七十七話 裏切るという行為には、それぞれの価値観がありますよね
出立の準備を済ませると、新たに仲間になったスカリシアと共に、俺たちはキヒンジの街をすぐに出ることにした。
「ドレットロープさん。慌しくてすみません。聖大神教兵団が、言いがかりをつけてくるかもしれませんので、気をつけて」
「はっはっは。伊達に大商会の主ではありませんよ。その点は手馴れたものです。報酬にお約束した情報は、クトルットを通して必ずお渡しいたします」
握手してから分かれ、四頭立てにしたままの馬車で、街の外に出る。
馬車は軽快に街道を進む。
四頭の馬で引いているので、進むのはかなり速く、何台もの一頭立ての馬車を追い抜かしていく。
こうして少し速く移動しているのには、大きな理由がある。
それは、バークリステが連れてきた子たちの中に、工作員という裏切り者がいることが分かったからだ。
俺たちが聖大神教兵団の先遣隊と本隊を倒した事が知られれば、雲隠れされてしまう可能性がある。
なので、できるだけ急いで戻り、身柄を確保する必要がある。
まあ、雲隠れされても、さほど俺に影響はないので、放って置いても構わないんだけどね。
けど、バークリステが酷く謝ってくるから、そうとも言ってられないんだよな。
「トランジェさま。本当に、申し訳ありませんでした。まさか、連れてきた子たちの中に、工作員が紛れ込んでいるとは。必ずや、わたくしの手で始末をつけたいと思います」
荷台の中で深々と頭を下げて、必死に謝罪してくる。
俺はそんなバークリステの様子を見てため息を吐くと、晒している後頭部に軽くチョップを放った。
痛みと衝撃で身を硬くするのを見てから、俺は優しげに聞こえる声色を使う。
「バークリステ。私は怒っていませんから、顔を上げてください」
「……怒って、いないのですか?」
恐る恐る顔を上げたバークリステに、俺は大仰に頷いて見せた。
「もちろんですとも。貴女は助けたいと思ったからこそ、あの子たちを連れてきたのでしょう。その気持ちに従った行いは、自由の神の教義に照らすと、正しい行いです。気を病まないでください」
「で、ですが、工作員を連れてきてしまったのは、明らかな失態です」
「いいえ。貴女の行いは良いものです。仮に工作員であっても、説得と教導によって、改心させることは可能です。それが成せないというのならば、説法を行った私の力不足なのです」
バークリステはなにか言いたそうにするが、俺はあえて手で制した。
「そもそもですが。自由の神の教えでは、裏切りというものは、恥ずべき行為ではないのですよ」
「……え?」
そんな馬鹿なって顔を、バークリステだけでなく、馬車にいる面々がする。
なので、軽く説法をすることにした。
「いいですか。自由の神の教義は、自分の真なる欲求に従うことです。その仮定で友を裏切ることになろうと、欲求が満たされるのであれば、それは教義的には正しいことなのですよ」
俺の発言に、全員が衝撃を受けた顔をする。
その反応に、俺は苦笑いを作って、彼女たちに見せた。
「もちろん、裏切りというものは、いい手ではありません。人の恨みを買いますし、築き上げた信頼が地に落ちてしまいますからね。ですが、それを勘案しても十分に見返りが得られる場合、もしくは裏切るしか手がない場合は、迷わず行ってもいいということになっているのです」
これは要するに、フロイドワールド・オンラインにおける、ロールプレイの幅の問題だ。
正義の神を奉じるプレイヤーは正しい行いを、悪の神を奉じるプレイヤーにはあくどいことを、システム的に強要される。
けど、自由神をはじめとする中立神は、そのどちらも出来るようになっている。
表立っては住民を助け、裏で破滅を狙うこともできるし、その逆も出来るわけだ。
特に自由神の信者は、加護による自由度の拡張によって、取れる選択肢が多い。
そのために、思いもよらない裏切り行為を、仲間にすることができたりする。
そして、その裏切り行為が回りまわって、結果的に仲間を助けることに繋がったりもする。
そういう、トリックスター的な立場を取れるもも、自由神を奉じる魅力の一つだ。
もっとも傍目から見たら、わけの分からない理由で裏切ったと思ったら、後で平然と仲間に合流しようとする、はた迷惑な存在にしか映らないんだよな。
だから、自由神を信じるヤツは信用が置けないと、プレイヤー間で話がもちあがり、自由神の人気がなくなる一因になったりもしたんだったっけ。
そんなことはさておいて、納得しがたい表情のバークリステに微笑みかける。
「ということなので、貴女も自由神の神官なのですから、私を裏切ろうと思ったら、そうしていいのですよ?」
「そ、そんなこと、できません!」
「そうですか? リットフィリアは、理解した顔をしてますけど?」
バークリステがハッとした顔を向けると、リットフィリアはこくんと頷いた。
「大姉さまにとって邪魔になるようなら、戦司祭さまを裏切る。それでいいんでしょ?」
その言葉に、バークリステは愕然とした表情をした。
一方で俺は笑顔を浮かべ、リットフィリアの頭を撫でる。
「その通りです。リットフィリアが、心からバークリステのためを思って、私を裏切る選択をしたのならば、それで構いませんとも」
「分かった。時が来たら、そうするね」
褒められて喜ぶ顔で、リットフィリアが誇らしげにする。
その様子を微笑ましく思う俺と、悩ましげに見やるバークリステは対照的だ。
そして、馬車内で話を聞いていた他の面々も、それぞれ違った複雑な表情をしていたのだった。
そんな小話はあったけれども、行きよりも半分近い日数で、俺たちはバークリステが連れてきた子供たちを残した町に帰って来た。
そして馬車から下りる俺たちの格好は、いつもと違っている。
馬車の中で隠れているクトルット以外、全員が聖大神教兵団の甲冑姿だ。
さも、工作員からの情報でこの町にきた先遣隊だと、装っているわけだ。
この姿で町を歩けば、工作員から接触してくるだろう。
もしも接触がなくても、子供たちが泊まっている家に押しかければ、何かしらの反応が見られるはず。
そしてこの姿には、他にも利点がある。
甲冑で顔と体を隠せるから、エヴァレットの特徴的な肌の色と長い耳を、町の人に晒さずに済む。
それは見目麗しい美エルフこと、スカリシアにも言えることでもある。
さてさて、どうなることかなと、馬車を引いて歩いていく。
少しして町の噂にでもなったのか、人々が俺たちを見ようと集まってきた。
その中には、バークリステが連れてきた子たちの姿もあった。
彼ら彼女らは、俺たちの甲冑姿を見ると、大慌てでフードを目深に被って離れていく。
馬車自体は同じものだけど、四頭立てに変えてあるから、こちらの目論見通りに気付かなかったみたいだな。
逃げていく姿を見ながらも、フードを被って逃げようとしない子もいることに気がついた。
見かけた中では、猫の獣人に見えるが変態獣な、ラットラ。
先祖帰りの半戦鬼だと思われる、マッビシュー。
浅黒い肌を持っていてダークエルフっぽく見える、デービック。
そして、ローブを軽く着崩している、樹花人のように甘い匂いの体臭を放つ、アフルンだ。
もっともラットラについては、その獣耳で俺たちが何か話さないかと慎重に探っていたから、フードを被らなかったみたいだけどね。
なので、工作員の疑いがあるのは、自由神の教徒になることを拒んだ、マッビシュー、デービック、アフルンの三人。
三人とも工作員なのか、それとも一人だけなのかは、今のところ分かっていない。
はてさて、どうしようか。
ここはちょこっと突付いてみるべきだろうなと考えていると、ちょうどよく多腕種のアーラィを見つけた。
二対目の腕を体に隠しているけど、不自然にローブが盛り上がっている。
それを見咎めたように、俺は甲冑の兜ごしに視線を向けた。
すると、アーラィは踵を返して逃げ出した。
あー、その反応は悪手なんだよなあ。
野生動物であっても、いきなり逃げ出した人を見たら、追いかけるものなんだし。
きっと、アーラィはこの町にある隠れ家に行くだろうと予想をつけて、俺はバークリステに顔を寄せる。
「予定通りに、工作員をあぶり出していきますよ」
「はい。工作員を見つけたら、問いただして折檻です」
正体バレを防ぐために小声だったけど、バークリステはとても腹を立てているようだった。
まあ、危険を冒してまで連れてきた子たちの中に、裏切り者がいると知ったのだから、怒るのは当然かもね。
俺は兜の内側で苦笑いしながら、バークリステに作戦の開始を伝える。
「では、私はエヴァレットとともに、逃げ出したアーラィを追います」
「はい。こちらは馬車に乗り込んでから、隠れ家まで移動します」
頷き会ってから、俺はエヴァレットに身振りして、アーラィが逃げた方へと走った。
さて、エヴァレットの耳で、アーラィを見失う――じゃなくて聞き失う恐れはないから、ランニングぐらいの気持ちで追いかけるとしましょうか。
そして、場所は知っているけれど、彼にあの隠れ家まで案内してもらうとしようっと。




