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常に楽しく! 常楽高校野球部物語~入学編~  作者: 深淵ノ鯱×kareat
1年・春~夏
23/54

予期せぬ問い

 *

 翌日。休みも終わって、けだるさを感じながら登校すると、瑠璃は学校を休んでいた。この前話しかけたような時間になってもやってくる気配がなかったので、もしかしたら遅刻かな? と思っていた矢先に伝えられたことだったので、度肝どぎもを抜かれた気分だった。

 中島先生曰く、瑠璃は風邪による体調不良だそうだ。熱はある程度は下がったらしいのだが、大事だいじを取って休むらしい。

「瑠璃が風邪か……。昨日はあんなに元気そうにしとったのにな」

 ホームルームが終わって、みんなが各々の会話に花を咲かせているなか、僕は空席となった瑠璃の席を横目で見ながら呟く。葵も心配そうな顔つきで僕の視線を追っている。

 昨日、瑠璃は僕たちが乗った電車より一本遅い電車に乗り込んだ。そのことが、今日のこの状態に関係のあることなのだろうか。僕が考えたところで事態が好転するわけでもないのだが、性格なのか、ついつい考えてしまう。

「まぁ、あんだけ元気そうにしとったからこそ、疲れて熱出してしもたんちゃうかな?」

 葵がもっともなことを言う。僕も、その意見に賛同する。

「お見舞いとか行けたらええんやけどなー。家の場所訊いといたらよかった……」

 葵がはぁ、とため息を吐きながら悔む。心なしか、普段は高い葵のテンションが、今日は梅雨つゆのジメジメした空気のように湿っぽい。瑠璃と楽しげに会話していた葵を思いだす。その性格ゆえ、昔から同性より異性の友人の方が多かった葵にとっては、瑠璃は久しぶりにできた気の置けない存在だったことだろう。僕だって、仲の良い人がいない日は少し鬱屈うっくつな気分になる。特に今日の葵はその気持ちが大きいはずだ。

「とりあえず『お大事に』って送っとこうかな……」

 スマホを取り出し、慣れた手つきで操作し、メッセージを送る。僕も同様に、メッセージを送っておく。一気に何件も送るというのもあまり礼儀がなっていないが、この際は目を瞑ることにする。

「さ、私らーは授業やで」

 面倒くさそうに息を吐き出しながら、葵は言った。


 放課後は野球練習。意地悪をしたかのように、空は青かった。絶好の野球練習日和と言えよう。僕たちはゆっくりと、グラウンドへと足を向けた。

 先に来ていた石崎先輩と貴浩に挨拶をして、部室で着替える。葵はさすがに入るわけにもいかないので、外でマネージャーとしての準備をしている。部長が言うには、もうすぐユニフォームが届くらしいので、もうしばらく体操服のジャージで我慢してくれ、とのことだった。

「よっし、今日も練習始めるで!」

 貴浩がみんなをまとめるべく大きな声を出す。グラウンドへの挨拶、トレーニング、素振りにキャッチボールと既に慣れた動きをそつなくこなし、今日の具体的な練習内容を聞く。

「今日はバッティング練習なー。先週一週間でみんなそれなりに守備はできるようになったと思う。本音を言えば、完璧と呼べるまでに仕上げてもらいたいが、やはり野球というのは点を取らな勝てん。せやから、今日はひたすら打ちまくる! 以上!」

 石崎先輩が高々と叫ぶ。その声にならって、僕たちは自分のバットの元へと駆け寄る。

 陽の光が反射して、僕の手の中にあるバットが銀色に鈍く光る。持つと感じられる九百グラムの適度な重さが実に手に心地いい。

 僕はホームランを何本も放てるような長距離バッターではないので、高校野球の規定の下限である「九百グラム」のバットを使っている。軽い方が、球をミート(バットに当てること)しやすいし、たまにジャストミートすれば長打にもなる。それなりの足があれば三塁を陥れることも難しくないし、相手のミスを誘って一気にホームまで生還することができる。しかし、相手投手の目が覚めるような、大飛球を打つことはなかなかない。

 ちなみに、石崎先輩のように長打が魅力のバッターは、僕たちのより少し重いバットを使用している。僕のように貧弱な体つきの者は、重いバットを持っても綺麗にスイングすることができない。きちんと操るためには、腕はもちろん、様々な部位の筋肉を必要とする。まさに、石崎先輩のようにがっちりした体躯たいくの持ち主にとっては鬼に金棒である。ただ、バットの芯がグリップより低い位置に行ってしまう、所謂いわゆる「ヘッドが下がる」状態になってしまうと、打球が上がりやすくなり凡打ぼんだになる。このように、一長一短な部分はいなめない。

「じゃ、二人一組になってティーバッティングなー!」

 石崎先輩の声のままに、打球を受け止めるためのネットを用意する。

 ティーバッティングは、球を打つことにおいて、基本の動きを身に着けるための練習だ。軽くほうられたボールをミートするだけの、一見すると簡単にも思えるこの練習。だが、自分のミートポイントを把握できたり、バットコントロールを向上させたりできる。

 「友哉、やるか?」

 愛用のバットを掲げた貴浩に声をかけられる。貴浩の後ろから陽が差しているため、後光ごこうが差しているようにも見える。少し可笑しく思いながら、僕はうなずいた。

「じゃ、お前から打ってみな」

 満足そうに笑いながら、貴浩がかごに入ったボールを手に取る。いいん? と尋ねると清々しい笑顔で返された。ネットの前に立ち、貴浩が右隣でかがむ。

「ほれっ」

 ぽいっ、と球が投げられる。それをネットに向かって打ち返す。カキン、と金属音を残してボールは緑の網目あみめに吸い込まれていった。

 二球、三球と貴浩は続けざまに放る。打てばすぐに次の球がやってくる。だから、素早い動きを繰り返さなければならない。

 徐々に体が熱くなってくる。体じゅうの筋肉が使われているのが実感できるので、この感覚が僕は好きだ。額に汗が浮かび始めたころ、貴浩は一旦投球を止めた。

「うん、久々にお前と組んだけど、やっぱり変わってへんわ。回数が増えてきたら、軽打の意識がどっかにいってしまって、スイングが雑になってきよる。中学校ん時はそれでも打てたかもしれんけど、高校やったらベンチ入りもさせてもらえへんで」

 ま、うちはそんなこと考えても意味ないけどな、と貴浩は最後、自嘲気味に笑いながら言った。

「今度はちょっとペース落としてやってみるから、スイングの角度を変えんことを意識しながらやってみ」

 再びそれぞれの定位置に戻る。

 今度は先ほどと比べ、ずいぶん余裕を持ってスイングをすることができた。その分、僕のバッティングの際の癖が出ることもなく、出塁を目標とした振りを徹底できた。

「おー、だいぶマシになったな。じゃあ、ちょっとスピード上げるでー」

 いたずらっぽい笑みを浮かべながら、貴浩がボールを握る。ここでは「はい!!」と大きく返事をした。

「モチベーション上がっとんなー! よし、いくで!」


 ふぅ、と息を吐き、バットを下げる。少しずつ早くしてもらい、最終的には最初と同じぐらいの速度でトスしてもらったが、後半になるにつれて、やはり癖が出てしまった。監督にも見てもらったのだが、同様のことを言われた。ただ、練習を続けていく内に徐々に改善されていくだろう、とのことだったので、これからの努力次第である。

 その後、貴浩のバッティングも監督に見てもらったのだが、思っていた通り、僕と違って美しいスイングだった。監督も非の打ちどころはない、と絶賛しっぱなしだった。基礎が為っていると僕も彼のようになれるのだろうか。正直、想像できない。

「全員集合ー!」

 束の間の休憩を過ごしていた僕らに、石崎先輩の大きな声がかけられる。麦茶が入っていたコップを急いで元の場所に戻し、先輩の元にダッシュする。その時に、葵にコップ洗ってなくてごめん、と目で謝ることを忘れない。

「バッティング練習ご苦労さん。もうちょっと時間あるから、それぞれの克服すべきところを重点的に練習してくれ。ほんで、明日のことで連絡がある」

 そこで一旦言葉を切り、一同を見回す先輩。皆が一様に真摯しんしな瞳で彼を見ている。

「明日は先生たちの都合で午後がカットになったのは、お前ら知っとるやんな? せやから、折角今日バッティング練習やったんやし、バッティングセンターにでも行こうと思っとんやけど、どうやろ? 監督には許可もらっとる」

 明日は午後が職員会議のため、午前中で終わりだとホームルームで伝えられた。

「行きます!」

「行きたいっす!」

 先輩が言い終わる前に、俊介たちが素早く声を上げる。僕もその気持ちは理解できる。バッティングセンターは球児にとって、毎日でも行きたい場所、というより毎日行かなければならないような所である。画面から飛び出すように向かってくる球を弾き返す感触というのは、実にスカッとするし、日々の練習の成果が一番目に見える形で確認できる。

「ちなみに明日都合が悪い、っていう奴はおるか? 家の人に確認取らなわからん、っていう場合は今答えを出さんでもええけど」

 先輩の質問に手を上げたり声を出したりするものはいない。目は口ほどにものを言う、という言葉の通り、みんなの目が爛々と光り、それぞれの意志を映し出している。

「じゃあ、全員参加でええよな」

 皆の太い返事が響く。石崎先輩は満足げにうなずき、監督に振り返った。監督も「OK」という風に親指を立てる。

 そして、残りの数十分、僕らは残りの力を全部出し切るかのようにバッティング練習に打ち込んだ。ほんのわずかな時間だったけど、バットが自分の手に馴染んでいるような気がして、さっきよりも気持ちよくバッティングができたと思う。


「お、楠木君、ちょっといい?」

 鮮やかな夕焼けの中、荷物を取りに教室に戻っていたところを中島先生に呼び止められた。右手にずっしりとした書類の束を持っているので、会議でもあったのだろうか。教員というのはほかの公務員よりも忙しく、過酷だと聞く。苦労してはるんやろな、と心の中でねぎらいつつ先生の方に振り向く。

「野球部お疲れさん。どうや、調子の方は?」

 世間話よろしく尋ねられたので、まぁボチボチです、と現状を返す。

 先生はそうか、と笑みを浮かべた後、少しばかり表情を硬くして僕に向き直った。

「ちょっと楠木君に頼みたいことがあってな。今日能口さんが休みやったやん? やから、悪いけど、彼女に今日の連絡事項とかを伝えておいてほしくてね。ホンマは先生が電話とかするべきなんやけど、能口さんもクラスメイトから連絡もらう方が気分的にも楽やと思うから。どうやろ? 頼めるやろか?」

 聞かれて、僕は少しの間考える。僕でいいのかな? という気が少ししたのだ。

 僕なんかより葵とかのほうが仲も良いし、瑠璃も喜ぶのではないだろうか。異性よりも同性の方が楽なのではないだろうか……と口にしそうになったのだが、それを呑みこみ、僕は首肯していた。

「いい? ゴメンな、ほんと。じゃあちょっと待っといて」

 言い残すと、先生は一瞬だけ自らの机に向かい、何やらペンを走らせた。

「じゃ、これが連絡事項ね。頼んだよー」

 了解しました、という返事と共に、走り書きされたメモを受け取り、僕は職員室に背を向けた。


 車中では、いつものメンバーと適当な会話をしながら過ごしたため、メモの内容を伝えることはできなかった。そのため、帰宅後、すぐに書かれていた案件をそのまま、DMで瑠璃に送った。少し間を空けて「体調はどう?」とも送る。

 ちなみに、朝に葵と揃って送ったメッセージには意外なほど早く返信が来た。シンプルに「ありがとう」の言葉だけだったが、返信できるだけの余裕はあるんだな、と少し安心した。中学の時も、体調不良で欠席した奴が、ツイッターなどに投稿をしているだけで、「あぁ、こいつは大丈夫なんやな」と、安心とも不満とも言えぬ感情を覚えたのを思い出す。

 そして、今回も十分も経たぬうちにメッセージが返ってきた。

『わざわざありがと!(≧▽≦) もう熱も下がったし、明日からは学校行けるよ!!』

 と、いかにも文面だけであの元気良さが伝わってくる。

『で、明日の午後は休みなんだねー。もしよかったらまたどっか近場に遊びに行かない? 何人か誘ってさ!』

 瑠璃らしい文章だなー、とネット上でいう「w」の気持ちを覚える。だが、今回はその誘いを受け容れることはできない。ちょっと心苦しいが、事情を説明して丁重に断ることにする。

 なるべく高圧的な文面にならないよう、気を遣って返事する。

『そっかー……。部活のことなら仕方ないね。じゃ、また今度遊びに行こ!(・ω<) 』

 ここ一週間、文字で会話して思ったのだが、葵に限らず、女子はどうも顔文字を頻繁に使いたがるらしい。その方が受け取る側としても相手の気分が解りやすいし、戸惑わないのだが、こっちも使わなあかんかなー、という気分になるのがちょっと複雑なところだ。僕はその辺の知識はとぼしい部類に入る。

 だから、簡潔に『了解』、とだけ返す。その後しばらく瑠璃から返信が来ることはなかったのと、母親から夕食の時間だと声をかけられたので、スリープモードにして、その場を離れた。


 おふろに入り、簡単に授業の復習もして寝る前。再びツイッターを覗く。すると、DMの通知が来ていた。開くと、瑠璃から一言だけの質問(メッセージ)が目に入った。

『野球部って、楽しいの?』 

 その問いの意図が解らず、僕は一瞬、スマホを片手に固まった。

 だが、ゆっくりと指を動かし、自分の思うがままの気持ちを述べ立てた。

 なぜかは判らないが、彼女の文面からは切実な感情が溢れているような、そんな気がした。

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