八十五話 エセ邪教徒の指導者に、自由神のお恵みを与えましょう
エセ邪神である生粋黒白天使ノア・ハブ・クホワの指導者が、集まった人たちに向けて熱心に語りかける。
「聖大神ジャルフ・イナ・ギゼティスという神は、神の大戦の前には人々に名を知られていない神でした。そのことについて、聖教本および神官たちは、その大戦で名を上げた神なのだと語っております。ですが、それは間違いであることは、前に教えましたね?」
「「「はい! 聖大神ジャルフ・イナ・ギゼティスは、大戦が始まってすぐに隠れ、終戦後に世に戻ってきた漁夫の利を得た臆病者です!!」」」
「その通りです。そんな臆病者だからこそ、この神は徹底的に他神の信徒を迫害したのです。人々の信仰によって、自分よりも強い善の神や悪の神が復活しては、せっかくの自分の天下が脅かされてしまいますからね」
元の世界でなら、高校生や大学一年生ぐらいの青年が、理路整然と聖大神ジャルフ・イナ・ギゼティスを批判していく。
話し振りから教養が窺えるから、きっといいところのお坊ちゃんなんだろう。
聴きやすい喋り方で、周囲の人たちは引き込まれ、熱心に聞いている。
けど、俺とバークリステという自由神の神官にとっては、興味も意味もない話にすぎない。
適当に話を聞き流しているような俺たちが、なぜここにやってきたかというと、別の目的がいくつかあるからだ。
まず、この集団が崇める『生粋黒白天使ノア・ハブ・クホワ』みたいな、エセ邪神と呼ばれている存在に神の力があるかどうかを確かめるためだ。
エセと世の中で判断されていても、力があるならば、その存在は真に神だ。
そんな存在を知ることができれば、この世界がなぜフロイドワールド・オンライン似ているのかを、解き明かす鍵になるかもしれない。
そうならなくとも、俺たち自由神の信徒と共に、聖大神ジャルフ・イナ・ギゼティスの世を打ち倒してくれるかもしれない。
隣にバークリステを連れてきているのも、エセ邪神が本当にエセなのか、本物の神なのかを見極めるためだ。
もっとも、ダークエルフのエヴァレットとエルフのスカリシアの場合、町を歩くだけで注目されてしまうから、こういった潜入捜査には連れて行けないって事情もある。
さておき、ではなぜバークリステなら見極められるのか。
それは、彼女が聖教本と宗教関係の知識に、深く通じていること。
そしてエセ邪神の多くが、聖教本や宗教書に書かれた存在から、名前や存在を引用しているからだ。
実は、俺たちが潜入捜査するのは、この団体で四つ目。この大きな街の中でなら、二つ目のエセ宗教組織だ。
他三つの団体が祭っていた存在は、聖教本に書かれていた人であったり、魔物であったり、土地の名前だったりした。
では、この団体はどうか。
視線でバークリステに真偽を問いかけると、彼女は俺の耳に口を寄せてきた。
「――終章にでてくる、邪神の目に矢を突き立てた、神の僕の名前がノア・ハブ・クホハです。偽りである可能性が、とても濃厚です」
ふむ、やっぱり神でもない存在を、神として崇めているわけか。
ま、聖教本には、神の名前や善悪以外にどういう神かは、一切書かれていない。
だから、名前のある戦士や土地の名前を、エセ邪神教は拝借して神として扱っているわけだ。
そうそう、あまり関係ないことだけど。『エセ邪神』って名称は、聖大神ジャルフ・イナ・ギゼティスの教徒たちが、我が神以外の神と称する存在は全て邪である、っていう主張で一方的につけているだけにしか過ぎない。
エセ宗教団体の人たちの多くは――
「俺たちの神こそが、本当の神だ!!」
――って主張して、祭る神を邪神だなんて考えもいない。
他者から勝手に邪神って呼ばれるって点だけは、自由神に通じるものがあるので、俺はほんの少しだけシンパシーを感じたりしているけどね。
さてさて、本物じゃなくてエセ邪神とわかれば、次の目的に移行する。
それは――っと、指導者の青年の説法が終わったようだ。
「このように、この世を統べる正当性は、我らが生粋黒白天使ノア・ハブ・クホワにこそ存在します。聖大神ジャルフ・イナ・ギゼティスなどという、成果を横取りしただけの偽りの神に騙されないでください。では、定例会はここまでにいたしましょう」
青年は説法を終えると、隣にいる三人の女性たちと共に、入ってきた扉から出て行ってしまった。
あらら、なんともあっさりした終わり方だな。
他の団体は、夢想に近い目標を語り合って、団結を強めようとしていたのに。
けど、審問官や聖大神教兵団に踏み入られて捕まる可能性を考えたら、青年の用が済めばすぐに帰るっていう姿勢が正解だろうな。
しかし、彼を逃してしまうと、俺の予定が狂ってしまう。
エセ邪神を祭っているとわかれば、指導者にこっそりと話をしにいって、自由神の信徒にならないかと持ちかける気だったんだ。
俺とバークリステは他の人たちと共に、青年が出たのは違う、小さな扉から外に出る。
道を移動しながら、短く口笛を鳴らし、路地に入る。
すると、ローブとフード姿のスカリシアが、路地の脇から現れた。
「この耳で、指導者の場所を捕捉してございます。音が通らない場所に入ったりしないか、エヴァレットが追っております」
よっし。
万が一のために、二人を近くに配置していてよかった。
「いつもながら、ありがとうね。じゃあ、どこの誰だか正体を掴み、その弱みでもって、あの青年には自由の神の信徒になってもらいましょうか」
さあ、俺の目的のために、新しい手駒となってもらおうではないか。
追いかけた先にあったのは、柵と門がある大きな屋敷だった。
柵の間から庭園が見えることから、あの青年は随分と裕福な家の人のようだ。
エヴァレットとスカリシアに、少しは慣れたところで身を隠すように指示してから、俺とバークリステだけでその家に向かった。
門の前には、一人だけ警備員らしい鎧を着て槍を持つ人が立っている。
俺たちは物怖じしない態度で、その警備員に近づいていった。
「あのー、この家にお住まいの、十七、八ぐらいの青年に、お礼を伝えにきたのですが……」
「むっ。そんな人は、この家にはおらん。さ、帰った帰った」
追い出しにかかってくるので、俺は必死な演技をする。
「そ、そんなはずはありません。お礼を言うなら、この家までくるようにと言われてたんです。嘘だと思うのでしたら、聞いてみてください。黒色と白色で、女性三人を連れたときに、お会いした男ですと!」
焦ってとんちんかんなことを言いった風を装い、あの青年が無視できない情報を入れ込んだ。
俺があまりに必死に頼むからか、警備員は根負けしたように、俺たちに「ここで待つように」と言って、門の向こうへと入っていった。
時間にして三分ほど待つと、あの青年だけが警備員と共に門まで歩いてくる姿が見えてきた。
血相を変えてくると思っていたので、ちょっとだけ当てが外れた気分になる。
青年は門を境にして、俺たちの姿を見てくる。
そして、なにかに気がついたような顔で、警備員に喋りかける。
「ああ、思い出した。あのときの。うん、通していいよ。大丈夫、本宅には入れたりしないから」
「そうですか。そういうことでしたら」
警備員に通されて俺たちが屋敷の中に入ると、指導者の青年はついて来いと身振りして歩き出す。
後を追っていくと、庭園の中にある東屋に通された。
座るようにと促されたので、椅子に座らせてもらう。
すると、先ほど集会で見た、三人の女性が現れた。
それぞれ格好が変わっていて、メイド服のような服を着ている。
そして、無骨なナイフを一本ずつ握っていた。
優位な状況を作り終えたからか、指導者の青年は悠々とした仕草で、俺たちの対面に座った。
「ふふっ。いくつもの逃走用の偽装を見破って、僕の家を突き止めたことは褒めてあげます。ですが、欲をかくと身を滅ぼしますよ。この通りにね」
青年に指し示された女性たちは、ナイフを手にこちらに近寄ってくる。
その姿を見て、俺はあえてうさんくさい笑みを浮かべた。
隣に座るエヴァレットも、俺の回復魔法の力を知っているためか、余裕の表情で女性たちの動きを見ている。
俺たちが命乞いをしないことを、青年は不思議感じたようで、手を上げて女性たちを制止した。
「……その落ち着きようは変ですね。なにを企んでいるんですか? そもそも貴方たちは、何者なんですか?」
青年の疑問に、俺は上に指を向けながら言う。
「なに、同業者ですよ。ただし、『本当の神官』です」
ショートカットのキーワードによって、誅打の魔法が発動する。
俺の指先から光の球が発射され、東屋の開いた天井を通り抜け、上空へと駆け上がって消えていった。
その光景を見て、青年は初めて焦った顔になった。
「まさか、聖大神ジャルフ・イナ・ギゼティスの!?」
席を立つと、青年は身振りで三人の女性に命令を出した。
女性たちはすぐさま盾になるような配置で、青年の身を背後に隠す。
その行動を見つつ、俺はうさんくさい笑顔を、さらに強くする。
「なにか勘違いしておいでですね。私は神官ですが、聖大神ジャルフ・イナ・ギゼティスとは関係がありません」
俺の言葉に、青年だけでなく女性たちの身動きが止まる。
恐らく意味が伝わっていないんだろうなと、改めて説明することにした。
「端的に言ってしまえば、私たちは邪神の神官なのですよ。貴方と違って、本物ですよ」
「なッ、そんな、ありえない!!」
絶叫した青年を、女性の一人が肩を掴んで落ち着かせる。
冷静さを取り戻した青年は、なにやら考える様子になった後で、窺うような目をこちらに向けてきた。
「貴方たちが、本物の邪神の神官だと、証明できる手段はおありですか?」
「もちろん、ありますとも。邪教徒の尖兵として名高いスケルトンでも、ここで呼び出しましょうか? ああ、その前に、コレを見せたほうが早いですかね?」
俺はステータス画面を呼び出し、装備の一括操作で、普段着ている黒いローブを着て杖を持つ格好に、一瞬で変わる。
この早着替えに、他のエセ邪神団体の指導者に見せたときと同じく、この青年も度肝を抜かれたらしい。
「た、たしかに、聖大神ジャルフ・イナ・ギゼティスの神官どもには、出来ないことです」
どうやらスケルトンを呼び出すまでもなく、俺が邪神の神官であると納得してくれたようだ。
しかし、疑問があるようだ。
「でしたら、なぜ我らの集会にきたのですか。邪神の神官ともあろうお方なら、我らの神は偽造したものだと、お気づきなのでしょう?」
俺は頷いて知っていると肯定すると、うさんくさい笑顔を深くする。
そして、他の団体に使ったのと同じ言葉を口からだす。
「あの団体の指導者である貴方に、提案があってきたのです。
我が神――自由の神を信仰してみませんか。そうすれば、貴方にも神の力が使えるようになります。
使えるようになった神の力を、どう使おうと貴方の自由です。私は一切関与しないことを誓いましょう。
それこそ、貴方が信じる『偽造した神さま』の信仰を世に拡げるために、自由神の力を使用したとしてもです」
持ち掛けた取り引きに、青年は驚いていた。
そして次々に質問をしてくる。
「そ、そんなことが、許されるのですか?」
「もちろんです。自由という名の通り、我が神は信徒のどんな行いも許します。神の名を偽ろうと、違う神を表向き崇めようと、気にはしません」
「そんな提案をして、貴方になんの得があるのです?」
「信者の数が増えます。私にとって、これが一番の報酬となります」
「本当に、神の力をどんなことに使っても、いいんですね?」
「はい。もっとも、信仰したばっかりの人が使える力は、弱いものしかないので、あまり高望みされても困ってしまいますが」
よどみなく返答すると、青年は深く静かに悩み始めた。
そして、決断した目で、俺を見返してくる。
「……分かりました。貴方の言うとおりに、自由の神とやらの信徒になります。ただしボクが信仰するのは、我が生粋黒白天使ノア・ハブ・クホワだけです。それでもいいんですね」
「ご自由に。偽りの神では、改宗の秘術は行えませんので、貴方の身は自由の神の信徒のままですので」
「それだけ聞ければ十分です。では、ボクに神の力を使えるようにしてください」
求めに応じて、俺は指導者の青年に、信徒化の魔法をかけた。
そして神の力を使えるようになる儀式――要は職に就く魔法をかけるのは、明日以降になると説明した。
一度にやると体が耐え切れないとか、出任せの説明に納得してくれた青年は、明日また来て欲しいと約束をとりつけてくる。
俺は了承して、青年と分かれた。
路地裏でエヴァレットとスカリシアと合流し、そのまま日陰を歩くように、街中を進んでいく。
その間に、俺はエヴァレットたちに言葉をかける。
「さてさて、こうして新たな信徒を作ることがまたできました。この街は大きいですからね、もう一つか二つ、エセ邪神教がありそうです。探して、エセ神かどうか判別して、ニセモノならその指導者を自由神の信徒にしてしまいましょう」
でも、すぐには見つからないようになっているから、街を巡って噂話を集めないといけないんだよな。
ああ、大変だ大変だ。




