七十八話 騙す人が騙されることだってありますよね
甲冑を着込んだ俺とエヴァレットが追う。
アーラィは複雑に路地裏を曲がり、ときには無人の家を通り過ぎたりして、どうにか撒こうと試みている。
その手馴れた動き方から、バークリステが汚れ仕事を押し付けられていたように、どうやらアーラィは偵察や情報収集をさせられていたみたいだ。
彼の種族、多腕種は戦闘民族っていうのが、フロイドワールド・オンラインでも、聖大神ジャルフ・イナ・ギゼティス教徒の聖教本でも同じ見解だった。
なので、アーラィに偵察役は、不似合いだなって思ってしまう。
実際にあまり得意じゃないようで、曲がり角を選ぶ際に周囲を見て場所の把握に努めているし。
このままだと、追いついてしまいそうなので、俺はエヴァレットに小声で囁きかける。
「少し走る速度を緩めて、見失ったように装いますよ」
エヴァレットは自慢の聴力で、この囁き声を十分に聞こえたようで、頷くと走る速さを落としていく。
それに伴って、俺も足を緩めていく。
すると、こちらが疲れたと見たのか、アーラィは今までで一番のスピードで走り出した。
その逃げ足の速さに目を丸くする。
しかし、エヴァレットは違う感想を抱いたようだ。
「何度か曲がっていますが、逃げる方向に隠れ家がありますね。遠回りに迂回をしないとは、こちらを撒いたと油断しているのでしょうか?」
首を傾げるエヴァレットから、アーラィの逃走術は、とてもお粗末だったみたいだ。
なんと言って弁護するか悩みつつ、走ったことで鎧の中に溜まった熱気を、装甲を叩いて内側から外へと追い出す。
「あー……多分ですが、咄嗟のことで頭が回っていないんでしょうね。そんなことよりも、工作員を見つけるために、隠れ家に向かいましょう。バークリステたちも、馬車に乗って向かっているはずですしね」
「そうでした。トランジェさまを裏切った下手人を、見つけるのが目的でした」
なんだか見つけ次第に殺しそうな、冷え冷えとした言葉に、俺は兜の中で苦笑いする。
けど、俺が注意していれば、エヴァレットが手にかけることは防げるだろうと、なにも言わずにおいたのだった。
隠れ家につくと、一分も経たずにバークリステたちが乗った馬車がやってきた。
馬車から甲冑をきた三人が下りてくると、一人が俺の横に立った。
「どうやら、中で言い争いが起こっているようですね」
落ち着いた静かな声から、新しく仲間になったスカリシアだと分かった。
「どんな風に、言い争っているのでしょう?」
「そうですねえ……誰がつけられたとか、戦うべきとか、逃げるべきとかを、言い合っていますね」
建物内の話し声をスカリシアが俺に伝えると、対抗するかのようにエヴァレットも伝えてくる。
「降参するべきと言っている人や、バークリステが居ないのだから言い逃れが出来ると主張する者。そして、どうにか誤魔化そうと提案している人もいるようです」
「そうですか。色々と意見を戦わせることはいいことです。でも、時と場合によります」
もしも俺たちが本物の聖大神教兵団だったら、悠長に話し合いをしている間に、窮地に立たされていたことだろうな。
こういうときですら統一した見解を持てないのも、自由神の神官たちっぽいから、俺は好きだけどね。
さてさて、こちらもあまり悠長にしていると、あの子達に逃げられてしまう。
俺はエヴァレットとスカリシアを、隠れ家の裏手へ向かわせる。
種族的に反目し合っているけど、逃げ出した子達を捕まえるときには、より多くを捕まえようと競ってくれることだろう。
俺は二人が裏手に到着するのを見てから、バークリステとリットフィリアとともに、玄関を蹴り開けた。
このとき、入室の言葉はかけない。
だって、声で俺だとばれたら、元も子もないしね。
さて、俺たちが突入すると、バタバタと逃げ出そうとする音が聞こえてきた。
それと共に、裏手にある勝手口が開く音もした。
しかし、エヴァレットたちの姿を見たのだろう、扉を閉める音がして、足音が引き返してくる。
俺はそんな音を耳にしながら、足音が止んだ場所――食堂へと入った。
そこには、子供たちが全員座って、なにかしら飲んだり食べたりしている。
彼ら彼女たちは、俺たちの姿を見て、とても驚いた顔をした。
「ど、どちら様でしょうか?」
「聖大神ジャルフ・イナ・ギゼティス教徒の方ですか?」
「見ての通り。いまはボクたちが、巡礼の途中で使わせてもらっているんですけど?」
俺たちの姿を見て怯えながら、そんな言葉をかけてきた。
いや、怯えたような振りと、何も知らない無知な子供を装って、こちらを騙す気みたいだ。
咄嗟の判断にしては、なかなかに小慣れた感じがあるなあ。
きっと、汚れ仕事の中で、演技が必要なことをやらされたに違いない。
俺はそんな納得をしながら、彼ら彼女たちの様子を観察する。
無知な子供を装っても、いや装っているからこそ、内心の怯えが手に取るように分かる。
特に自由神に宗旨替えした子達は、本心からだと見えるような、心配そうな目をしていた。
この子達は、聖大神ジャルフ・イナ・ギゼティスの工作員じゃないな。
工作員なら、どこか余裕な感情が、表面に現れるはずだしね。
例えば、目星をつけていた、マッビシュー、デービック、アフルンの三人みたいに。
俺は甲冑をきたバークリステとリットフィリアに、ここにいろと身振りする。
二人が頷いたのを見てから、マッビシュー、デービック、アフルンを順に指差した。
その後で、近くの部屋までこいと身振りする。
他の子達は、なんでその三人だけ呼び出されるのかと、驚いた顔を向けた。
けど、マッビシューたちは心配するなと言いたげに、笑みを向ける。
俺は三人を部屋に入れると、部屋の扉を閉めた。
さて、どう言って工作員をあぶり出そうかと考え、いっそ直接的に聞いてみたほうが早いんじゃないかと思った。
俺は野太い声を作ってから、聖大神教兵団っぽい口調で、三人に喋りかけた。
「任務ご苦労だった。これで邪教を信じる輩は、駆逐されることだろう」
兜で声がくぐもったおかげで、俺ですら自分のものだと思えない声が出た。
お蔭で、マッビシューたちは、目の前の存在が俺であると気がついた様子はない。
けど、俺の発言を受けて、三人は揃って疑問顔になった。
「どういう意味だ――でしょうか?」
「仰られたことが、よく理解できませんでした」
「申し訳ありませんけどー、任務ってよく分からないのですけどー?」
本心から言っているのか、それとも惚けているのか。
表情や仕草だけでは、どうにも分からない。
なので俺は、偉いが馬鹿な甲冑兵を装う。
「はっはっはー。いまさらに惚けることはない。あの背教者たちの動向を、お前たちが逐一教えてくれていたことを、こちらは知っているぞ」
確信を持っている口調で語ると、三人はいぶかしげな顔になる。
うーん、まだ尻尾を出さないか。
なら、ちょっと餌をぶら下げてみようかな。
「十人近くの背教者を捕まえることができたのだ。この働きに報いるため、なんらかの褒美を与えてやろう。なにがよいか?」
この言葉を聞いて、三人の反応が分かれた。
マッビシューは、本当に何を言っているのか分からない顔をする。
デービックは、何かを考える顔になった。
そしてアフルンは、嫌悪を含んだ驚き顔の後で、一転して嬉しそうな顔になる。
さて、三人はどんな風に褒美を要求するかなと、俺は兜の内側から興味深く観察していく。
最初に喋ったのは、マッビシューだ。
「なにか、勘違いしている――と思います。あなたの言ったことは全て、オレの知らないことだ――です」
おやまあ、馬鹿正直に否定しましたよ、この子は。
その返答がどういうことになるのか、分かっているのだろうか。
聖大神教兵団の協力者じゃないってことは、邪教を信じる背教者の一味だってことに繋がる。
ということは、オレが本物の甲冑兵だったとしたら、この場で斬り殺されても仕方がないということになる。
けど、マッビシューの顔を見ると、そんなことは考えもいないようだ。
ただ単に、違うものを違うと語っただけみたいだ。
マッビシューって、バークリステのように、汚れ仕事を任されていたんじゃなかったのかと、その考えなしな行動を不思議に思った。
もしかしたら、あまりの馬鹿さに、力持ちの見世物仕事しか任されていなかったんじゃないか?
そんなことを考えて黙り込んでいると、アフルンが媚を売るような声をかけてきた。
「ねぇ、兵士さん。ご褒美ってことだけどぉ、行きたいところに行かせてもらうってこと、できるのかしらー?」
「う、うむ。その程度でよいのならば、上に口添えすることは簡単だな」
その態度の艶っぽさに、少し焦てしまった。
けど、アフルンは気がついていない様子で、頼みを口にし始める。
「だったらー。行ってみたいところがあってねー」
それがどこだか聞こうとしたら、デービックが割って入ってきた。
「聖大神教兵団の兵士さま。そいつの言葉に耳を貸してはいけません。そいつとそっちの男も、悪しき者なのですから!」
デービックがアフルンとマッビシューを指差しながら、強い口調で言い放ってきた。
その言葉に、アフルンが焦った顔をする。
「なにを言っているのかしら。何を証拠に――」
「兵士さま、神官さまを連れてきて、この者に聖大神ジャルフ・イナ・ギゼティスさまの加護が通じるか、お試しください。それで全てが分かると思います」
キッパリとした言葉に、マッビシューとアフルンは驚愕する。
そして、俺が語ったことと結びついて、デービックが裏切り者だと分かったのか、マッビシューの顔が真っ赤になる。
「お前、まさか! 大姉を売ったのか!!」
その怒声に、デービックは笑うように鼻を鳴らす。
「ふんっ。もともと、お前らみたいな邪神の残滓に囚われし子の不満や動向をみることが、僕の役割なんだ。バークリステを売るだなんだなんて、見当違いも甚だしいね」
マッビシューは顔を真っ赤にして拳を振り上げるが、俺――というかデービックの仲間っぽい甲冑姿の男を見て、震えながら腕を下ろす。
そんな中、アフルンは下唇を軽く噛みながら、頭を悩ませている顔をしていた。
どうやら、どうにかこの場から言い逃れられないかと、必死に考えているみたいだ。
二人の様子から、どうやらデービックだけが、工作員だったようだ。
けど、俺は物分りの悪い兵士を演じている。
だからこそ、デービックに問いかける。
「ほう、その二人は悪しき者なのか。では、貴様はどうなのだ? 神官を呼んできて、加護を与えられるか試してみてもよいだろうか?」
暗に、お前も悪しき者だろうと伝えると、デービックは自身ありげな態度になる。
「どうぞ、加護でも回復魔法でも、お試しください。僕の見てくれが黒く汚れた肌だからと、悪しき者と疑われた過去があります。ですがその際に、加護も魔法もかかることは、既に証明されています!」
ほうほう、なるほど。
白い肌の夫婦の間に、黒っぽい肌の子が生まれ、邪神の残滓に囚われし子――つまり黒い肌の悪しき者の先祖帰りだと思い、教会が加護を試しもせずに引き取った。
後日、無駄と思いつつ試してみると、なんと加護を与えられる、普通の人間の子だった!
けど親元には返せない。なら、邪神の残滓に囚われし子の中に入れて、潜入工作員として動向を伝える仕事を与えてあげよう。
いい仕事をしたら、将来にいいポストにつけてやるぞ。
って感じが、デービックの生い立ちの流れなんだろうな。
赤ん坊からの工作員じゃあ、有能なバークリステが騙されるのも無理ないよね。
そう納得しながら黙っていると、アフルンが俺に擦り寄ってきた。
「ねえ、兵士さん。この体が悪しき者なのか、ご自分の手で確かめて見たくはありませんー?」
十代半ばの体にしなを作り、こちらにもたれかかろうとしてくる。
受け止めようとして、アフルンの手が、俺の腰に釣った甲冑兵用の剣に伸びたのを見逃さなかった。
ガシッと腕を掴んで止めると、アフルンは驚き顔から憎々しげな顔に変わる。
そして俺の脛を爪先で蹴って、脛当ての硬さに、足先を痛そうしながら飛び跳ねた。
「ああもう、恥ずかしいのを我慢したってのにー!!」
この行動でアフルンが裏切り者ではないと分かったのか、マッビシューが背中に庇う。
二人の行動にデービックは、薄ら笑いを浮かべた。
「見ての通りです。あの二人も、悪しき者――背教者です。兵士さま、捕らえてください」
そうだな、捕らえるとしよう。
ただし、デービック。
捕まるのは、マヌケなお前だがな。
俺はデービックの腕を掴むと、後ろ手に捻り上げて、床に押し付けた。
「がッ! ――違います。僕じゃなくて、あいつらを!」
「いいえ、違いません。私が捕まえるのは、あなたですよ。裏切り者の工作員さん」
俺が普段の調子に声を戻しながら、デービックを押さえているのとは反対の手で、兜を脱ぎ捨てる。
すると、マッビシューとアフルンは驚愕から安心した顔になり、デービックは驚いたあとで真っ青な顔になる。
「な、なぜ、貴方がここにいるんですか! それに、聖大神教兵団の兵士の格好をしているのはなぜです!!」
デービックの問いに、俺は全力でうさんくさい笑みを浮かべてあげた。
「もう、予想はついているのでしょう? そう、この町に来ようとしていた聖大神教兵団の兵士たちは、全員が神の御許に旅立たれました」
デービックの、そんなまさかって顔は見ものだけど、これからやらなければならない事がある。
俺は倒していたデービックを、無理矢理引き起こす。
捻り上げている腕が痛んだようだけど無視する。
そして、マッビシューとアフルンも後ろに連れて、食堂でネタバレをしているはずのバークリステたちと、それを聞いて安心しているはずの子供たちのもとに向かったのだった。




