第一話:その男、安倍晴明
「何これ・・・」
入り口のドアを開けた私の口から出てきたのはそんな驚きの声だった。驚いたといっても、別に店の中に死体が転がっているとか私が想像していた最悪の光景があったわけではない。入り口から見て正面にはジュークボックスが置かれていて、その左にカウンター席、そして右側にはテーブル席が用意されている。テーブル席にはカラオケまでついていて、むしろかなりお洒落な内装をしている。しかし、私が思わず声を発してしまったのは、店の外見と中身とのギャップである。外から見た店はあんなに無機質でどこか不気味だったのに、店に一歩足を踏み入れて見るとあまりにも普通すぎて逆に驚いてしまった。
「・・お客さん、どうされましたか?先ほどから入り口で立ち止まっているようですが。」
入り口で立ち止まったまま動かない私を不審に思ったのか、カウンターからこのBARのマスターらしき人物が声をかけてきた。
「は、はい!なんでもないです!すいません!」
声をかけられたことに赤面しながら、私は慌ててカウンター席へと向かう。その途中で、正面のジュークボックスの横に変な物体を見つけた。
―あれは・・招き猫!?デカッ!!
そこには、隣にあるジュークボックスと同じくらいの大きさの招き猫が置かれていた。・・いや、正確に言えば招き猫ではない。見た目からなんとなく招き猫だと判断したが、その猫の置物は両手をだらしなく下ろしていた。つまり、全く招いていない。よく見ると目もつぶっているようで、店に利益をもたらそうという意志を感じさせない。
―怪しい。やっぱりこの店は胡散臭い。
私は、カウンター席に座って目の前のマスターを凝視する。噂によればこのマスターが安倍晴明の子孫のはずだが、どうにもそんな感じには全く見えない。どこにでもいそうな髭の似合う少し渋めのおっさんだ。
「お客様、ご注文はお決まりでしょうか?」
マスターの低音ボイスで放たれたそのお決まりの言葉に、私は「そうですね~・・・」と言ってメニュー票を眺めるふりをしながら別のことを考えていた。
私の中であの噂はガセであったのではないかという確信は高まりつつある。それならば、こんな胡散臭い店、早く出てしまえばいい。しかし、もしあの噂が正しかったとしたら・・ここで帰ってしまえば、必ず後悔することになる。それに、何よりもわざわざこんなところまでやってきたのだ。何もしないで帰るのは馬鹿馬鹿しい!
よく分からない怒りが込み上げてきた私は、深く息を吸い込み、その言葉を口にした。
―それは、メニューには載っていない、ある特別なものを注文する時に口にする言葉。そして、その言葉はそのまま店の名前にもなっている。すなわち―
「『百鬼夜行』をお願いします。」
私がその言葉を口にした瞬間、どこからともなく鈴の転がるようなかわいらしい声が聞こえてきた。
「・・やれやれ。店に来た時から依頼人ではないかと検討はつけてはいたが、やはりそうであったか。面倒な客が来たものじゃな。」
その声が目の前のマスターが発したものだと私が気付き、目を丸くした時には、マスターはにやりと笑みを浮かべながら、パチンと指を鳴らしていた。すると、一瞬で店の様子ががらりと変わってしまった。BAR風の内装だった店内は、たちまち喫茶店風のさわやかな内装に変わる。そして、ジュークボックスはなくなり、その隣にあった妙な招き猫は・・・パジャマ姿の少女へと変わっていた。
「えぇ!?」
私は思わず叫び声を上げて座っていた椅子から飛び上がる。しかし、こんなものはまだ序の口に過ぎなかった。
「おーい、晴明!お主の客じゃ!早く上がってこぬか!」
その声にカウンターの方を振り向くと、先ほどまでマスターが立っていたはずの場所に、精巧な人形が置かれていた。・・・いや、違う。星空のように漆黒に輝く長い髪は美しく、蝶の模様があしらわれた紫色の着物を纏う目の前に立つ美少女は、人形のように整った顔立ちをしているが、確かに動いている。
「ふぁ!?え、あの渋顔のマスターは!?そ、それになんで店の様子が一瞬で変わったの!?」
混乱して目を白黒させる私に、その美少女は人差し指を小さな唇に添えてそっと微笑んだ。
「まあ慌てるな。後々説明する。・・・あの男がな。」
そう言うと少女は後ろの酒がたくさん置かれた棚に目を向ける。私もつられてそちらを見ると、その棚が急に音を立ててゆっくりと動き始めた。
「た、棚が動いた!?」
そんな私の驚きの声など気にも留めず、棚はどんどん開いて行く。そして、その中から細身のスーツを着た男が姿を現した。
「さあ、あなたが依頼人ですか?私はこの店の店主である十三代目安倍晴明。あの有名な陰陽師、安倍晴明の実の子孫です。以後よろしく。」
そう言って、その男・・・十三代目安倍晴明はにっこりと笑みを浮かべたのだった。
まだ語り手や着物の美少女の名前が出てきませんが、次でちゃんと出てきます!
まあ、あらすじでネタバレしているんですがw
楽しみにしていてください。




