九十五話 卑屈な奴隷は語ってくれるようです
奴隷風の男は、俺たちが三匹のゴブリンを倒したのを見ると、卑屈な笑みを浮かべる。
そして、こちらに取り入ろうと、擦り寄ってきた。
「へへへっ。いやぁ、旦那がた、お強いですねえ」
急に態度を変えたことを怪しんで、マッビシューが鉄杖の先を向ける。
「おい、あんまり近づくな!」
「近づくなというなら、これ以上は近づきませんとも。えへへへっ」
奴隷風の男は両手を肩まで上げて、抵抗するつもりはないと示してきた。
けど、この男も業喰の神の信徒である可能性が高い。
安全を考えるなら、無力化しておくことが重要だろう。
俺はアーラィに目配せして、奴隷風の男を縛り上げさせた。
「へへへっ。暴れたりしないんで、少し緩めに縛ってくださいよ」
手足に縄をかけられて、ゴブリンの血で濡れた床に転がされても、奴隷風の男は愛想笑いをやめない。
ここまで卑屈な態度を取れるのも、一種の才能だろうなって感心してしまう。
その後で俺は、マッビシューとラットラとアーラィに、地下室の奥を見てくるように指示する。
彼らが調べ終わる間に、俺はこの奴隷風の男を尋問していく。
「お話を聞かせてもらいましょうか」
「へへへっ、もうなんでも聞いてくださいよ。なんだってお答えしますんで」
「ではまず、貴方の名前は?」
「プッチルっていいます。職業は、見ての通りに、奴隷でございます。へへへっ」
「奴隷のプッチルさんですか。ではなぜ、人間の奴隷が、ゴブリンと一緒にいたのでしょう?」
「へへへっ。そりゃあ、もともとは同じ奴隷だったからですよ。まあ、オレっちはギャンブルでの借金を払うための身売りで、アイツらは森で捕まったって話ですけどね」
ダークエルフを狙う奴隷商がいるように、ゴブリンを狙う奴隷商がいても変じゃないな。
なにせ、この世界のゴブリンは、知的で文化的なやつだったし。
もっとも、ここで戦ったゴブリンたちは、業喰の神の加護の反作用で、知能が低くなっていたみたいだけどね。
「そういう事情があり、ここに貴方たちが潜伏していたことを考えると。ゴブリンを捕まえた人たちは、そのゴブリンによって壊滅させられたんでしょうね」
「へへへっ、当たりです。捕まえられた当初は大人しかったんですけどね。コイツら、食べ物を食ったら大暴れし始めましてね。同じ馬車に乗せられていたこっちは、もう酷い目にあいましたよ」
同情を誘うような言い方をするけど、俺は口元はうさんくさい微笑のまま、目では冷たい視線を送る。
「こうして無事にいるんですから、ゴブリンたちに命乞いをしたんでしょう?」
「そりゃあもう、奴隷だって死にたくはないですから。もっとも、命乞いをしたのは、オレっちだけじゃないですぜ。その馬車に乗っていた、奴隷商の商人だってそうです」
その説明で、なんとなくこの町の事件の背景が見えてきた。
「ということは、その商人が手引きして、この町の奴隷を連れ去っていた。もちろん、主導はゴブリンで、奴隷商人は手を貸していたって形なんでしょうけど」
「そうそう、その通りですよ。いやあ、神官のお兄さんは、頭が賢くていらっしゃる。へへへへっ」
おべんちゃらを使われても、プッチルの卑屈な態度を見ると、あまり嬉しく思えない。
それはいいとして、地下室の奥から戻ってきたマッビシューたちが戻ってきた。
「奥には、残飯ぐらいしかなかったぜ」
「何を食べていたかは、言わなくていいよねー?」
「頭蓋骨が、いくつも転がってました」
「そうですか。確認してくれて、ありがとうね」
俺はお礼を言いながら、彼らにここまでの話を教える代わりに、より深い予想を語ってプッチルに確認することにした。
「ゴブリンが、邪神の教えを用いて、その奴隷商を乗っ取ったわけですね。なら、この三匹以外にも、ゴブリンたちはその奴隷商に入り込んでいますね。そして、その奴隷商の店は、この町にはありませんね?」
「その通りです。森で捕まえたと偽って、『街』の中に招き入れてますよ。その後で、ゴブリンは方々の町に人間の奴隷と共に散らばり、こうやって邪神を崇める活動をするってわけです。もちろん、奴隷商も、オレっちを含めたその店の奴隷たちも、みんな邪神の信徒になってますよ。ま、オレっちは熱心じゃないんで、物を食っても理性を失わずにすんでますけどね。へへへっ」
他の人と違うことで、差別化を図って、ゴブリンたちに取り入ったんだろうな。
こいつ抜け目ないなと、ちょっと評価を上げる。
そして、いま語られた中の、ある単語が気になった。
「いま、街といいましたね。もしや、聖都ジャイティスに、その奴隷商があるんですか?」
「ご名答です。もともと、ゴブリンってのは、簡単に殺してもいい奴隷として、聖都の金持ちに人気があったんですよ。まあ、表に出さずに、家の中で飼って殺すためのものですからね。へへへっ」
この世界の事情に詳しいバークリステに視線を向けると、プッチルの発言を肯定するように頷きが帰って来た。
ということは、この町に移動するより、聖都ジャイティスに居続けて邪神教の手がかりを探していたほうが、より早く業喰のゴブリンに近づけていたかもしれない。
……いや、これは考えすぎかな。
聖都ジャイティスは広いし、奴隷商の数も多い。
この町で払った調査時間よりも、多くの時を使っていたかもしれないし。
なにはともあれ、業喰の神の信徒たちが、聖都という場所に食い込んでいるのは分かった。
そして、散った先の村や町で地下活動を続け、連れ去った奴隷を信徒化して勢力を拡大しているらしい、ということも理解した。
まあ俺も、エセ邪神教の教祖さまを自由神の信徒化したりして、勢力拡大していたから、業喰の神の信徒たちを批難するつもりはない。
けど、業喰の神の信徒たちが活動しているとなると、ちょっと困ってしまう。
なにせ、俺が各地のエセ邪神教の教祖たちを、自由神の隠れ信徒にしようとしているのには、ちゃんと理由がある。
その教祖たちが勢力を拡大しようと励めば、やがてエセ邪神教同士や聖大神ジャルフ・イナ・ギゼティスの討伐部隊に襲われるはずだ。
俺はその争いを観測して、聖大神ジャルフ・イナ・ギゼティス教徒たちの脅威度を測りなおす気だった。
聖大神教兵団程度の兵力ならいいが、より強力な実働部隊がいたとしたら、今の俺たちでは太刀打ちできない可能性もある。
気にしすぎかもしれないけど、死んでやり直しは出来ないんだから、慎重に過ぎるぐらいでちょうどいいはずだ。
そう、再受領ができない、目玉クエストを受けるのと同じようにだ。
話を戻そう。
いまのエセ邪神教たちは、とても小さな団体だ。
拡大するには時間が必要になる。
聖大神ジャルフ・イナ・ギゼティス教徒たちに脅威だと思われるのにも、まだまだ時間がかかる予定だった。
その間に、俺も仲間を増やし、聖大神ジャルフ・イナ・ギゼティス教徒たちが取るに足らないと分かれば、一気に攻め滅ぼす気だったんだ。
なぜそうする気だったのかといえば、枢騎士卿への試練を達成するため。
その条件の中には、『国教を自由神にする』という項目がある。
なので、攻め滅ぼせれば一気にクエスト達成することが出来るのだ。
副次効果で、信徒の数を一万増やす、五千人を改宗という項目の、カウントを進めることにも繋がる。
そんな幾つもの達成条件を、一気に進めることを目的とした作戦だった。
けど、業喰の神の信徒たちに、奴隷を連れ去るなんて荒っぽい地下活動をされると、早々に聖大神ジャルフ・イナ・ギゼティス教徒たちに脅威だと思われてしまう。
巨大な組織というのは動き出すまでは遅いが、動き出した後は容赦がない。
騒動の原因である業喰の神の信徒たちはもとより、その余波でエセ邪神教の人たちも壊滅されてしまうに違いない。
これでは、聖大神ジャルフ・イナ・ギゼティス教徒に強力な実働部隊があるかは分かっても、俺たちが攻め滅ぼすことは難しくなる。
邪教徒を滅ぼす雄姿を目にした人たちは、決して自由神の信徒になろうとはしなくなり、新たな信者の獲得が難しくなるはずだからだ。
そうなると、枢騎士卿への試練を達成するのも困難になってしまう。
せめて、業喰の神の信徒たちが、より大人しく活動してくれればいいんだけどなと思う。
けど、加護の反作用で知能が下がったゴブリン――要は、ゲームに出てくるようなゴブリン相手に、説得なんて無理だろうなと諦めた。
そうなれば、俺が目的を果たすために、取れる手は一つだろう。
「事情は分かりました。では、プッチル。邪神を崇めているという、その奴隷商に案内してください」
「えっ!? そんな、本気ですか!?」
予想外の言葉だったのか、プッチルは慌てだした。
けど俺は、うさんくさい笑みを浮かべて、頷いてみせる。
「もちろんです。この床に転がっている、知能を失った様子の奴隷たちと、ここのゴブリンたちが食べた奴隷の補填を、その商会にしてもらわないといけませんからね」
納得しやすいであろう嘘の理由を語ると、プッチルは大慌てで心変わりを促し始めた。
「無茶ですよ! 安値で買った女の奴隷を使って、ゴブリンの子供を産み増やさせているんです! いま、どのぐらいのゴブリンがいるのか、オレっちにも分からないんですよ! 三匹のゴブリン相手に少し苦戦してたアンタたちじゃ、きっとやられちまうよ!」
俺たちの身を心配しての言葉のように聞こえる。
けど、プッチルの目を覗き込めば、死地に行く気はないと語っているのが、ありありと見て取れた。
しかし、女性を食い物にして勢力拡大を図っていると知ると、エヴァレットたちから気炎が上がった。
特に、性的な被害にあっていたエヴァレットと、愛妾という過去があるスカリシアが怒りを顕わにする。
「使われている女性は、ダークエルフではないでしょうが、それでも見の毛がよだつ行いだ」
「愛し愛される神聖な行為を汚すなど、許されることではありません」
二人の怒りの言葉の後で、バークリステとリットフィリアも語り始める。
「許せません。人の身を産む道具みたいに扱うなど。それはどんな神の下であろうと、人道にもとる行為なはずです」
「大姉さまの言うとおり。女のお腹は、ゴブリンのためにあるんじゃない」
その他の皆も、同じ意見なんだろう、怒りを込めた目で頷いている。
自由神の教えを守る俺としては、問題の奴隷商が心から望んでそれをしているのなら、文句をいう筋合いではないかなと思っている。
ほら、元の世界でも、異種姦とかが好きな、異常性欲者がいるみたいだったし。
でも話を聞く限りでは、違うようだから、俺も反対姿勢を取ろう。
そうして、俺たちが奴隷商を倒す気に溢れているのを見て、プッチルはやけになったようだ。
「もう、わかったよ! 奴隷商の場所を教えてやる! けど、戦う前に、オレっちを逃してくれ! 死ぬのはごめんだ!!」
その条件ならと、俺たちとプッチルは協定を組んだのだった。




