第二話:”ご隠居”
私は、口を大きく開けた我ながらかなり間抜けな表情でその男を見つめた。先ほど、この店の店主であり、十三代目安倍晴明だと名乗った彼・・身長は私と同じくらいだろうか?隣に立つ着物姿の美少女と同じ色の髪は今時の若者らしくワックスで軽く遊ばせている。見た目だけではとても店長をしているようには見えないほど若々しい。
「え、えっと・・・貴方が本当にこの店の店長なんですか?」
「はい。もちろんですとも。『カガミヤ・キョウ』さん?」
私が恐る恐る尋ねた言葉に対し、その男は全く動揺することなく、しかも何故かこちらの名前を言い当ててきた。もちろん私はこの店に入ってからまだ一度も名乗っていない。急に名前を言い当てられたことに、私はパニックに陥ってしまった。
「え!?どどど、どうして私の名前が分かったんですか?・・はっ!これがもしかして陰陽師の力!?貴方マジの陰陽師なんですか?」
パニック状態の中私が出したその結論に、しかしながら晴明は困ったような顔で私を指さした。
「はい、その通りです!・・・と言ってしまえればかっこつくんですけどね。陰陽師にはそんな力はありませんよ。今のはお客さんが持っているそのバッグを見ただけです。それ、読み方『カガミヤ・キョウ』で合ってますよね?それとも、名前は訓読みの方ですか?」
そう指摘されて、私は慌てて自分の手元にあるバッグを見る。確かに、バッグの持ち手部分に、母親から刺繍された自分の名前がそこにはあった。しかし、出会ってからわずか数秒でこんな小さな名前を見つけるなど、この店主の観察眼は恐ろしいものがある。
・・でも、陰陽師の力です!とか言われるよりそっちの方がなんか安心できるわ。ちょっと落ち着いたかも。
「はい、当たりです。私の名前は、『鏡夜叶』・・友人からは『かなう』と訓読みで呼ばれることの方が多いですが、読みは『キョウ』の方が正しいです。」
「へえ、それで『かなう』ですか。珍しい・・・ってことはないですね。いたって普通でした。すいません。ところで、貴方は依頼人だと聞きました。本日はどんなご依頼でしょうか?」
晴明はそう言うと、先ほどまで笑顔を浮かべていた顔をすうっと引き締める。その真剣な瞳に、思わず息をのむ。
「では、儂は茶でも淹れようかの。晴明、お主はいつものでよいか?」
そこで、今まで黙っていたあの着物の美少女が口を開いた。その少女に対し、晴明は真剣な表情を少し緩めて返事を返す。
「ああ、”ご隠居”。いつものやつで頼む。」
”ご隠居”?一瞬何のことか分からなかったが、流れ的にあの美少女の呼び名で間違いないと思う。しかし、あんな可愛くて小さな女の子に”ご隠居”とは、これほどまでに似合わない呼び名も珍しい。
「客人よ。そなたは何がいい?緑茶か?それともほうじ茶か?こーひーや紅茶もあるぞ?」
上目遣いでそう尋ねてくる少女は、確かに少しお爺さん臭い口調ではあるが、その声はまるで鈴を転がしたかのように澄んでいて可愛らしい。てくてくとカウンターの奥にある厨房へ向かう姿を眺めるだけでこっちが笑顔になるほどだ。
「・・・あの、依頼の前に少し聞いてもいいですか?あの子と貴方って、一体どういう関係なんです?」
できれば店の正面奥で眠っているパジャマ姿の女の子のことも尋ねておきたかったが、今は一番気になることを聞いてみることにした。すると、晴明からは予想だにしない答えが返ってきた。
「ああ、あいつは私の式神ですよ。ああ見えても、私や貴方よりずっと年上なんですよ?」
「は!?」
晴明の言ったセリフが理解できない。この店に来て驚きすぎて思考が固まるのはこれで何度目だろうか。
「えっと・・私には今あの美少女が私より年上だと言ったように聞こえたんですけれど・・・」
「ええ、言いましたよ?”ご隠居”は初代安倍晴明の時から安倍一族に仕えている式神ですから、最低でも平安時代から生きてますね。はははっ、そう考えると凄い年寄りですよね、あいつ。」
「ええ!?平安時代から!?・・えっと、ちなみに、晴明さんは何歳なんですか?」
「ああ、私は、こう見えて既に大学も卒業しています。現在25歳独身、彼女募集中です。」
「はあ!?なんなんですか貴方たちは!そろいも揃って、化け物か何かですか!?」
パッと見学生に見えるのに既に成人している晴明も、そしてどうみても小学生くらいの少女なのにとんでもない年寄りだという”ご隠居”も、このBARにいる人物は皆おかしい。おそらく、あそこで寝ている少女も一見中学生くらいだがきっと驚くような高齢に決まっている。
(私は、もしかしてとんでもない店に来てしまったのではないか!?)
しかし、そんな後悔が頭をよぎった時には、既に引き返せないところまで足を踏み入れてしまっている。
「さあ、世間話もこれくらいにして、そろそろ本題に移りましょう。・・本日はどういったご依頼で?」
”ご隠居”がお茶を持ってきたタイミングで、晴明が再びカウンターに肘をつきながらこちらに顔を寄せてくる。私は、あれこれ考えるのをとりあえず諦めることにして、一つ大きく息を吸った。
次は、鏡夜が依頼内容を語ります。