第十一話:『VIOLET』
今世紀最大の私の悲鳴が鳴り響いた直後、晴明の声が部屋の中に木霊した。
「今だ!明かりを点けろ!」
晴明の号令と共に、それまで真っ暗だった女将の部屋が明るく照らされるそして、その明かりを受け、着物の裾を照り輝かせながら、”ご隠居”がいつの間にかあの女の幽霊の前に姿を現していた。
「さあ、お主のための特設ライブ会場を用意してやろうぞ!儂の魅せる夢幻郷の中でな!」
そう言って、”ご隠居”は指をパチンと鳴らす。すると、私が初めて晴明の店を訪れた時と同じように、一瞬にしてこれまで何の変哲もなかった部屋が、派手派手しいライブ会場へと一変していた。
「こ、これは一体・・!?って、すみれ!?な、なんで急にあの子の姿が見えるようになったの!?」
晴明の後ろに隠れるようにして部屋に入ってきた女将が、まず様変わりした部屋に驚愕し、そして急に見えるようになった友人の霊の姿に声にならない悲鳴を上げていた。
「この部屋は今完全に儂の魅せる幻の中にある。それ故、常人にもあちらの世界の住人が見えてしまうのかもしれんのう・・。」
”ご隠居”の隣にいた私は、そんな”ご隠居”の呟きが聞こえていたが、女将さんは何が何だか分からずパニックを起こしているようだった。先ほど女将さんが”すみれ”と名前を呼んだ幽霊を見るときだけでなく、私や”ご隠居”を見ても悲鳴を上げていることからもそのパニック具合がうかがえる。しかし、その隣に立つ晴明は流石に冷静だった。晴明は、”すみれ”の姿を正面から見つめると、優しい声で話しかけた。
「驚かせてしまってすいません。でも、これは貴女のためなんです。今から、貴女が出来なかった最期のライブを行いましょう。」
晴明のその提案を受け、”すみれ”はうつむくこと数秒。
『・・あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!』
急に低いうめき声と共に、頭を振り乱しヘッドバンキングを始めた。突然の事態にたじろぐ晴明に、女将さんが嬉しそうに言った。
「こ、これは・・晴明さん!すみれ、喜んでます!彼女は照れ屋さんなので、嬉しいことがあると呻いてヘッドバンキングを始めるんです。」
―どんな喜びの表現の仕方だよ!
そう思ったのは晴明も同じだっただろうが、流石にそこはプロ。無駄に客に対しツッコミを入れるようなことはせず、あくまでも冷静に作戦決行を促した。
「―それならば良かった。では、早速作戦を開始しましょう。女将さんはギターの準備を。”ご隠居”はドラムのセッティングを始めてください。」
しかし、晴明の支持を受けてすぐに何もないところからドラムを出現させ、スティックを構えた”ご隠居”とは対照的に、女将さんは背中のギターケースからなかなかギターを出そうとしなかった。そんな女将さんに、しびれを切らした晴明が少しいらだった口調で呼びかける。
「どうしたんですか女将さん!ここにきて一体何をためらっているというのですか?」
すると、女将さんは震える手でギターケースを握りながらこんなことを言いだした。
「私・・本当に演奏なんてできるんでしょうか?」
「・・はい?」
思わず聞き返してしまった晴明に、女将さんはおずおずと自らの不安を口にする。
「私は・・あの事件以来なるべく音楽とは関わらないように生きてきました。だから、実家の旅館を継ぐことも決めたし、あの時以来一回もギターに触ってすらいないんです。・・そんな私の演奏を聞いても、すみれが成仏してくれるとはとても・・」
しかし、女将さんがその言葉を最後まで言い終わる前に、音を立ててふすまが開かれ、そこから旅館の従業員たちが続々と入ってきた。突然の事態に目を丸くする女将さんの前に、従業員の一人の女の子が出てきて涙目で女将さんを睨み付けながらこう叫んだ。
「女将さんの嘘つき!私たち皆、女将さんが今でも音楽が好きなこと知っているんですよ!?」
「ちょ、貴方たちなんでこんな時間にここにいるの!」
「そんなことどうだっていいじゃないですか!私たちはただ、女将さんのライブを見に来た観客です!」
思いもよらぬ展開に私が隣の”ご隠居”を見つめると、”ご隠居”には全く動揺した様子がなかった。そこで、声を潜めて尋ねてみる。
「あの・・”ご隠居”と晴明は従業員のこと知っていたの?」
「ああ、当然じゃ。女将が作戦決行直前になって躊躇をみせるかもしれないことは予想できたのでな。あらかじめ従業員にも声をかけておいた。観客として、女将がライブをするよう場を盛り上げてくれ、とな。」
なんと、晴明たちは女将さんが直前になってあのようなことを言うことも想定内のことだったらしい。そして今、晴明たちによって呼ばれた従業員たちがその役目を十分に発揮していた。
「私、風呂に入ってるとき女将さんがこっそりヘビメタ調の曲歌っているの知ってましたよ!地味に楽しみにしてたんですから!」
「てか、ヘビメタバンドやっていたこと隠そうとしていたっぽいですけどバレバレでしたよ!?だって女将さんの車いっつもヘビメタの曲流していたじゃないですか!」
「夜中こっそり女将さんがギターを弾いていたのも知っていますよ!女将さん、今でも音楽やりたいんですよね!?」
「ああもう!いいです!そうですよ!私は今でも・・・ギターが弾きたいんだよぉ!」
自分としては隠そうとしていたつもりらしい音楽の趣味などが全部従業員に知られていたことで、女将さんは顔を恥ずかしそうに真っ赤に染めながらそう叫んだ。そして、期待に染まる従業員たちの目を受け、どこか覚悟を決めた様子で晴明に向き合った。
「・・分かりました。じゃあ、ライブを始めましょう。」
「ようやく決心してくれましたか。それでは、私の華麗なマイクパフォーマンスでライブ開催の宣言を・・」
しかし、晴明が最後まで言い終わる前に、そのマイクはいつの間にかギターケースからギターを出した女将さんに奪われていた。
「え、えっと・・俺のマイク・・・」
「うるせえ!ライブをやると決めたんなら・・こっから先は、私のステージだ!男がしゃしゃり出てきて邪魔すんじゃねえよコラァ!」
突然性格が豹変した女将に、流石の晴明も何も言い返すことが出来ずおとなしく「はい・・・」と言ってステージから降りた。そして、その晴明と立ち代るように”ご隠居”が作り出したステージの上に上った女将さんは、相変わらずヘッドバンキングを続けている”すみれ”に向かって、そのマイクを投げつけた。
「おいドラム!マイクもう一個よこしな!」
「おうよ!」
女将さんからの要求に、”ご隠居”もノリよく答えマイクを投げ渡す。そのマイクを受け取った女将さんは、”すみれ”に向かってこう叫んだ。
「いいか!すみれ!・・一回しか言わねえから、耳の穴かっぽじって良く聞きやがれぇい!あの時最後までできなかったライブは、今日でようやく終わる!おめえもこの時を待っていただろうが、私もおめえと同じくらいこの時を待ちわびていた!私の前にこうして姿を現してくれて・・本当にありがとよ!おめえはやっぱ、最高にクールなダチ公だぜ!」
『・・・Yeaaaaaaaaaaaaaaah!』
女将さんの魂の呼びかけに答えるように、”すみれ”もまた熱くシャウトを響かせる!
「ああ、この着物うざってえ!おらああ!!」
と、そこで女将さんはなんと着ていた着物を豪快に脱ぎ捨てた。もちろんその下は・・・・
「いえええええええええい!女将さん最高だぁあああああ!!!!!」
「馬鹿者!何をまじまじと見つめておる晴明!くそ、女将もテンション上がりすぎじゃ!」
一際大きな歓声を上げる晴明と、慌てて光の玉を作り出し女将さんの大事なところだけはちゃんと隠そうとする”ご隠居”。そんなこちら側のパニックなど全く気にすることなく、女将さんは高らかに叫んだ。
「私たちのバンド名は、『VIOLET』!私たちの熱いシャウトで、おまえら全員、ゴー・トウ―・ヘブンさせてやるぜ!死ぬ気で声出せ!覚悟はいいかぁ!?」
『「Yeaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaah!!!!!!!!!!!!!!!」』
女将さんの掛け声に合わせ、私も晴明や従業員と混じって一緒に叫び声を上げる。女将さんの魂の熱いライブは、その後夜通しぶっ続けで行われ・・
朝日が昇り始めたその頃に、”すみれ”の幽霊は姿を消していた。
次回で、『女将編』は終了です。