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常に楽しく! 常楽高校野球部物語~入学編~  作者: 深淵ノ鯱×kareat
1年・春~夏
30/54

腐った鯛

 長い静寂の時間が終わり、校舎に今日もチャイムの音が鳴り響く。恐らく、全国のほとんどの学校で共通であろう、「Westminster Chime」と呼ばれているこの旋律。その名の通りイギリスはロンドンのウエストミンスター宮殿、すなわちビッグベンで使われているものらしい。

 しかし、十年近くこの音を聞き続けてきた僕らに、そのようなことを教えられても馬の耳に念仏というやつだ。今はクラス中のみんなが、安堵と疲労の息を吐き出している。

「終わった―!!」

「終わったなー! ホンマ、いろんな意味で!」

「ねぇねぇ、テスト終わったんやし、どっか行かへん?」

 様々な声が教室内を飛び交っている。

 今日は中間テストの最終日だったためだ。テスト監督をしていた先生は、盛り上がっている空気に水を差すのがはばかられるのか、騒ぐ生徒たちを尻目に、黙々と解答用紙の枚数を数えている。程なくしてそれも終わり、中島先生がのんびりとした様子で入ってくる。熱がまだ冷めきらない教室は、しばらく喧騒に包まれていたが、徐々に落ち着き、一分もすればみんなが自分の席に着いた。「テストも終わったことやし、今日は自由に過ごしてください。でも、無事故で」といつもの言葉を残し、先生の配慮か、SHRもすぐに終わった。

「なーなー友哉ー。今回どうやった?」

 帰りの電車に乗るために駅に向かう者や、お弁当を広げ始める者と、三者三様に皆が行動している中、葵は僕の元に来て、テスト終わりの常套句じょうとうくを投げかけてくる。右手にはコンビニの袋を持っているので、そのまま僕の席で食べるつもりだろう。

「ん、いっつも通りやで。あー、でも数学の最後のやつ全然わからんかった」

「へぇー、私、数学とか最初っからわからんかったわ! 赤点なっとるかもしれん!」

 気にもしていない様子でけらけらと笑いながら、おにぎりにかぶりつく。パリッ、と海苔の切れる音が届く。

「今回もまたノー勉? 高校生になっても変わらへんなー」

 葵は中学校の時も、ほとんどテスト勉強などしなかった。勉強会とかに誘われればついていくことはあったが、そこでも真面目に勉強していたかというと、決して首肯できるものではない。

 当の葵はというと、僕の言葉など聞こえていないという風に、口を動かしていた。はぁ、と嘆息し、僕もおにぎりを鞄から出す。ちなみにこれは、母親の手作りだ。

「まぁ大丈夫やって。友哉らーと一緒に二年にはなるから」

 本当に呑気なものだと思う。近いうちに赤点に泣く葵を見ることになりそうで、僕はもう一度息を吐いた。

「葵ちゃんも苦労してるんだねー」

 そんな僕らに瑠璃が割って入ってくる。

「瑠璃ちゃんはどうやった? 今回のテスト」

「ぜーんぜん。全くわかんなかったよ。もしかしたら赤点あるかも……」

「マジで!? 一緒やー!! 何かありがとう!!」

 と、僕などそっちのけでお話に花を咲かし始めた。その間、僕は黙々と大きめのおにぎりをかじり続ける。そしてそれがすっぽり胃に埋まったころ、

「あ、そうだ」 

 と瑠璃が声を上げた。じゃれついていた葵が一瞬動きを止め、「何?」と尋ねる。

「そういえば、今日は野球部全員来てくれ、って言われてたんだったね。何時だったっけ?」

 言いながら時計を見る。確か、午後二時にグラウンドに集合だったはずだ。

 現在の時刻は一時半前。まだ余裕はあった。

「全員集合ってことは、なんか大事なお知らせとかあるんかな?」

 葵が瑠璃から体を放し、思案するような顔をして言う。

 つられて僕も考える。思い当たることは一つだけだった。

「連合チームのことちゃうん?」

 該当することと言えば、これしかないだろう。部活停止になる前に、監督が探してくれると言っていた。その結果が遂に出たのかもしれない。

「相手校、見つかったんかな」

 もしそうだとしたら、常楽高校野球部にとって大きな一歩となる。きっと、相手校との意思疎通とかは難しいと思うが、それも含めて「連合チーム」という感じがする。

「……やったらええね」

 これが少し遅れた僕らのスタートになるかと思うと、自然と気分は高揚こうようしてくる。そのことを極力表に出さないよう、きわめて冷静に対応したつもりだったが、本音は隠せない。声には感情が籠ってしまうのだろう。

「そやね!」

「うん!」

 二人も僕に便乗するかのように、満面の笑顔で応えてくれたのだった。


 そして、それぞれユニフォームに着替え、午後二時には野球部全員がグラウンドに集合した。このように、わざわざ全員集合の声をかけることなど珍しいので、僕を含むみんなの面持ちはどこか硬かった。

「よし、全員そろってるね」

 全員そろったのを待っていたかのように、監督が少々遅れて姿を現す。脇には数枚のプリントを抱えていた。

「監督。今日、全員を声をかけてまで召集した理由は……?」

 石崎先輩が立ち上がり、せかすように言う。その声には、焦りとも戸惑いとも言えぬ複雑な感情が入り混じっているように聞こえた。

 そんな先輩を、監督はまぁまぁと落ち着いた動作で宥め、みんなの前に立った。同時に、先輩は苦い顔をしながらも、ゆっくりと地面に尻を着ける。それを確認してから、監督もまたゆっくりと話し出した。

「まずは、みんなテストお疲れ様。点数の良し悪しはあるやろうけど、そんなことはあんま気にせずに、ね」

 そう前置いてから、表情を少し固めて言葉を継いだ。 

「今日、みんなに集まってもらったのは他でもない。テスト前に言っていた、連合チームの件の結果が出たので、それを伝えるために集まってもらったんだ」

 部員の間に流れる空気だけがピリッと張りつめたような気がした。音もなく吹くそよ風が、僕たちを撫でているが、誰も、何も感じていない様子で、監督に視線を浴びせ続けている。

「じゃあ、今からプリントを配ります。ざっと目を通して」

 しかし監督は、僕らの視線など軽く一瞥いちべつして、プリントを回し始める。受け取り、知らぬ間に早鐘を打っていた鼓動を意識の外に追いやるように、目を向ける。


『他校との、連合チームの結成に関して』


 大きく、そう書かれていた。 

 一年の間から、小さな歓声が上がる。場をわきまえて、派手な喜び方はしなかったが、瑠璃と葵はそんなことなど気にもしていない様子で喜んでいた。対照的に、反対していた二年生たちは、苦虫をかみつぶしたような顔をして、プリントをじっと眺めている。

「はーい、静かにね。……そこに書かれている通り、ここの野球部と同じような状態になっている、府内の野球部に声をかけてみたところ、ある高校が、我々と組んでくれると言ってくださいました」

 詳細が書かれているところに目を落とす。そこには、一度は聞いたことがあるであろう、高校名があった。

「……京都府立斜陽(しゃよう)高校」

 小さく呟く。

「斜陽って、あの斜陽ですか!? そんなところが、俺たちと……」 

 貴浩が我が眼を疑うような形相をして大声を上げる。その反応に、監督は驚くことも表情を崩すこともなく頷いた。

「そう。『あの』斜陽高校。貴浩が想像している高校だよ」

 呆然として貴浩は黙る。

 僕だって少なからず驚いている。斜陽高校と言えば、一時は甲子園の常連と言っても過言ではない学校だった。京都にはほかにも強豪と呼ばれる学校が複数存在するが、最高潮の時には、それらをもことごとく蹴散らし、甲子園への切符を手にしていた。しかし、その時の監督がとしを重ねたために引退し、新たな監督が就いたと時を同じくして、斜陽高校はだんだんと衰退していった。数年後には府大会初戦敗退という信じがたい結果を最後に、姿を消していた。

「斜陽高校も、部員数はうちとほとんど同じ。だからこそ、一緒に野球をやろう、と言ってくださったんだ」

 未だに信じられないといった表情の先輩たちが視界の片隅に映る。相手は、いわば「腐っても鯛」な高校なのだ。うちの高校のような、「死んだ目をした魚」の高校とはわけが違う。もしかしなくても、レベルは全然違うのではないだろうか。見下されるような扱いを受けるのではないだろうか。そういった不安の欠片が、浮かんでは消えていく。

 しかし、色々考えていても仕方がない。これは既に決定事項なのだ。それも、僕たち自身が望んだことだ。

「あぁ、一つ大事なことを言い忘れてた」

 急に閃いたような声を監督が発す。皆の視線が再び監督に向けられる。

「今週末に、その斜陽高校と顔合わせするから。予定は開けといてね」

 朗らかな表情で宣言したのだった。

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