第十八話:魔女の処方箋
「う、ううう・・・もうお嫁にいけないのじゃあ・・。」
変態魔女のアリスの手によってさんざんもみくちゃにされた”ご隠居”は、子供のように泣きじゃくりながらそう言った。
「よしよし。お前はよく頑張ったぞ、”ご隠居”。・・嫁に行けなくなったら俺がもらってやるから安心しろ。」
「何言ってんだ晴明!”ご隠居”たんは私の嫁だぁぁぁぁ!!!!!!」
さらっとカッコいい台詞を吐いた晴明に、アリスが親指をぐっと下に向け、目を剥いて喰いかかる・・・ってか、そろそろこの茶番をやめて本題に入ってくれないですかね。
―あと、アリスさんはいい加減服を着てください。
「ふう。まあいいわ。十分に”ご隠居”たん成分を補給したとこだし・・今日は何しに来たの?私と”ご隠居”たんとの結婚の申し込みなら大歓迎なんだけれど。」
「違うわ!・・ふう、お前は本当に昔っから変わらないな・・・。今日来たのは、後ろに立っているこののっぺらぼうさんに薬を処方してもらうためだ。見たところ、なんかの炎症を起こしているか病気っぽかったんでな。」
晴明の言葉を受け、アリスはへのへのの元まで近づき、その頭からつま先までを舐めまわすようにじっくりと眺めた。そして一言。
「・・貴女、受けかしら?それとも攻め?私の見立てでは隣の紫の髪の子が攻めで貴女が受けね!」
「おお!大正解だぞ!小生は受けだ!というか小生たちはまだ何も言っていないのによく歌と小生が付き合っていると分かったな。」
「これくらい天才魔女の私にかかればたやすいことよ!!オーホッホッホ!!」
「ちょ!?な、なに変なこと言ってるんですか!!・・は、恥ずかしい、です・・//」
突然とんでもないことを皆の前で暴露され、歌は真っ赤になって顔を手で覆い隠す。その一連の流れを見た晴明が呆れながらアリスを注意する。
「おい、話進まないから早く仕事をしろ!」
「はいはい、分かったわよ。・・ふむふむ。これは・・」
ようやく真剣な顔つきに戻ったアリスが、へのへのの腫れた頬をじっと見つめる。こうして黙っていると、本当に美人なお姉さんに見えるのに・・・残念極まりない。
へのへのの診察は割とすぐ終わったらしく、アリスは数秒でその整った顔を上げた。そして、少し顔にかかってしまった髪を見ているこちらがついドキッとしてしまうような仕草で掻き上げて、じっと診断結果を待つ私たちにこう告げた。
「これは・・単なるかぶれね。まあ、顔に直で絵具塗りつけられてたら、そりゃかぶれるわよ!ハハハ、傑作だわ!!」
「へ?」
私の口からは思わずそんな間抜けな声が漏れてしまっていた。
だって、歌さんもあんなに心配して『恋人を助けてください』とか言ってたのにただのかぶれ?もっと深刻な病気とかかと思っていたよ!
しかし、事態を重くみていたのはどうやら私と歌さんだけだったらしく、
「やっぱりそう?いや~、歌の心配しすぎだとは思っていたんだよね。」
「まあ、予想はしてたな。」
「わ、儂の着物の帯がないのじゃが・・」
などの声が聞こえてきた。・・最後のは知りません。
「まあ、ここまでひどくなったのは、妖怪には毒になる色とかを使ったからだろうね。日本でも古来から紫とかは神聖な色と言われているし、カトリック教会では赤や緑とかが祭服に使われていたりするし。」
アリスのその言葉を聞いた歌は、困ったように眉を曇らせた。
「じゃあ、私がへのへのの顔に絵を描いたらダメ。・・ということ、ですよね。赤とかは絶対に顔を描くときには使いますし・・。」
「えー!そんな!小生、歌に顔を描いてもらえないくらいならこのままの方がいいよ!!」
へのへのの叫びからは、へのへのが本気でそう思っていることが感じられた。しかし、漂い始めたそんな悲観的な雰囲気を打ち砕くように、「フッフッフッ・・・」というアリスの笑い声が響き渡った。皆の目が自分に向いたことを確認したアリスは、下着の中に手を突っ込んで「パンパカパーン!」という効果音と共に、謎の箱を取り出して見せた。
「安心してください!私は、超天才賢く美しい皆のアリスちゃんだから、そこんとこは抜かりないわ!なんと!この箱に入っているのは妖怪に全く害のない私特性、スペシャル絵具よ!」
そう高らかに叫んでみせてから、アリスは箱のふたを開けた。その中には、アリスの言った通り絵具がぎっしりと詰められていて、歌などはそれを見た瞬間興奮を抑えきれず、両目をばっちりと見開いてその絵具を食い入るように見つめた。
「こ、こんな素敵な絵具・・本当にくれるんですか?」
「赤裸々な夜伽事情も聞かせてもらえたしね。これはサービスよ!またほしくなったらうちの店に来るといいわ!その時はお金もらうけどね!」
絵具を受け取った歌は、とてもうれしそうな表情で恋人のへのへのと共に、私たちとアリスに何度も頭を下げた。
「この度は、本当に・・・本当に、ありがとうございました、です。もし、絵を描いてほしかったら、いつでも言ってください、です。」
「小生も礼を言うよ!あと、今日はいっぱい面白いモノを見れて楽しかったのだ!」
私たちは、アリスの店の前で、家へと手を繋いで帰っていく歌たちを見送った。これからは、アリスの絵具があるからへのへのがあんなことになることはないだろう。私は今回は本当に何もしていないが、歌とへのへのの嬉しそうな顔を見ると、素直によかったと思うことが出来たのだった。
次回は、晴明とアリスの思いで話です。




