九十三話 怪しげな場所を見てみましょう
残酷描写があります。
気分が悪くなる人もいるかもしれないので、注意してください。
建物の中に入ると、なにか変な臭いがしてきた。
古くなった肉の塊が腐りかけて臭ってきたあんな感じを、もっと濃密にした感じだ。
なんの臭いなのかと考えていると、リットフィリアから小声がきた。
「これ、大量の生肉の臭い。けど、あまり美味しそうじゃない」
生肉ってことは、この建物は肉屋の肉置き場か何かなのか?
そんな疑問はありながらも、俺たちは建物の中を進んでいく。
大して部屋数はないので、あっさりと一階部分を調べ終わる。
この建物は住居ではいみたいで、ベッドどころか台所もなかった。
そして不思議なことに、入るのに物音を立てたのに、誰も来る気配はない。
邪神教の教徒たちがきたら、一撃加えて捕縛することで、こっちを優位にしようという目論見だったのになあ。
さて、一階の端の部屋に地下へ続く怪しげな階段を発見したけど、先に二階を見回って、誰かいないかを確認することにした。
二階は寝泊りする場所のようで、いくつかある部屋の中には毛布や、食べ物の残骸などが散乱している。
けど、ここにも誰もいない。
ならと、一階に戻り、地下への階段を下りていく。
進むにつれて、リットフィリアが生肉の臭いと称した臭いが、さらに濃くなってきた。
階段を降りきる前に、一度進みを止める。
そして、エヴァレットとスカリシアの聴力で、この先がどうなっているのかを聞いてもらうことにした。
「……なにかを食べているようです。しかし、煮炊きする音はありません」
「咀嚼音から、生のまま食べているようですね」
生のままと聞いて、思わずリットフィリアに目を向けてしまう。
彼女は先祖帰りで、生肉を好む種族である半不死人になっている。
もしかしたら、リットフィリアと同族が、この地下に隠れ住んでいるのかもしれない。
けど、リットフィリアの様子を見ると、なにやら嫌悪するかのような顔を、階段の先に向けている。
「どうかしましたか?」
そう尋ねると、リットフィリアは嫌そうな顔のままで答えてくれた。
「この先にいるの、人食いみたい。それと、大姉さまに感じる意識は、この先には感じない」
「それは臭いで、分かったんですか?」
「うん。酷く不味そうな肉の臭いがするの。これを好んで食べているから、きっと半不死人と違う種族」
俺が考えていたことを否定する言葉に、この先にいる種族はなんなのかと首を傾げる。
……いや、ここまできたら、考えるよりも確かめるほうが早いな。
俺は身振りで指示して、全員で階段を静かに下りていく。
階段の先にある扉のない部屋。その中が少し見えてきたところで、先頭のマッビシューとラットラに突撃の合図を出した。
「でええああああああああ!」
「んなあああああああああ!」
二人は雄叫びを上げながら、階段を駆け下り、部屋に入っていった。
俺たちはそれを追いかけ、階段を降りきった先で隊列を整える。
俺は状況確認も含めて、この中を見回す。
どうやら、赤煉瓦で作られた地下室のようだ。
壁にある油が入った小皿に、火が灯っているが、薄暗い。
天井の高さは二メートルあるかないか。
広さは体育館ほどで、地上にある建物の面積より広い。たぶん隣の建物の下まで、この地下室は食い込んでいるな。
マッビシューとラットラが杖に似せた鉄棒で殴っている相手は、首に奴隷の枷をつけた人間の十人ほどの男女。
「ぐあああああああ!」
「ぎいええええええ!」
彼らは正気を失った表情で、マッビシューとラットラに襲い掛かってくる。
俺はアーラィに二人の救援を、バークリステとリットフィリアに魔法援護の支持をする。
「いきます!」
「自由の神よ、わたくしの目前にいる敵を打つ力を」
「自由の神、目前にいる敵を打ちたい」
三人が攻撃に加わったことで、一気に形勢はこっちに傾いた。
これで心配はないと安心する。
そして、奴隷らしき男女の口元が、真っ赤になっていることに気がつく。
何を食べていたのかと、彼らがいた場所の地面に、視線を向ける。
そこには、屠殺された豚のように腹を開かれ、内臓を外に出され、手足の肉に歯形がついた、人の死体。
殺したばかりなのか、裂かれた腹から湯気が立っているのようにすら見える。
リットフィリアが人食いと称していたように、確かにここにいる人たちは、人を食っていたようだ。
食われかけた死体を見て、俺は怒りも悲しみも湧いてこなかった。
代わりに、少しの気持ち悪さを感じた。
きっとこれは、理解しがたい物を見たときに感じる類の、気持ち悪さだ。
そのことに、この世界に染まってきたなと、自分自身を笑ってしまう。
さてさて、戦いはどうなっているのかなと顔を向ける。
マッビシューとラットラが打ち倒した人たちを、アーラィがローブの内側から取り出したらしき細縄で拘束していく。
そうやって、大半を既に制圧している。
けど、残っている人たちの戦闘意欲は衰えていない。
バークリステとリットフィリアの誅打の魔法に、自分から当たりに来ながら、マッビシューかラットラのどちらかに襲い掛かっていく。
「がああああああああ!」
「でえあああああああ!」
マッビシューは鉄杖を振るって打ち倒し、アーラィがすかさず拘束していく。
けど、マッビシューの攻撃で腕が折れているのに、その人は暴れることをやめない。
明らかに、正気を失った狂戦士状態だ。
こんな様子になるからには、やっぱりこの地下室の中に、本物の邪神を祭る神官がいるに違いない。
でも、目の前にいる正気を失った男女は、神官とは違うはずだ。
ならどこにいるのかと、地下室の先に視線を向けると、こちらに素早く走り寄ってくる影が見えた。
その影は、争っているマッビシューたちを飛び越え、後衛の俺たちに襲いかかろうとしてくる
「我が神よ、目前の敵を打て!」
咄嗟に早口で呪文をまくし立て、誅打の魔法を発動し、その影に光る球を撃ち当てる。
光の球に刎ね飛ばされたその影は、空中で一回転すると、足から地面に着地した。
「ギギャギギィ!!」
人間とは違った声に、俺はハッとしながら、壁の行灯の光に浮かび上がるその影の正体を見つめる。
手に大振りな包丁を持つ、子供のような背丈の二本足で立つ生き物。
緑色の肌、低い鼻、先が尖った歯、少し大きい耳、そして猫背。
見た事のあるその姿に、思わず声が出た。
「ゴブリン!?」
そう。いま俺の目の前にいるのは、前に森で会ったゴブリンと、同じ姿をしていた。




