八十二話 エルフとダークエルフの、サラウンド実況でお送りします
俺はこの町から出る準備を進めつつ、エヴァレットとスカリシアの聴力がいい二人に、教会の中の状況を教えてもらっている。
以後、二人から伝えられたことを下に、中の状況を再構成していこうと思う。
まず、教会の中に立てこもることが出来て、住民たちが安堵し、殿を守ってくれた人たち――バークリステ、リットフィリア、ウィクル、アーラィ、マッビシュー、アフルンにお礼を言ったようだ。
「いえ。神の加護を共に受ける身。助け合うのは当然ではありませんか」
といった感じで、バークリステたちは謙虚な姿勢で、お礼の言葉を受け取ったらしい。
中には、バークリステたちの奉仕活動を受けた人たちがいたらしく、周囲の人たちにバークリステたちはいい人だと説明もしているそうだ。
避難した人たちが、そんな偉大な神官さまだとはって、祈り始める。
そこにこの教会に所属する、聖大神ジャルフ・イナ・ギゼティス教徒たちが現れた。
そして、崇められているバークリステたちを見て、こう言い放った。
「そいつらは、聖大神ジャルフ・イナ・ギゼティスさまに刃向かう、背教者たちだ!」
この言葉に、避難してきた人たちは驚き、そして困惑した。
教会の神官や職員の言葉を習い性のように信じようとする。
けど、それだと先ほど見たバークリステたちの行動に説明がつかない。
きっと、こんな風に思って、住民たちは混乱しているはずだ。
そこで、バークリステが毅然とした態度で、教会の神官や職員たちの批判を始める。
「わたくしたちは、聖大神ジャルフ・イナ・ギゼティスの名を使って暴権を振るう上層部から、目の敵にされている被害者なのです。なぜかは、この子たちの容姿を見れば、お分かりになることでしょう!」
そう言って指し示したのは、ウィクル、アーラィ。俺の指示で、そうなっている。
なぜこの二人なのか。
簡単な話だ。
ウィクルは額に大きな第三の目を持っているし、アーラィは二対目の腕がある。
要するに、普通の人間ではない、異形の者だと示すためだ。
二人を見て、住民たちが息を飲む。
なにせ、異形の者たちは赤ん坊のうちに教会に連れて行かれてしまうから、異なる姿の人を目にするのは初めてだからだ。
けど、彼ら彼女らは次にこう思うはずだ。
人間とは違う姿――聖教本に記される聖なる存在とは違う見た目なのだから、教会関係者に疎まれても仕方がないと。
それと同じことを、この教会の神官たちは、バークリステたちに指摘したそうだ。
住民たちは、助けてもらった恩があるため悪しくは言わないが、神官に逆らうようなこともしない。
そんな住民たちの感情を見とってか、一番偉そうな声の神官が、駄目押しをするためにこう言う。
「聖大神ジャルフ・イナ・ギゼティスさまに、かのお力の使用を認められない者が、旅の神官を語るとは、おこがましいにもほどがある。そしてそんな貴様らの存在が、動く死体や骨を招き入れたのではないか」
この事件の裏を知る俺からすると、この神官の慧眼に恐れ入った。
だって、バークリステたちがアンデットたちを召喚していたのは、本当のことなんだから。
でも、俺は予想していた。
神官の誰かが、「バークリステたちは、神の力を使えない」と言うことを。
なにせバークリステたちは、スケルトンたちから住民たちを避難させきった立派な英雄として、いま周囲から見られている。
その栄光を失墜させるために、事情を知る偉い神官は指摘せずにはいられないのだ。
邪神の残滓に囚われし子を聖大神ジャルフ・イナ・ギゼティスが認めるはずがない、というこの世界の常識を。
そしてその指摘が、俺が張った罠を発動するためのスイッチだとは、決して思わずにだ。
指摘する発言を受けたら、バークリステは勝ち誇った態度をしろと、俺は演技指導していた。
事実、バークリステは誇らしげな声で、指摘してきた神官に向かって言い返す。
「貴方の言ったことは間違いです。この子たちの存在は、神がお認めになっておられます。その証拠に、この子たちは怪我や病気の人を治す力を、授けられています」
バークリステの発した言葉を証明するために、ウィクルとアーラィは逃げる際に怪我をした人を回復魔法で治す。
このとき、呪文では自由神って名前を出さず、我が神とか、人を愛する神とか、表現を変えるように指導をしてある。
さてさて、本当に怪我を治してみせると、住民たちはさらに混乱する。
この世界にいる神は、いまではただ一柱。
そう、聖大神ジャルフ・イナ・ギゼティスだけ。
異形に見える子供が神の力を扱ってみせれば、聖大神ジャルフ・イナ・ギゼティスがその存在を認めているようにしか見えないだろう。
もっと言えば、ウィクルとアーラィの存在を批判した、神官の言葉が間違いだったようにしか思えなくなる。
ここで駄目押しに、バークリステの主張が入る。
「皆さん。ご覧になったとおりに、この子たちは異形であろうと神の力を扱えます。これは神が、この子たちのことを認めて下さったといわざるを得ません。ですが、聖大神ジャルフ・イナ・ギゼティスの威光をいいように使う上層部は、そうは考えませんでした!」
一度言葉を切り、住民たちの注意をひきつけてから、主張が続けられる。
「人の形でないものが、神の力を扱えるはずがない。そんな存在があっていいはずがないと、殺して闇に葬るつもりだったのです! だからこそわたくしは、殺されそうだった子たちを連れて逃げたのです。背教者だと、指名手配されることを恐れずにです!」
ほぼほぼ嘘な内容なんだけど、バークリステの気高そうに聞こえる声色に、避難した住民たちは感じ入ったような声を漏らす。
このことに、この教会の神官たちは慌て、咄嗟に否定する。
「正しき行いをするべき我々神官たちが、貴様らを殺そうとしているだと!? そんなでたらめを言うな!」
「証拠は、わたくしが連れてきた肌の色が黒い子が一人、この町で神官らしき人に連れ去られたこと。きっとこの教会――この町にある他の教会かもしれませんが、捕らえられて殺されそうになっているはずです」
バークリステが断言すると、神官たちから否定する言葉はでてこなかった。
その反応から、きっとデービックはこの教会にいるのだろう。
そして、聖大神教兵団の人員に被害が出た償いとして、拷問紛いのことをしたに違いない。
けど、黙っていたって、デービックの存在を隠しきれるものではない。
なにせ、この教会は町の中央部にある。
それは、この教会の中に、たくさんの人が避難してきていることを意味する。
いくら大きいとはいえ、その人たちを収容するためには、空き部屋を全て開放する必要がある。
俺たちが使っていた隠れ家に、隠し部屋を作ってあったことから考えると、この教会にもその類がある可能性はあった。
けど、清廉潔白を売りにしている神だからか、この教会にはそんな場所を作っていなかったようだ。
「お、おい。それって、この子じゃないか?」
ある一人の住民が、声を上げる。
どうやら、取り調べをしていた部屋を開放せざるを得なくなり、苦肉の策で避難民に紛れ込ませて隠す気だったのかな。
フードらしき物を取り払う音の後で、バークリステの声が上がる。
「その子です! わたくしが連れ出した子の一人です!」
その言葉と、恐らくデービックの酷い状態を見たのだろう、住民たちの口から酷いという言葉が次々と漏れ出てくる。
このままでは、この教会の神官たちは、住民たちの信心を失うことになってしまう。
さて、どう挽回する気かなと思って待つと、どうやら最悪の選択肢を選んでしまったようだ。
「我々はその者を取り調べていたのだ。そして、そこの女たちが邪教を信仰していると、証言を受けている!」
神官の言ったことは、真実だ。
バークリステたちは自由神の神官だし、デービックは工作員だから俺たちを売ることにためらいはなかっただろう。
けど、いまの状況において、この真実は真実に見えない。
なにせ、邪教徒であると神官が断じた存在が、邪教の僕らしき動く骨や死体と戦い、住民たちを避難させたたのだ。
どう考えても、理屈が合わないように見える。
ま、俺がそうなるように、作戦を考えただけなんだけどね。
さて、ここからのバークリステの反論は、俺が教えた通りに進む。
「わたくしたちが邪教の徒であると仰いましたね? では、わたくしたちが使うこの神の力は、邪神の力だと仰る気ですか?」
魔法で怪我を治す光景は披露してある。
反体制派が作り上げたエセ邪神教の神官では、そんなことは決して出来ない。
ならば、バークリステたちの行使する力は、真に邪神の力でないと説明がつかない。
この論法は、お偉い神官なら思いつくことだ。
だから、少し言葉を詰まらせながらも、この教会の神官はバークリステの言葉を肯定する。
「ぐっ――いや、その通りだ。そうでなくては、説明がつかんからな」
「ならば、一地方の教会に勤務する神官でしかない貴方が、その権限もないのに、こう宣言するわけですね。聖教本では封印や抹殺したと書かれている邪神が、この世に復活したのだと。その手先が、わたくしたちなのだと」
間髪入れない反論に、神官の言葉が詰まりきって、なにも出てこなくなった。
それもそうだろう。
なにせ、バークリステのいまの反論を肯定すれば、聖教本を否定することに繋がり、教義の正当性が揺らいでしまう。
否定すれば、バークリステたちは邪神の徒ではないと言うことになる。
どちらを選んでも、ここの神官にとっては、まずいことになる。
さて、そんな返答できなくなった神官を見て、避難民はどう思うだろうか。
バークリステが正しいのではと思ったのか。
いや、長年の付き合いである神官が正しいと擁護するのか。
それとも、教会の外にアンデッドがいる状況で、なにを言い争っているのかと呆れているのか。
そのどれかか、どれでもないのかは、中が見えない俺たちには分からない。
けど、先にこの議論を打ち切ったのは、打ち切るように俺が指導していた、バークリステのほうだった。
「止しましょう。町が動く亡者たちで埋め尽くしているというのに、神官同士で言い争っている場合ではありません。わたしたちが邪神の徒であると、そう信じたければ信じればいいでしょう。しかし、お世話になったこの町を救うために、わたくしたちは行動を起こします」
そう神官たちに言った後で、バークリステは避難してきた住民たちに声をかける。
「貴方たちはどうしますか? このまま教会の中で震えて、わたくしたちが町を開放するのを待ちますか? それとも共に亡者たちと戦い、自分たちの力で町を取り戻しますか?」
この質問に、住民から力のない声が上がる。
「戦って取り戻したい気持ちはありますが、貴女たちのような力を持ってないのです。あの骨や死体と戦って勝てるとは思えません」
バークリステは、その住民の言葉を肯定する。
「はい。恐らく貴方一人だけで戦っては、きっと勝てないでしょう。その隣にいる人と二人で戦っても、難しいかもしれません。しかし、三人であれば、あの亡者たちを一匹打ち倒すことは難しくはない。実際に戦い、わたくしはそう確信しています」
断言してから、一転して優しげな声になる。
「動き回る亡者たちが恐ろしい気持ちは分かります。ですが、教会の中で震えて待つその姿を、貴方たちは自分や親兄弟、そしてお子さんに誇れるのでしょうか。情けなく泣きながらな、みっともない戦い方であろうと、困難に立ち向かう姿を示すことこそが、聖教本に記されている正しい行いなのではないのでしょうか」
教え諭すような声が浸透していったのか、住民たちから小さく声が上がり始める。
「そうだ。亡者たちから、町を開放するんだ」
「いや、町なんて大それたことはいわない。だが、自分の家ぐらいは取り返そう」
そんな小さいけど、力が篭っている声らしい。
やがて、教会内から物を破砕する音がしてきた。
机や椅子、扉や家財道具などから、武器になりそうな物を毟り取っているようだ。
その際に、教会の神官たちが制止するが、住民たちは無視して武装していったらしい。
少しして準備が整ったのか、バークリステは閉鎖した教会の出入り口の前で、中にいる住民たちに言う。
「では、扉を開けたら、亡者たちを一斉に攻撃しますよ。常に三人以上で行動することを、忘れないようにしてください」
「「「「はいっ」」」」」
バークリステが、一、二、三、と数えた後で、扉が勢いよく開け放たれた。
そして、わっと出てきた人たちが、教会に群がっていたレッサースケルトンたちを、三人一組で壊していく。
一転攻勢を受けて、レッサースケルトンが壊されていく状況を見て、俺は拡声魔法を使用してから悔しげな声を出す。
「『テステス』――ぐぬぬぬっ、こしゃくな! アンデッドたち、一斉に詰め掛けろ!」
俺の言葉を受けて、教会の周囲にいたレッサースケルトンたちが、一斉にバークリステたちに近寄っていく。
命令は『詰め掛けろ』なので、攻撃をするようには言っていないから、きっと楽に倒せることだろう。
さて、あとはこちらが適当に負けて、町の郊外へと敗走するように演技するだけだ。
町の外に隠させた馬車まで逃げたら、バークリステたちがなにかと理由をつけて、デービックとこの町から離れれば作戦は終了。
さっきの教会内の問答で、神官たちはバークリステたちが邪教徒だと証明できなかったので、彼女たちの奉仕活動を受けた人たちを罰することは不可能になった。
むしろ、住民はバークリステたちが上層部から迫害された神官だと信じ込んでいるはずなので、無理に裁こうとしたら信心が離れることになるだろう。もしそうなったら、エセ邪神教がこの町で生まれるかもしれない。
なにはともあれ、今は教会の中の様子を教えてくれたエヴァレットとスカリシアを労いつつ、悪者の演技は続けていくとしよう。
そして、夜が深けてきたし、楽な演技なので、うっかり欠伸をしないように気をつけないといけないなって、気を引き締めた直したのだった。




