九十八話 業喰ゴブリンと商会の未来は、どうなるでしょう?
武器を持つ大人業喰ゴブリンたちとの戦いは、俺の予想通りに一方的なものになった。
「たあぁ!」
「はぃ!」
エヴァレットとスカリシアが、攻撃を繰りだす。
すると、それぞれの攻撃が当たった二匹のゴブリンが、もだえ苦しみながら地面に倒れる。
それを見た他のゴブリンが、敵討ちだとばかりに、攻撃を仕掛ける。
「ギギィガガガ!」
エヴァレットとスカリシアは素早く反応して、その攻撃を避ける。
ゴブリンがもつ刃物が掠ったが、補助魔法がついた金属鎧に、傷をつけることが出来なかった。
逆に、二人が軽く振るった武器によって、ゴブリンの肌に軽い傷が出来る。
「ギィ――グィギッギガガアガ!」
すると、十秒と発たずに、そのゴブリンは苦しみながら死体に変わった。
ゴブリンたちは、その後もエヴァレットとスカリシアを倒そうと、次々に襲い掛かってくる。
けど、その度に死体が増えていった。
ゴブリンも馬鹿じゃない。
斬られた場所に吸いついて毒を体外に出そうとしたり、仲間の死体を盾に攻撃を防ぐ個体も出てくる。
けど、エヴァレットたちは、たった一撃当てるだけでいい。
その優位の差によって、その試みをしたゴブリンたちは、全て毒で死んでしまった。
なので半数ほど殺したあたりで、ゴブリンたちは二人に襲い掛かることをやめて、手の刃物で必死に攻撃を防ぐだけになってしまった。
あーあー。業喰の神の信徒の真骨頂は、食べ物で強化した体での攻撃だ。
でも、ああも引け腰じゃ、業喰の神を崇める意味がないよなぁ。
それに、装飾過多な神官ゴブリンの、援護働きも悪い。
「ワガ、カミ! センシタチ、ツヨクシロ! カミヨ! キズナオセ! キズナオセ!」
魔法を連発するのは良いけど、業喰の神の加護による食べ物での強化とバッティングして、補助魔法も回復魔法も弾かれている。
そもそも、一撃死するゴブリンの傷を治そうとして、どうする気なんだろうね。
こんなに状況の理解が出来ていないのは、業喰の神の加護を受け入れたことで、知能が低下した影響だろうな。
フロイドワールド・オンラインのときよりも、影響が強く出ているように見えるな。
これはきっと、前に『悪しき者に鉄槌を』系の魔法で悪漢たちが這い蹲ったときのように、効果が増していると考えれば自然だろう。
となると、他の魔法や自由神の加護な自由度の拡張も、この世界ではより効果が増して入る可能性もあるか?
検証すべき項目が増えたことを喜びながら、俺はゴブリンの一匹を、杖の隠し刃で斬り捨てる。
そうして、もうこの地下牢にいるゴブリンは、装飾過多な神官ゴブリンだけになった。
「ガィ、ガガガィガギィ……」
信じられない、って感じで後退るゴブリンを素早く捕まえる。
そして、後ろ手に捻り上げながら、その耳元に囁きかけた。
「初めまして、業喰の神を信じるゴブリンの神官よ。ダーギャは元気ですか?」
さも、俺は何でもお見通しという口調で言うと、神官ゴブリンは目を見開いて驚いてくれた。
「ガギィ!? オマエ、ナゼ、だーぎゃサマ、シッテル?」
「私は彼の、お友達ですよ。それで、ダーギャはどこにいるんですか?」
しれっと嘘を吐くと、神官ゴブリンは信じてしまったようだった。
「ガガィ。カミ、オシエテクレタ、ツヨイセンシ、だーぎゃサマ、モリニイル。モリノソト、デルノ、ハンタイシタ。ニンゲン、ツヨイ。マダ、カテナイ。イッテタ」
「おや。ならなぜ、貴方たちは、ここにいるのでしょう?」
「……モリニハイル、ニンゲン、ヨワカッタ。オレタチ、ニンゲンヨリ、ツヨイ、オモッタ。ダカラ、モリ、デルコトニシタ」
どうやらこのゴブリンたちは、俺が前に出会ったあのダーギャから、業喰の神のことを教えてもらったらしい。
そして、神の力で強くなったと錯覚したゴブリンの一派が、反対するダーギャを振り切って、森の外へ進出。
運が悪い奴隷商が、そのゴブリンたちを捕まえ、逆に商会ごと乗っ取られてしまった、って流れみたいだな。
そう経緯を整理していると、神官ゴブリンが笑いかけてきた。
「オマエ、だーぎゃさま、トモダチ。ダカラ、オレ、タスケル。ダロ?」
「……残念ですが、それはないですね」
調子のいい要求を却下して、俺はこのゴブリンの後ろ首に手刀を叩きこんだ。
「ガッガ――」
神官ゴブリンは呻き声を漏らした後で、ぐったりと力を抜く。
ネットだと、後ろ首を叩いても失神できないとか、後ろ頭を殴ると後遺症うんぬんとか、色々な情報が飛び交っていたから、とりあえずって感じで試してみたけど。
どうやら無事に、気絶させることが出来たみたいだな。
よかった、よかった。
牢の中にいた人たちを治療をしていたバークリステたちも、どうやら一段落ついたようだ。
じゃあ、この神官ゴブリンとゴブリンの死体、そして性的被害者な女性奴隷たちを使って、奴隷商の糾弾をするとしますか。
地下牢を上がって商会の建物内に戻ってくると、聖大神ジャルフ・イナ・ギゼティスの神官と従者らしき人たちが待ち構えていた。
どうやら、奴隷商の店主が呼び寄せたようだ。
その神官たちは、俺たちの格好を見るや、意気高に喋りかけてきた。
「お前たち、どこの隊の者だ。これほど、この商会を騒がせたのだ、厳重注意だけで住むとは思わないことだな!」
「その通り。そもそも、なんの権限があって、お前らはこの商会を捜査しているんだ!」
その口ぶりから、聖大神ジャルフ・イナ・ギゼティス教徒の上層部と、この奴隷商は繋がっているんだろうなって予想した。
けど、俺たちが地下牢に入っていった後に、この人たちを呼び寄せるなんて、奴隷商の店主は何を考えているんだろうか?
疑問に思って、店主の姿を確認する。
すると、俺たちが無事に戻ってきたことで、顔面蒼白になっていた。
ははん。さては、この人たちがくるまで、俺たちが地下牢への入り口を見つけられないと、タカを括っていたな。
そして、俺たちが地下牢へ入ったと知ってからは、ゴブリンの存在を明るみにしないために、この神官たちを追い返そうとして、出来なかったに違いない。
そうやって周囲の様子を見るために無言でいると、何を勘違いしたのか、聖大神ジャルフ・イナ・ギゼティスの神官たちは勝ち誇ったような顔をする。
「さあ、所属と名前を明かして、頭を垂れて許しを請うのだ。そうすれば、寛大な処分を下すようにと、取り計らってやってもいい」
そんなたわ言を吐く神官を見て、俺は後ろにいるマッビシューに身振りで指示する。
マッビッシューは、その神官の足元に向かって、持ってきたゴブリンの死体を二つ投げた。
「うわっ! なにをするのだ!?」
大慌てで後ろに逃げる神官に、俺は兜の内側から真面目くさった口調で喋りかける。
「なにをするとは、これは異なことを。我らが、この商会を調べ得る証拠を、提示しているのではありませんか」
「証拠だと! この――これが、証拠だと?」
怒りに任せて何かを言おうとして、神官はゴブリンの死体を見て、不思議そうに聞き返してきた。
俺は大真面目な顔で――兜で見えないだろうけど――頷いてみせる。
「もちろんです。この商会は、地下の施設にて、悪しき者たるゴブリンの繁殖を、女性の奴隷を用いて行っていたのです。これは、悪しき者に加担する行為に他ならないのではありませんか?」
証拠を示すように、俺の後ろに控えている、繁殖に使われていた裸の女性奴隷を示す。
子供たちに支えられて立つ彼女たちは、まだ胎から胎盤が出てきてないため、股間には先が縛られたへその緒が垂れ下がっていた。
その痛ましい姿に、俺と答弁している神官は、痛ましい物を見る目になる。
けど、立場を思い出したのか、一転して表情を硬くした。
「その者たちが、ゴブリンの繁殖に使われていたという証拠は、どこにある。産み終わった後なら、赤ん坊がいるだろう。どこにいる?」
その反論は予想できたので、念のためにと持って着ていた、バークリステたちが潰したゴブリンの胎児も、その足元に投げてやった。
「これで満足ですか? 願うなら、赤ん坊から成長したらしきゴブリンの死体も、いまなら用意できますが?」
地下牢への階段を指差しながら言うと、神官は考え込み始めた。
そして、チラリと拝み倒すような格好の店主を見て、苦しげに反論を始める。
「……君たちのような者たちには馴染みが薄いだろうから教えるが、高い地位の者たちにゴブリンの奴隷は人気なのだ。だが入手するのは難しい。需要と供給に苦慮した結果、ここの店主が女性の奴隷を食い物にしてしまった。そう考えることは出来るだろう?」
自分でも破綻一歩手前の論理だと分かっているんだろうな、神官の口調には覇気がない。
俺はここが、一気に駄目押しをするチャンスだと思った。
「そも、ゴブリンなどの悪しき者を奴隷にしていることも、聖教本の定めに抵触する行為だと思うのですが。いまそれは、置いておくとしましょう」
少しもったいぶりながら甲冑姿のエヴァレットに近寄り、気絶したまま連れてきた、装飾過多なゴブリンを受け取る。
そして、このゴブリンの姿を、神官に見せつけるように持ち変える。
「この商会の人たちは、貴方のような神官さまが庇うに値する人たちではありませんよ。なにせ、ゴブリンが祭る邪神を信じる、異教徒たちなのですから」
俺の手にあるゴブリンの装飾が、あまりにも儀式的な見た目だからだろう。
神官は弾かれたかのように、奴隷商の店主に顔を向けた。
店主の顔色は、青白さを通り越して、死人一歩手前のような顔色になっている。
その姿を確認して、俺はさらに言葉で畳み掛けることにした。
「もしやその店主を庇う神官さまも、実は聖大神ジャルフ・イナ・ギゼティスではなく、ゴブリンの邪神を信じておられるのでは?」
軽口程度のつもりだったんだけど、神官の反応は劇的だった。
「馬鹿を言うな!! 私は聖大神ジャルフ・イナ・ギゼティスさまの教えを守る、列記とした神官だ!!!」
顔を怒りで赤黒く染め、怒声を放ってきた。
俺に怒ってこられてもと肩をすくめると、その神官は奴隷商の店主に大股で近づく。
そして、放心状態になっている店主の襟首を掴むと、その顔を渾身の力で殴りつけた。
「この神敵め! 異教徒と知っておれば、貴様を助けになど来たりするものか!」
「がっ、やめ、ぐがっ――」
怒りに任せて、神官は殴り続ける。
そして店主の顔を醜く赤く腫れ上がらせると、蹴り飛ばしてから、痛そうに殴っていた手を押さえ始めた。
「あぐっ、骨を折ってしまったか……。おお、我が偉大な正義を司る神よ。異教徒を庇うという、間違ってしまった行いを許してくださるのならば、この折れた手の骨を、其のお力で癒してはくださいませんでしょうか」
神官が神への祈りの言葉を唱えると、彼の足元に光る円が生まれた。
そして、そこから立ち上ってきた、かすかに光る粒が骨折した手に入りこむ。
それは正しく骨折を治す魔法だったようで、神官はすぐに痛くなさそうに、手を握り伸ばしし始めた。
あっ、骨折を治す回復魔法を使えたってことは、この人は本当に偉い神官なんだろうな。
それじゃあ、さぞかし異教徒を助けようとしたことは、腹に据えかねたことだろう。
ふむ、これは利用できるな。
俺は神官に近づき、囁きかける。
「この事態の収拾を、貴方さまに一任したく思うのですが、よろしいでしょうか?」
俺の言葉を聞いて、神官は訝しげにする。
なら、もっと詳しく話してあげよう。
「神官さまは、不本意な形で、あの店主に加担してしまったご様子。ならば、それ相応の手柄でもって、帳消しを図った方が、よろしいかと思います。たとえば、邪神を祭っていたゴブリンをすべて排除した、などといったものでです」
俺の言いたい事が伝わったのだろう、神官は興味が湧いたような表情になった。
「それは確かに必要なことだ。予想しえぬ過失とはいえ、それを論って貶める輩も多いからな。しかし、そちらの手柄を横取りする形になるぞ。よいのか?」
「ええ。見ての通り、少し行き過ぎな捜査だったので、素直に報告しても上司に手柄を取られる心配があります。ならばいっそ、偉大な神官さまにその手柄を使っていただけた方が世のためになる上に、我々も納得も行くというものです」
心にもないおべんちゃらを使うと、神官は満足するような表情になる。
「うむ、分かった。では、貴君らのことは、私的に集めた匿名の有志として扱おう。そうすれば、所属先にも迷惑はかからないはずだ」
「お心遣い感謝いたします。それでしたら、我々はこの場からすぐに立ち去るとしましょう。管轄外の兵がいたのでは、神官さまの捜査の邪魔になりますので」
「うむ、そうしてくれると助かる」
調子よく、責任と後始末を神官に押し付けることに成功した。
俺はエヴァレットたちに身振りで指示して、この商会からすぐに出て、ここに来るまでに乗っていた馬車に乗り込んだ。
そして素早く発車して、聖都の道を馬車で駆け進んでいく。
これで一段落ついたと、深呼吸するために兜を外す。
すると、エヴァレットとバークリステが近寄ってきた。
「お疲れのところ、申し訳ありません」
「ですが、方々に散って潜伏する、業喰の神を信じるゴブリンの対応はどうなさるのでしょうか?」
ああー! その件について、忘れてた。
けど、二人に忘れていたなんていえるはずもないため、俺は演技で自信たっぷりな態度を取る。
「それは、あれですよ。あの神官さんが、主導してやってくれるに違いありません。ほら、あの商会の一件だけでは、邪神を信じる人に加担してしまった手柄としては弱いです。なので、血眼になって、他の町に潜んだゴブリンを倒してくれることでしょう」
本当かなって感じで、二人が首を傾げるけど、気がつかなかったことにした。
けど、俺の言葉が嘘にならないようにって、あの神官と、我が自由の神に向けて、心の中で熱心に祈っておくことにしたのだった。




