?ちゃんと説明しろし!」
その時、突然の展開に完全に置いてけぼり状態だったぬり壁が慌てたような口調でそう言ってきた。
・・そういえばこのぬり壁たちのことをすっかり忘れてたよ。晴明は閻魔大王様を呼んでぬり壁達をどうするつもりなんだ?
▼▼▼▼▼
“ご隠居”が用意した椅子に座って満足気な表情の閻魔大王を挟み、ぬり壁達と再び向かい合う。最初に口火を切ったのは、もちろん晴明だった。
「俺がわざわざ閻魔様を呼び出したのにはもちろん理由がある。それはもちろん、貴女たちにこのトンネルからどいてもらうためだ。」
晴明がそう言うと、ぬり壁は閻魔大王を気にする素振りを見せながらも、力強くこう応えた。
「ふん!閻魔様の力を借りて無理やりうちらを追い出すってゆーワケ?そんなことをしてもすぐ戻って来るカンね!」
見た目が幼いとはいえ、閻魔大王本人がいる前でそんなことをぬけぬけと言ってのけるぬり壁は、やはりなかなかに強い。当の閻魔大王は、そんなぬり壁を面白そうに一瞥しただけで特に何も言うことはなかった。そして、ぬり壁のその言葉に晴明は飄々とした態度を崩さずに答える。
「おや?とんでもない。ただの陰陽師の俺が閻魔様にそんなことを頼めるはずがない。ただ、閻魔様には見てもらうだけだ。俺たちの勝負を。」
「勝負?」
晴明の言葉に、ぬり壁はいぶかしげな顔で反応する。そんなぬり壁に対し、晴明は挑戦的な目をしてから言葉を重ねた。
「貴女たちはここをどくつもりはない。しかし、俺達としては貴女達にここをどいてもらわなければ困る。意見が対立した時、最も早い決着のつけかたは何か。それは、イカサマなしの真剣勝負。閻魔様ほど真剣勝負の審判に相応しい人もいない。」
「・・なるほど。確かにうだうだやっていてもキリないしね。そういうことなら、勝負してやんよ!」
そう言うと、ぬり壁は一気に全身に闘志を漲らせた。私達普通の人間でも感じるそのパワーの強さに、思わず「ひいっ!」という悲鳴が出てしまう。舞も私と同じように顔が青ざめていた。しかし、そんな私達とは対照的に、晴明や“ご隠居”、そして先ほどはぬり壁にビビっていた河村までもが涼しい顔で立っていた。その様子には、どこか余裕さえ感じられる。いや、晴明たちは確かに余裕だったのだ。なぜなら、晴明たちが行おうとしている勝負には、戦闘力は一切関係なかったのだから。
晴明は、闘気を溢れさせ今にも殴り掛からんとしているぬり壁を不思議そうに見つめて、こう言った。
「おや?俺は別に肉弾戦で勝負をつけようなんて一言も言ってないよ?貴女たちと本気で戦ったりしたらここら一帯が更地になってしまう。そうなったら元も子もないでしょう?」
晴明は、「・・戦うのは儂と河村じゃけどな。」という“ご隠居”の言葉を無視して、話を続けた。
「喧嘩するなら、拳より口の方がいい。実際、俺はそのために閻魔様を呼んだんだ。閻魔様は罪人の言葉を聞き、審判を下すお方だからね。」
晴明の言葉に、困惑したような表情を浮かべ、すっかり闘志が抜けてしまった様子のぬり壁は尋ねた。
「口で喧嘩?それって一体どういうコト?」
そんなぬり壁の問いに対し、晴明はニヤリと笑ってこう答えた。
「もちろん決まっている。ディベートをするんだよ。論題は・・そうだな、『妖怪は人間と共存すべきである是か非か』ってところか?もちろん俺達が肯定側で貴女たちが否定側だ。俺たちは『人間と妖怪は共存すべき』という立場から貴方達にトンネルをどいてくれるように訴えかける。貴女達は、『人間と妖怪は共存すべきでない』という立場から貴女達があくまでも自分たちの勝手で人間と対立する意味を訴えてくれ。ジャッジは閻魔様一人。チームはそちらに合わせて四人一組だ。」
そこまで言って、話の流れについて行けずポカンとしている妖怪たちに再び不敵な笑みを送ると、改めてこう宣言した。
「―さあ、楽しいディベートの始まりだ!」
ちなみに閻魔様のマントには『閻魔』という金の刺繍がいれてあります。
話の主導権を奪うのは晴明の得意技。相手の反論すら許さず、ディベートで勝負が行われるのはほぼ確定事項です。さて、晴明はチームに誰を選ぶのでしょうか?
次回、ディベート開始です。




