九十六話 突撃、聖都にある大きな奴隷商!
地下室で捕まえた人たちを馬車に押し込み、聖都ジャイティスへと引き返すことにした。
乗っているのが車なら、法廷速度をぶっちぎって行く場面だろう。
けど、馬車の移動だとそうはいかない。
人間が長時間全力疾走できないように、馬も最高速を維持し続けることができない。そして最高速を出したら、必ず休憩を入れないと、馬が動けなくなってしまう。
なので、早足ぐらいな速度で進むほうが、結果的に早く目的地つく。
機械文明に住んでいた身としては、不思議に感じるけど、これがこの世界の常識なのだ。
そのため、移動時間はたっぷりあるので、捕まえた人たちを尋問しようとした。
でもすぐに、それが難しいと分かった。
「邪神の神官だというゴブリンを倒したのに、この者たちは一向に正気に戻りませんね」
エヴァレットの不思議そうな言葉の通り、あの地下室で捕まえた正気を失った人たちは、正常な思考を取り戻していない。
業喰の神の加護による反動だとしても、ここまで知能低下が起きるはずがないと、フロイドワールド・オンラインの常識から思っていた。
だって、ゲームでかかる補正値を見る限り、ちょっと馬鹿になるぐらいなはずだったし。
なので俺はてっきり、ゴブリンたちの魔法で、この人たちは正気を失わされていたと思っていた。
だから時間が経てば、元に戻ると思っていたのだ。
でも、そうじゃなかったらしい。
なら彼らがどうしてこうなっているか。
その説明は、媚びへつらう顔をする、あの奴隷風の男――プッチルがしてくれた。
「へへへっ。旦那、そいつらはもう、元に戻りませんよ」
「おや、それはなぜですか?」
「そいつらはですね、自分の手で人間を解体して、溢れ出てきた血を手ですくって飲んで、バラした肉を噛んで食ったんですよ。そのときに、気が触れてしまったんですよ。へへへっ」
「……なぜ、そんなことを?」
「へへへっ。そりゃあ、あのゴブリンたちが、ニンゲンの肉を食ったほうが力が出るって、強制して食わせたからですよ。でも本当に、人の肉を食った途端に、そいつらは力が強くなりましたよ。正気を失っちゃあ、意味ないと思いますがね」
「その事情を語っている貴方は、平気なようですけど?」
「そりゃあそうですよ。色々と理屈をつけて、人を食うのは避けたんですから。いやぁ、ゴブリンを説得するのは、疲れましたよ。へへへっ」
話をまとめると、この男以外から情報を得るのは難しいみたいだ。
そうなると、この気が触れた人たちは、業喰の神の信者たちが、どれほど悪逆非道かを伝える材料としてしか使えないな。
なら、与える食料や水は最低限でいいな。
食べると補助効果が発生するから、予想外の事態の発生を抑えるためにも、餓死寸前まで放置するべきだしね。
ということで、プッチルに、ゴブリンに乗っ取られたという奴隷商の話を聞いていく。
けど、返ってきた答えの多くは――
「へへへっ。申し訳ないですけど、それは分かりません」
――というものだった。
「貴方も、その奴隷商にいたんでしょう。何も知らないはずはないと思うのですが?」
「そりゃあ、そうですね。いや、馬鹿にしているんじゃありませんぜ。オレっちが知っているのは、奴隷商を離れるまでのことで、それ以降のことは知らないってことですよ」
「だから、奴隷商の店の場所は知っているのに、ゴブリンの大本がどこにいるかは知らないと言いたいのですか?」
「へへへっ、その通りですよ。オレっちが離れている間に、どこかに移動していたら、意図しなくて嘘を吐いてしまうことになりますから」
なんとも減らず口が上手いヤツだと、内心で舌を巻く。
この口先だけで、ゴブリンたちをだまくらかして、生き延びてきたに違いない。
そして、俺たちから離れることができたら、その奴隷商の元にいって、俺たちの情報を売るんだろうな。
そのときに、「ヤツラには重要な情報は渡しませんでしたぜ、げへへっ」って、言い訳して保身を図るために、俺の質問に屁理屈をつけて答えないわけだな。
あ、口癖は『げへへっ』じゃなくて『へへへっ』か。
まあ、そんなことはどうでもいいか。
件の奴隷商を場所を教えてくれたのは、きっと調べればすぐに分かるからだろうな。
たぶん、聖都ジャイティスに数ある奴隷商の中で、ゴブリンを扱っている店は少ないんだろう。
そして、ここ最近でゴブリンを大量に連れてくる店は、一つだけに違いない。
そう考えると、こっちに与える情報の善し悪しを判断できているから、このプッチルは自分の保身ためだけなら賢いみたいだ。
もっとも、その自己保身は、周りが見えていないとしかいいようがないけどね。
なにせ、奴隷の女性をゴブリンの子供を生む苗床として使っていることに、怒る女性陣たちが、大した情報をくれない男にも冷ややかな視線を向けているのだから。
聖都ジャイティスに戻ると、馬車の中で甲冑に着替えていく。
この甲冑は、前に倒した聖大神教兵団から奪い、ステータス画面にあるアイテム欄に押し込んでいたものだ。
要は、俺たちは聖大神教兵団を装って、ゴブリンに支配された商会に強襲をかけるのだ。
けど、それは時間との勝負になる。
なにせ聖都というぐらいだ。
聖大神教兵団か、より強力な実働部隊の一つや二つ、駐留していてもおかしくない。
そいつらが来る前までに、奴隷商を押さえて、業喰ゴブリンどもがどこに潜伏しているのかという資料を、根こそぎ奪わないといけない。
潜伏先の情報さえ奪って抹消できたら、後はその奴隷商がゴブリンを邪神と崇めていたと周囲に喧伝すれば、本物の聖大神ジャルフ・イナ・ギゼティスの部隊が後を引き継いで潰してくれることだろう。
そんな皮算用をしながら鎧をつけていくと、プッチルはやっぱりという顔をする。
「見た目の毛色が違う子もいるから変に思っていたが、その鎧を見ると本物の聖大神教兵団の一員だったんだな」
感心している風なところ悪いけど、その予想は間違いだからね。
けど、そうは言わずに、うさんくさい笑みを浮かべて、プッチルに問い返す。
「この鎧がどういう意味を持つのか、よく知っていましたね。あまり有名な部署じゃないと思うのですが?」
「へへへっ。オレっちの借金取りが、応援としてアンタらの仲間を使ったのさ。オレっちが背教者の疑いがあるってな。もっとも、借金たんまりこさえるなんて、聖大神ジャルフ・イナ・ギゼティスさまに恥じる行為だ。背教者と指を差されても、仕方がないけどな」
ふーんと、興味もないプッチルの身の上話を聞き流しつつ、鎧を着込んでいく。
そうして、馬車内にいる俺の仲間全員が、甲冑姿に変身した。
普段は信徒っぽく杖一辺倒な俺たちだけど、この姿になったときは得物を変えている。
多くは片手剣を装備する。
だが、マッビシューはその腕力を生かすために、道を塞ぐ倒木を切り倒すための大斧を、マゥタクワは大きな体格に見合った分厚い大剣を持ったせている。どちらも、ゲーム内で買って死蔵していたものだ。
そんな風に戦装束に身を包んだ俺たちは、プッチルの語った商会に着いた。
そこは、この世界の建物にしてみれば、巨大な石造りの店だった。
例えるなら、元の世界にある、大型スーパーや百貨店っぽい、そんな建物だ。
その外観に呆気に取られかけたが、この店に突入する気分を高めていく。
でも、プッチルの情報が罠の可能性もある。
なので俺は、エヴァレットとスカリシアに確認をとることにした。
「この店の中から、ゴブリンっぽい音はしてきますか?」
「少々お待ち下さい……。微かにですが、ゴブリンの息遣いと、女性のすすり泣く声が聞こえます」
「どうやら、密室に隠匿して、声や音が外に漏れないようにしているようです」
そんな音が漏れないようにした部屋の音を聞ける、君たちの耳ってどうなっているんだ?
でも、元の世界にあった中学校や高校の音楽室だって、防音処理しているはずなのに、授業中に音が漏れ聞こえてきていた。
物を作る水準が低いこの世界なら、完璧に音を出さないということは、無理に違いない。
そう勝手に疑問に納得すると、俺は全員を見回して用意が整っていることを確かめる。
子供たちに身振りを送り、連れてきたプッチルを含めた地下室で捕まえた人たちを、引き起こさせた。
その人たちと共に馬車を降りる。
俺は先頭に立って、商会の扉を蹴破った。
そして大声を放つ。
「この店は、悪しき者を崇めているという情報を得た! そして、ここに連れてきたものはその被害者たちである! 真偽と賠償金の徴収のために、今から家宅捜査をさせてもらう!!」
聖大神教兵団になりきって宣言すると、後ろに続くエヴァレットたちに身振りを送る。
連れてきた理性を失った人たちとプッチルを、床に投げ捨てた。
その後で、ほぼ全員が店の奥へと入っていく。
ほぼと言ったのは、俺が聖大神教兵団になりきる補助のために、バークリステに残ってもらっているため。
そして、バークリステからあまり離れたがらない、リットフィリアは残っているからだ。
その他全員が店の中を進むが、やがて二手に分かれ始める。
耳の良さで探索の要を務める、エヴァレットとスカリシアが分かれて進んでいくため、子供たちも半々になってついていくからだ。
そうやって、エヴァレットたちの姿を、偉そうに踏ん反り返りながら見ていると、店主らしき男性が大慌てで近寄ってきた。
「聖大神ジャルフ・イナ・ギゼティスさまの兵士さまがた、これはどういうことですか!?」
青い顔でいるその男に、俺は偉そうに見える演技で見下してやった。
「どういうだと? 貴様と貴様の店に、背教者の疑いがあると、先ほど語ったばかりであろうが!!」
怒鳴り声を上げると、店主は首を引っ込めて怯えてから、プッチルに似た卑屈な笑みを浮かべる。
「えへへっ。それは何かの間違いでございますよ。これが証拠でございます」
店主は懐を漁ると、俺に何かが入った革袋を握らせた。
手触りから、硬貨が入っているんだろうな。
どうやら、買収しようという気らしい。
普通の聖大神教兵団の兵隊なら、受け取って引き上げるのだろう。
けど生憎、俺は本物の聖大神教兵団じゃないんだよね。
「馬鹿に、するなあ!!」
大声と共に、俺は革袋を地面に叩きつけた。
袋の口が緩み、店の床に銀貨が散らばる。
チッ。銀貨なのかよ。ここは金貨な場面だろうに。
心の中で舌打ちしながら、抱いてしまった理不尽な怒りをぶつけるべく、店主に兜越しに視線を向ける。
「こんな物を渡すところを見るに、どうやら情報は本当のようだな」
「えへへへっ、これはちょっとした手違いですよ。それに、わたしどもが背教者なはずがないでしょう。なにせ、この店には、聖大神ジャルフ・イナ・ギゼティスさまに仕える、お偉い方々もいらっしゃるのですから」
ほほう。金での買収が聞かないと分かった途端に、こんどは他人の権力を笠に着てきたか。
うんうん。こういう商人だったら、遠慮はいらないなあ。
いやあ、良心の呵責を危惧しなくてよくなって、よかったよかった。
そんな感想を抱きつつ、床に寝ているプッチルを引っ張り上げ、店主に押し付ける。
「そんな言い逃れが出来ると思うのか。この店の裏事情は、この男から全て聞いている。お前が、ゴブリンを使って、国家転覆を図っているのだとな」
俺の言葉に、店主だけでなく、プッチルも大慌てする。
「お、お待ちを! この男が何を言ったか知りませんが、所詮は奴隷の戯言でございましょう!?」
「ま、待ってくれ。そんな話、した覚えはないぞ!!」
「ええい、うるさい! 家宅捜査の途中だ、静かにしろ! そして店主。外に応援を呼ぶのなら、早いほうがいいぞ。この店で行われている、悪逆非道が明るみに出る前にな」
最後の通告のように言ってから、店の奥に行ったエヴァレットたちを、ゆっくりと歩いて追いかけていく。
エヴァレットとリットフィリアも、俺の後に続く。
すると、店主は無言でプッチルを殴打して、近くにいた店員に何かを言い、外へと走らせる音がした。
大慌てしちゃってまあ。
けど、エヴァレットとスカリシアの聴力にかかれば、隠しごとなんてすぐ見つけられるから、無駄な努力なんだよね。
その予想の通りに、店の一角にあった衣装の陳列棚の前に、エヴァレットたちが屯している。
俺が到着した後に、スカリシアもこの場所にやってきた。
どうやら、その棚が隠し部屋に通じる入り口があるらしい。
大斧を持つマッビシューが、許しを求めるように見てきたので、許可する身振りを送った。
「よっしゃ! いっく、ぜぇええええええええ!」
マッビシューは大上段に振り上げた斧を、大きく踏み込みながら棚へ振るった。
斧の柄が軋む音に続いて、衣装棚が破砕された。
すると、奥にどこかに続く穴が見えた。
「まだ、まだあああああああ!」
マッビッシューの二撃目に、棚はいよいよ木片と化し、隠されていた入り口が現れた。
見てみると、この先は階段になっていて、店の地下へと続いているようだ。
しかしまあ、前の町といい、ここといい、悪いことを企てる人っていうのは、地下が好きなのか?
それとも、業喰の神に仕えたとたんに、ゴブリンたちが穴倉好きになったのか?
そんな益体もないことを考えながら、すえた臭いが階下から立ち上ってきて、俺は顔をしかめたのだった。




