第二十三話:『百火繚乱』
「いやー、なかなかにアグレッシブな女性ですね。そういう女性は好きですよ。是非貴女の家に行って一夜を共にしたいのですが。」
流れるようにセクハラ発言をかました晴明の頭を、"ご隠居"がスパーン!と小気味良い音を立てて叩く。流石"ご隠居"。ツッコミのスピードは既に夫婦漫才の粋に達している。しかし、頭を叩かれたボケ担当は不満そうに唇を尖らせた。
「おい、何も叩くことはないだろ?どっちみちこれから依頼人の家には行くんだ。そこで少しくらい何かあったっていいじゃないか!」
「・・今度は心の臓を握りつぶしてやろうか?」
「いや、結構です。真面目に仕事します。」
怒りでどす黒いオーラを放ち始めた"ご隠居"に脅され、やましい心は捨て去った晴明。晴明も怒った"ご隠居"には逆らえないようだ。てか、私も正直今超ビビってる。"ご隠居"は、普段の愛くるしい表情から一変、般若のような顔をしていた。こんな顔で睨まれたら思わず土下座しそうになるくらいだ。
「さて、このぼんくらも真面目に仕事するようじゃし、早速お主の家まで案内してくれぬか?なるべく早い方がいいじゃろ。」
"ご隠居"にそう言われ、激しく首を縦に振る舞。彼女も"ご隠居"のオーラにビビっていたようだ。
「ねえ、私達もついていっていい~?今日はもう喫茶店は客来そうにないし~、それに、舞ちゃんの家見て見たいんだもん♡」
「・・・・・・・・。」
ここで、空気を読まない妖夫婦がこの張り詰めた空気を切り裂いた。”ご隠居”は、まだ怒りは冷めていないようだったが、ぬいのその申し出にはしかめっ面で頷いた。
「やったー☆”ご隠居”ちゃん、ダーイスキ♡」
「・・儂は今日は機嫌が悪いようじゃから、何かよからぬことをしたら殺すぞ。」
「あ、はい。」
こ、怖い・・!”ご隠居”、目がマジだよー!!
ともあれ、なんやかんやで私たちはぬい達夫婦も連れて、依頼人である舞の住むアパートへと向かうこととなった。あ、寝袋にくるまって眠っていたサトリは留守番である。そもそも、サトリが店から出る姿を一度も見たことはないのだが・・・。
舞の住むアパートは、晴明の店よりもかなり都会の方にある。そして、いつも外に出るときは夜だったため、私は今初めての経験を味わうこととなっていた。
「・・なあ、なんか周りの人たちがうちらのこと見とる気がするんやけれど、気のせいやないよね?」
私の隣に来て、そっとそう耳うちする舞。私は、舞の囁きに頷いて肯定する。
そう、私たちは今周りの人から熱烈な視線を向けられている。その理由は簡単だ。
「わあ、久しぶりの都会ね、ダーリン♡なんだかデートみたいじゃない?」
「・・・ハニーといれば、毎日がデート。」
「やっぱりここら辺は人が多いのう~。」
「人がゴミのようだ!ってか?ハハハ、傑作だな!」
そう、私たちの隣にいる、この美形集団が原因である。ぬいとごんの妖夫婦は言わずもがな、晴明も性格はあれだが顔だけはイケメンだし、”ご隠居”に至っては着物姿の美幼女というかなり人目を惹くいでたちである。そんな人たちが集まって歩いているのだ。注目が集まらないはずがない。今まで昼に外を出歩いたことがほとんどなかったため、このことに気付かなかった。視線を向けられてる当の本人たちは全く気にすることなく堂々と歩いているのに、一般ピープルである私と舞だけがおろおろしてしまっている。
「あわわ・・なんや落ち着かんわ。あの人たち、よく平気でおるな。うちみたいな普通の顔の女はこういう視線に耐性ないわ。」
舞はこちらの顔をやたらじっと見つめてそう言ってくる。しかし、舞は普通だと言うが、彼女も実際かなり整った顔立ちをしていると思う。こちらに視線を向けている人のうち、何人かは絶対舞を見ていると思う。
「舞さんは晴明たちの中にいても浮いていないですよ。逆に、私の方が地味すぎて浮いていますって。さっきから居心地超悪いですもん。」
私がそういうと、舞はちょっと驚いた顔をした後、にぱっと笑って、
「あ、あんたも同じ気持ちやったんやね。よかったわ~。・・でも、あんたはうちを褒めてくれたけれど、そういうあんたもなかなか凛々しい顔立ちしていると思うで!」
そう言ってバチンとウインクをしてみせる。凛々しいって褒め言葉なんだろうか?とは思ったものの、舞の気遣いが嬉しくて、私も自然と笑顔になったのだった。
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「あ、ここがうちのアパートです。は~、やっと着いた・・。しんどかったわ。」
舞の意見に激しく同意である。
私たちは、舞に案内され、三階にある舞の部屋の前についた。そこで、ドアを開けて部屋の中へと入った舞の後に続いて部屋に入ろうとした晴明の手が、バチッと音を立てて弾かれた。
「うわ!?なんですか?変態を入れないセキュリティですか!?」
「違う!これは・・結界が張られているな。」
驚いた私に、晴明が冷静に答えを返してくれた。しかし、結界とはどうしてまたそんなものが舞さんの部屋に張られているのだろうか?
「え!?うちは普通に部屋に入れましたけど!?」
「おそらく、部屋の主以外を入れないような結界が張られているんだろう。幽霊でこんな結界を張れるようなやつはいない。となると、ここに住んでいるのは・・・。」
晴明は何やらぶつぶつと呟いていたが、しばらくしてふとその顔を上げた。そして、その顔には悪戯を考えた子供のような笑みが浮かんでいて、私は嫌な予感を感じる。
「”ご隠居”、お前の出番だ!やっておしまい!」
「合点承知の助じゃ。」
”ご隠居”は、晴明の考えていることが分かっているかのように、何のためらいも見せず扉の前に立った。そして、両手を前に突き出し、こう唱える。
「『百火繚乱』!!」
―その瞬間、”ご隠居”の掌から無数の桜の花びらが沸き上がる。そして、”ご隠居”はその桜の花びらに、ふうっと優しく息を吹きかけた。”ご隠居”の息は風となり、桜の花びらを散らしていく。そして、その桜吹雪が部屋の中に入った瞬間・・・
桜の花びらは大量の火の粉となり、部屋全体を燃やし始めたのだった。
次回、部屋に住む謎の生物の正体が分かります。




