第三十一話:『霊喰』
”ご隠居”の覚醒、とくと見よ!
私は、花の話の中で一つ気になるところがあったので、ようやくショックから立ち直った晴明にそのことを尋ねてみることにした。
「あの、晴明。一つ聞いてもいいですか?」
「なんだ?」
「さっきから花は『怨霊』って言っていますけれど、普通の霊と『怨霊』って何が違うんですか?」
すると、晴明は「いい質問だね。ワトソン君。」とふざけた口調で答えた後、こう説明してくれた。
「俺たちが今まで依頼で成仏させてきた幽霊と、『怨霊』と呼ばれるモノは似て非なるモノだ。まず、一番大きな相違点として、『怨霊』にはあの『幽霊の五つの決まり』が当てはまらない。」
晴明のその言葉に、私は思わず目を丸くした。それと同時に、少し意地悪な気持ちが出てきて、私はからかうような口調でこう言った。
「え?でも『幽霊の五つの決まり』なら、『怨霊』にもその決まりが当てはまらないとおかしくないですか?晴明、ひょっとして適当に変なこと言っていただけなんじゃないですか~?」
しかし、晴明はそんな私のことは全く相手にせず、淡々と話を進めた。
「残念ながらこの決まりは俺じゃなくて俺の先祖が作ったモノだ。いちゃもんつけるならタイムマシーンに乗って先祖に言ってこい。それに、『怨霊』にも大半の決まりは当てはまる。ただ、彼らには『未練』が存在しないから、その点であの決まりに当てはまらないんだ。」
その時、それまで私と晴明の話を黙って聞いていた舞が「はいはーい!」と手を挙げた。晴明は、視線を舞の方に向けることで発言を促す。
「ちょっと疑問に思ったんやけど、確か霊が現世にとどまるのは未練があるからやろ?『怨霊』に未練がないんなら、なんで『怨霊』は現世にとどまるんや?」
なかなかに鋭い質問である。私には思いつかなかったその疑問に、晴明は待ってましたとばかりに意気込んで答えた。
「それが『怨霊』の厄介なところなんだ。『怨霊』は未練ではなく、恨みでもって現世にとどまる。したがって・・成仏させることができない。」
「え!?それじゃあ『怨霊』は一体どうすればいいんですか!?」
確かに、これまでの依頼では幽霊の未練を晴らすことで成仏させてきたので、経験からも未練がないという『怨霊』を成仏させることが出来ないという理屈は分かる。しかし、そうだとするとこの屋敷に住まうという老夫婦の怨霊を晴明は一体どうするつもりなのだろうか。
「・・『怨霊』は、基本『祓い屋』によって存在そのものを抹消される。『祓い屋』というのは、俺たち陰陽師とは違って、霊感と霊に対する知識さえあれば比較的簡単になれる仕事だ。祓い屋は、その霊が怨霊でなくても消滅させることしか考えない。その方が成仏させるよりはるかに楽だからな。実際、陰陽師でも俺みたいに絶対に霊を成仏させようとする奴はまれだ。」
晴明は、そこで一旦間を開けて、一瞬寂しげな表情を浮かべた後、目に強い光を込めてこう言った。
「・・だが、俺は出来る限り霊は成仏させてやりたい。それが悪人の霊でも善人の霊でも関係ない。悪人の霊なら、成仏した後地獄でその罪を償う義務があると思うし、善人の霊には天国で癒されてほしい。そして、いつかは輪廻の輪に乗って新しい魂となり生まれ変わる・・これが俺の理想とする死後のあるべき姿だ。消滅させたら、その霊は地獄にも天国にも行けず”無”となってしまう。それはあまりにも惨いことだ。」
・・・正直、晴明の話がちゃんと分かったかというと、よく分かっていない。なぜなら、自分の死後のことなど考えたことがないから正直輪廻の輪とか言われてもピンとこないのだ。
しかし・・晴明の目に込められた強い光から、晴明の意志の強さだけは伝わってきた。その目からは、いつものふざけた晴明からは考えられないほどの怒りと覚悟が込められていた。
「・・でも、『怨霊』は未練がないから成仏させることはできんのやろ?ここに住む老夫婦は、どうなってしまうんや・・?」
悲しそうにそう言って目を伏せる舞に、しかし晴明は今度はいつものどこか不敵な笑みを返す。
「普通なら、確かに『悪霊』を成仏させるのは無理だ。ただ、俺は普通じゃない。俺は、この力を持った以上、できるだけ多くの霊を成仏させたいと思っているんだ。」
そんな意味深な台詞を残して、晴明は花の話を聞き終わった”ご隠居”のもとに歩いて行った。そして、晴明と”ご隠居”は互いの目を見つめあう。
「・・さあ、久しぶりの大仕事だ。お前にもいつも以上に働いてもらう。覚悟しとけよ?」
「お主こそ。久々じゃからといってへまをしたら承知せんぞ?」
そう言って不敵に笑いあう二人の間には、長年築いてきた確かな信頼が見えた。その時、ふと晴明が懐から札のような物を取り出す。それを見たぬいが、座敷童たちを連れ興奮した様子でこちらにやってきた。
「舞ちゃん!イケメンちゃん!よく見ておいた方がいいわよ!今からめったに見れない凄いものが見れるわ!ちなみに、私も初めて見る☆」
「・・俺も。」
口数の少ないごんからも、どことなく興奮した雰囲気が伝わってきて、私と舞は顔を見合わせて、そして同じタイミングで晴明たちに視線を向ける。
一体今から何が起こるというのだろうか。ドキドキ半分、恐れ半分で私は見つめ合う晴明と”ご隠居”を見る。
そして、それは突然始まった。
晴明は、「行くぞ!」という掛け声と共に、手に持っていたお札を”ご隠居”目掛け投げる。そのお札は、”ご隠居”の額に張り付き、光を放ち始める。それを見た晴明が、指で素早く十字を切り、高らかにこう言った。
「我、汝の主たる者。契約の名の元に、汝の『真名』を解放する・・。顕現せよ!『全てを喰らうモノ』、”霊喰”!!」
その言葉が終わると同時に、それまで札からのみ出ていた光が、渦を巻くようにして”ご隠居”の全身を包み込んだ。その光は、まるで生きているかのように時折うねりながら、バチバチと激しい音を立てる。その激しい動きは風を巻き起こし、少し離れたところに居た私たちにも激しい風が襲い掛かった。とっさに、ごんとぬいが前に出て私たちが吹き飛ばされないようにしてくれる。私は、前に立つ二人の間から、その光を見ていた。
その時、バンという大きな破裂音と共にとんでもない突風が襲ってきて、前に立つ二人は飛ばされまいと互いの手をつなぎ必死で踏ん張った。もちろん、その後ろの私たちも必死だ。目を開けていることが出来なくて思わず目をつぶった私が次に目を開けた時、そこにはあの光はなくなっており、その代わりにそこには見たことのない幼女が立っていた。少しして、それが”ご隠居”であることに気が付いたが、一瞬誰か分からなくなるほどその姿は様変わりしていた。
まず、あの”ご隠居”の夜のように艶やかな黒色の髪は、絹を思わせるような白髪になっていた。さらに、その髪の先は電気を帯びているかのように絶えずバチバチと音を立てて逆立っている。そして、瞳の色も、黒から今度は血を思わせるような赤色に変わっていた。着ている服も白を基調として胸のところに赤い梅の花の刺繍がちりばめられたものだ。私は、視線を胸から手の方に向け、そこにあったモノを見て思わず息を呑んだ。”ご隠居”の、厨房で見慣れているはずの可愛らしい小さな手。その掌には、確かに・・
―鋭い牙をむき出しにした、口があった。
私は、自分の身体が震えているのに気づいた。なぜ?と一瞬思ったが、その答えはすぐに分かった。
・・私は、確かに目の前の”ご隠居”に恐怖を感じて居たのだ。
そんなこととは知らず、目の前の”ご隠居”・―いや、これは本当に”ご隠居”なのか?晴明の台詞を信じるなら、今彼女は”霊喰”なのだ。―は、しかしながらいつもと変わらぬ可愛らしい声で私たちにこう話しかけた。
「さて、待たせてしまったのう。儂の準備はもう終わった。後は、この屋敷に住む老人たちを安らかに成仏させてあげようぞ!」
怒涛の展開で書いている作者も楽しいですが疲れますね。
次回は、晴明が活躍します。タイトルは『唄い手』の予定です。




