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第二十話:夏の始まり

今回から新しい依頼、『座敷童編』に突入します。

私は、歌さんたちのあの依頼が終わって以来、毎日喫茶店での仕事をこなしていった。喫茶店は相変わらずなかなかの人気で、毎日忙しいが、その分やりがいはある。喫茶店で仕事をしているうちに、ぬいとごんとの妖夫婦ともだいぶ仲良くなった。

一方で、本業であるBARの方にも、あれからちらほらと何度か依頼人はやってきていた。その中にはなかなか変わった依頼も多く、『姑の生霊に困っている』や、『野球場に現れる幽霊を成仏させてほしい』などの依頼から、『ゴーストライターの幽霊をなんとかしてくれ!』など、どこの有名作曲家だよ!みたいなあり得ない依頼もあった。

そうそう、あり得ないといえば”ご隠居”のスペックの高さだ。野球場の幽霊を成仏させるときは、ホームランボールをキャッチできなかったことが未練だった幽霊のために依頼人の野球選手が投げた球を見事ホームランで打ち返し、ゴーストライターの幽霊はピアノの素晴らしい演奏で音楽への未練を断ち切ってあげていた。しかし、その一方で晴明は女性に声をかけることくらいしかしておらず、私は晴明が陰陽師の力を持っていることを疑い始めていた。

もちろん、晴明にも凄いところはある。依頼人の話を聞いて即座に幽霊の未練が何であるかを推理する頭の良さには目を見張るものがあるのは事実だ。しかし、推理力なら陰陽師ではなく探偵に必要なものなのでは?という疑問はあえて晴明にぶつけることはしない。

仮にも晴明は私の雇い主。変にプライドを傷つけるようなことを言って嫌われたらおしまいなのだ。

そして、なんだかんだありながらも、緩やかに時は過ぎていき・・・いつしか、季節は夏になっていた。

そんな、セミの鳴き声がうるさくなってきた夏の昼下がりのこと、彼女は私たちにとある依頼を持ってきた。

―その依頼は、私に改めて人でないモノの恐ろしさを突きつけることとなるのであった。


▼▼▼▼▼


「いらっしゃいませ~☆」

お客さんを笑顔で出迎えるぬいの声が聞こえる。この、妖夫婦が営む喫茶店『狐狗(こっく)』は今日も相変わらずの賑わいっぷりだ。私は、ふうっと額の汗をぬぐって、隣に立つ”ご隠居”を見つめる。

”ご隠居”の今日の服は、夏らしい紫陽花柄の着物だ。しかし、いくら色が涼し気とはいえ流石に暑そうに見えるが、”ご隠居”は汗一つかかずに一生懸命調理を行っている。包丁を使う時、台が高くて少しだけ背伸びしてしまうのもご愛敬だ。私は、”ご隠居”の可愛らしい頑張る姿に元気をもらい、再び気合を入れて調理に取り掛かろうとした。

―その時、彼女は店へとやってきた。私は、店へと入ってきた彼女を、思わず見てしまっていた。なにしろ、彼女の髪はどこぞのお笑い芸人夫婦のように真っピンクだったのだ。顔にはまだ幼さが残っており、見たところ高校生くらいと思われたが、彼女は、その髪、そしてその全身虎柄という奇抜なファッションからも異様な存在感を放っていた。これで見るなと言う方が酷というものである。

その時、厨房にいる私の元へ、サトリが少し駆け足でテケテケとやってきた。これはいつものことなので、私は特に気にすることもなく、厨房の扉を開けサトリを中に入れる。サトリは、その能力を使い、入ってきた客が一番食べたいと思っているモノを読み取り、それを私たち厨房組に伝える役目をしている。

恐らく、あの存在感半端ないお客さんの注文なのだろう。そう思っていた私は、サトリからの言葉を聞いて目を丸くした。

『「あのピンク女は、喫茶店の客じゃない。晴明の客(・・・・)だ。早く晴明を呼んで来い。」サトリは、少し慌てた様子でそう言った。』

私は、サトリから言われた言葉をすぐには理解できず、思わず聞き返す。

「晴明の客って・・それって、依頼人ってこと?」

『「ああ、そうだ。早く晴明に伝えた方がいいぞ。ここで依頼の注文をすれば、喫茶店のことしか知らない他の客に怪しまれる。」』

「そ、そっか・・!じゃあ、呼んでくるね!」

サトリの指摘を受け、私はようやくことの重大さに気付き、慌ててエプロンを脱ぎすて、厨房からカウンターへと移動し、棚を開け晴明がいる地下へと駆け足で向かった。

私たちのいる店は、あくまで昼は喫茶店『狐狗』だ。この喫茶店事態は、夜のBARとは全く関係ない。ぬいとごんはもちろん晴明の夜の仕事の内容を知っているが、喫茶店に来る多くの客は、夜のBARのことなど知らず、ただ喫茶店でその時自分が一番食べたいものが食べれるという特上サービスのためだけに来ているのだ。そんな喫茶店で突然、客の一人が『百鬼夜行をください。』などと言えばどうなるだろうか?この喫茶店では注文をすること自体が稀なので、おそらくその客は注目されることになる。ましてや、さっきやってきた客はただでさえ目立つのだ。当然、その注文内容も耳に入ってくる。するとどうなるだろうか?

「百鬼夜行とは一体何なのか?」ということでざわつくことになるに違いない。

前晴明が言っていたことだが、晴明たちが一番気を付けているのは、冷やかしでくる客が来ないようにすることだと言っていた。だから、BARの宣伝はあえて積極的にはせず、本気で困っている人が探さなければ見つけられないようにしているらしい。

「一番困るのは、マスコミに俺の仕事のことをかぎつけられることだ。そうなれば、人間ではない”ご隠居”やサトリがどうなるかは分からない。」

晴明はそう言っていた。

確かに、妖怪がいるなんてことが分かったら、マスコミの格好の餌食になるだろう。そして、最悪、宇宙人のように解剖されたりすることになったら・・・そう思うとぞっとした。

そのため、この喫茶店で夜の仕事の存在を匂わせてはいけない。あの客があの言葉を口にする前に、何としても止めなければならないのだ。

次回、晴明に客の来訪を伝え、そしてピンク頭の客の話を聞きます。あ、ピンクの人の名前も出てきますよ。

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