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常に楽しく! 常楽高校野球部物語~入学編~  作者: 深淵ノ鯱×kareat
1年・春~夏
38/54

些細な不安

 7

 試合後の練習は、ミーティングで話した通り、スタミナをつけることを大きな目的として行われた。とはいっても急に走る量を増やしたりしたのでは体を壊す原因になりかねないので、少しずつ少しずつ増やしていった。七月も近くなって気温は徐々に上がりつつあるが、府大会や甲子園が始まる季節になると、比べ物にならない暑さになるので、それに負けないために、そして勝負に勝つために全員が必死で体力づくりに励んだ。

 テスト二週間前はそうやって過ごし、テスト一週間前は皆テスト勉強。軽度のランニングぐらいなら学校でもできるが、基本的には部活動は禁止だ。テスト前はテスト勉強という明確な目的があるので悩むことはないのだが、放課後が丸々空くと、これまで部活動に精を出していた身としては急にぽっかりと真っ白な時間が生まれたようで、何をしたらいいかわからなくなることがある。葵と瑠璃はかねてから話していた簡単な勉強会のようなものを開いていたようだった。僕たち男子勢も、みんなで集まって勉強! とかはしないが、各々の勉強に専念した。真面目な良太はもちろん、俊介や亮輔もきちんとしているようだった。

 ちなみに、葵が試合の日に口にしていた「焼肉パーティー」とやらは、本人が忘れたのか、以後話題になることはなかった。

 そうしているうちに期末考査も終わり、テストの結果に一喜一憂している中、久々の常楽斜陽両校がそろっての練習が行われる日になった。

 この日は斜陽高校のグラウンドに移動しての練習だった。何度見ても広いなーと思うグラウンドの端っこにある野球部の部室内でまずは話し合いが行われる。

「常楽高校の皆さんも、斜陽高校の皆さんも、テストお疲れ様でした。結果はそれぞれだったと思いますが、きちんと見直して、赤点の人は補習を、良かった人もさらに点数を伸ばすために努力していってください」

 と何度も聞いたようなテスト終わりの常套句を熊川監督が述べた後、少し険しい表情になって、

「では、夏の甲子園に向けた、府大会の説明を始めます」

 と切り出した。


 府大会の開会式は七月十一日、京都府南部の西京極にしきょうごくにある、わかさスタジアム京都で行われる。初戦の相手は福知山市から少し南下したところにある開門かいもん高校。試合日は開会式の翌日の十二日、場所は綾部あやべ市のあやべ球場だ。開門高校は、これまで甲子園出場経験はなく、府大会でもあまり上位へ行けずに苦労している高校だが、僕らが相手だとどんな試合になるかはわからない。近松高校とは善戦したものの、だからと言って次の試合でもそんなゲーム運びができる可能性はゼロに等しい。前の結果をうのみにして、「こんな試合ができたんやから」と侮っているとどうなるかは言わずもがな、だろう。

 そして、僕たちのような連合チームが出場するのは、高校野球百年の歴史を振り返っても、京都府では初の事だ。もし、一回戦、二回戦突破だけでなく、京都府の中で頂点に立つことができれば、話題になることは間違いないだろう。それこそ、お互い、連合チームである必要などないくらいになるかもしれない。もちろん、僕の妄想に過ぎないが、勝負は時の運とも言う。どうなるかなんて、神様にもわからない。

(ただ、もしそうなったら、このメンバーで野球はできなくなるんやな)

 僕たちの単なる思い付きで始まったこのチームだが、解散するとなると、それはそれで寂しい。他校のように、それぞれの高校として単独で出場したいというのは、先輩を始め、僕も心のどこかで思っているような気がする。当然今の野球部は楽しい。充実している。入部したばかりのころと比べると、見違えるほどだ。でも、それでも。

 監督が話を続ける中、少しだけ僕は自分の世界に閉じこもる。新たなメンバーを迎えたことによって、二校が分かれるのならばまだ良い。でも、僕たちの学校だけ誰も来なくて、斜陽だけに吸い込まれるように人が集まったら。いらぬ妄想に、身が潰される思いがした。

 しかし、そう下を向いていても、今はその行動には何の意味もない。まずまず、話題になれるような場所まで行ける確証がない。小さな幻を相手に、卑屈になっている時間はない。

 「友哉、聞いとるか」

 突然に指摘されて、僕ははっと顔を上げる。みんなの顔がそこにあった。

「……はい、すみません」

 僕は、訝しそうな顔をしているみんなを見据えたまま、謝罪する。何事もなかったように話は続く。まぁ、そんな先の話をいま考えてもしゃーないか。そう自分の中で折り合いをつけ、思考を外に追いやる。校舎から微かに漏れ聞こえる吹奏楽部の奏でる音色が、やけに透き通って聞こえた。


 僕が意識を飛ばしている間に監督がしていた話は、そんなに重要な話ではなかったらしい。これからの練習や目標について再確認しただけだった、と密かに尋ねた良太が教えてくれた。

 練習は、いつものようにランニングから始まる。テスト前よりも多く走る。それでも苦しいと思ったりしなかったのは、やはり成長している証なのだろう。斜陽との初練習の時に、ランニングで弱音を吐いていた良太も、今はきちんとついて行っている。少ししんどそうにはしていたが、額に流れる汗は爽やかに光っていた。

 しかし気になるのは、俊介だった。テストが終わってから、どうも調子が悪そうだ。練習は普通にこなしているのだが、『普通』なのだ。力が入っていないというか、熱意が籠っていない。今から練習もハードになっていくというのに、魂が入っていないような野球をされては、個人だけでなくチームへも影響の余波が飛び火するのは間違いない。

「なぁ俊介、どないしたん?」

 練習中もずっと気にかけていたのだが話しかけるわけにはいかず、休憩中にお茶を片手に問いかける。俊介は気まずそうに顔を逸らし、コップの中のアクエリアスを飲み干す。

「い、いや、何でもないねん。そんなに変か?」

 汗を流しながら答える。それが練習後の為か、冷や汗なのかは僕にはわからなかった。

「まぁ、ちょっと気になる。あと、僕は別に俊介の状態が変とは言ってへんで。……ホンマに大丈夫か?」 

 誘導尋問をしたつもりはないが、引っかかってしまったらしいので、申し訳ないと思いつつ利用させてもらう。普段とはちょっと違う、そんな彼を見て、いよいよ不安が現実味を帯びてきているのを感じた。流れ続ける汗をぬぐいつつ、俊介は僕に無理した笑顔を見せる。

「だ、大丈夫。何かあったら俺からも相談させてもらうし。せやから、気にせんといて」

 そう言い残し、俊介は逃げるように、僕の前から姿を消した。ちょうど、先輩からの召集がかかる。皆がそれに吸収されるように駆けていく姿を、僕は複雑な心境で見つめていた。

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