八十四話 あたらしい居場所で、新たな人たちと出会いました
俺はバークリステと共に、朝霧が出ている『街』の大通りを行く。
元の世界のロンドンの旧市街っぽく見える街並みを、俺たちは普段のローブ姿ではなく、この街――聖都ジャイティスに住む一般市民の服装で進んでいく。
道具屋、武器屋、宿屋、一般家屋。
そんな様々な建物を通り過ぎ、やがて一件の酒場に到着する。
朝早くだからか、扉に閉店中の札がかかっている。
普通の人ならば、回れ右するところだろうが、俺はその扉をノックする。
調子をつけて、二、二、八と打つ。
少しして、扉の覗き窓が開いた。
こちらからでは目の部分しか分からないが、確実に男だと分かる顔だ。
その男が、こういってくる。
「もう閉店だ。酒が飲みたきゃ他を当たれ」
「当たりたいのはやまやまだが、ここの酒が飲みたいんだよ」
そう俺が返すと、男は目を細めながら、ため息を吐いた。
「はぁ~。時間外だが、一杯だけ出してやる。なんて名前の酒だ」
「名前は知らないが、聖大神さまのために作られたっていう、『真っ黒』な色のやつだよ」
「……そんな銘柄、ここには置いてないが?」
「そうなのか? あれれ、『漆黒の酒』ってのがあるって聞いたんだけどなあ」
酷く残念そうに俺が言うと、覗き窓から一本の鍵が差し出されてきた。
俺が受け取ると、男の目が仕方がないといった感じに細められる。
「……その鍵で、裏口から入ってこい。その酒を飲ませてやるから」
「ありがとう、恩に着るよ」
俺は鍵を受け取ると、その店の横にある路地に入る。
しかし、店の裏口に鍵を刺さずに、鍵の柄につけられた、下手くそなサルのような形の小さな木の人形を見る。
今日は、左手を上げている人形か。
俺はバークリステと共に、路地を突き当たりまで進み、左側に目を向ける。
そこにある建物の地面すれすれに、木箱に隠れるように、指が二本だけ入るぐらいの通気口のような穴がある。
俺はその穴に鍵を押し入れた。
鍵が奥に落ちた、カランという音が、穴から小さく響く。
少し待つと、その穴がある建物の裏口が開いた。
出てきたのは、筋骨逞しい体を誇る、ボディービルダーのような筋肉男だ。
「……見ない顔だな。誰の紹介だ?」
「紹介者はありません。求める心が、私をここに脚を運ばせたのです」
「フンッ。合言葉をきっちりと覚えているようだな。なら、お前さんがたは、俺たちの同胞だ」
筋肉男は俺たちを中に招き入れると、建物の中を歩いていく。
そして、廊下のある場所で止まると、壁の下の方にある木の飾り板に手をかけ、押したり横にずらそうとすように力を込める。
するとガコッと何かが外れる音がして、その部分の板が外れた。
「今日はここが集会の場所だ。さ、中に入った入った」
入り口だというその場所を、俺とバークリステは腰を屈めながら入っていく。
すぐにもう一つ扉が現れた。
それを開いて入ると、そこは高校の教室ぐらいの広さの部屋だ。
中には、二十人ぐらいの人がいる。
男女比は二対一で、男のほうが多いようだ。
初顔である俺たちに、彼ら彼女たちは視線を向けてくる。
けど、ここに来たことが一種の証となるからか、すぐに視線は散っていった。
すると、それがまるで合図だったかのように、俺たちが入ってきた扉とは違う、もう一つの大きな扉が開いた。
そこから、黒と白に斑に染め上げられた――シマウマ柄みたいなローブを着た人たちが入ってくる。
あらかじめその色だと知ってはいたけど、実物を見ると思わず笑ってしまいそうになる。
だって、真剣な顔で部屋の中に入ってきたのに、服がシマウマ柄だぞ。
笑うなって方が難しいだろう。
けど、この世界にはシマウマ柄の生き物がいないのか、俺以外の人たちは真剣な顔で、入ってきた人たちを見ている。
それは、バークリステも同じだった。
これは笑ってしまったら不味いなと、俺は伏し目がちにシマウマ柄ローブを着た人たちを観察する。
人数は四人で、年齢はかなり若い。
二人は十代後半の男女、そして二十代前半と後半の女性が一人ずつ。
この四人の誰かが、この組織のリーダーだ。
さてどれかなと観察していると、四人の中で唯一の男性が、存在感を示すように両手を広げた。
振袖のような長い白黒柄の袖が、広がって揺れる。
「ようこそ、『生粋黒白天使ノア・ハブ・クホワ』を信ずる、我が同胞たちよ。本日は新たに二名の同胞が、この集会に参加しているとのこと。これは、聖大神ジャルフ・イナ・ギゼティスが偽りの神だと伝える、我らの行いの成果であるといえるであろう。この調子で、偽りの神から人々の信仰を取り戻そう!」
「「「偽りの神から、取り戻そう!」」」
生粋黒白天使ノア・ハブ・クホワとやらを崇める人たちが、一斉に唱和する。
俺はその姿を見て、やっぱり笑いを堪えていた。
そしてバークリステも、苦笑いをしないようにしているかのように、頬が少し引きつっている。
さて、ここまでいけば、もう分かるだろう。
俺たちはいま、邪神を崇める人たち――いや、とあるエセ邪神教の集会に、身分を偽ってお邪魔している最中なのである。
展開を考えていて時間が無くなったので、短めになりました。




