九十二話 どうやら見つけてしまったようです
エヴァレットとスカリシアの聴力を生かしての、邪神教のあぶり出しを昼過ぎから始めることにした。
人が動くこの時間帯に、奴隷が消える事が多いためだ。
事前に話してあったとおりに、全員で二台の馬車に分乗して、この町の中を巡っていく。
ちなみに、いま俺と一緒の馬車に乗っているのは、エヴァレットだ。
彼女は、書類上で俺の奴隷なので、別々よりも一緒にいる方がいいという判断をした。
俺と同乗を希望していたスカリシアにそう説明すると、少し不満そうだったけど、納得はしてくれた。
なにはともあれ、馬車に乗って町の中をゆっくりと巡っていく。
頼りはエヴァレットとスカリシアの耳なので、同乗する俺たちは無駄なお喋りは控えて、周囲の観察をする。
というか、それ以外にやることがない。
でも、そうやってゆっくりと町中を観察していくと、なんとなく聖都ジャイティスと似た町並みだと気がついた。
都市への憧れから、町並みを似せた可能性があるかもしれないな。
けど、聖都ジャイティスと建物は似ていても、歩いている人たちの見た目は大きく違っている。
多くの人は郊外での農作業がしやすそうな服を着ているし、やけに奴隷を表す首輪をつけた人物が多い。
奴隷商は、孤児や浮浪者を捕まえて奴隷にすることもあると聞いている。
となると、聖都ジャイティスにあるであろう貧民街で捕まえられ、奴隷に落とされた人たちなんだろう。
そして、距離が近くて奴隷の数が入ってくるだろうから、どんな家庭の人たちでも買って使うのかもしれないな。
この町は世界の仕組みの悪しき一端を表しているのかも、なんて愁傷なことを考えてみたりする。
ま、奴隷の人たちの表情を見ると、虐げられている風ではないので、俺が『悪しき』なんて断罪するのはおかしいのだけどね。
そんな事をつらつらと考えて、奴隷が消える事件が起きるまでの暇つぶしを続ける。
二時間ほどが経過したが、なんの手がかりもない。
というのも、奴隷が消える事件がまだ発生していないようなのだ。
今日は、邪神教の人たちの犯行はないかな。
そんな諦める気持ちでいたところ、急にエヴァレットの耳がピクピクと動き始めた。
「奴隷が消える事件が起きましたか?」
思わずそう尋ねると、エヴァレットは首を横に振った。
「いえ、人や家畜の足音とは違う音が聞こえただけです。ですが、少し変ではあります」
「変とは、何がですか?」
「それが、その足音の横に、人間の足音が続いています。つまり、人と何かが一緒に行動しているようなのです」
エヴァレットの報告に、俺は額を押さえた。
人間が犯人だと決め付けていたけど、人が獣を使っての犯行という線もあったか。
けど、奴隷が忽然と消えるからには、ひと飲みにできるような獣を使う必要がある。
それほど大きな獣を持つ人がこの町にいたら、真っ先に疑われるはずだ。
だけどそんな話、噂でも聞いたことがない。
どういうことだろうと思っていると、エヴァレットの新たな報告がきた。
「どうやら、先ほどの足音の人の方が、一人で歩いていた奴隷に接触したようです。声を潜めているので聞き取り難いですが、奴隷から開放される決心がついたかと聞いているようです」
さっきの予想とは、まるっきり違った展開に驚いた。
「人間の方? もう一つの足音は?」
「どうやら、物陰に潜んでいるようですね。先ほどの人と奴隷が、その物陰の方に歩いていきます」
「……疑問は残りますが、折角掴んだ手がかりです。その方向へ行きましょう」
馬車を動かし直して、エヴァレットが指示する方向へと走らせていく。
町中なので、あまり高速移動は出来ないため、すぐには到着できない。
だから、エヴァレットに状況を逐一教えるように頼んだ。
「いま、どうなっていますか?」
「物陰に隠してあった箱か樽に、奴隷の人が入ったようです。それを持って、移動を始めました」
なるほど。
あらかじめ奴隷に話を通しておいた上に、町の中に消えるように見える仕込みを、あらかじめしていたわけか。
しかし、空き箱や空き樽に人を隠して、それを持って運ぶなんて、想像してなかった。
人が入った樽の総重量は、最低でも五十キログラムはあるだろう。
それを抱えて運ぶ腕力がある人がいるなんて、俺は想像もしなかった。
けどこれは、元の世界の常識に目を曇らせていたためだと、遅まきながらに気がついた。
そしてフロイドワールド・オンラインでの、町にある設置物は固定されているものが多いという、変な先入観をこちらの世界に適応していたことも。
いま冷静になって考えれば、力持ちのマッビシューなら、五十キロぐらいの荷物なんて楽に運搬できそうだと分かる。
それに神の力が使えるのなら、腕力を向上させる魔法を使えばいいしね。
まだまだ思考の仕方に抜けがあるなと反省しつつ、そのことに気がついたのが決定的な場面でないことに安堵もする。
「それで、奴隷を隠した箱だか樽だかを持った人は、どこに向かっていますか?」
「先ほどの別の足音のモノと合流して、路地裏を進んでいます。えっと、商店が立ち並ぶ辺りに向かっているようです」
この町の商店街に?
なんでそんな場所に向かうのかと不思議に思いながらも、馬車を走らせていく。
そして、商店街についたのだけど――
「この中へ馬車の立ち入りは禁止だよ。入りたかったら、馬車をどこかに置いてきな」
――って、商店街の入り口で、見知らぬ婆さんに怒られてしまった。
仕方なく、俺とエヴァレットは商店街から少しだけ離れた場所で、フードを目深に被ってから馬車を降りることにした。
そして同乗していた子供たちに馬車を運転を任せつつ、バークリステたちにこの場所を伝えるようにと頼んだ。
去る馬車を見送ってから、俺とエヴァレットは、人一人が通れるぐらいの商店街の裏通りを進んでいく。
「エヴァレット。さっきの人が、どこに行ったか分かってますか?」
「はい、もちろんです。ここまで接近できれば、漏れ伝わってくる声を捕らえることは容易ですから」
頼もしい言葉に、俺はエヴァレットの頭を優しく撫でることで褒めてやった。
エヴァレットは頬を少し赤くして、長い耳がピコピコと嬉しげに揺れる動きが、彼女が被っているフード越しに見えた。
俺たちは裏路地を隠れ進み、エヴァレットがこの建物だという場所で、バークリステたちを待つことにした。
それは、エヴァレットからある報告を受けたからだ。
「この中に、かなり多くの存在が音を立てています。数は詳しくは分かりませんが、少なくとも十人はいるでしょう」
「それが連れ去った奴隷ではなく、邪神教の信者の数だと仮定すると、私たち二人では梃子摺るかもしれませんね」
倒すだけでも、この中にいる人たちが本物の邪神の信者だと考えると、侮っていい相手じゃない。
戯飾の神の信徒となったばかりのダークエルフが、レッサースケルトンを倒しているんだ。
奴隷を生け贄に捧げて、位階を上げた人がいた場合、実力が跳ね上がっている可能性もある。
死んだら終わりかもしれないのだから、ここは慎重に行動するべきだと判断した。
だが、こうして待機している間にも、建物内の状況は動いていく。
布か何かで無理矢理小さくされた悲鳴が、中から薄っすらと聞こえてきたのだ。
「どうやら、先ほど連れてこられた奴隷が何かの儀式を拒否したことで、殺されてしまったようです」
「これで、ここにいる邪神教の信者たちは、少なくとも生け贄を捧げていることは、間違いがなくなったようですね」
少しの間だけ、顔も知らない奴隷の冥福を祈ることにした。
建物内から悲鳴が聞こえてから小一時間ほど待って、ようやくバークリステ、リットフィリア、スカリシアがきた。
その後ろには、戦闘向きの子供たち――力持ちの半戦鬼のマッビシュー 大柄な小巨人のマゥタクワ、二対の腕を持つ多腕種のアーラィ、そして変身で力が増す変態獣の獣人少女ラットラがいた。
全員、神官が手にしてもおかしくはない、杖に似せた打撃武器を手にして、押し入る準備は出来ているようだった。
その頼もしい姿を見やりながら、俺は疑問を口にする。
「他の子たちは、宿ですか?」
「逃げるにしても捕虜を取るにしても、馬車は必要だろ。ここの近くに停めて、その中で待機してるよ」
マッビシューの返答に、よく考えていると感心したくなった。
その頼もしさを、押し入るときにも使わせてもらおうっと。
「では、この中に入るときの隊列を発表します」
先頭はマッビシューとラットラの、力が強い二人に任せた。
その後ろに、四本の腕で厚く色々な対応が可能なアーラィ、そして魔法の援護にバークリステとリットフィリア。
俺とエヴァレットとバークリステは、そのさらに後ろ。
最後尾はマゥタクワだ。
この配列に、マッビシューが異議を唱えた。
「先頭は、オレとマゥタクワでいいだろ。道中で魔物や野生動物と戦うときは、俺たち組んでいたし」
「そのとおりだなー。マゥタクワが広く攻撃して、マッビシューが一つ一つ倒す。いつも、そうやっていたぞー」
マゥタクワも不満そうに言ってきた。
二人の意見は、まさしくその通り。
俺たちの仲間で、この二人を組ませると、なかなかな打撃力がある。
ただし、それは広い場所での話だ。
「いいですか二人とも。この建物を見てください。入り口からしても、マゥタクワには少し天井が低いです。そんな狭い場所で、マゥタクワが得意な広範囲を力任せになぎ払う戦法が使えますか? この狭い中で戦うなら、俊敏さに優れたラットラが適役ではありませんか?」
俺が諭すように言うと、褒められたと勘違いしたラットラが胸を張りだす。
「ふふん。近い距離での素早い戦いなら、あたいが適任だろうに。それはマッビシューだって分かってんだろうにさ」
「ムッ。それは、そうかもしれないけどよお。なにも、マゥタクワを戦わせないように、最後尾にしなくたって……」
どうやら、マッビシューとマゥタクワは、道中の戦闘で組ませていたから、親友同士のような間柄になっていたようだ。
そう気がつくと、こちらに抗議してきた気持ちが分かったので、フォローを入れておくことにした。
「なにも、マゥタクワを戦わせたくなくて、最後尾に配置したのではないのですよ。もしも、この建物から撤退することになった場合、逆に彼が先頭となって、私たちを外まで安全に連れ出す役を担ってもらう気なんですから」
マッビシューとマゥタクワは、理解が追いつかないという顔をすると、二人して地面を指で突付いて何かの確認を始めた。
たぶん、建物に入る配置と撤退するときの配置を、別々に並び替えているんだろうな。
少しして、俺の言ったことが理解できたのか、二人とも晴れやかな顔になった。
「なんだ、そういうことなら、最初に言っておいてくれよ。つまり、逃げ帰るときには、マゥタクワの力が必要ってことだろ」
「ふんーふんー。任せて。逃げるとき、立ちふさがるの、全部壊して外まで出る」
俺に期待されていると分かったのか、マゥタクワは意気込んで鼻息を吐いている。
現金だなと思いながらも、俺は表情をうさんくさい笑みに変えた。
「さて、ではこの中に入って、邪神教の信者たちと対面するとしましょうか」
言いながら手を軽く上げると、先ほど伝えた順番に並んでいく。
俺が手を振り下ろすと、先頭のマッビシューが渾身の力で建物の裏口を蹴り破り、ラットラが全身毛むくじゃら姿に変身した。
そして俺たちは、全員で一気に、この建物の中へと雪崩れ込んだのだった。




