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七話 薬師の家にきてみた

 衛兵のオーヴェイに案内されて、ある一件の家の前に到着した。


「ここが、神官さんに住んでもらうことになる、薬師が住んでいた空き家だ。使い方が分からないので、中には薬とかがそのまま残っているので注意してください」

「頑丈そうな、良い家じゃないですか」


 よほどこの村では薬師を大事にしてきたのだろう、村の中で見てきた家に比べて丁寧に作られていると一目で分かる、素敵な家だった。

 こんな風に石と木を巧みに組み合わせてあるのは、日本の建築物にはない特徴だな。

 薬が残っているといっていたけど……たしかに、戸締りされていても漢方薬のような匂いがちょっとしているね。

 早速中を見てみようと、玄関扉を開けてみた。

 扉自体が重いのか、やや力を入れないといけなかったけど、手応えに反してすんなりと開いた。

 薬師が死んで一年は経っているらしいけど、ちゃんとメンテナンスはされているみたいだ。

 感心していると、オーヴェイさんが俺の肩を掴んできた。


「どうかしましたか?」

「村人が無知なままに薬を扱わないよう、この扉は施錠されていたはずなんです」

「……開いちゃいましたよ?」

「少し待っていてください。中を見てきます」


 オーヴェイさんは槍を片手に、家の中に入っていった。

 少し待っていると、家中から怒号が飛んできた。


「コラ! お前ら、ここは遊び場じゃないぞ!!」

「「「ごめんなさーいー」」」


 子供のものと思われる声が聞こえ、同時に家の中を走る足音がしてきた。

 嫌な予感がして、家の扉を開けたまま、横にずれておく。

 すると何秒もしないうちに、家の中から三人の子供たちが出てきた。

 内訳は男の子一人に女の子二人。

 よほど怒られなれている悪ガキなのかな、オーヴェイさんに怒鳴られたというのに、楽しげに笑っている。

 子供らしいなと微笑ましく見ていると、女の子の片方が小石に足を取られて盛大に転んだ。


「――あッ」


 思わず俺の口から声が出てしまうほど、かなり痛そうな転びっぷりだ。

 少しの間、その幼女は何が起きたか分からないのか、地面に倒れたままだった。

 転んだことを理解して痛みを感じたのか、火がついたように泣き始める。


「いたいよお、えああああああんー!!」


 地面に倒れたまま泣き出した幼女に、慌てて先を逃げ走っていた男の子と女の子が戻ってきた。


「ほら、痛くない、痛くないからな」

「立って、ぶつけたところを見せて」

「やだやだー、いたいいたいーーー!!」


 バタバタと駄々をこねる幼女に、二人はどうしたらいいか困り顔になっていた。

 うーん、可哀想だし、ちょっと魔法で治してあげようかな。


「ねえ、ちょっと怪我を見せてごらん?」


 笑みを浮かべながら声をかけると、幼子三人にぎょっとされてしまった。

 あっ、いけないけない。思わず浮かばせ慣れていた、うさんくさい笑みのままだった。

 だけど、泣いていた子は泣き止んだから、怪我の功名だよな。

 こんどはちゃんとした微笑みを浮かべながら、声をかけよう。


「初めまして。私の名前は神官のトランジェといいます。痛い場所を見せてごらん、治療してあげるから」


 安心させるために柔らかい口調で言うと、泣いていた幼女が擦りむいて血が出ている掌を見せ、厚手のスカートをたくし上げて赤くなった膝を見せる。


「他には痛い場所はないかな?」

「……ううん。ないよ」


 涙声ながらも気丈に答えてくれた。

 見えている怪我ぐらいなら、少しだけ回復する魔法で十分そうだな。


「我が神よ、この者たち傷を心持ち癒したまえ」


 手の杖を向けながら魔法を唱える。

 幼女の足元に光る円が現れ、極少量の光の粒が立ち上る。

 光の粒は、擦りむいた掌と赤い膝へとくっ付き、癒していく。

 光る円が消えるころには、幼女の掌と足は完全に治っていた。


「どうかな、痛くはないかな?」

「……うん! いたくないよ!」


 元気を取り戻した幼女が、掌を広げて見せてくる。

 皮膚の上に残っている血を指を拭ってやると、砂が少し混じっていた。

 けど、治した傷に砂が入っていないのを見ると、どうやら回復魔法で治すと傷口にある汚れはそのまま取り除かれるみたいだ。

 これは思わぬ検証ができてしまった。お礼を込めて、幼女の頭を撫でてやろう。


「元気がいいのはいいことです。でも、次からは転ばないように気をつけるんだよ」

「うん! ありがとう、しんかんさま!」


 元気にお礼を言った幼女は、男の子と女の子に合流して、治った傷を見せてきゃっきゃと笑っている。

 しかし急にその三人が俺の方を向くと、顔色を変えて走っていってしまった。

 どうしたのかと後ろを振り向くと、オーヴェイさんが立っていた。

 彼は怒り顔を子供たちに向けた後で、俺には困り顔を向けてくる。


「あの子たちの自業自得なのですから、魔法で癒してやる必要はなかったんですよ」

「いえいえ。子供の泣き声を聞くと、どうしても体が動いてしまうもので」


 あの幼女のこけっぷりが、余りにも痛そうだったからもそうだけど。

 日本の中でも、子供を見守る気質の強い地域の田舎に住んでいたし。

 フロイドワールド・オンラインだと怪我した子供のNPCを回復させると善にカルマ値が加算されるため、悪のクエストをこなした後は見かけるたびに回復魔法をかけてやっていたからね。

 ついつい、手を出しちゃったんだよね。


「それで、あの子たちはこの空き家で、何をしていたんですか?」

「雑草をすりつぶした乳鉢があったので、薬の器具でままごとして遊んでいたようです」

「……一歩間違えると大変危険です。親御さんに注意を促すのを、お願いしてもいいでしょうか?」

「あの子たちの親だけでなく、子を持つ家庭に注意を呼びかけておきます」


 そう請け負ってくれながら、オーヴェイさんは家の鍵を渡してくれた。

 日本だとオモチャにしかないような、先の片側に切れ目の入った板のようなものがついた、掌大のくすんだ銅色の鍵だった。


「これからは、子供たちが無闇に入ってこれないように、ちゃんと戸締りしますね」

「そうしてくだされば助かります。そうそう、この馬車は捕らえた商人の持ち物ですので、教会に預けなければなりません。了承してください」

「はい、わかりました。では、移動を任せてもいいですか? それと、馬車にいるあの青年――アズライジさんの世話もお願いいたします」

「もちろんですとも。冒険者を目指しているとのことなので、衛兵に付き合せてつつ、稽古をつけてやろうと思っております」


 オーヴェイさんは俺に別れを告げると、アズライジがいる馬車に乗り込む。

 馬車を回している間に、事情を説明している様子が見えた。

 するとアズライジが御者台に立ちあがり、こちらに顔を向ける。 


「しばらくは同じ村にいることになるのですから、また後で会いましょう!」


 確約はしないままに、うさんくさい笑みを浮かべて、別れの挨拶に手を振ってやった。

 二人の乗せた馬車が教会へと向かうのを見やってから、口をつぐんだまま立っていたエヴァレットと共に、薬師の住んでいたという家の中に入っていったのだった。





 家の中は、漢方薬のような臭いが充満していたので、部屋の扉と木窓を開け放って換気する。

 子供たちが器具で遊んでいた跡と、ところどころに埃が薄っすら積もっていたので、台所らしき場所を漁って掃除道具――モップとバケツを探し当てた。

 共に木製で、モップの先には着古した服を切って縒ったらしき布がついていた。

 生憎、ハタキのような物はなかった。

 なので、ステータス画面を開いてアイテム欄を押し、掃除に使えそうな手ごろな布を探す。

 うーん、防具製作は偽装してクエスト受けたときにやっていたから、低品質の布素材は余っていたけど、いい物がないや。

 いくつか目星をつけて取り出してみるか。

 まずは、ウサギの毛皮。それと、麻布。あとは、木綿かな。

 画面から呼び出してみると、フロイドワールド・オンラインのときと同じく、毛皮は手から肘ぐらいまで、麻布と木綿は大きめのバスタオルぐらいの大きさがあった。

 手触りを確認して、ウサギの毛皮は棚の埃とりに、木綿は水拭きに使えそうだ。麻布はごわついていて、ちょっと掃除には不向きかな。

 画面の中に麻布を押し込んで消すと、ふいに視線に気がついた。


「エヴァレット、どうかしたの?」

「……その、虚空から物を出すのはどうやっているのですか。魔法に必要な神への祈りはなさっていないようですが?」


 敬語は止めてっていっていたんだけど――いまは他人の目がないからいいかな。

 それと、そういえばステータス画面は見えないんだっけ。

 うーん、どう説明したものか。


「虚空に物を収め取り出すことが出来るのですが、仕組みを理解しているわけではないので、どうしてという説明は難しいですね。とりあえず、神のご加護の一つだと思って下さい」

「そう、なのですか。長老から伝え聞く話にも、そんな魔法があるとは聞いたことがなかったので、驚きました」

「あははっ、そんなことよりも掃除をしちゃいましょう。エヴァレットには、棚の埃落としをお願いします。私は床をコレで水拭きしますので」


 説明できないので笑って誤魔化しつつ、彼女にウサギの毛皮と木綿の布を渡した。


「分かりました、お任せください。器具や薬草らしきものは、どうしましょうか?」

「使える物があると思うから、埃を取ったら棚に戻しておいて」

「神遣いさまの手を煩わせるまでもありません。薬草に関しては知識があるので、使えるかどうかをこちらで判別することができます」


 おや、エヴァレットにはそんな特技があったのか。

 ダークとはいえエルフなんだから、草花に精通していてもおかしくはないのかな。


「そうですね……では使え使えそうな物はそのまま棚に整理して置いて、使えなさそうな物は一箇所にまとめておいてください」

「畏まりました」


 二人して掃除を始めてみると、見た目とは違って結構汚れていた。

 拭いたモップを漬けるとバケツの水があっという間に黒くなってしまうので、その都度捨てて魔法で水を張り直していく。

 二つの部屋に藁のベッドが一つずつあった。

 洗って干す時間はなさそうなので、今日のところはとりあえず掛け布団とシーツを外して、俺が外で振って埃を払っておこう。

 そうしてある程度、掃除を終えて換気も終わらせると、すっかり家の中は綺麗になりこもっていた薬の匂いも薄まっていた。

 エヴァレットから汚れたウサギの毛皮と木綿の布を受け取りながら、作業台の上にドッチボールぐらいの大きさに積まれたモノを見る。


「それで、それが使えなさそうな薬の素材ってことかな?」

「素材だけでなく、薬そのものもあります。作って一年以上経っていると、生薬の多くは使用期限を迎えていました」


 干した根や乾燥した葉とか、素人目にはどれも使えそうに見えるんだけど、専門家の目では違って見えるのかな?

 捨てようとして、後で何か言われたり、あの子供たちのような悪戯っ子が悪用するかもしれないと気がついた。

 とりあえず、仕舞っておこうか。

 偽装スキルに薬師を入れれば、この使用期限の切れたっていう素材でも、何か作れるようになるかもしれないし。

 ステータス画面のアイテム欄に新しいフォルダを作り、作業台の上にある物を抱え持って、画面に押し込んで入れる。

 そうしてフォルダの中を確認してみると、名称がちょっと変わっていることに気がついた。

 フロイドワールド・オンラインにもあったような薬は、そのままの名称で後ろに『期限切れ』の文字が追加されていた。

 そして、この世界独自らしき薬の素材については、『薬素材・根』や『薬素材・葉』とか『謎の薬』のような感じで、書かれていた。

 ローグ系ダンジョンのゲームに用いられるような書き方から察するに、名称を知らないと分からないようになっている感じかな。

 だとすると、フロイドワールド・オンラインの薬師スキルで、これらから何かを作るのは難しいかもしれない。

 この家の中を探してみて、何かしらの手引書でも見つかれば、一気に開放されるんだとは思うけど――


「――いや、エヴァレットに教えてもらえばいいんじゃ?」


 期限切れが分かるなら、素材や薬の名前にも精通しているはず。

 早速色々と聞いてみようとすると、エヴァレットが少し警戒しているように見えた。


「どうかした?」

「風に乗って、こっちに誰か来る足音が聞こえてきます」


 エルフ特有の長い耳を動かしながらの言葉に、俺はハッとして身支度を整える。


「エヴァレット、分かっていると思うけど、敬語はなしね」

「はい。ですが、ボロを出してもまずいので、必要がないかぎりは無言でいさせていただきます」


 そうしてくれるなら、助かるや。

 さて、では近づいてくるのはどんな人なのか、台所にある椅子や机を整えながら待ってみよう。


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