九十一話 奴隷が消える理由を考えよう
奴隷が消える事件の調査を続けるが、情報は集まらない。
少しもというか、全くだ。
これほど完璧に隠匿しているとなると、この事件の犯人――邪神教の信者だと思われる人たちが考えていそうなことは、二つに絞られる。
一つは、この町にいるのは、奴隷を連れ去る事が目的で、新たな信者の獲得を欲していない。
もう一つは、奴隷こそがその邪神教の信者に相応しく、他の人では信者には足り得ない。
このどちらかか、それともどちらもかが、表に痕跡が欠片も残っていない理由だろう。
なにせ、奴隷を連れ去る痕跡を残せば、事件の発覚が早まり、奴隷を持つ人たちが警戒する。
そうなると、その邪神教の人たちにとって、犯行がしにくくなる。
だからこそ、奴隷が忽然と消えたかのように、偽装している。
そう考えると、色々なつじつまが合っていく。
けど、問題と疑問が一つずつある。
奴隷たちを消えたように見せかけて連れ去った、その方法と目的だ。
フロイドワールド・オンラインの常識や道具を持ち出しても、その両方が思いつかない。
ゲームにありがちな、姿を消すマントみたいなのは、フロイドワールド・オンラインには存在しない。
これは公式アナウンスにもあることだ。
理由は、姿を消しながらの攻撃は、派手な魔法や武技が交錯するゲームシステムには必要ないためだった。
そして奴隷を連れ去る理由も、特には考えられない。
――と思いかけて、とある条件を思い出した。
それは、俺がいま進めている、枢騎士卿への試練のクエスト。
この達成条件の中に、『他神の信徒を二千生け贄に捧げる』という項目がある。
条件の生け贄に、奴隷を当てているのではないか?
奴隷二千人は、流石に一つの町では集められないかもしれない。
けど、枢騎士卿で二千人なら、助祭や打助祭が、司祭や兵司祭に位を上げるときには、もっと少ない人数で済むはずだ。
それこそ、町にいる奴隷で賄えるかずかもしれない。
俺は大慌てでステータス画面を呼び出し、クリアー済みのクエストで、達成条件を確認しようとする。
けど、信者を増やした数で位を上げたために、それ以外の達成条件は表示されなくなっていた。
どうしようかと頭を抱えかけて、ふと近くで情報の精査をしている、バークリステが目に入った。
駄目で元々だって気で、彼女に質問してみることにした。
「バークリステ、作業中なのに申し訳ありませんが、一つ聞いてもいいでしょうか?」
「はい。どのような用なのでしょうか?」
「分からないなら分からないと言っていいのですけど、貴女が神官としての位を上げるための条件は分かりますか?」
質問を受けて、バークリステは考える仕草をする。
「えーっとー……はい。なんとなくですが、信者の数を増やせばいいのだと思います。数は――五十人ぐらいでしょうか?」
確証はなさそうな口ぶりだった。
けど、その数は俺がさっき調べたときに見た、打助祭が兵司祭に位を上げるときに必要な、新たに自由神の信者にする数と合っていた。
それなら多分、バークリステになら分かるだろうと、本命の質問をする。
「生け贄の場合で、その数は?」
「生け贄、ですか? ――えッ?!」
バークリステは俺の質問に小首を傾げかけて、途中で驚き顔になった。
どうしたんだろうかと、固唾を飲んで見守る。
すると、バークリステはわたわたと焦った様子で、表情を取り繕いだした。
「えっとですね。生け贄でも、位は上げられるようなので、驚いただけなのです。それで、その数でしたか?」
「はい。私では通過し終えた位のことは調べられないので、教えてください」
「分かりました。位を上げるのに必要な生け贄は、他の神の信者で十人必要です」
その答えを聞いて、俺は思わず舌打ちしたくなった。
まだ、件の邪神教の神が、フロイドワールド・オンラインの神や、この世界独自の神だと決まったわけじゃない。
けど、この町で消えた奴隷の数は、十人より多いのだ。
これはもう、邪神教の信者の中に、司祭か兵司祭が現れていると考えていたほうがいいだろう。
そして、その人物と戦う際には、覚悟が必要になる。
なにせ、戦司教である俺はそれらより一段上の位だが、トランジェはガチの戦闘には不向きな趣味キャラだ。
うっかりすれば、こっちが倒されてしまう可能性がある。
そうだ。この世界で、トランジェとして死んだ場合、どうなるんだ?
ゲームのときみたいに拠点に戻るのか、それとも現実世界に戻るのか、または本当に死んでしまうのか。
自由神の魔法には甦生魔法はないため、一度試してみるなんてことはできない。
ぐるぐると思考が空回りし始め――その回転を止めるために、俺は自分の頬を両手で張った。
バチンッといい音がして、痛みで思考が一旦停止する。
その後で、ゆっくりと頭の回転が戻ってきた。
よし、冷静になった。
落ち着きを取り戻すと、隣のバークリステだけでなく、この場に居合わせた他の仲間たちも心配そうな顔を向けてきていた。
俺は心配をかけちゃったなって反省しながら、なんでもないと笑顔で示す。
「さて、いままでと、やるべきことは同じです。奴隷が消える理由を探りましょう。今日までに集めた情報の中で、次はどの地域で奴隷が消えやすいか、下手人の潜伏場所はどこかなどの、みんなの予想はありますか?」
俺がそう問いかけると、多くが首を横に振って答えた。
うーん、やっぱり情報が足りないか。
そう思っていると、エヴァレットとスカリシアが同時に手を上げ、そしてお互いに睨み合いを始める。
仲がいいんだか、悪いんだかと苦笑いしながら、俺は付き合いの長いエヴァレットを指名することにした。
「まずはエヴァレットから、意見を聞きましょう。それで、なにか気がついたことがあるのですか?」
「はい! あ、いいえ。気がついたことではなく、ちょっとした策なのですが」
一度言葉を切ると、エヴァレットは自分の長い耳を指で抓んだ。
「この耳であれば、町中であっても遠くの音が聞こえます。奴隷が消えたら、その場所がすぐにわかるかと。そして、その場所から逃げようとしている者がいれば、すぐに判明できるかと」
「おおー! そういえば、そんな方法も取れましたね」
俺にはない、エヴァレットの高い聴力のことを、すっかり失念していた。
そして、黒いエルフのエヴァレットが出来るのならば、白いエルフであるスカリシアも同じことができるはず。
そんな期待を込めて、スカリシアに目を向ける。
俺の考えは当たっていたようで、頷きが返ってきた。
「こちらも、同じことを提案しようと考えておりました」
よしっ。そういうことなら、二人に働いてもらうとしよう。
俺は頭の中でこの町の大まかな形を思い描き、エヴァレットたちをどう配置したらいいかを考える。
けど、ずっと町角に立たせているわけにもいかない。
二人とも目を引く容姿だ、必要のない悪い虫が近寄ってきかねないからな。
どうしようかと考えに考えて、ふとあることを思いついた。
そうだ。馬車でゆっくりと巡回すればいいんだ。
エヴァレットたちが音を聞きつけたら、その方向に馬車で素早く移動する事ができる。
襲われた場合は、馬車の荷台が簡易な防壁として使うこともできる。
そして、エヴァレットとスカリシアの耳を生かすために、それぞれ一台ずつ馬車に乗ってもらうことにすれば、町の大きな範囲をカバー出来るはずだ。
そんな思いつきを話すと、全員がなるほどという顔をする。
けどその後で、エヴァレットとスカリシアが、俺にずいっと顔を近寄らせてきた。
「トランジェさまは、どちらの馬車に乗るおつもりなのでしょうか?」
「お仕事だとは分かっておりますが、好いた方と一緒にいたいのです」
どちらも、俺と一緒に行動したいようで、譲るつもりはなさそうだ。
俺がどっちに乗るなんて、どうでもいいだろうに。
そうは思いつつも、二人の角を立てないようにするにはどうすれば良いのだろうかと、頭を悩ませる羽目になってしまったのだった。
腰の痛みが引いたので連載再開します




