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常に楽しく! 常楽高校野球部物語~入学編~  作者: 深淵ノ鯱×kareat
1年・春~夏
12/54

会話

 *

 その夜。帰宅後の一連の作業を終えて、自室に戻った僕は何をするでもなくベッドに寝転んでいた。合宿の用紙は親に渡して、既に書いてもらった。宿題もまだ出ていないので、しなければならないこともない。 目を閉じると、天井の蛍光灯の残像が瞼に焼き付けられる。それは数秒も経たないうちに消えてゆく。そして再び視界は闇の世界になる。電車内で寝てしまったせいで、まったく眠たくもない。

 だが、ふと思いついたことがあった。下校時の、厳密にいうと石生駅に着いた時からの葵の態度。普段とは少し違った気がした。僕の話にはちゃんと返してくれるのだが、どこか心ここに在らずと言った感じだった。これまでのように、話が続くこともなかったし、大きな笑いが起きることもなかった。いつもなら、それが当たり前なのに。

 もしかして、何か葵のしゃくに障るようなことをしてしまったのだろうか。日常の中で口にした、何気ない言葉や取った行動が、相手の心証を悪くしてしまうこともある。

 僕は、友達とは円滑で平和的な人間関係を築きたいので、そのような言動には細心の注意を払っているつもりだ。それでも、人の心というものは、精巧かつ繊細にできており、何が原因で気持ちが変わるか、計り知れない。十六年間、これまで生きてきたわけだが、年を重ねるにつれ、そのことが顕著にわかるようになった。昨日まで仲の良かった、ある二人が、次の日には犬猿の仲になってしまっていることもあった。きっかけは些細なことだったらしい。彼らが、元の仲を取り戻すにはかなりの時間を要した。

 そんなことを考えていると、僕も不安になってきてしまう。葵は、僕にとってかけがえのないチームメイトであり、そして友人だ。何か失礼なことをしてしまったのなら、早急に謝っておくべきだ。

 ツイッターにログインし、来ている通知など目もくれずに、葵とのDMを表示する。葵のアイコンである、プロ野球選手の勇ましい姿が、小さく並んでいる。そこから発せられているのは、どれも楽しげな言葉ばかり。その渦中にいきなりネガティブな文字を並べるのは、正直心苦しかった。

 昨日も寝る直前まで葵と会話をしていた。テレビ番組や、新しいクラスメイトの話で盛り上がった。画面をスクロールしてさかのぼると、まるでついさっきの事のように思い返すことができる。葵が最後に送ってくれた、『(。´-ω-)オヤスミ。o○Zzz。o○』という可愛らしいメッセージが、少し悲しく見える。

『今日、どうしたん? 帰り、元気なかったように見えたけど』

 しばらく返信は来なかった。もどかしい思いで、部屋の中を意味もなくうろつく。

 十分ほどしてから再び見ると、新着メッセージが届いていた。

『ううん、何でもない。気にしないで(-_☆)キラーン』

 パッと見、いつものように見える。でも、親しい相手とのやりとりというのは不思議なもので、相手の気持ちや機嫌が伝わってくる。いつもの会話では感じない言い表せない異様な違和感を感じた。自分が自意識過剰なのか、それとも疑心暗鬼なのか。とにかく、真意を確かめるべく返信する。

『ホンマに? 僕にはそうは見えんかったんやけど……。もし、僕が何か葵にやってしもたんなら謝るし』

 今度は待つ間もなく返ってくる。

『ホンマやって!! 友哉は心配性なんや!(;´・д・)=3ハァ』

 可愛らしい顔文字に反し、僕の心中は穏やかにならない。

『怪しいなぁ……』

『もー! しつこいで!! 次送ってきたら怒る!!』

 珍しく顔文字のない文面。これは本気だとわかり、少し言い淀む。

『……ごめん』

『まぁいいけど。あんまりしつこいと、女の子に嫌われるよ?』

『葵も女の子やんw』

『私にも嫌われるってこと!! (≧▽≦)』

『笑顔でそれ言うんやw』

 笑っている顔文字がついているので、おそらくこれは冗談なのだろう。重い話だったはずなのに、知らぬ間にいつもの二人に戻っている。ここまでにかかった時間は五分ほど。こんなところも僕ららしいと思った。

『まぁこれまで長年の付き合いなんやし、私がそんな簡単に友哉の事、嫌いになるはずないけどなw』

 葵の言葉に、思わず僕は一人で赤面する。

 自分で言うのも何だが、僕はそれなりのシャイボーイだ。正直、葵以外の女子とはあまり積極的に話せる人物ではない。 

 だからこそ、女の子からのこのような発言にはてんで弱い。まるで、自分に恋心を抱いてくれているような気がしてしまう。恋愛ゲームやないんやから……、と内心嘆息する。

『お、おうw ありがと』

 だから、味気のない返信になってしまう。それこそゲームのような、ときめいてしまうような返しができないのが、申し訳ない。葵だって、もっと気の利いた返信を期待していたはずだろうに。

『全く友哉らしい返信やなww』

『ごめんね、アニメみたいな文章考えれんくて』

『いや、友哉にそういうんは似合わんし(・∀・)ニヤニヤ』

『……僕だって傷つくんやで?』

『<( ̄∇ ̄)ゞゴメリンコ~♪』

 やっぱりいつもの葵だ。

 ここまで会話して、ようやく気付く。やはり僕の邪推だったか、と一息吐く。胸につっかえていたものも、心なしか、吐き出されたような気がした。

『でも友哉、一つ、忠告』

『なに?』

 次の返信までに、少し間が開いた。

『あんまり軽はずみに謝ろうとせんほうがええで』

『自分が何をしたんかもわかってへんのに、詫びようとか、とりあえず謝っておこうとか』

『私やったからよかったものの、人によっては、こいつはダメや、って思われてまうで』

『ほかにも、ことあるたびに謝ったりとか。「謝罪」の価値が薄れてまう』

『まぁ友哉は優しいから、しゃーないかもしれんけど( ̄ー+ ̄)フッ』

 葵からのお説教を、僕は静かに「聞いて」いた。実際にはメッセージだから、本当に音が聞こえてくるわけがない。でも僕には、直接心にうったえかけられているように感じた。耳元で言われているような気がして、寝ころんだまま背筋を伸ばしてしまう。

 何と返信してよいか、逡巡する。真面目に忠告してくれたのだから、僕もそれに対して敬意を表すべきだろう。そして一文字ずつ、慎重に言葉を刻む。

『……ありがと。肝に銘じとくわ』

『うん! でもまぁ、私は今の友哉がええんやけどね(≧▽≦)』

 会話が終盤に流れるにつれ、帰路で感じた違和感は霧散むさんしていく。思わず葵に謝りたくなる。さっきまで疑ってしまってごめんね、と。でも葵なら、きっとこう返信する。

(『私には何も害がなかったんやから、謝らんでええって! それにさっきも言ったやんか、謝りすぎたらアカンて!』)

 勝手に想像して笑む。考えているうちに、葵がどんな反応をするか、試してみたくなる。

 謝罪の文面を打ち込み、送信する。

 しばらく経ってから返信が来た。

 それは、僕の予想通りのお返しで。

 そこから僕は敏感に感じ取る。

 うれいの気持ちはなく、純粋に僕との会話を楽しんでくれていることを。

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