第十二話:アンコールはまたの機会に
今回で『女将編』は終了です。
「この度は本当にお世話になりました。お二人には、なんとお礼を言えばいいか・・・」
”すみれ”の霊が成仏したことで、依頼を完了した私たちは、すぐに帰る準備を始めた。晴明が言うには、朝早い飛行機のチケットしか取れなかったということらしい。晴明はさらっとそう言ったが、つまり晴明は最初から朝までには依頼を完了させるつもりだったということを意味していて、私は晴明の先見の明が少し恐ろしくも思えた。そして、帰る準備を終えた私たちを、旅館の従業員たちは女将を筆頭として全員で見送ってくれることになったのだ。
「いえいえ、お礼なんていりませんよ。依頼料もしっかりいただきましたし、私たちはただ仕事をしただけですから。・・ですが、どうしてもというならもう一度着物を脱いでいただければ・・・」
晴明のその言葉に、女将さんは笑顔のまま中指を立てて「フ☆ック」と言い返した。なんだか、初対面の時に比べて随分したたかになったような印象を受ける。
気がかりな問題が全て解決した女将さんは、どこか吹っ切れたようなすっきりした表情を浮かべていた。
「私・・実は、もう一度バンド活動を始めようかと思っているんです。さっきのライブを聞いたうちの従業員が、一緒に歌いたいと言ってくれたもので。」
「そうなんですか!それは楽しみですね。女将さんたちなら間違いなく人気バンドになれますよ!」
若干興奮したような晴明の言葉に、私も頷いて同意の意を示した。昨夜の女将さんの歌声は、聞いている人たちの魂を揺さぶるような力が確かにあった。その歌声に、私や晴明は一瞬でファンになってしまったほどだ。
「今度は私がメインボーカルで、従業員の女の子がギターをすることになっているんです。・・それで、実はまだドラムの枠が空いているのですが・・・」
女将さんはそう言いながら、ちらちらと”ご隠居”の方を見つめている。その視線の意味は誰が見ても明らかだったが、”ご隠居”は女将さんからの誘いにきっぱりと首を振って断った。
「残念じゃが、儂は今の仕事が忙しいのでな。できれば他を当たってくれぬか。」
「そうですか・・それは残念ですが、仕方ないですね。ドラムは地道に探すことにします。」
そういうと、女将さんはふっと柔らかい笑みを浮かべて、もう一度深くお辞儀をした。
「それでは、今宵のライブのアンコールはまたの機会にということで・・・いつか、ライブ会場でまた会いましょう。その時は、特等席を確保しますよ。・・それでは、改めて、本当にありがとうございました。」
「「「「ありがとうございました!!」」」」
従業員たちのお辞儀を受け、私たちは旅館を後にする。女将さんたちは、私たちの姿が見えなくなるまで、ずっと深々と頭を下げ続けていたのだった。
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帰りの飛行機に乗り、機内で飲む初めてのコンソメスープに舌鼓を打っていたら、いつの間にか東京へと到着していた。そこからタクシーにのり、数十分後には店の前に到着していた。
「鏡夜、お前、今日の依頼はどうだったか?」
店に入ってカウンターの奥にある階段から地下へと降り、リビングにあるテーブルへと皆が腰を下ろし一息ついたところで、晴明がそう尋ねてきた。
「そうですね・・」
と言いながら、私は正面に座る晴明と隣でホットミルクをふーふーさせながら可愛らしく飲んでいる”ご隠居”、そしていつの間にかテーブルの下に来て眠っているサトリを見ながら、今回の依頼のことを振り返っていた。
今回の依頼で、私が感じたのは、晴明の予想以上の女好きさ加減と、その頭の回転の良さ。そして、”ご隠居”の不思議な力。そして何より強く感じたのは・・・
「・・・お客さんの笑顔を見るのは、良いものだと、そう思いました。」
最初は胡散臭いと思っていた晴明も、なんだかよくわからない”ご隠居”も、変人であることには変わりはないが、やっていることはちゃんとしていた。それに、私自身一緒に仕事をして、女将さんのような人が強く立ち直る姿を嬉しく感じていた。
私にとって初めての依頼で見た女将さんの笑顔は、これから先も仕事をしていくうえで私を勇気づけてくれる支えとなるのだった。
次回は、あらすじでも書いている妖夫婦がようやく登場します。月曜日の夜の更新です。