第十七話:恋の馴れ初め話~魔女を添えて~
えーっと・・先に謝っておきます。いろいろすいません。
のっぺらぼうの”へのへの”とのファーストコンタクトも終わり、晴明は一度咳ばらいをして改めて歌に話を切り出した。
「えっと・・改めて伺いますが、お二人は恋人ということでよろしいですか?見たところ女性同士のようですが・・。」
「や、やっぱり変、ですよね。女同士、なんて・・・。気持ち悪い、そう思いますか・・?」
歌はうつむきながらそう言って手をもじもじと動かす。そんな歌に真っ直ぐな視線を向け、晴明はこうきっぱりと言い切った。
「いえ、何の問題もありません。むしろそういうシチュは興奮します!」
「何変なことをぬかしておるのじゃこのド変態は!」
鋭いツッコミと共に、”ご隠居”の張り手が晴明の頭に炸裂しスパァン!と心地よい音を立てる。しかし晴明はその衝撃にはビクともせず再び歌に問いかけた。
「それでは、お二人の馴れ初め話など伺ってもよろしいでしょうか?」
「そ、それって依頼と関係、ありますか・・?」
おずおずとフードの下から晴明を仰ぎ見る歌に、晴明はまたしてもどうどうとこう言い放った。
「いえ、これは私の個人的な趣味です!依頼とは全く関係ありません!」
こ、こいつとうとう言い切りやがった!どれだけたくましい精神持っているんだよ!
「え、えーっと・・でも、困りました。な、馴れ初めと言っても何を話せばいいか・・・。」
突然本来晴明には話す必要もない馴れ初め話をリクエストされ、見るからにあたふたしだした歌に、それまで沈黙を貫いていた―と言っても口がないからそもそも喋れないのだが―歌の恋人ののっぺらぼう、へのへのがプラカードを掲げこう言った。
『馴れ初め話ならば、小生が語りたい。』
そのプラカードを見た歌は、慌ててへのへのの肩を掴み説得にかかる。
「だ、ダメですよへのへの!病気のせいで話すのは辛いって言ってたじゃない!」
しかし、そう言われてもへのへのは掲げたプラカードを下ろそうとはしない。やがて、歌が諦めたようにため息をつくと、
「・・本当、へのへのは頑固ですね。私の負け、です。・・絵具、とってきますね。」
そう囁いて歌は部屋の奥へと行ってしまった。当然、突然の流れについていけない私たちお邪魔者は、二人だけの間で交わされた謎の言葉の応酬の意味が分からず揃って困惑していた。
―だって、のっぺらぼうって喋れないんでしょう?それなのに「語りたい」とか「話すのは辛いと言っていた」とか意味が分からないよ。
「・・小生って一人称何だよ。」
ぼそっと晴明が呟いたその言葉に、私も激しく同意したい。
そして、部屋の奥から帰ってきた歌によって、私たちの抱いていた疑問はあらかた解消されることとなった。
『とりあえず口だけ適当に塗ってくれ。』
「私、絵に関して妥協はしたくないんです。」
歌はそう言うと、部屋の奥から持ってきた絵具をパレットの上に出し、そして、右の前髪だけをさっと掻き上げ、ピンでとめた。今まで前髪に隠されていた歌の目があらわになり、その瞬間、辺りの空気が急にピリッと張り詰めたものに変わる。歌の目を見た私は、思わず息をのんだ。
歌のその瞳は、今までのおどおどとした態度が嘘のように力強く生気を放っており、そして・・その瞳の色は、雪のように真っ白だった。
「・・これが、天才絵師の実力か。なるほど、確かに凄まじいのう。」
のっぺらぼうのへのへのの何もない真っ白な顔に歌の手によって少しずつ描かれていく唇はとてもリアルで、”ご隠居”も思わずそんな感嘆の声を上げた。私も、声を発することも忘れて歌の手の動きを見つめていた。
そんなとてつもなく長く感じられた数分が経過すると、へのへのの口にはまるで本物と見まがうほどの口が描かれていた。そして、私たちが見つめる中、その口は突如動き出し、声を発した。
「いやー、久しぶりに喋ることが出来たよ!本当に歌の絵は素晴らしいよね。その陶磁器のような白く美しい手はタクトの如く素晴らしい軌跡を紡ぎだす・・。いや、言葉では言い表すことはとてもできないね。嗚呼、言葉!喋れるってなんて素晴らしいことなんだろう!小生は元来話すことが好きなんだ。こうして話していると口が痛いのなんてへっちゃらさ!・・いや、やっぱ痛いかも?・・って、やっぱりイタイー!?」
「ちょっと待て落ち着け。なんか色々と落ち着けお前!」
絵で描かれたはずの口が急に動いたと思った瞬間超高速マシンガントークが炸裂し、慌てて晴明が止めに入った。・・・何を言ってるか私でも分からないよ。
「いや、落ち着くなんてできないね。落ち着くことなどできるだろうか?いや、できない!さて、小生と歌との馴れ初め話だったね?話すよ!話しますとも!何百回語っても飽き足りないくらいですからね!」
「よし!晴明、こいつの相手はお主に任せた!儂は依頼人の話をもう少し詳しく聞くことにする!」
”ご隠居”は、「ちょ!俺をいけにえにする気か!?」という晴明の叫びを無視して、既にピンを下ろし、手をぎゅっと握ってへのへのを愛おしそうに見つめている歌と、呆気に取られている私をつれ、へのへのの元から離れた。
―時折「ねえ、ところでなんで一人称小生?」などのツッコミを入れていた晴明から後で話を聞いたところ、へのへのと歌との出会いは夏祭りのことだったらしい。当時仮面売りをしていたへのへのに、歌の方から声をかけたようだ。そして、その時歌の描く絵を見てその絵の美しさに惚れたへのへのが、「これから毎日、小生の顔を描いてくれないか?」とプロポーズしたという。なかなかロマンチックな話である。ちなみに、私たちも歌からその時の話を聞いた。―やはり、女子は妖怪でも幽霊でも恋バナには興味はあるのだ。ただし、へのへののようなマシンガントークは勘弁したい。
「ほう、お主の方から声をかけたのか。意外じゃな。どうして声をかけようと思ったのじゃ?」
”ご隠居”の問いかけに、私も頷く。このいかにも気弱そうな歌さんの方から話しかけたというのは、私も意外に思ったからだ。
「え、えっと、ですね・・・。私、あの日は新しいオリジナルキャラをどう描くかで、悩んでいたんです。でも、なかなかいいアイデアが出なくて・・それで、気分転換に、と思って、夏祭りに行きました、です。そこで、へのへのに・・あ、その時はまだへのへのじゃなくて名前はなかったんですけど・・会ったんです。それで、なんだか・・普通の人とは違うオーラが出てた、というか・・人間離れした空気を纏っていた、というか・・まあ、本当に人間じゃなかったんですけどね。」
そう言って「・・フフフ。」と頬を緩める歌が言うには、当時まだ名のないのっぺらぼうだったへのへのを見て、これだ!とビビッときたらしい。そこで、普段の自分からは考えられないことだったらしいが、直接絵のモデルを依頼したのだという。
「その後、私の絵を見たへのへのが・・あ、あの時は仮面の目を使って私の絵を見たらしいんですけど、デートに誘ってくれて・・最初は、女の人だと思ったし、ビックリもしたけれど・・でも、この人ならいいかなって、なんだか自然にそう思えたんです。」
その後、何度かデートを重ねたのち、歌の家まで一緒に来た時に初めてのっぺらぼうだったことを告げられたらしいが、それでさらにへのへののことが好きになったという。ちなみに、面白いことに、のっぺらぼうという妖怪は、歌が先ほど少し言ったように、仮面や自分の顔に描かれた絵によって、人間と同じように見たり話したりすることができる能力を持っているらしい。ただ、その能力は、仮面の出来や絵の上手さにも関係するらしく、へのへの曰く歌の絵は今までで一番らしい。
「?なんでのっぺらぼうと知ってさらに好きになったんですか?」
私はそう尋ねたが、何故か歌からの返事はない。見ると、晴明に向かって馴れ初めを熱弁するへのへのの方に視線が向かっていた。
・・いや、別にいいんだけどさ。こんな近くでスルーされたらへこんじゃうよ?
落ち込む私を見かねてか、”ご隠居”が同じ質問を歌にしてくれた。
「えー、なんでのっぺらぼうと知ってさらに好きになったのじゃ?」
すると、今度はちゃんと聞こえたのかすぐに答えを返してくれた。
「それは・・私が元々、人間が嫌いだったから、です。」
そう言って、歌は目を隠している前髪を掻き上げた。すると、先ほどちらりと見た右目に加え、今度は左目もちゃんと見えた。その目を見て、思わず「あっ!」と声が出そうになったのを慌てて抑える。
歌の目は・・右目は先ほど見たように真っ白だったが、左目は反対に真っ黒だった。
つまり、彼女はオッドアイだったのだ。
歌は、どこか悲し気に再び髪を下ろし、ぼそっとした声で語り始めた。
「・・この目は、生まれつきなんです。それと、この髪の色も・・実は、この紫の髪も生まれつきなんです。そのせい、でしょうか・・。私、幼いころから両親にひどい虐待を受けてきました、です。父は、酒癖もひどくて・・・時々、なんていうか、その・・性的な暴行も、加えられてました。それは、小学校、中学校、高校でも・・周りの人は皆、私のことを罵ってきました、です・・。」
そこまで言うと、歌は不意に「・・フヒヒッ。」とあの不気味な笑い声をあげた。その不気味さに、私は少しだけぞっとしたものを感じた。
「・・そういう時の人の顔って、おかしいんですよ?皆皆皆皆皆皆皆皆、そろって同じような歪んだ顔をしているんです。私はその顔が嫌で嫌で嫌で・・仕方がなかった。」
「だから」と歌は続けた。
「だから・・へのへのと会って、彼女がのっぺらぼうだと分かった時には、運命を感じました。だって、彼女には顔がないもの。顔がない彼女だからこそ・・私はより深く、彼女を愛することができたんです。」
その、少し狂気が混じったような理由と、それを頬を上気させながら語る歌に、鳥肌が立つのを抑えることができなかった。少しの沈黙の後、”ご隠居”は最後にこう尋ねた。
「・・・最後に一つだけ質問じゃ。お主は、なぜ絵を描こうと思ったのじゃ?」
すると、歌は顎に手を当てて可愛らしく首を傾げてみせてから、本当に不思議そうにこう言った。
「?そんなの決まってる、じゃないですか。私が出来るのは絵を描くことくらいでしたし、それに・・絵の中なら、私をいじめる人たちも好きなようにすることが出来ますから。・・・フヒヒッ。」
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「よし、ここが薬屋だ。ここに来れば、お前のその病気も治るだろう。」
結局、あの後へのへのののろけ話は一晩中続いたため、私たちは歌の部屋を借りて寝ることにした、そして、数時間後、ものすごく眠そうな顔の晴明に起こされ、私たちは歌とへのへのも連れて、晴明の知り合いが経営しているという妖怪専門の薬屋のところまでやってきていた。ちなみに、へのへのは目を描かれていなかったため眠気は感じなかったそうな。晴明ドンマイ!
店を入る前に、晴明は私たちの方を振り返ってこう忠告した。
「いいか?今から入る薬屋だが・・店主は本物の魔女だ。相当な変人だから、注意しろよ!」
「わお!本物の魔女が見れるだとな!小生ドキドキワクワクが止まらないー!」
「フフフ・・へのへのは相変わらず可愛い、ね。」
隣は二人だけで盛り上がっているが、私は不安を隠しきれずにいた。その理由は二つ。
一つは、あの晴明が「相当な変人だ」と言ったこと。
そして二つ目が・・・
「あわわわわわわわ・・・・・。」
先ほどから私の服を掴んでおびえきっている”ご隠居”の存在だ。あの、いつもは、幼い見た目と違い大変頼りがいのある”ご隠居”がこの状態なのが不安でならない。
「・・入るぞ。」
という晴明の声に、私ははっと気を引き締めなおした。それと同時に、”ご隠居”が私の服を握る力が強くなり、思わずきゅんとしてしまう。
―”ご隠居”、貴女は何があっても私が守るからね!
強い決意と共に前を見た私は、そこでようやくその魔女の姿を目にした。
「うわあ・・・。」
後ろからその魔女の姿を見た歌が、感嘆の声を上げている。おそらく、鉛筆を持っていたらすぐに彼女をスケッチしようとしたのではないか。
私がそう思うほど、目の前に座るその魔女は美しかった。
美しい金色の髪は、天の川のように地面に流れている。彼女の青い瞳は、まるで海のように透き通っていて、その目に見つめられるとこちらの心の奥まで見透かされるような不思議な感覚に見舞われた。そして、そんな彼女を包んでいるのは、魔女特有の黒いローブに大きな黒い帽子だ。
「・・あら、いらっしゃい。久しぶりのお客さんね。」
静かだが、それでいてよく響く声が、店の中から聞こえてくる。もちろん、その声は彼女のものだ。彼女は、ゆっくりとした動作で机の上に置いてあったフラスコのようなものを手に取り、それを顔の前でゆっくり回しながら、再び声を発した。
「私が今持っているこれはね?人間の五感を最大まで活性化させる効果を持っているの。その上、筋力を瞬発的に上げる効果もある・・・。」
彼女は、そう言うとこちらを向いてドキリとするような妖艶な笑みを浮かべ・・
次の瞬間、手に持ったそのフラスコを自分の頭に叩きつけた。
「「「えええええええええええ!?」」」
私やへのへの、さらに歌までも驚いて叫び声を上げる中、先ほどまで目の前に座っていたはずの魔女が急に姿を消した。そして、私はその時”ご隠居”の手がいつの間にか私から離れていることに気が付いた。そして・・・
「ああああああああ!!!この色!この声!この匂い!この味!この感触!間違いない・・!間違いなく正真正銘の”ご隠居”たんキター!!!!!!久しぶりの”ご隠居”たんやっぱりさいっこーーーーー!!!」
「う、うわあああ!!やめるのじゃアリス!ひゃ!?こ、こら!着物の中に手を突っ込むでなーい!」
「よいではないかよいではないかグヘヘヘヘヘヘヘへ!!!!!!!」
そこには、薬により五感を最大限まで強化し、全身で”ご隠居”を堪能する変態・・もとい、先ほどまでのクールで美しい魔女のなれの果てがいた。
魔女は、ひとしきり”ご隠居”を堪能した後、私たちの冷たい視線を受け、なぜかいつの間にか半裸になった状態のまま堂々と仁王立ちし、こう言った。
「あら?貴方たちははじめましての人たちね。私の名は、アリス・ペトロルィィィィィィィィナァ!!!!!正真正銘、モノホンの魔女様よ!ちなみに、恋愛対象は見た目12歳以下の男女よ!これからよろしくね!」
・・悪い予感は的中した。したけれど・・・変人だとは聞いていたけれど、とんだ変態魔女が出てきたぞーーーー!!!!!!????
今回は、どうしても魔女さんまで出したかったので非常に長くなりました。ちょっと疲れたので、明日は更新を休もうと思います。明後日は、魔女の処方箋です。




