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常に楽しく! 常楽高校野球部物語~入学編~  作者: 深淵ノ鯱×kareat
1年・春~夏
43/54

成長

 *

 長いようで短い夜が明けた。開会式に対してか、謝罪することに対してかわからない緊張を携えたまま、僕は学校へと向かった。

 今日は、もちろんの事、始発電車だ。福知山に午前六時過ぎに到着する列車で、葵や瑠璃たちと共に向かう。この時間に登校することは試験の時など、過去に何度かあったのだが、そのたびに葵は、やれ眠いだの疲れるだの、愚痴をこぼし続けていた。しかし、今回ばかりはそんな言葉も全く漏れない。朝の色に染まりつつある空を眺めながら、真面目な表情で今日の事を考えている。

 福知山に着くまで、車内ではほとんど会話が交わされることはなかった。大抵の事は、昨日、DMで話して結論が出ているし、とてもみんなでぺちゃくちゃと雑談しようと思う空気でもなかった。結果、葬式に向かう親族のような雰囲気に包まれてしまっているわけである。

 ようやく僕らの口が動いたのは、駅で俊介や斜陽の選手たちと合流してからだった。

「俊介、昨日話した通りでええんやな?」

 改札口を抜けた先で待っていた俊介に声をかける。隣にはいつものように、亮輔もいる。

「もちろんや。野村先輩とも相談して、出した結論や」

 答えた後、それよりも、と俊介は付け加える。

「俺のせいやのに、みんなまで巻き込んで、ホンマに申し訳なかった。全てが落ち着いた後、全員の前改めて謝るつもりやけど、三人にはめっちゃお世話になっとるから、先に謝っとく。すまんかった」

 僕はできる限り穏やかな笑みを浮かべる。

 それと同時に、僕は少し感動を覚えていた。俊介が言った、『お世話になっとる』が異様に胸に沁みた。様々なトラブルがあった中で、僕たち……特に葵は、俊介ともめ事を起こしてきた。空中分解もあり得た状況から、ここまで成長できるんだな、と感慨深く思った。

「うん……ありがとうね」

 何に対しての感謝か、言われた本人はおそらくわからないだろう。僕自身も、明確な答えは持ち合わせていない。ただ、言わなければならない気がしたのだ。僕を突き動かす、不思議な感情が靡いていた。

「さ、行こか」 

 貴浩のその一言で、僕は現実に戻される。僕たちの間に流れていた重いムードは、少しだけ緩和されているように感じた。それでも、気を緩めすぎてはいけない。僕たちの成長を、監督に、ほかの高校に……もしかしたらどこかで見ているあの人に、見せつけなければならない。先を歩く葵の背中を見つめつつ、体を撫でる涼やかな風の中を歩き出した。


 静かな学園内に、大きな足音が重なり合って反響する。僕たちの沈黙が、校内の静けさを一層際立たせているようだった。

 監督はまだ来ていないようだった。念のため職員室や体育教官室なども覗いてみたが、監督らしき気配はなかった。しかし、絶対に来てくれるという確信はあった。今日は、僕たちの捻出ねんしゅつした答えを伝えなければならない。監督だって、それをわかっているはずだ。

 監督がやってくるまでの僅かな時間を使って、全員で、落ち着くために深呼吸をする。朝の綺麗な空気を肺いっぱいに吸い込み、吐く。悩みや、辛いことを息に乗せて外に放り出すように。何度か繰り返すと、淀んでいた体内が清潔さに侵食されているように感じた。

 十五分ほど経つと、開田監督と熊川監督がやってきた。僕たちは部室の前で一列に整列し、二人を待ち受ける。グラウンドに揺れる十三の影が、いつもよりも濃く見えた。

 並んだまま微動だにしない僕たちを見ても、監督は足を止めることなく、険しい表情を崩すこともなく、僕らの元へ歩み寄る。張りつめられた空気に変わっていくのを体で鋭敏に感じ取っていた。

「なに、しとるんや?」

 僕らの前に到達した監督は、まずそう口にした。仁王立ちで、僕らを品定めするような視線を寄越しながら。

「監督、お話があります」

 監督の問いから一秒も空くことなく、野村先輩が一歩前に出る。背筋を伸ばし、あくまで強気な声を携えて、監督と対峙たいじする。

「言ってみろ」

「はい。まずは、改めて、昨日の失態をお詫びします。本当に、申し訳ありませんでした」

 監督もまた石像のように動かず、頭を下げる野村先輩を見下ろす形で立っている。

「チームのキャプテンやのに、信頼にそむくようなことをして、本当に申し訳なかった」

 そして、僕らの方を振り向き、更に謝罪する。

「俺も……申し訳ありませんでした。俺は、昨日のうちに、みんなに謝罪しました。正直怖かったです。みんなからどんな反応をされるか……」

 俊介も続く。その声は少しくぐもっていた。

「でも……。みんな温かく受け入れてくれました。友哉なんかは、意固地にならんように、みたいな内容のメッセージ送ってきたり……。野村先輩も同様でした……。そして改めて気づいたんです。このチームは本当に温かくて、優しくて、すごいチームなんだって。人を寄せ集めただけの、ただの集団なんかじゃないんだって。今は二校連合という形になってますが、決してそんなわけじゃない。既に、このチームは一つなんだって、気づきました。そしたら、あんなに発狂してしまった自分がめっちゃ恥ずかしくなってしまって……」

 俯いたまま話す俊介。必死に顔を上げようとしているのだろうが、なかなか上を向かない。なぜかは……何となくわかるような気がする。

「俺はこのチームが好きです。色々仲たがいも起こしてきましたが、それらも全部含めて、このチームの事が大好きなんです。だから……俺はこのメンバーで甲子園へ行きたい。それを許してもらうために、これから俺たちはどうすればいいか……昨夜、野村先輩やみんなと相談しました」

 一筋の砂塵さじんが舞う。乾いた空気が僕らの体内へと入り込んだ。

「おそらく……絆を深める、とか互いのことを尊重しあって、とかは簡単ではないし、不可能に近いと思います。そんな抽象的なことでは、きっとこれからもこんな事態には対処しきれない。ですから、僕たちは決めたんです」

 リレー方式で僕が継ぎ、アンカーの野村先輩へと移る。

「相手が先輩であろうが後輩であろうが、自分の考えはしっかりと述べる。言われた方がそれを受け入れるか反発するかは自由。そして、その都度つどみんなで話し合って、より良い結論を導き出す。……もちろん、喧嘩になるリスクは高いです。互いのプライドとかもありますしね。でも、そうやって、良いことばかりやない状況を作り出していくのも、チームの強さを向上させるうえで重要だと考えました」

 僕たちが考え出したのは、丸く収めることではなく、あえて角を立てさせるというものだった。これが功を奏すかはわかり得ない。だが、少なくとも、マイナスなことだけではないはずだ。

「選手の気持ちは一緒です。試合に出させてください、監督!! この通りです!!」

 野村主将の掛け声とともに全員が頭を下げる。どこからか聞こえてくるバスの音が風に乗って拡散する。葵、瑠璃も選手と等しく頭を下げている。監督が嘆息する音が微かに聞こえたような気がした。

「ホンマに、その方針でええんやな?」

 全員が動かない。それを肯定ととってほしい。

「その案がうまくいくかは、正直わからん。話だけ聞けば、かなり危険な賭けになると思う。どんな状況になるかわからん。それでも、お前らの決意は揺るがんか?」

 はい、と答える。それぐらいの覚悟は、決定したときからしている。

「…………」

 開田監督に目配せする姿が僅かに見える。ややあって、開田監督はうなずいたようだ。

「……わかった。お前らの言葉、信じるからな。途中で嫌や、とか言うなや。ほったらどうなるか……わかっとるやろな」

 監督がシャツをまくり、その太い腕を出す。何するつもりなんすかー、と誰かが叫ぶ。そしてようやく、いつもの野球部の雰囲気が戻ってきた。

「じゃ、いまから開会式に向かうから、みんな急いで準備してバスに乗ってねー。あんまり時間に余裕がないからー」

 時計を見ると、既に七時になりつつあった。確かに、のんびりしている暇などなさそうだ。

 僕らは部室へと駆け出す。今日はわかさスタジアムでは練習できないが、明日からの戦場となる場所の下見という大事な仕事もある。

「よっしゃ、わかさ行くでぇ!!」

 貴浩が狭い部室で叫ぶ。耳がギンギン言うほどの大声だ。しかし、みんなが笑っていた。先ほどまでの反動のせいもあるだろうが、それだけではないのは、目に見えて明らかだった。

 禍福かふくあざなえる縄のごとし、と言うことわざがある。不幸の後には幸せがやってくる。その後にはまた不幸がやってくるのだろう。それでも、向かい合わねば、きっと前へは進めない。これから、このチームがどのように成長していくかは未来の僕にしかわからない。その時の自分は果して、どう答えるだろうか。いつか、『その時』の自分になった時、胸を張って答えられるようになりたい。

「あの時よりも、確実にこのチームは強くなったよ」と。

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