七十九話 工作員の将来行き着く先で、町の未来が決まってしまうのかもしれません
食堂に入ると、バークリステとリットフィリアが兜を脱いだ状態で立っていた。
エヴァレットとスカリシアも同じ格好でいることから、子供たちに新しい仲間を紹介していたのかもしれない。
そんな彼ら彼女たちは、俺に捕まえられているデービックを見て残念そうな顔をした。
そして、マッビシューとアフルンが自由な様子に、安心した表情になった。
どうやら、大体の事情は伝えられているようだし、俺たちの様子で誰が工作員だったかも分かったようだ。
なら、説明する必要はないよね。
俺はデービックを押しやって、椅子に座らせる。
デービックは諦め悪く、逃げ出そうと周囲を見る。
けど、バークリステの冷ややかな視線が、デービックの体を射すくめた。
彼女の目は、畑に生えた雑草を見かけたような、邪魔なものなら排除しようとする目つきだったからだ。
きっと不審な行動をしたら、バークリステは冷徹な対応をとるに違いない。
それが一撃で殺す気なのか、生け捕りの後に拷問かは、彼女の頭の中を覗けない俺には分からなかった。
とりあえず、ここで殺されると困るので、俺はデービックの対面に椅子を持ってきて座ることにした。
「さて、デービック。君に聞きたいことがあります」
「……なんだ。重要秘密を聞き出したいのか? 僕が喋るとでも?」
何も教えないことが最後の抵抗とばかりに、デービックは意地を張ってみせた。
その言葉を聞いたバークリステが、視線を俺に向けてくる。
必要なら自分の手で拷問する、そう言いたげな目だった。
俺は二人の勘違いを正すために、違う違うと身振りした。
「私が君に聞きたいのは、そんなことじゃありませんよ」
「……なら、なんだっていうんだ?」
「はい、いいえ、で答えられる、単純な質問です。ずばり、聖大神ジャルフ・イナ・ギゼティス教徒を辞めて、自由の神に宗旨替えをする気はありませんか?」
この質問を聞いて、俺以外の誰も彼もが驚いた顔をする。
そして誰もが、裏切り者を許すのかと言う目で、俺を見てきた。
その視線を極力無視しながら、俺はデービックに向き合い続ける。
「どうです? いまからでも、自由の神に膝を折りませんか?」
「……改宗すれば、命は助けると?」
「いいえ。改宗しなくても、貴方のことは見逃すつもりです。この家から出た後は、好きな場所に行って、好きなように私たちのことを言いふらすといいでしょう」
俺の言葉に、またもや全員が驚いた。
そう驚き続けて疲れないのかなと思いながら、デービックの反応を待つ。
彼は驚き顔の後で、呆れた表情になった。
「そんな条件なら、僕が改宗するはずがないじゃないか」
「本当に? よく考えての決断ですか?」
「当たり前だろ。だって自由の神に宗旨替えしなくても、死ぬわけじゃ――」
「私が君の立場だったら、迷いなく自由の神に膝を折ります。命が助かる、唯一の道ですからね」
発言を遮っての言葉に、デービックは不審な顔つきになる。
けど、俺がヒントを出すのはここまでだ。
他の子の手前、あまり甘い顔もしていられないしね。
さて、デービックの決断は?
「……アンタが何を言っているか分からないな。僕はこのまま立ち去らせてもらう」
デービックが席を立つと、周りが色めき立った。
けど、俺が行かせてやれと身振りすると、不承不承な顔で従ってくれる。
デービックはすぐにこの家を出て、何処かへと走り去った。
彼が走っていく方向を、エヴァレットとスカリシアの、聴力がいいコンビが耳で追いかける素振りをする。
その行動も、俺は身振りで止めさせた。
すると流石に、全員からどういうことだといった目を向けられてしまった。
「トランジェさま。貴方さまのことは信じております。ですが、裏切り者を見逃した理由を、強く求めます」
って、バークリステからの忠告まできてしまった。
俺は仕方がないなという顔で、説明を始める。
「あらかじめ言っておきますが、私たちが手を下さなくても、デービックは遅かれ早かれ死にます」
結論から先に言うと、誰もが理解できない顔をしていた。
当たり前だろうなって思いながら、さらに詳しい説明をしていく
「いいですか。彼の情報のせいで、聖大神教兵団の人命が多く失われました。そして私は、キヒンジの街で出会った聖大神教兵団の兵士に、それは工作員が裏切ったせいだと伝えました。さて、デービックが助けを聖大神ジャルフ・イナ・ギゼティス教徒に求めたら、どうなるでしょうか?」
その答えは簡単だ。
良くて拘束され事情聴取後に責任をとらされての処刑、悪ければ事情聴取なしに殺される。
どちらに転んでも、デービックが助かる目はないわけだ。
それこそ先ほど俺が忠告したように、自由神の信徒に宗旨替えして、本当に聖大神ジャルフ・イナ・ギゼティス教徒を裏切るしか、助かる道はなかったんだよね。
こんな予想は、エヴァレットやバークリステと子供たちにも出来たらしく、俺の考えに納得した様子になる。
けど、新しい仲間であるスカリシアは、長年生きた経験からか、少し懐疑的だった。
「そんなに上手くいくものでしょうか。聖大神教兵団の中には、トランジェさまの企みを看破し、逆用する輩もいるやもしれないではございませんか?」
「なるほど、確かにその可能性はあります。ですが、私には彼らが優秀だとは、とても思えないのです」
だってそうだろう――
「――この世界には、聖大神ジャルフ・イナ・ギゼティスのものしか神の教えは残っていない、というのが通説です。なのに、聖大神教兵団なんて、邪教徒や背教者相手の部門が存在します。この時点でかなり変なのですが、キヒンジの街で聞いた彼らの職務を聞いてさらに能力に疑問を抱きました」
「その職務とは、なんなのでございますか?」
耳のいいスカリシアなら、あのときの話し声は聞こえていただろう。
けど、分からないのかなと、ちょっとだけ以外に思った。
「いいですか。彼らはこう言いました。現体制に反抗するために、自分で勝手に作った邪神を崇める者たちがいると。その言葉とこの世界の情勢を考えたら、彼らはそのエセ邪神教者の取り締ることが、主な任務ということでしょう?」
「……筋は通ると思われますね」
「では、そんな取るに足らない相手を取り締まる人たちは、重要な役職者でしょうか? いいえ、私はそうは思いません。むしろ、窓際――職能の低い人が追いやられているのではと、思わずにはいられません」
そもそも、逃げ道を塞いでいたとはいえレッサースケルトン相手に逃げ時を失って全滅したり、俺の口八丁だけで簡単に奴隷商会から立ち去ったヤツらが、有能なはずがないんだよなあ。
この駄目押しの情報は、ここまでの話で全員が聖大神教兵団が無能の集まりだと――事実はどうあれ――理解したようなので、必要なくなったけどね。
そう思っていて、ふと今まで考えもしなかった、やばいことに気がついた。
もしかしてという思いがありつつも、全員の安全のために、俺はうさんくさい笑顔のままで宣言する。
「さて、聖大神教兵団とデービックの将来について、納得してくれたと思います。では、すぐにこの町から立ち去る準備をしましょう」
「「「……はぁ?」」」
前後の脈絡のない言葉に、全員が間抜けな声を上げた。
いや、本当に唐突で、申し訳ない。
だって、俺も悪い可能性に、いまさっき気がついたんだから仕方ないじゃないか。
そう思っている内心を悟られないように、一つ咳払いをする。
「こほん。デービックの報告の仕方次第なのですが、この町は聖大神ジャルフ・イナ・ギゼティスの暴威に、振り回される危険が少なからずあります」
俺が真面目な口調で言うと、バークリステが驚いた顔をする。
「ど、どういうことですか!? そう知りながら、トランジェさまは、デービックを見逃したのですか?!」
そう責められても仕方がないなって反省しながら、俺は自身ありげなうさんくさい笑みを浮かべる。
「言ったでしょう、デービックの報告次第だと。もっと言えば、報告を受ける人次第ということでもありますが」
少しもったいつけてから、いまさっき可能性を思いついた事情を、伝え始める。
「いいですか。私は貴方たちに、この町で奉仕活動をさせました。それは自由の神の力を行使することに慣れる意味と、聖大神ジャルフ・イナ・ギゼティスの下にいたときの罪科――悪い行いの清算のためでした」
バークリステたち、邪神の残滓に囚われし子が、どんな悪いことをさせられていたか、俺は知らないし知るつもりもない。
けど、カルマ値が悪に傾いていることは、予想ができた。
なので奉仕活動という、フロイドワールド・オンラインではカルマ値を善にほんの少し傾かせる行為を続けさせて、その解消を狙ったわけだ。
ちなみに俺が、ゴブリン、ジャッコウの里の人、ダークエルフなどを相手に、自由神の布教そっちのけで手助けようとしていたのも、これと同じこと。
審問官ペンテクルスは、この世界の善の神の神官だ。返り討ちにして殺したのだとしても、俺のカルマ値が悪に傾いている可能性があった。
俺は中立神である自由神の神官だ。カルマ値は常に、善でも悪でもない、中域を保ちたかったんだ。
そんな俺の思惑はさておいて、この町で行わせた慈善活動の話に戻ろう。
「貴方たちは、この町の人たちに、助けの手を多く差し伸べたのでしょうね」
「はい。軽い怪我や病気を癒して、とても感謝されました」
子供たちの一人がそう主張するのを聞いて、俺は頷いて返した。
「そうでしょうね。ですがそのことが、デービックの報告一つで、状況が反転してしまうのです」
「……もしかして、この活動がけしからんって、怒られるってこと?」
猫獣人みたいなラットラの、可愛らしい言葉に、俺は思わず笑顔になってしまう。
「ふふっ。いえ、失礼。残念ながら、そんな可愛らしいことではありません。むしろ、もっと悲惨なことです」
俺は表情を引き締めて、続ける。
「いいですか。デービックの報告次第では、貴方たちが助けた人たちは、邪教の者に加担したと判断されることになるんです。そうなったら、この町に粛清の嵐が吹くでしょうね。詳しい罪状については、専門家の一人だったバークリステに聞くのが一番でしょうね」
全員の顔が、バークリステに向けられた。
彼女は少し悩んでから、俺の予想を肯定するように頷く。
「……怪我や病を治した人には、少なくとも罰金刑が科されます。親しくしていたと判断されれば、死罪を言い渡される可能性もあります」
その説明に、家の中にはどんよりとした空気が満ちた。
俺の考えなしな行動の結果で申し訳ないと思いつつも、見知らぬ町の人よりも、目の前にいるエヴァレットやバークリステたちの方が大事だ。
「ということですので、私たちはこの町からすぐに離れようと思っています。下手に助けようとするよりも、逃げてしまった方が、この町の人たちに与えられる罪科は少なくなると思いますし」
口から出任せに、多少の慰めの言葉を吐く。
多くの面々が、仕方がないかなって表情になった。
けど、何人かは納得しなかったようだ。
まず、まだ聖大神ジャルフ・イナ・ギゼティス教徒な、マッビシューとアフルン。
「お、俺たちには、関係のない話だ」
「そ、そうね。自由の神の信徒になったわけじゃないしね」
その楽観的な考えに、俺は首を横に振る。
「きっと、デービックは君らのことも一緒くたにするでしょう。さっき君たちのことを、彼は悪しき者と呼んだことを忘れましたか?」
この指摘で、二人も自分の身が危ないと自覚してくれたようだ。
次に納得してなかったのは、スカリシアと、意外なことにリットフィリアだった。
「どうにか、この町の人たちを助けることはできないのでしょうか?」
「そう。美味しいお肉をくれた肉屋がある。潰しちゃうのはもったいない」
二人の根本な考えに違いはあるようだけど、助けたいという思惑は一緒みたいだ。
そんな方法はない――って言いたいけど、なくはないんだよなあ……。
「助けるのはいいですが。私たちはこの世界では邪教徒とされる身ですよ。きっと感謝はされないでしょう。それでも、助けたいですか?」
「はい。人の命が消えることより、助けた人に石を投げられるほうが、いくらか上等だと思います」
「もちろん。恨まれても、お肉の味は変わらないし」
違う理由ながらも、助けたいという二人の意見に、周囲の人たちも助けられるものなら助けたいという目をする。
本当に茨道なんだけどなあって、フロイドワールド・オンラインでやった、いまと似た状況のクエストを思い起こし、内心だけで大きくため息をついたのだった。




