八十六話 噂話も、なかなかに馬鹿に出来ません
情報を仕入れに、この街一番の奴隷商に向かうことにした。
その奴隷商は、クトルットとその両親の商会とは無関係だ。
けど俺は、そんな店から情報を引き出す方法を持っている。
クトルットたちの店と距離が出来てしまう前、連絡を頻繁に取れなくなるからと、クトルットの商会の買い付け人だという証をくれた。
この証があると、どの奴隷商に行っても、それなりの奴隷とその近辺の情報を仕入れることが出来るのだ。
そして、町の噂程度の話なら、交渉のサービスって感じで、気軽に話してくれる。
どこそこの誰かが、変なことをし始めた。あれこれなんて物を、発注した人がいるらしい。
そんな話を糸口にして色々と探っていくと――あら不思議、エセ邪神教の情報が手に入っちゃった!――ってなことになる。
四つのエセ邪神教を、実際に発見した方法だから、効果は実証済みだ。
というわけで、俺はこの街の奴隷商と、奴隷の購入交渉に見せかけた情報収集を行っていく。
「この街に流れている噂、ですか?」
「はい。そういう噂が、商売に役に立つこともありますので、収集するようにと言われています」
「理屈は分かりますが、奴隷の売買には関係ないと思いますけどねぇ。ですが、そうだなあ……」
奴隷商の店主が思い出す素振りをする。
ちなみに、いま俺は隣にエヴァレットを立たせている。
首に紐をつけたダークエルフを見せると、どの奴隷商も俺が買い付け人だと疑わなくなるので、情報収集がしやすくて大変に助かっている。
この店主も、俺がニセモノだとは思わずに、あれこれと噂を教えてくれた。
その中で、一つ変なものがあった。
「そうだ。この街の噂話ではないんですが、奴隷商に関係がありそうなものがありましたよ」
「ほうほう。どんなものですか?」
「それがですね。ここから十日ほどの町で、奴隷が次々と消えているんだそうです。奴隷の購入者が、その町の奴隷商に「お前が逃げるように指示して隠しているんだろう!」って怒鳴り込んで、店を荒らしまわったのだそうです」
「もしかして、消えた奴隷と言うのは、コレみたいに首に紐しか巻いてなかったのですか?」
俺がエヴァレットを指しながら言うと、店主は首を横に振る。
「いいえ。首に大きな枷をはめた奴隷ばかりが、次々と消えたそうなんです。仮に奴隷一人で町の中を出歩いていたら、逃亡奴隷だって分かるので、町人からの通報があるはずです。でも、まったくそんな奴隷は見かけないそうで」
「なるほど。それは不思議な話ですね」
不思議な話はそれ一つだけで、他の噂はエセ邪神教に通じそうもないものばかりだった。
この後で奴隷の買い付け交渉も、格好だけだが、ちゃんとやった。
もっとも、俺は買い渋りに買い渋り、奴隷のアラを指摘したりと、結局一人も買わなかったけどね。
怪しげな噂話を仕入れた俺は、それを宿屋に待機させていたバークリステと子供たちに伝えた。
そして、エセ邪神教に関係があると思うかと、そう尋ねた。
なぜ彼ら彼女たちに聞いたかというと、聖大神ジャルフ・イナ・ギゼティス教徒の裏側を知っているため、この噂についても何か知っている可能性があるためだ。
知っていなくても、俺よりもこの世界に通じる人たちだ、噂話が起きた理由を考え付く可能性が高い。
けど、今回の奴隷が消える噂について、似た話を聞いたことはないみたいだった。
「次々ってことは、たくさんいなくなったことだよね」
「奴隷って、そう簡単に逃げられないはずなんだけどなあ……」
「首の枷がある奴隷が消えたってことは、奴隷と分かる人だけを狙って殺しているんじゃ?」
子供たちが意見をぶつけていくが、彼ら彼女たちの保護者役であるバークリステは、静かに考えをまとめたようだ。
「奴隷が消え、町の人の誰もが見ていないと言うことは、手引きした存在がいる可能性が、とても高いはずです。ですが、奴隷を集めて、何をする気なのかは、情報が少なく、よくわかりません」
バークリステが出した結論について、俺は尋ねていく。
「さっき、誰かが言ってましたけど。奴隷を連れ去っているのではなく、殺しているのではありませんか?」
「いえ、それはないでしょう。奴隷といえど、殺害現場を隠匿したり、死体を隠すことは容易ではありません。噂話が流れている状況であるならば、関係ないなにかの跡であっても、住民があの噂のものではないかと勘ぐりますから」
その話は、理解できるものだった。
元の世界であった推理小説作家の発言にも、こういうものがある。
『自殺に見せかけるトリックを考えるほうが、死体を消え失せたように見せかける方法を考えるよりも容易い。ましてや、誰にも知られずに死体を本当に消す方法などは、自分には考えもつかない』
つまり、ある種本職の想像であっても、死体を誰にも知られずに消すことは実現できないということだ。
それもそうだろう。
焼けば、火と煙が出る。煮たり薬品で溶かそうとすると、とても匂う。機械で粉々にするには、音が出る上に時間がかかる。
山間部に遺棄する――この世界なら街道を外れた野原に捨てれば、発見はされ難いだろう。
けど、骨や衣服の切れ端などで、死体が発見される可能性は残ってしまう。
どう考えようと、人知れずに人の肉体を消す方法はない。
ということで、消えた奴隷たちは自分の意思で、生きたまま逃げたという理屈になるわけだ。
でも、それは俺やバークリステたちが培ってきた、常識で考えた場合だ。
この世界には、魔法がある。
それなら、俺たちが知らない、人の体を消す魔法があってもおかしくない。
そして、その魔法を使える人がいた場合、エセ邪神ではなく本物の邪神の信徒がその町にいるということになるだろう。
さらに言うと、俺が知る中のフロイドワールド・オンラインの魔法には、そんな魔法はない。
ということは、その邪神はこの世界独自な神の可能性が高い。
ここまでの考えは、頭のいいバークリステも思いついたのだろう、俺に真剣な目を向けてきた。
「トランジェさま。この街にあるエセ邪教の指導者を一人、自由の神の信徒にし終えたのです。ならば、あとはその者の活躍を期待して、その噂話のある町に言ってみたほうが、よろしいのではありませんか?」
「私もそう思っていたところです。移動の準備は済んでいますか?」
「もちろんです。いつ聖大神ジャルフ・イナ・ギゼティスの審問官や、聖大神教兵団の襲撃があってもいいように、逃げ支度だけは万全にしてあります」
相変わらず実務においてソツがないなって、バークリステの働きに嬉しくなる。
「では、さっそく宿を引き払って、その町に向かいます。今までと違い、本物の邪神が相手かもしれませんので、町についたら全員注意してくださいね。特に、公証だと奴隷であるエヴァレットは、私の目の届くところにいるようにしてくださいね」
全員が俺の判断に不満はないと、頷き返してきた。
さて、じゃあ、新しい町に出発するとしよう。
この世界にある本物の邪神と出会えますようにと、願いながらね。




