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常に楽しく! 常楽高校野球部物語~入学編~  作者: 深淵ノ鯱×kareat
1年・春~夏
22/54

瑠璃空

 その後、瑠璃とも定期的に連絡を取り合うようになり、企画していた親睦会は今週末に行われることになった。家の用事などで来れない人もいるらしいが、最終的にクラスの半数近くがこの親睦会に参加することになった。

 主催者の瑠璃曰く、「場所は福知山の『あそVIVA(ビバ)』。あそこならカラオケもゲーセンもいろいろあるし、退屈することはないでしょ?」とのことだった。ちなみに、あそVIVAとは駅から三十分ほど歩いた先にあるアミューズメントパークだ。カラオケやゲーセンを始め、バッティングセンターやボウリング、スクリーンゴルフもできたりと、この地域の学生たちの遊ぶ場所の代表となっている。

 ベタではあるが、そこ以外にこれといった場所もないので、快く了承した。

 そして、週末までの僅かな期間の内に、今回一緒に行くことになったクラスメイトはもちろん、そうでない人たちとも少しだけでも会話ができるようになるよう、僕は色々な人に話しかけた。相手も、僕が参加者だとわかると、軽い表情で話を返してくれた。中には、プロ野球が好きな子もたくさんおり、しばらく話し込んでしまったりもした。

 案外みんな友好的に接してくれるもんやなぁ……と感じながら、しばしの時を過ごした。

 中学を卒業し、多くの級友とも別れることとなり、しかも地元では数少ない電車通学で。もし自分という存在が受け入れられなかったらどうしよう……とずっと不安だったのだが、ここ数日でそれはかなり解消された。きっと、この先いつも通りに、平和に過ごしていけば、このクラスでのけ者にされたり、けむたがられたりすることはないだろう。そのことに、とても安堵あんどした。

 これも全部瑠璃のおかげだな。

 僕は心の中で、そっと彼女に感謝を伝えた。


 そして、週末を迎えた。

 まだ四月だというのに、気温は徐々に上昇し始め、皐月さつきへと向かっているのを感じさせられる。けれど、これくらいの気温が環境が一番過ごしやすい。こうやって窓に寄りかかりながら何をするでもなく外を眺めていると、知らぬうちに意識が薄れかけることもしばしばなのだが、春の陽気とは実に心地いいものである。

 やがて、列車は福知山駅に静かに滑り込んだ。石生と比べると、少しだけこちらの方が気温が高い気がする。

 いつものように改札をホームから一階に降り、改札を抜ける。待ち合わせは駅の改札を出たところ、と聞いているのだが、そこを素通りして僕は駅の外に出る。実を言うと、約束の時間までは、あと一時間半ほどあるのだ。別に家にいると落ち着かないから、とかいう理由で早く来たわけではない。折角休日に福知山に来るのだから、普段はあまり行けない、本屋さんにでも寄ってみようと思ったのだ。それに、遅れるぐらいなら早く来ておいた方がいい。

「ええ天気やなー……」

 駅舎を出た途端に降りかかる眩い日差しに薄く目を細めながら、そっと感想を漏らした。


 三十分ほど駅近くの本屋さんで本やマンガを物色したところで駅に戻ってきた。特に興味をそそられるものはなかったし、一通り見てしまって手持ち無沙汰になったため、仕方なくである。

 時計を見ると、正午を回ったばかり。あと一時間はある。

「何しよっかなー……」

 やっぱり、葵たちと一緒に来るべきだっただろうか。もちろん、二人には先に行っている、と事前に言ってある。彼らにも、どうせだし一緒に来ないか、と誘ったのだが、葵も良太も、二人揃って「今まだ読んどるのがあるから」というメッセージが返ってきたのだ。水臭いなぁ……と少し不満に思いつつこうやって来たわけだが。

「…………暇や」

 一人ごちり、駅の待合室に入る。数人の客が暇そうに、スマホに向かっていたり、雑誌の文字を追いかけたりしている中、僕もそのお仲間になるかのようにどっかりと腰を下ろす。ここにはセブンイレブンや喫茶店があるので、ある程度の暇は潰せるのだが、あまりお金は使いたくない。喫茶店ともなると、一人で入るというのは、若干ハードルが高い。

(まぁ、そのうち誰か来るやろ)

 一応は十数人いるのだ。誰かしら、僕と似たようなやつがいたとしてもおかしくはない。

(もしかしたら、もう既に誰か来とるんちゃうかな?)

 あり得ないとは思いながらも、顔を上げて周りをぐるっと見回す。サラリーマンらしき男性に、おじいさんとおばあさん、部活帰りとおぼしき学生……。その中に、一人だけ見覚えがあるような姿を捉えたような気がした。改めてもう一度見ると、それは僕と同じくあたりをきょろきょろしていた瑠璃だった。休日になっても、あの髪型は変えないらしい。学校でくくっているのは髪が長いせいで校則に引っかかるから、とかなのかな、とも考えていたのだが、どうやら的外れだったらしい。

 瑠璃は腕にはめた小さな腕時計と数秒おきににらめっこし、挙動不審といった様子だった。時折、指にその髪を絡ませては離すといった動きも見せている。そして、何やらため息らしきものもついている。

(もしかして、瑠璃も早く来すぎて退屈してるんかな?)

  そう考え、さらに、ちょっと驚かしてやろうかな、と悪しき考えも加わって僕は極力音を立てぬよう、その小さな体の背後に近づく。瑠璃が僕の存在に気づく気配はない。数メートルまで距離を詰めると、一気に飛びかかった。

「きゃっ」

 僕の期待通り、瑠璃は可愛らしく反応してくれた。そして、慌ててこちらを向く。羽織はおるように着ていた、「LOVE」と中央に描かれたピンクの上着が、勢いのままひらりと舞った。

「と、友哉くん……?」

 まるで化け物に出会ってしまった直後のように、瑠璃は肩で息をしている。動悸どうきが治まらないのか、その顔は少し苦しそうで、目の端には涙すら浮かんでいるような気さえする。こうにも過剰に反応されると、下心丸出しだった自分に罪悪感を覚えてしまう。申し訳なくなって、とりあえず僕は瑠璃に対して頭を下げた。

「その、ごめん……。まさかそんなに驚くとは思ってへんくて」

 僕の詫びに対して、瑠璃は別にいいよ、と両手を振り、

「にしてもめっちゃ驚いたよー」 

 と、呼吸も落ち着いた顔を破顔はがんさせて言った。ごめんね、と再度謝り、折角なので雑談に興じるとする。

「友哉くんはどうしてわざわざこんな早い時間に? 約束してた時間まではまだ結構あるけど」

「ちょっとそこの本屋さんまでね。けど、特に買いたいもんもなかったから、何しよかなーて思ってたところに、瑠璃を見つけた、ってわけ」

 で、あんなことしたわけね。と瑠璃が笑って言う。これ以上謝るのも気を遣わせてしまう気がしたので、苦笑でかわした。

「ところで、瑠璃も何でこんな時間に? いくら自分が計画したからといっても葵たちと一緒に来ればいいんじゃ……?」

 僕の逆質問に、一瞬逡巡するような表情を浮かべる。心なしか、視線が少しの間ずれたような気がする。肩にかけた小さなショルダーバッグをかつぎ直して、彼女は再び笑顔を浮かべた。

「……あたしもちょっと暇だったからね。お母さんが福知山に買い物に行くって言うから、ついでに乗せて来てもらっちゃった。張り切りすぎちゃったかな?」

 ははっ、となぜか苦しそうに笑う。前髪を触りながら、まるで次の言葉がどこにあるのかを探しているかのように、視線を巡らさす。照明のせいだろうか、その顔はやけに暗く見えた。

「その……そうだ? 友哉くんって好きなこととかある?」

 何事もなかったかのように話を振ってくれる瑠璃。一瞬だけみせた憂いを帯びた表情は跡形もなく消え、いつもの天真爛漫てんしんらんまんな笑顔に戻っている。僕の気のせいだったのだろうか。普段から明るく、元気に日々を過ごしている瑠璃が、あのような悲しそうな表情をするだろうか。

(まぁ、見間違いか)

 そう、自分の中で結論付けた。

 だって、目の前で僕のいらえに耳を傾けながら会話してくれる彼女の笑顔が、いつわりのものだなどとは、信じたくなかったから。

 僕が、そんなことを願ってしまうほどに、彼女は笑っていた。


「そのツインテールっていっつもなん?」

「うん! 結構みんなに言われたりするんだけど、これはあたしのアイデンティティ!」

 それから数十分、僕たちはくだらない話でいろいろと盛り上がった。そして、葵たちが到着するころには、二人して話し疲れてしまっていた。改めて周囲を見回すと、だいぶ顔ぶれが変わっていた。皆、各々の用事のために列車に乗ってっていったのだろう。もしかすると、僕たちの会話がうるさすぎて場所を変えただけなのかもしれないが。

「まだこんだけ? あと十五分もないやんな?」 

 葵が待ち合わせ場所にいる面子めんつを見渡し、疑問の声を上げる。

「うん。でも、丹鉄たんてつとか舞鶴線まいづるせんももうすぐ着くはずだよ。福知山の人も、もうすぐ来ると思う」

 瑠璃が丁寧に答える。

「ふーん……。それはそれとして、瑠璃ちゃん私服かわいいなー!」

 葵が瑠璃をまじまじと見つめ、感嘆したような声を漏らす。

「そ、そう? ありがと!」

 照れくさそうにお礼を言う。葵の着ているシャツも、十分似合っているのだが、瑠璃ほどの飾り気はない。下半身は、瑠璃がキュロットに、葵がショートパンツといった服装だ。

「あっ、いたいた」

 近くから声が聞こえた。その方を見ると、クラスメイトの男子数人がこちらに向かって歩いてきているところだった。正直言うとまだ名前はうろ覚えなのだが、オタク顔の奴だったり、前髪が長い奴だったりと特徴はたくさんある。そのうちに、覚えることはできるだろう。

 そして、僅か五分ほどの間に全メンバーがそろった。これまで数日しか共に過ごしていないが、やはり私服だと印象はかなり違う。個性的な格好の人もいれば、シンプルイズベストをそのまま形にしたような服装の人もいる。他人の私服というのは、その人の『個』が顕著けんちょに表れるものだ。

「じゃ、行こうか!」

 少し硬い動きのようにも見えるが、瑠璃が先導して歩き出す。大通りまで出たところで、僕はふと空を見上げた。

 今日も、まるで瑠璃を薄くしたような、澄んだはなだ色の空が広がっていた。


 その後、僕らは一日中いろんなもので遊んだ。あるクラスメイトは音痴で音をはずしまくり、あるクラスメイトはずっとアニソンばかりを歌っていた。ゲーセンでは「太鼓の達人」を目にもとまらぬスピードでやり続ける人もいた。

 そして、陽も沈みかけたころ、僕たちは福知山駅へと戻ってきた。何人かは電車の都合で先に帰ってしまったのだが、ほとんどのメンバーは欠けずに、今日一日楽しんだ。

「じゃ、今日はありがと! 楽しかったよ!」

 改札口の前で、瑠璃が感謝の言葉を述べる。いやいやこっちこそ、と誰かが漏らす。僕も、同じ気持ちだ。

 そして、電車の者は定期を片手に改札口へ、歩きの者はそれぞれの家の方向にばらばらに散っていく。僕も葵たちと共に帰ろうとしたのだが、瑠璃は逆の方向に向かっていた。

「瑠璃? 帰らへんの?」

 瑠璃は一旦立ち止まり、こちらを振り向いた。

「うん、一本遅いので帰るよ。ありがと、じゃあね!」

 片手を振り、瑠璃は待合室の方へ消えていった。次の福知山線の列車は結構すぐに来るし、まぁなんか事情があるんやろ、と考え、特に気にすることなく僕はホームへと向かった。


 *

 友哉くんたちの背中が、改札口を抜け、だんだんと小さくなる。

 待合室からその様子を眺めていたあたしは、ふぅ、と一つ息を吐いた。自販機で水を買い、口にする。今日は朝から緊張の糸を張り付けっぱなしで、とても疲れた。というのも、今回のように、自分から遊びを企画して、誰かを誘うことなんて初めてのことだから。そもそも、誰かと休日に遊びに行くということすら、久しぶりだった。最後にこんなことをしたのはいつだっただろう。

「…………」

 ブルーな気分になりそうだったので、思考を停止させる。ダメだダメだ、こんな気持ちになってちゃ。いつも、誰かを笑わせられるような存在になるんだから。そう自分に言い聞かせ、頬を軽く揉んで表情を戻す。

 みんな、とても優しかった。誘う時点で断る人ももちろんいたが、来てくれた人はみんな温かな笑顔を浮かべてくれていた。もしかしたらそれは上辺うわべだけで、心の奥ではどう思っているかなんてわからないが、それでもあたしは良い。来て、一緒に行動してくれるだけでも嬉しいのだ。

 そして、その中でも特にあたしと話してくれた人。ちょっと頼りなさそうだが、おちゃめなところもあり、温和な顔つきをした子。楠木友哉くん。

 理由は異なるが、あたしと同じく、早い時間に来て暇を持て余していた。初め話すうちは少なからず緊張もしていたのだが、少し話すだけで、彼とは打ち解けられたような気がした。彼の持つ、独特の雰囲気のおかげだろうか、それともただ単に自分が勘違いしているだけなのか。

「ま、いっか」

 自分を変えようと決めて踏み出した、まず第一歩。それは、上々の滑り出しであったのではないだろうか。たくさんの人と友達になれたし、きっと自分に対する印象もだいぶ変わっただろう。

「……楽しかったなぁ」

 一つ席を挟んで座る他校の学生には聞こえないよう、喧騒に掻き消されるような声で呟いた。

『お客様にご案内いたします。間もなく五番乗り場に……』 

 あ、もう電車が来る。

 アナウンスの声に導かれるように、あたしは手荷物を整え、立ち上がる。

「…………あっ」

 くらっ、と立ち眩みがした。思わず肘掛けに手を置き、落ち着かせる。

 急に立ち上がったから、仕方ないか。

 改札を抜け、ホームへ上がる。

 止まっていた列車に乗り込み、適当な席に座る。それだけのいつもしている一連の動作なのに、体がそれについて行っていない気がした。

「……疲れたのかな」

 今日は早く寝よう。

 あたしを乗せた列車は、間もなく、徐々に深くなっていく闇の中を走り出すのだった。

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