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常に楽しく! 常楽高校野球部物語~入学編~  作者: 深淵ノ鯱×kareat
1年・春~夏
17/54

本音

 

 *

 俺は、正直悩んでいた。自分の行動や感情は、間違っていたのかと。降りしきる雨の中で出した、自身の怒鳴り声に、今でも驚きを隠すことができない。

 柴田と共に帰ろうと、学園の昇降口で靴を履きかえていた時のことだ。知らぬ間に降り出していた雨は、バケツをひっくり返したかのような大雨と化していた。その時傘を持っていなかった俺たちは、どうしたものかと頭を抱えたものである。

 今日の練習は、雨のため、屋内練習となったと、クラスメイトの野球部員、山本良太から聞いた。実を言うと、あまり参加する気はなかった。山本の言葉にも、適当な生返事を返していただけに過ぎない。

 それに、部長の石崎先輩の態度もあまり好ましくなかった。あのように、ギャンギャンとわめき散らす人は苦手だ。もしかしたら、中学の時の環境がまだ俺の中に生き残っているのかもしれない。


 俺、支倉俊介と、柴田亮輔の通っていた中学校は同じだ。福知山から山陰線(さんいんせん)に乗って数駅のところにある、小さな学校だ。

 クラスも少なく、同級生も数えるほどだった。

 けれど、普段から活動的で、クラスメイトをボケで笑わせるのが得意な俺と、物静かで冷静な亮輔のツッコみは、クラスの名物となっていた。退屈な授業があれば、顔芸や、先生に見つからないような身振り手振りで芸をし、授業を受けている生徒が笑いに堪える姿を見るのが、この上なく楽しく、そして幸せだった。

 俺たちは、部活も一緒の野球部だった。ここの野球部は、あまり練習はハードではなく、礼儀作法に関することなどもゆるく、俺にとって、居心地は悪いものではなく……そう、入部する前の、常楽高校野球部のようだった。

 実は、俺は人を自らの芸で笑わせるという特技を持っていながらも、その精神は、決して強靭きょうじんなものではなかった。今のままでも充分楽しめていたが、さらに磨きをかけるために、野球部へと入部した。一からきたえ直してもらえれば、自分も変われると考えたからだ。

 けれど、実際は違った。幾らかは改善された時期もあったかもしれないが、基本的に弛緩の極みにあった野球部は、結果的に俺を変えてはくれなかった。むしろ、肩すかしを喰らった気分になったため、一層俺の心を縛る縄は、緩んだだろう。

 そして俺は、亮輔と共に常楽高校へと進学した。入試の面接の際は、簡単でありきたりな理由を述べておいた。本当の理由は、亮輔に自分を止めてほしかったからだ。

 甘えきったまま高校生になった自分は、きっと、思い通りに行かなかったくなるたびに、不平不満を漏らし、我儘を零すことだろう。十数年で、がんのように大きく育ってしまった俺の中の気持ちは、もはや取り除くことはできない。だから、自分を律するために、亮輔の尻を追いかけた。

 そして、中学の時と同じく、野球部に入った。ここの野球部は、弱くて、まとまりがないことで有名だった。卒業の際、監督に、『常楽の野球部だけは入るなよ』と何度か忠告されたほどだ。けれど、俺はそれを軽く無視した。ほかに特にやりたいこともなかったし、折角なら野球を続けてみてもいいかな、と軽はずみな思いが湧いたのだ。

 俺にとってこの練習は、難しいものではなく、中学野球の延長上としか感じなかった。グラウンドに礼をするなど、少しだけ、作法は厳しくなったが、ほかのことは去年までと何ら変わりはない。これなら続けられる、と密かに喜び、下校道の足取りはかなり軽かった。

 だから、今日の練習も大したことはしない。中学と、異なることはしない。そうあんじた俺たちがさぼろうとしていたところを、運悪く木ノ下に見つかってしまったのだ。

 体操服のジャージ姿で練習に向かおうとしていた木ノ下は、一度は関心を持たずに通り過ぎた。けれど、急に思い出したのか、つかつかと早足で戻ってきて、まず「帰るん?」と穏やかな口調で問いかけてきた。 俺はその問いに、素直にうなずいた。亮輔は黙って、事の成り行きを見守っている。

 練習はあるで? という言葉にも、俺は知ってる、と短く答えた。すると、木ノ下は少し語気を強めて注意してきた。

 初めは俺も、穏便に済ますつもりだった。いつものノリで、笑って水に流してもらおうとした。

 けれど、木ノ下は態度を変えることなく、さらに強い口調になった。俺たちが纏う空気が一気に張りつめたのを、体で感じたほどだ。

 本能的に俺の肉体が、精神が、脳が反応して、俺は言葉を荒げていた。背後で流れ続ける、ザー、という雨音が、テレビの砂嵐のようなノイズ音に聞こえた。

 俺が、こんなにも感情的になって怒るのは、初めてのことだった。だから、俺は戸惑っている。なぜ、自分はあの時、発狂してしまったのか。もしかしたら、あの姿が、俺の本当の姿なのかもしれない。普段の、ムードメーカーで、馬鹿をしている支倉俊介は、仮面をかぶった偽物なのだろうか。考えているうちに、とてつもない恐怖を覚えた。自分が、自分の抱いていた理想像が、内側から大きく崩れていく。自分は、人間の面をした鬼なのだ。俺は、鬼。人を喰らい、人を踏み台にして生きる。想像しただけで恐ろしかった。

 悶々(もんもん)と考えているうちに、合宿当日となった。一晩考えたが、出てくる答えは一つしかなかった。

 謝罪。前日の悪行あっこうを詫びて、良好な関係を築く。

 一番簡単だけど、一番悩んでしまう方法だった。

 朝、駅に来るなり、柴田に心配された。正直に打ち明けると、柴田は案外簡単にうなずいた。

「やっぱり、昨日の支倉君のあれはダメやと思う。僕も一緒に謝るから」

 柴田のありがたい提案を、俺は申し訳ないと思いながらも、すげなく断った。これは、俺だけの問題だ。柴田は、何もしていない。

 揺らぎそうになる気持ちを、セメントでも流し込むかのように固定して、俺は学校へ向かった。けれど、いざとなると、話しかけることができない。今はベストタイミングではないのではないか、今は携帯で何か大切なことをしているのでは、もうすぐ友人が来るのではないか……。

 そうこうしているうちに完全にタイミングを失い、俺はバスの中で、柴田以外の誰にも聞かれないように、相談した。

「やっぱり二人っきりになった方がええんちゃう? 木ノ下さんが話に乗ってくれるかはわから――」

 途中まで言って、彼は口を噤んだ。そして俺を見る。きっと、言ってはいけないことだろうと気付いたのだろう。俺はゆっくりと首を横に振る。

 その後、密かに話し、夕食の時に全員に謝ろうという結論に至った。そしてその後、改めて、彼女に謝罪の言葉を伝えると、心に決めた。


 *

 夕食は、ロッジの食堂でみんな集まって行われた。

「おー、ええ匂い……!」

 横で葵が目を輝かせている。

 部屋に入ったとたん、温かそうな人数分の食事が目に入った。

 ファミレスで見るような小さなハンバーグではなく、ジャンボサイズのハンバーグがほくほくと湯気を立てている。その横には、同じくビッグサイズのエビフライが、タルタルソースを纏って居座っていた。さらに、ご飯はお代わり自由だという。

 コックさんの話曰く、ここを学園のオリエンテーションなどで使用する際にはもっと質素な食事を出すらしい。けれど、野球部、しかも、特別な事情を抱える野球部なら、ということで奮発してくれたらしい。

 みな、我先にと席に着く。僕の左隣には葵が、右隣りには支倉が、正面には良太が座る。さらに、その良太の横には柴田が、テーブルの端は貴浩と石崎先輩が向かい合って座る。葵は、隣に幼馴染以外は座らせない、と言った禍々(まがまが)しい空気を放ち続けていた。

 夕食の間は少しではあるものの、会話が生まれていた。陽気な貴浩がまず話を振ったため、比較的柔らかなムードになった。

 静かな微笑が僕らから発せられる。人数が少ないので、修学旅行の時のような、相手の声が聞こえないほど騒がしいということにはならないが、少し安堵した。

 けれど、僕の隣に座る支倉は、沈痛な面持ちで、箸もあまり進んでいない。皿の上のハンバーグは、手を付けられることなく冷め始めている。ご飯をちびちびと口に運んでは、水で流し込むだけの食事だった。

 間もなく、支倉は無言で立ち上がり、部屋を出て行った。柴田がそれを、味噌汁を啜りながら横目で見ている。貴浩のどうした? という声にも愛想笑いで対応するだけで、見ていてとても危なっかしく思えた。

「……なんなんやろな?」

 その、ひどく苦しそうな姿を視界の端に捉えたのか、葵が少い陰った顔つきで僕を見る。

「……心配しとん?」

 僕が微笑みを携えて葵を見ると、素っ気なく彼女は首を振った。

「別に。まだあいつのことは許してへんし。謝りにでも来たら、考えるけどな」

 ついっとそっぽを向いて、突き放すように答える。葵の背後から見えるその表情で、その言葉は嘘ではないと感じ取れた。

 けれど、解釈の仕方によっては、それは謝ったら許すかもしれない、ということも事実であるということであり。

 葵の中でそのような気持ちが芽生えていることを、僕は少しだけ、嬉しく思った。

「はぁ……」

 隣で葵が重く吐息する。

 僕がどしたん? と声をかけると、葵は疲れたような表情で漏らした。

「もう気張きばるんも嫌になったわ。早いとこ何とかならんかなー……」

「葵の方から謝ったら?」

「それは嫌や。私は何も悪いことしてへんもん」

 そこは、何があっても崩すつもりはないらしい。

 けれど、葵の中で、何かが少しずつ変化しているのは確実だ。あとはきっかけだけだ。

 葵はもう一つ、わざとらしく大きく嘆息し、フォークに刺したハンバーグをひょいと口に放り込んだ。

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