百一話 暴走少女との決闘は、色々と考えることがありまして
ピンスレットの攻撃は、なんというか、滅茶苦茶だった。
「あああ゛あ゛あ゛あ゛ーー!!」
猿ぐつわをしたままの口で叫びながら、両手に一本ずつ持った片手剣を振り回してくる。
しかも、刃の部分だけではなく、側面を打ちつけたりと、剣技とか戦い方なんか、あったものじゃない。
けど、一撃一撃がすべて全力攻撃だ。
俺は杖でどうにか防いでいるが、攻撃から身を守っているだけで、腕や手が痺れる感覚がする。
もしも、俺がトランジェの体じゃなくて、現実世界の体でこの世界にきていたら、きっと数撃目で吹っ飛ばされていただろうな。
それにしても、これは完全に、狂戦士だな。
「あああ゛あ゛あ゛あ゛ーー!!」
「はいっ、よっと!」
両手で同時攻撃してきたのを防ぎ、横に払いつつ、杖の先で突こうとする。
けど、猿のような身軽さで、ピンスレットはバク転して回避した。
おいおい、どんな曲芸師だよ。
俺は距離を取りつつ、杖を構えなおす。
すると、攻撃されたことで警戒したのか、ピンスレットはこちらの様子を窺い始めた。
「ふぅーふぅーーーー!」
十代前半ぐらいの少女としては、とても無茶な動きをしているからか、全身に汗をかいている。
というか、いまが夜だったら、ピンスレットの体から湯気が見えるんじゃないか、これ?
でも、このまま防ぎ続ければ、なんか勝手に自滅しそうでもあるな。
俺は杖の構えを、攻撃を捨てた、防御主体な感じにしてみた。
この構えなおしを見て、バラトニアスが指示を出す。
「ピンスレット。連続攻撃で、お前の底なしの体力を、そいつに見せてやれ!」
「う゛ぃ、あああ゛あ゛あ゛あ゛ーー!!」
ピンスレットは受けた支持の通りに、再び二本の片手剣を振るってくる。
今度は連続性を重視したようで、一撃は少し軽くなったけど、その分だけ速くなっていた。
こんなの、防ぐの、大変なんだ、けどなッ!!
でも、ピンスレットのフェイントすらない素人っぽい攻撃に助けられて、どうにか防いでいける。
しかし、ピンスレットは、どれだけ動いても止まらない。
底なしの体力と言うのは、本当のことみたいだな。
けど、体力が続いても、武器を振る手足の筋肉疲労まで、防げはしないはずだ。
そう判断して、防御を続ける。
一分、二分が経過する。
ピンスレットの肉体が悲鳴を上げるのはまだか。
三分を超えた。
そこで俺は、おかしいと思った。
元の世界で、格闘技を見た事がある人なら分かると思うが、プロの格闘家でも全力攻撃を三分ずっとできたりしない。
たとえば全力で走ることだって、二百メートル走の場合、オリンピック競技者だって後半で失速してしまう。
それらを考えると、人が全力を出し続けることが出来るのは、一分か、精々持って二分が限度だろう。
もしかしたら、この魔法がある異世界の住民なら、それを超えることは可能かもしれない。
しかし、十代前半な少女が、何キロもある片手剣を二本振り回し続けて、何分も保つのは変だ。
ピンスレットからくる、嵐のような攻撃を防ぎ続けながら、こうも動ける原因を考える。
この子も、邪神の残滓に囚われし子だ。
なら、何かの先祖帰りな可能性が高い。
けど、歯が伸びていたり、耳が尖っていたり、肌の色が変わっているわけでもない。
特に、普通の人と違う部分もない。
いや、訂正。よく見ると、けっこう可愛らしい顔立ちをしていた。
お澄まししてれば、西洋人形っぽい顔の造形みたいだ。もっとも、猿ぐつわをして歯を剥き出しにして、野獣のような眼光を持つ赤目があるから、一見しただけでは分からないけどね。
それはさておき、やっぱり手がかりは、バラトニアスが無尽蔵だと言った体力だな。
でも、フロイドワールド・オンラインに、そんな種族がいたか?
一応、アンデット系統は動く死者なので、体力の概念はなかったけど……。
ええい、攻撃が鬱陶しくて、よく思い出せない。
ピンスレットの動きを止めるため、俺は力任せに彼女の攻撃を杖で弾いた。
そして、避け難い腹部に向かって、指先を向ける。
「神よ、敵を打て!」
可能な限り短くした呪文で、誅打の魔法が向けた指先から発動した。
「ぐ、あんッ――んっ、うう゛う゛……」
腹部に光る球をくらったピンスレットは、棒で打たれた犬のような悲鳴を上げながら跳び退く。
そして、痛そうにお腹を擦りながら、俺に恨めしい目を向けてくる。
いやいや。魔法ありな条件なんだから、そんな卑怯者を見るような目をしなくてもさぁ……。
ちょっとやるせない気持ちになりつつ、俺は彼女の特徴から、先祖帰り先の種族の特定作業を急ぐ。
人寄りのアンデッド種族――バークリステやリットフィリアのような人たちは、肉体の回復に重きが置かれている。
だから、無尽蔵な体力はない。
疲れ知れずなオークやオーガでも、人との混血種になると、その特徴は薄まってしまう。
獣人から異形種、果ては海、山、善、悪の種族を思い浮かべるが、特徴が一致しない。
いや、思い浮かんだ候補があった。
それは、フロイドワールド・オンラインで最強種のボスキャラだった、竜だ。
流れる血は、それだけで万病や怪我を治す特効薬。
肉に自己治癒能力がある、不断の体。
まさしく、最強の一角に君臨するのに相応しい、強敵だ。
まあ、俺は戦ったことがないから、戦前組がアップした動画とかを見ての感想なんだけどね。
さてこれで、ピンスレットが竜の先祖帰りか、竜と人間との混血児だと確定した――わけではない。
これほど無尽蔵の体力を見せ付けるからには、よほど濃い血でないと説明がつかない。
つまり、竜の特徴――角や翼、そして鱗なんかが、体にないとおかしいのだ。
けど、そんな竜っぽい特徴が、どこにもないんだもんなー。
せめて、ピンスレットの目が、竜眼みたいな縦長の瞳孔だったらよかったんだけど、単に赤い目だしなぁ。
赤い目は、アンデッド種族の特徴だけど、無尽蔵の体力なんて持っているのはいないし……。
考えが堂々巡りしそうになったところで、ピンスレットがまた攻撃を始めたので、一度思考を打ち切る。
「あああ゛あ゛ーーー!!」
「よっ、とっとっとー……」
相変わらず激しい攻撃だけど、こう何度も受けていれば慣れてくる。
なので、片手間に正体探しを続行していく。
もう一度、ピンスレットの特徴を整理しよう。
竜のような無尽蔵の体力。
赤い目。
それと……そうだ、人形のように整った顔があった!
それでようやく分かった。
ピンスレットは、きっと人造人間の先祖帰りだ!
それも、魔獣と人間の血で作った、強化型に違いない。
フロイドワールド・オンラインでは、悪い錬金術師系のプレイヤーが、強化型の人造人間をよく連れていたっけ。
けど、NPCや敵キャラにほとんどいないから、思い出すのに時間がかかってしまった。
それぐらい強化型は、フロイドワールド・オンラインで珍しい存在だった。
でもピンスレットは、その強化型の中で竜の血を素材にした人造人間で、しかも先祖帰りだ。
おいおい、属性マシマシどころじゃないぞ、どれだけレアなキャラなんだよ。
こうも珍しい存在だと、ゲーマーの気質として、殺したりするのが惜しくなるなあ。
まあ、ここまで一方的に、俺の方が攻撃されているから、なにを言っているのかって感じだろうけどね。
でも、仕方がない。
レアキャラ捕獲のために、ここはちょっと無茶をしますか。
俺は少し前と同じように、ピンスレットの攻撃を強く弾き、指先を彼女のお腹に向けた。
誅打の魔法が来ると思ったのだろう、急いで横に跳んで逃げようとする。
けど俺は、魔法は放たずに、ピンスレットを追いかけた。
そして、杖にある隠し刃を引き抜きながら、呪文を唱え始める。
「我が神よ、我が剣に自由を害する他教徒を排する力と速度を!」
魔法が完成して、目にも止まらない抜き打ちを、ピンスレットに向かって放つ。
しかし、この一撃に反応して、ピンスレットは二本の片手剣を盾にして防いでのけた。
けど、こちらの隠し刃は、魔法が乗った強力な一撃だ。
盾にされた剣を、ピンスレットの手から弾き飛ばすことに成功する。
そして返す刃を、彼女の顔に向かって振るう。
ピンスレットは顔を捻りながらのバク転で避けたが、こちらの刃が彼女の猿ぐつわに当たっていた。
距離を開けて立つピンスレットの口から、紐がちぎれた猿ぐつわが地面に落ちる。
俺は隠し刃を杖に戻しながら、バラトニアスに声をかける。
「さて、そちらの武器はなくなってしまいましたけど、降参しないのですか?」
「何を言うか。ピンスレットであれば、その手と歯で、君を倒すことができる。やれるな?」
「やる。やって、食べる!」
初めて聞こえた、ピンスレットの声は、楽器で奏でているのではないかと思うほどに綺麗なものだった。
でも、その『やる』は、『殺る』という意味なんだろうなぁ……。
ここで降参してくれれば、痛い思いをしなくて済んだのになと、ちょっとだけ残念に思った。
そして、ピンスレットとバラトニアスに見えない位置に、ステータス画面を開いて、ちょっとある物を右手で取り出す。
その後で、挑発するように、左手で持った杖の先を揺らして見せた。
「分かりました。では、きなさい。次の攻防で決着になるでしょうから」
「ピンスレット、行け!」
「がぐぅるるぅぅぅ!!!」
片手剣を失ったピンスレットは、自分が持つ一番凶悪な武器で攻撃しようとしてくる。
それは、彼女の歯。
つまり、噛み付いてこようとしている。
しかも、俺の杖を奪おうとするかのように、両手を伸ばしながらだ。
その姿を見て、ああやっぱりなと、予想通りの行動に安心した。
なので、心に決めていた通りに、俺は杖を手放し、左手を手刀の形にする。
こちらの行動の意味が分からないようだが、ピンスレットは意に介さず噛み付いてこようとしてきた。
俺はお返しに、左手を『彼女の口の中』に突き入れる。
口に手を入れられて、ピンスレットは反射的に口を閉じた。
俺の指に、彼女の歯が食い込み、出血する感触が。
「あっ、痛ったたたたたー」
自分が痛い思いをする覚悟はしていたけど、ピンスレットの顎力が凄くて、骨まで噛み千切られそうになるとは思ってなかった。
なので、口で痛い痛いと言いながら、右手に持ったある物の蓋を指で弾き飛ばす。
同時に左手を動かして、ピンスレットを上向かせる。
その後で、俺の指を噛んで半開きになっている口の中に、右手の瓶の中身を注ぎ入れていく。
「ごばっ?! ごごっごほぼ!?」
口に液体を入れられて、慌てて顔を背けようとした。
でも俺は、口に入れたままの手指で彼女の舌を掴んで、頭の位置を動かせなくする。
「ちょっとだけで効くので、そうやって零しても大丈夫ですよ」
「ごぼごぼっ!?」
急きこんで、ピンスレットは口の端から液体を零す。
そんな姿を見ても、バラトニアスはまだ余裕があった。
「何を飲ませているかはしらないが、ピンスレットに毒は効かないぞ!」
ああ、やっぱりそうか。
竜って色々な耐性をもっているから、多分その血が入ったホムンクルスにも毒は効かないだろうなと思ったんだよね。
けど、竜にも耐性のないもの――世界にある伝承を参考にした弱点がちゃんと設定してある。
まずは、強い酒に酔っ払うこと。
次に、眠気を誘う、冷却系の道具や睡眠薬系の薬は効くこと。
最後に、誘惑効果にかかることだ。
さて、俺がピンスレットに飲ませているのは、なにかというとだ。
この世界のサキュバス族――ジャッコウの民からもらった香水。
そう、超強力な媚薬だ。
それを飲まされて、強制的に発情させられて、ピンスレットの目はもうトロンとしていた。戦闘意欲を失った目をしながら、俺の愛を求めるかのように、口に入れたままの俺の手を舐め啜ってくる。
俺はわざとお預けするように口から手を抜き、ピンスレットに囁きかける。
「『わたしの負けです』と言ったら、この指を舐めさせてあげましょう」
その言葉に、ピンスレットは大喜びする。
彼女の目の中にハートマークが飛び交い、尻から生えた尻尾が盛大に振られる――って感じの幻視が、見ている人に起きそうなほどだ。
この段になってようやく、俺の企みに気がついたんだろう。バラトニアスが阻止しようと、大声を上げる。
「ピンスレット、口を閉じ――」
「負け、負けです。わたしの負けです。だから、だから!」
ピンスレットから負けの言葉を引き出した俺は、うさんくさい笑顔を浮かべながら、彼女に指を差し出す。
「はい。偉い子には、ご褒美を上げましょう」
ピンスレットは俺の指を口に含むと、飴玉のように舌で嘗め回し始めた。
そのくすぐったさに耐えながら、俺はバラトニアスに顔を向ける。
「さて。勝負は私の勝ちのようですね。では、勝負の取り決めを履行してくださいね」
バラトニアスに、彼の背後にいる子供たちの引渡しを求めると、大声が返ってきた。
「この勝負の取り決めなど、守るつもりはない! 全員でこの場を押し通らせてもらう!」
バラトニアスが身振りすると、子供たち全員が武器を構え、何かを食べた。
やっぱり逆ギレしたなと思いながら、そうはいくかとある物を取り出す。
それは、この勝負が始まる前に見せた、あの羊皮紙だ。
その紙を見て、バラトニアスが鼻で笑う。
「ふんっ。商人よろしく、契約は絶対だとでも言うつもりか?」
「はい、もちろんです。けど、この場合は商人ではなく、『悪魔』でしょうけどね――自由の神よ、この契約の履行を見届けたまえ!」
俺が呪文を唱えた後で、手にある契約書がひとりでに燃えはじめる。
これで、俺がこの世界に来る直前にプレイヤーキラーたちにかけたときのように、この契約書にかかれたことが強制的に実現する。
そう、この燃える契約書に書かれている通りに、勝負に負けたバラトニアス側の子供たちは全員、自由神の信徒と化す。
「ああああぁぁぁーー! そんなそんな!!」
「力が……神の力が、消えていく……」
業喰の神の下から抜けて、その加護が失われたことが、あっちの子供たちは実感したらしい。
最強の力だと信じた物をあっさりと奪われて、ほぼ全員が戦意を喪失した。
けど、バラトニアスは違う。
「ど、どうしたんだ!?」
うろたえながら、戦意を喪失した子供たちを見回している。
それもそのはず。
契約書に書いてあったのは、あの子供たちの身柄を貰い受けることだけだ。
だから契約の中に、バラトニアスとあっちの馬車にいるはずの神官ゴブリンは、含まれなていないのだ。
でも一応、俺はバラトニアスに確認する。
「契約は履行されました。これでそちらの子供たちは全員、業喰の神から離れ、我が自由の神の信徒となりました。貴方は業喰の神の信徒のままですが、どうしますか?」
俺がうさんくさい笑顔のままで言うと、バラトニアスは呆然とした後で、怒りで眉を吊り上げた。
「……お前さえ、お前さえいなければ!!」
バラトニアスは武器を振り上げて、こちらに襲い掛かってきた。
杖は手放してしまっているし、左手はピンスレットにしゃぶれている。
仕方がないよねと、俺は右手を向け、殺傷力のある光る円錐を発射する誅穿の魔法を使おうとする。
けどその前に、ピンスレットが俺の指から口を離すと、地面に転がっている俺の杖を拾い上げた。
そして、隠し刃を抜き放ち、バラトニアスを斬りつける。
ピンスレットに逆袈裟に斬られたバラトニアスは、動きを止めながら、信じられないという顔をする。
「な、なぜ――」
「ウチに毒が効かないからって、実験と称して人肉をはじめ、色々なゲテモノを食わされた恨みからだよ。それと、ウチはこの人をご主人さまにするって、決めたからだよ」
バラトニアスの疑問に、業喰の神の加護が外れたからか、ピンスレットはとても理知的な返答をした。
それにしても、俺に目を向けながら『ご主人さま』って……。
いや、媚薬を使ったのは悪かったと思うけどさ……。
そんな風に困惑している間に、ピンスレットは再び隠し刃を振るって、バラトニアスに止めを刺していた。
バラトニアスが地面に倒れて動かなくなると、ピンスレットは刃を杖に入れ戻してから、俺の前に戻ってきた。
「ご主人さま。お借りしました」
俺に杖を手渡しつつ、褒めて欲しそうな目で見上げてきた。
まだ媚薬の効果が残っているんだろうなと思いながら、頭を撫でようとする。
すると違うと言いたげに、ピンスレットは俺が伸ばした手を取ると、自分の口に運び入れた。
そして、彼女が噛んでつけた俺の手の傷に、舌を這わせ始めた。
それはまるで、飼い主を謝って噛んだ犬が、詫びるために舐めているようだった。
けど、十代前半の少女に、大の男が手を嘗め回されている光景は、やっぱりまずいんだろうな。
なにせ振り返ったら、エヴァレットやバークリステたちが、呆れたような顔をしていたんだから。




