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七十六話 相手をだまくらかすことは、神職者には必須の技能です

 俺が玄関にたどり着くと、聖大神教兵団らしい甲冑姿の人たちがもう中に入り込んでいた。

 中に入れずに話をしたかったんだけどなと、俺から彼らに声をかける。


「聖大神ジャルフ・イナ・ギゼティスの教徒ともあろう者が、朝っぱらから商会を襲撃するとは、なにごとですか」


 聖大神ジャルフ・イナ・ギゼティスの神官を装いながら語りかけると、玄関に侵入していた甲冑兵たちが顔を俺に向けてきた。


「誰だ、貴様は!」


 誰何すいかの言葉と共に、槍を持っている数人が切っ先を向けてきた。

 さて、ひー、ふー、みー――人数は二十人ほどだな。

 商会を調べるには、十分な数だろう。

 殺すのは簡単だろうけど、下手に街中で騒ぎを起こすと、脱出するのが困難になる。

 ここは穏便に話を済ませる方向でいこう。


「名乗るほどの偉い人ではありませんよ。諸国漫遊中の旅の神官とだけ覚えて下されば、それでよいかと」


 相変わらず、旅の神官という身分は、聖大神ジャルフ・イナ・ギゼティスの教徒たちにとっては偉大なんだろう。

 聖大神教兵団の甲冑兵たちは、急に畏まった態度を取る。


「これは失礼致しました」

「いえいえ。そちらも職分を果たそうとしていることです。正しき行いを責める気はありませんよ」


 笑顔で語りかけながら、近づいていく。

 普通に会話する距離まで接近すると、俺は立ち止まった。


「それで、この商会にどんな用があるのですか?」

「ハッ! この建物内に、邪教を信じている者がいると通報を受けたので、その取り調べのためです!」

「ほう、邪教ですか。聖大神ジャルフ・イナ・ギゼティス全盛の、この世にあってですか?」


 興味を引かれた風を装って語りかけると、対応してくれている甲冑兵が慌てて首を振る。


「じょ、情報は、工作員からのものなので、確かではあるはずですが。きっと、神の大戦で打ち漏らしたモノのことではなく、勝手に作り上げたエセ邪教のことでしょう」


 初めて聞く、エセ邪教というものに、強く興味が引かれた。


「おや。邪教に、真も、似非も、ないと思うのですが?」

「ハッ! まさしくその通りであります。ですが、現体制に反抗するために、自分で勝手に作った邪神を崇める者たちのことを、エセと言わずにどう表現するか、ワタクシめには考えがありません!」


 うーん? それは、どういうことだろうか?

 元の世界を引き合いに考えると、思春期の中高生が暗黒ノートに書くような、痛々しい設定の邪神なのだろうか。

 それとも、体勢反対派の宗教ということは、邪神というよりも悪魔教に近いものなのだろうか。

 だがとりあえず、そういうレジスタンス的な組織があるらしいとは、理解した。


「なるほど。そういう存在がいないか、取り調べに来たというわけですね」

「はい、その通りです! なので、いいでしょうか?」


 いいわけないだろうに。

 俺は首を振りつつ、真剣な目をその甲冑兵に向ける。


「貴方は、私がここに泊まっているというのに、この商会を疑っているということですね?」

「は、はぁ?」


 甲冑で表情は分からなくても、よく分からないという声が聞こえたので、ちゃんと説明してやることにした。


「いいですか。貴方はいま、こう言ったのです。この商会には私が見過ごした邪教が存在し、それを見つけるために捜査をさせて欲しいと」


 俺は偉そうな態度を取りつつも、不機嫌であるという顔を作る。


「私が邪教を見過ごしたとは、とても、とても、失礼な言葉だとは思いませんか?」

「そ、そんなつもりは、毛頭ありません! ですが、しかし!!」


 聖大神教兵団を相手にしても、神官の威光は効くようだ。

 もっとも、俺は装っているだけなので、張子の虎もいいところなんだけどね。

 さて、もう一押しで聖大神教兵団は撤退しそうだなと考えていると、甲冑兵たちの囁き声が耳に入った。

 一人一人の言葉は小さい上に兜に遮られて聞こえ難い。

 けれど、同じ内容を二十人がやれば、どんなことを言っているかが分かってくる。


「お、おい、神官さまが泊まっているなんて、話が違うじゃねえか……」

「そうだぞ。あの情報で商会の主を脅して、奴隷とうはうはすることができるって……」


 要約すると、こんな感じのことを囁き合っていた。

 俺は思わず、白い目を彼らに向ける。

 すると、俺が聞いていたと気がついたのか、甲冑兵たちはうろたえ始めた。


「あ、あははははっ。で、ではこれで!」

「待ちなさい!」


 一喝すると、甲冑兵たちは直立不動の体勢になった。

 俺は視線で詰るように、一人一人を見ながら喋りかける。


「貴方たちは自分の職務を悪用しているようで、だいぶ身に罪悪が溜まっているように見えますね」

「い、いえ、そんなことは!!」

「ほう、そうですか。なら、罪悪が溜まっている者を押しつぶす魔法を、かけてもいいですよね?」


 『悪しき者に鉄槌を』の魔法をかけようと口を開くと、罪悪――カルマ値が悪だと身に覚えがあるらしき甲冑兵から謝罪が出てきた


「申し訳ありません! 職権を悪用したことがあります!」

「謝罪しますので、どうかお見逃しを!!」


 どんな悪用をしたか、ちょっとだけ聞いてみたくはあった。

 けど、下手に突付いて逆上されると困るので、ここは流すことにした。


「そうですか。自ら謝罪をするとは、いい心がけです。ですが、罪悪を晴らすためには、人々への奉仕が必要不可欠です。真に悪いと思っているのでしたら、休暇中に奉仕活動に従事するとよろしいでしょう」


 静々と語りながら、もう怒ってはいないと身振りする。

 甲冑兵たちが、ほっと胸を撫で下ろす。

 その瞬間をついて、俺は言葉を発する。


「それで、さきほど工作員からの情報と言っていましたが、それは信用できる情報なのですか?」


 問いかけると、安心して気が緩んでいるからか、それとも俺を本物の神官だと誤解してか、情報元について話してくれ始めた。


「は、はあ。造反分子に紛れ込ませている工作員からの情報ですので、信用はできると思われますが?」

「そうなのですか。おかしいですねえ……」


 俺は腕を組み、しきりに首を傾げる。

 あまりに俺が不審そうにするからか、甲冑兵がおずおずと声をかけてきた。


「あの、なにが変だとお思いなのでしょうか」

「うーん……そうですね、ちょっとそこで待っていてください」


 俺は適当な部屋に入り扉を閉めると、誰もいないのを確認する。

 そしてアイテム欄から、道中に倒した甲冑兵の兜と、レッサースケルトンの骨を取り出す。

 それらを手に玄関に戻り、甲冑兵の手に乗せた。


「あの、これはいったい!?」


 驚愕で大きくなった声を聞いて、俺は残念そうに首を振る。


「ここへの旅の道中で見つけたものです。兜の形状から、きっと貴方がたのお仲間の『遺品』だと思われます」


 遺品の部分を強調していうと、甲冑兵たちは驚いた顔の後で、訝しげにする。


「な、なぜ、この品を、貴方さまが持っていらっしゃるのですか?」

「見かけた状況が変だと思い、他の者に荒らされる前に、証拠を確保するためです」


 直接的な理由を語らない風を装ってみると、甲冑兵たちの興味を引けたようだ。


「変な状況とは?」

「そうですね。戦闘跡は数十人規模でした。ですが、残されている物資が異様に少なかったのです。その兜も、草むらの奥に倒れていた一人を見つけて、ようやく回収したものです」


 誰かに奪われていたということを、匂わせて喋ってみた。

 ま、その物資は、俺のアイテム欄の中にあるんだけどね。

 けど、甲冑兵たちは頭が悪いのか、上手く理解してくれなかったようだ。


「なにがおかしいのでしょう。盗賊に襲われたとすれば、物資がないのは当然なのでは?」


 たしかにそれなら、疑問はないだろうな。

 けど、俺は深々とため息を吐き出し、見損なったという目を向ける。


「はぁ~……逆に問いますが。貴方がたは、どこぞの盗賊にやられてしまうほど、弱い存在なのですか?」

「そんなことはありません! ――ハッ!? ということは……」


 どうやら疑問には思ったようだけど、しっかりとした答えが導き出せる頭はないらしい。

 邪教の討伐隊に組み込まれなかった留守番組なんだから、能力が低いのは当たり前だよな。

 仕方がないと、俺が導きたい方向の考えを伝えてやることにした。


「いいですか。私はこう思っています。先ほどの工作員が裏切り、貴方がたのお仲間が進む道の情報を、造反分子とやらに教えたのではないかと。そして、逆襲を受けたのではないかと」

「ま、まさか!!」


 驚き固まる彼らに、俺はさらに言葉をかける。


「その工作員からの情報に、ここに泊まっているという、邪教を信じる者の特徴はありますか?」

「ハッ! 男性一人、ダークエルフ一匹。そして造反者が二名、同行しているようです」


 随分と詳しい内容だから、あの町に残した子供たちの中に、工作員がいることは確定だな。

 さて、必要な情報は貰ったので、後は甲冑兵たちを誤魔化して追い返すだけだ。


「残念ながら、この商会にいるのは白いエルフですよ。この街に住んでいる貴方がたなら、知っているでしょう?」

「それは、そのぉ……」


 いい難そうにしているのを見て、ピンと来た。


「なるほど。ダークエルフかもしれないからと言って、噂のエルフを個室に連れ込んで、色々と取り調べるつもりでしたね?」

「も、申し訳ありません! たしかに少し変だとは思ったのです。ダークエルフなど、そうそう人里に現れるものではありませんので!」


 謝罪する姿に、俺は鷹揚に頷き返す。


「自分の罪を自覚し、許しを請うのはいい行いです。休日での奉仕活動をなせば、貴方の罪科はきっと晴れることでしょう」

「ははっ! ありがとうございます!!」

「しかし奉仕活動の前に、貴方には次に行わなければならないことがあります」

「はっ、それはなんでありましょうか!」

「もちろん、例の工作員に造反の疑いがあること、その情報の信憑性に疑いがあることを、上役に伝えることですよ。放置していると、第二第三の犠牲が出るかもしれませんよ?」

「なるほど、そのとおりです! では、急いで伝えてまいります!!」


 甲冑兵が立ち去ろうとするのを、俺はあえて止めてみた。


「ああ、ちょっと待ってください。商会を取り調べは止めていいのですか?」

「もちろんです。貴方さまのようなご立派な神官さまがいらっしゃるのであれば、この商会が潔白であると証明されたも同然ですので!!」


 では失礼と、甲冑兵たちは去っていった。

 俺は手を振って見送ってから、玄関の扉を閉めた。

 ちょろい相手だったな。

 もしも女性だったのなら、『くっ殺』にならないか心配してしまうほどだ。声から男だと分かるので、心配なんてしてやらないけどね。

 彼らを追い返してから食堂に戻ってみると、居並んだ面々が優雅にお茶を楽しんでいた。

 俺が思わず目で非難すると、この商会の主であるドレットロープが苦笑いする。


「そちらのお嬢さんがたが、トランジェさまに任せておけば、間違いはないからと」


 指されたのは、エヴァレットとバークリステ。

 信頼してくれていると思えば誇らしいが、信じきられてしまうのも問題じゃないかなって思う。

 そんな危惧を抱いていると、エヴァレットは自分の耳を指で触ってみせてきた。


「なにかあれば、この耳で聞きつけて、全員で駆けつけるつもりでした。その心配はありませんでしたけど」

「なるほど。たしかに、エヴァレットの耳なら、ここから玄関の様子は聞こえますからね」


 はぁっと息を吐いてから、使用人の人からお茶が入ったカップを受け取る。

 ぐっと煽り飲んで、しゃべり続けて乾いた喉を癒す。

 その後で、顔を座っている面々に向ける。


「さて。私たちがここに長居していると、また聖大神教兵団がやってくるかもしれません。出立しましょう」


 俺の言葉に、エヴァレット、バークリステ、リットフィリアが席を立つ。

 クトルットはカップを持ちながら、どういうことかと迷う素振りをしている。


「クトルットも、自分の奴隷商の店に戻らないといけないでしょう。私たちといれば、道中は安全ですよ?」

「は、はい。そうでした。すぐに用意します!」


 クトルットは席を立ち上がると、慌てて食堂から出ていった。

 状況の慌しい変化に、ドレットロープとアッテイトの夫妻が目を白黒させている。

 俺はその二人を無視し、なぜか軽くうな垂れているスカリシアに目を向ける。


「スカリシアさんも、旅立つ準備してください。私と共に行くのでしょう?」

「えっ……連れて行ってくださるので?」

「貴女がそう心から望んでいるのならば、もちろんですとも」


 どうするのかと手を差し出せば、スカリシアは嬉しそうな顔になり席を立つ。

 そしてこっちに近寄ってくると、俺の出した手を両手で握った。


「はい。これから死が分かつまで、共にあろうと思います」


 なんだか結婚の申し出をされているような言葉だなと、俺は苦笑してしまう。

 そんな俺たちの横では、エヴァレットが物凄く不満そうな顔で、こっちを見ている。

 後でしっかりフォローをしておこうと、心のメモに書き入れておき、この街を出る準備を始めに向かうのだった。


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