八十三話 不和の種を撒き、自由神の信徒たちは次の目標へ
バークリステたちが先頭に立ち、町人たちの奮闘もあって、レッサースケルトンを始めとするアンデットたちは駆逐されていく。
悪の神官役の俺たちは、アンデッドたちの総数が半減したところで、負け犬のような台詞を残して撤退した。
命令者を失い、アンデッドたちの動きが鈍ったため、程なくして町は亡者たちの手から開放された。
民衆自身の手によっての成果に、町中から勝ち鬨が上がる。
俺は町の外に隠し止めた馬車でその声を聞きながら、作戦が成功裏に終わったことを実感していた。
実を言うと、急ごしらえで色々と穴のある作戦だったから、成功してほっとしている。
町人や神官たちは、アンデッドたちを見て混乱していたし、クトルットの従業員や奴隷によるサクラを入れていたから、その穴に気づかれないとは思っていた。
けど、万が一という可能性もなくはあったので、成功してよかった。
なにはともあれ、作戦は終わった。
なので、俺たちは一足先に別の村へ移動して、バークリステたちが来るのを待つことにした。
約十日後、俺たちに合流を果たしたバークリステたちから、あの後の町がどうなったか聞いてみた。
「それがその……作戦が上手く行きすぎてしまったようでして」
バークリステはそう断ってから、町の状況を語りだした。
「教会の神官たちが、わたくしたちと共同して戦わなかったために、町人たちからの信頼が失墜してしまったのです。いまや、あの町では『聖大神ジャルフ・イナ・ギゼティスさまは信じるが、神官は信用できない』という言葉が、合言葉のようになっております」
「それで町の人がね大姉さまに、新しい神官として赴任してはくれないかって、言ってきたんだ」
バークリステが認められたようで嬉しいらしく、リットフィリアが笑顔で割って入ってきた。
「大姉さまは、自分の存在があっては混乱を招くからって、説得して回ったんだよ。それで、大勢の町の人に惜しまれながら、町を後にしたんだ」
にこにこと満面の笑顔で、バークリステの成果を報告してきた。
バークリステは照れ顔になると、リットフィリアの口を塞いで、報告の続きをする。
「そ、それでですね。今回の一件で、聖大神ジャルフ・イナ・ギゼティスの教会から、わたくしたちは本格的に敵認定をされてしまうようです。もっとも、邪神が復活したという部分は隠したようなので、信徒に災いをもたらす背教者という扱いにしたそうです」
そんな教会の秘密っぽい情報を、バークリステが得られた事実を考えると、教会の関係者の信心も神官たちからは離れたと見ていいのかもしれない。
ま、バークリステたちが背教者と認定されようと、どうでもいいことだ。
自由神の神官なんだから、聖大神ジャルフ・イナ・ギゼティス教徒の理屈に付き合う必要はないんだから。
さて、町の状況で俺が気になることは、二つある。
「奴隷商のクトルットと、情報伝達の方法について話してありますよね?」
「もちろんです。一度放てばあの町にいき、そして放った場所に帰ってくるという、伝書鳥を預かってあります。これで情報をやり取りするそうです」
「それでは、町の中に邪神が復活したという噂は、ちゃんと流れていますか?」
「はい。あの町の下部にある教会に避難した人たち――トランジェさまの威光を直接目にした人たちを中心に、骨を召喚する怪しげな男とその従者が二人いたと、噂が流れています。しかし上部の教会に逃げた人たちは、トランジェさまのお姿を見た人がいないため、噂には懐疑的であるようです。中央部の教会に避難した人は、神官の非道を噂するばかりで、トランジェさまのことは忘れてしまっているみたいでした」
ふむ、そうなのか。
あの町で邪神が復活したと噂になれば、行商人を通じて世界中に噂がばら撒かれると思ったんだけどなあ。
そしてその噂を、エセ邪神教の人たちが耳にすれば、こちらに接触してくるはずだと考えていた。
けど、そうそう上手く行くばかりじゃないか。
そんな事を思っていると、急に誰かの声が上がった。
「どうして、なんで僕を助けたんだ!」
大声を発したのは、工作員だったデービックだ。
裏切り者である彼は、他の子たちから白い目を向けられていたから、そのことに耐え切れなくなっての発言っぽい。
俺はうさんくさい笑みを浮かべなおすと、デービックに向き直った。
「どうして、ですか? 別に、助けたつもりはありませんよ。それは私だけでなく、他の子達も同じ思いのはずです」
「なら、どうして僕は、ここに無事でいるんだ!」
「単なるなりゆきですよ。バークリステたちは、あの町で奉仕した方々に不要な罰を与えられることをよしとせず、助けようと思ったのです。デービックが助かったのは、その行いのオマケでしかありません。そしていま殺したりしていないのは、そうしたいと思う人がいないだけでしょうね。なにせ、自由の神の神官ですから、心から必要と思わないことをする道理がありませんからね」
うさんくさい笑顔で言っているからか、デービックは信じてくれないみたいだった。
けど、俺の言っていることは本当だ。
中央部の教会に入ったとき、デービックは死んでいる可能性があった。
そのときは、死体を住民の前に引っ張ってきて、バークリステに悪逆非道だと糾弾するようにと指導していた。
なので、デービックが生きてこの場にいるのは、聖大神ジャルフ・イナ・ギゼティス教の神官が殺しそびれたという、デービック自身の運に他ならない。
とはいえ、デービックの未来は明るいものじゃない。
なにせ、バークリステが神官を糾弾するために、彼の存在を使った。
そのために、デービックは背教者の一味だと、あの教会の神官たちに認識されてしまっている。
つまりそれは、聖大神ジャルフ・イナ・ギゼティス教徒では居続けられないということを意味している。
なのでこれからのデービックは、どこの町、かなたの村に行こうとも、聖大神ジャルフ・イナ・ギゼティスの教会がある場所なら、背教者として追われることになるだろう。
それは、マッビシューとアフルンの二人にも、同じ事が言える。
バークリステは、あの町の住民からは聖女として扱われたが、神官たちには上の意向に逆らう者と認識された。
マッビシューとアフルンは、バークリステと共にいたために、同じように逆らう者と認識されたことだろう。
ということは、デービックほどでないにしても、聖大神ジャルフ・イナ・ギゼティス教徒だと、胸を張って言える状況ではなくなってしまったわけだ。
さて、このような状況を伝えてみたのだが、三人はどんな選択をするのだろうか。
最初に決断したのは、デービックだ。
「悪いけど、貴方についていく気はないし、貴方の崇める神を信じる気にはならない!」
そう宣言して、俺たちの前から去っていった。
きっと、大変な茨道だろうけど、デービック自身が選んだ道だ。自由神の教義に照らしても、彼の道行きに幸あらんことをと祈ることしかできない。
次に選択したのは、アフルン。
「意固地に聖大神ジャルフ・イナ・ギゼティスの教徒でいてもしょうがなくなっちゃったから、自由の神に宗旨替えしたいわぁ」
自分本位な理由に、俺は思わず苦笑いしてしまったが、自由神の信徒としては正しい姿に違いなかった。
すぐに信徒化の魔法をかけて、アフルンを加護する神を変えた。
最後に残ったマッビシューはというと、悩みに悩んだ末に、自由神に膝を折ることを選んだ。
「骨たちと戦ったとき、力はあることに越したことがないって分かったからな。聖大神ジャルフ・イナ・ギゼティスは力をくれない。なら、力をくれる自由の神を選ぶことにする。こんな理由でも、いいんだろ?」
「はい。自由の神は、どう崇めるかも、信仰する人の自由ですからね」
マッビシューも信徒化し終えたので、次なる目標をどうしようかと考える。
ステータス画面を呼び出し、枢騎士卿への試練のクエストを確認する。
いくつかある達成条件のカウントは、今回の一件で少し増えたものの、まだまだ先は長く見える。
さて、次は何をして、このカウントを増やそうかなと、エヴァレット、スカリシア、バークリステ、そしてリットフィリアと他に十人の子供たちを見やる。
これだけの人数がいて、奴隷商という情報源があるなら、色々と出来そうだなと、顔はうさんくさい笑みのまま、心の中であれこれと考えを巡らしていくのだった。




