九十九話 急転直下は、やめて欲しいのですけど
業喰ゴブリンたちを倒し、奴隷商の始末を偉いっぽい聖大神ジャルフ・イナ・ギゼティスの神官に任せ、事態は一段楽した――かに思えた。
あれは、あの神官が装飾過多ゴブリンと奴隷商の店主を、聖都ジャイティスにある広場で、公開処刑したときだった。
俺たちは聖都に旅の神官を装って潜伏し、その様子を見ていた。
神官が、どういう理由で処刑を実行するかを、広場に集まった人たちに語る。
聴衆のほとんどが、それなら仕方がないという風に納得した。
その後、ゴブリンと店主の頭を、青龍刀みたいな断頭剣を持った、刑の執行人が切り落とそうとする。
だがそのとき、刑の中止を求めるように、白いローブの十人ほどの集団が割って入ってきた。
全員が目深にフードを被っている。
先頭に立つ人は大人のようだが、大半はその背格好から十代前半の子供に違いない。
なんだか、俺たちと似た集団だなって、ほんのちょっとだけ親近感が湧いた。
けど、刑を進めようとした神官にとっては、邪魔者でしかない。
「なんの用だ。被り物をとり、顔を見せよ」
神官が誰何すると、先頭の一人がフードを取り払う。
俺が予想したように、二十代ぐらいの大人の男性だった。
晒された顔に、俺の近くで驚きの声が上がる。
目を向けると、それはバークリステだった。
「トランジェさま。あの人は、わたくしと同じ、邪神の残滓に囚われし子の年長者です。確か名前は、バラトニアス、だったかと」
顔見知りなんだ――って、気楽に思っている場合じゃないや。
バークリステと同じ境遇で、業喰のゴブリン神官の刑を止めたとなると……。
これは、嫌な予感がしてきたな。
俺はこっそりと身振りで、仲間たちに注意するように伝えた。
この俺の動きに反応するように、フードを取った男――バラトニアスも手を振る。
すると、彼の後ろにいる子供たちが、袖から何かを取り出す。
神官も聴衆たちも、武器かと警戒したようだったが、出てきたのは果物だった。
そのことに、安心半分、困惑半分な顔になる。
けど、俺は嫌な予感が当たったと、うな垂れたくなった。
この場面で食べ物を出すだなんて、これはもうあの人たちは、業喰の信徒になっているに違いないんだから。
バークリステが俺に会って感化されたように、あの人たちは業喰ゴブリンに傾倒してしまったんだろうなぁ。
そして俺は、これから始まるであろう混乱を予想して、仲間たちを引き連れて、この広場から脱出することにした。
程なくして、バラトニアスが静かに語り始め、着き従っている子たちが、一斉に手の果物を食べ始める。
「そのゴブリンの神官を殺されると、こちらは困るんですよ」
その行動に呆気に取られる、神官と聴衆たち。
俺たちが聴衆の最外延部に辿りつくと、バラトニアスの宣言するような声が聞こえてきた。
「さあ、我が子たちよ、あのゴブリンをお助けするのだ」
「「「「あああああぁぁぁぁー!!」」」」
子供特有の変声期前の大声が響いた。
振り返ると、刑を執行しようとしている人たちに向かって、果物を食べ終えた子供たちが跳びかかっていく姿が見えた。
その強襲に、聖大神ジャルフ・イナ・ギゼティスの神官は、素早く反応した。
「ええい、不心得ものたちめ。こいつらも背教者だ、捕らえろ!」
「「おうさ!」」
神官の指示に、彼の護衛たちと断頭剣を持った執行人が、捕まえようとする。
本来なら、大人と子供の力の差で、あっという間に事態は収束しただろう。
けど、あの子供たちは、食べ物で体を強化できる、業喰の神の信徒だ。
「あああぁぁぁ!」
「ぐあああぁぁぁ――」
大男が、半分も身長がない子供に殴られ、後方に吹っ飛んだ。
そのことに、聴衆も神官側も、目を丸くした。
だが、偉いだけあって、神官の立ち直りは早かった。
「そやつらの目的は、あのゴブリンだ。奪い返しにくるということは、背教者である。ならば、殺しても構わない」
その指示に従い、護衛と執行人はそれぞれ剣を構えた。
そして、襲い掛かってくるのに合わせて、子供たちを攻撃する。
剣は白いローブを引き裂く。
しかし、子供たちから血が噴出することはなかった。
「法衣の下に、革鎧だと!?」
執行人から上がった驚きの声の通りに、切り裂かれたローブの下には、頑丈そうな革鎧が見えた。
ああー、これでもう聖大神ジャルフ・イナ・ギゼティスの神官側に、勝ち目はなくなっちゃったな。
力で負けているのに、頼みの武器は革鎧で効果が薄くなっちゃっているんだものなぁ。
聴衆たちも、子供たちの方が優勢と見て取ったのだろう、ちらほらと広場から逃げ始めている。
これが洪水と化す前に、俺たちは広場のすぐ隣にある飲食店に入った。
そして、他の客たちに混じりながら、二階席から安全に広間を観察する。
もちろん、席代代わりに、食事の注文も忘れない。
早々と出てきた料理を食べようとする頃には、広間の決着はつきそうになっていた。
「どうやら、バークリステの知るあの男が、神官ゴブリンを奪還し終えたみたいですね」
そして神官側を殺さずに、子供たちと共に広間から脱出しようとしている。
彼らの姿を見て、バークリステは複雑そうな顔をした。
「……彼も、昔のわたくしのように、邪神の残滓に囚われし子の将来を憂いていましたから」
「だからこそ、バークリステは我が神を選んだように、あの男は彼の神を信仰し。彼に世話をされた子たちもまた、その下に集ったわけですね」
本当にバークリステと同じ境遇だなんて。
これはまた、面倒な事態になったなぁ。
だって、この世界は、人間を含めた善なる存在の世だ。
なにかを企むなら、ゴブリンがするよりも、人間がした方が通りやすいんだから。
異邦人であるはずの俺が、周囲にすんなりと受け入れられてしまうぐらいにはね。
そして、業喰ゴブリンたちの隠し拠点は、各町にあって、それがまだ潰されていない。
つまりそれは、潜伏先に困らないということでもある。
このまま取り逃がしてしまったら、あっさりと業喰の神の一大勢力ができてしまいかねないなぁ。
さて、どう対処しようかなと、頼んでいた果物のジュースを飲みながら考えるのだった。




