七十二話 壮大な儀式を、無駄に執り行いましょう。
早速、失われた臓器を取り戻すための儀式、という建前の茶番の準備を始めるとしようか。
「では、この商会には、どこか空き室がありますか。あればそこに、簡易な祭壇を作成したく思います」
俺がドレットロープに言葉をかけると、彼は喜色満面の笑みを返してきた。
「おお! では、ここから三つ隣の部屋が、ちょうど空いております。他に欲しい物、必要な物などございませんか?」
「それでは、私の身長と同じ一抱えほどの丸太一つ、長めのロウソクを何本かとその燭台。細い縄、机が一脚とそれにかけるテーブルクロスが要りますね。それとスカリシアさんに着せる、可能な限り薄い布の白い服をお願いします」
「は、はあ。分かりました。集めさせましょう」
ドレットロープが困惑しながら、従業員を呼んで先ほど伝えたものを集めるようにと伝えていた。
その様子から、きっと聖大神ジャルフ・イナ・ギゼティスの儀式では、あの品々は使ったりしないんだろうな。
もっとも、本来なら自由神の儀式にも、必要ないものなんだけどね。
なにせ、違う神の儀式なんですよっていう演出のために、あったらいいなという感じのものを頼んだだけだし。
けど、そんな事実はおくびにも出さずに、うさんくさい笑顔をスカリシアに向ける。
「どうやら大急ぎで集めてくださるようなので、きっと今日の夜には、貴女のお腹は元に戻ることでしょう」
「うふふっ。貴方のように、色々な物を要求して、この体を治せなかった人を、何人も見てきたのだけど?」
これは遠回しに、治す前に色々と要求する輩にロクなヤツはいない、って言っているんだろうな。
うん、実にその通りだ。
なにせ俺は、ゲームから転移してきただけの、ロクでもないエセ神官だからな。
むしろ、初対面である俺に、全面的に協力しようとしている、ドレットロープのほうが変なんだよ。
そんな得体の知れない人に縋りたくなるほど、切羽詰っているってことの裏返しなんだろうけどね。
何はともあれ、要求したものは、夕方には全て揃えてもらえた。
「では、エヴァレットとバークリステ、リットフィリアをここに。それ以外の人たちは、準備が整うまで、決して中を覗かないように」
そうドレットロープに釘を刺し、三人が中に入ってから、部屋を閉める。
その後で、呼び出した理由について、説明していく。
「さて、クトルットの恩人という人の治療を、回復魔法でやることになりました。そのために、儀式を執り行いたいと思います。なので、三人には設置のお手伝いをお願いしたく思います」
俺がそう言うと、エヴァレットは少し嫌そうな顔をする。
「おや、どうしましたか?」
「……トランジェさま。白いエルフを、本当に助けなければならないんですか?」
そういえば、ダークエルフとエルフとの間には、神の大戦からの不和があったんだった。
祭壇の設置はどうせ適当なんだから、手伝ってもらわなくても構わないんだよね。
でも、ちょうどいい機会だから、自由の神についての説法をしておこう。
「エヴァレット、そしてバークリステたちも聞いてください。自由の神は、心のままに行動することを勧奨しています。しかしそれは、やりたくないことをやらなくていい、というわけではないのです」
俺の言葉に、三人は訳が分からないという顔をした。
その後で、バークリステが手を上げて発言する。
「それは矛盾していませんか。心に素直に従うのならば、嫌なことはしなくていいのでは、ありませんか?」
「はい、そこが勘違いなのです。我が神は『行動すること』を勧めても、『行動しないこと』は勧めていないのです」
禅問答や言葉遊びのように感じるのか、三人ともまだ理解が出来ていない様子だ。
なので、礼を出してみよう。
「では、バークリステ。貴女に問います。旅の途中で悪漢に襲われている人を見つけました。それはペンテクルスのように、貴女にとってとても嫌な人で、助けたいとは思いませんでした。さて、どうします?」
「見なかったことにして、旅を続けると思います」
バークリステは首を傾げながら、なにを当たり前なことをといった感じだ。
しかし、俺は首を横に振ってみせる。
「いいですか、バークリステ。助けたいと思わないことは、心の動きの表面的な部分でしかありません。自由の神の教義、その真髄は心の奥底の望みを探ることだと教えたはずですよ」
そう言うと、ハッとした顔になったので、俺は再び質問をする。
「助けたいとは思いませんでした、それはどうしてですか?」
「憎い相手なので、助けても仕方がないと思いました」
「本当にそれでいいのですか? 助けて恩を売りたいとか、誰が相手だろうと暴漢は許せないとか、この際だから誰かをさらにけしかけて息の根を止めようとか、考えませんでしたか?」
改めて問い返すと、バークリステは深く考え始めた。
「そうですね……助けたとしても、恩を感じてくれる相手だとは思いません。ですが、近くにいる人に、どうしてこういう状況になったか、尋ねると思います。殴られる理由が納得できれば見捨てるでしょうし、納得できないのなら介入するでしょうね」
出てきた答えに、俺は満足して頷く。
「今のように、憎い相手だろうと――いえ、どんな気持ちであれ、心が動かされる相手だからこそ、自分が求める本質を見つめるための、いい材料になるのです」
そう宣言してから、顔をエヴァレットに向ける。
「では、エヴァレット。問います。貴女はなぜ、白いエルフを目の敵にするのですか?」
「それは、過去にあの白色たちが、私たちの先祖を裏切ったからです」
「大昔の事を持ち出してきましたが、貴女は生まれてもいませんよね。そして白いエルフに会ったこともないですよね。なのに、憎いのですか?」
「憎い……とは違います。卑怯者の子孫が、許せないだけなのだと思います」
「それは、卑怯者の血を引く存在だから、気を許すことが出来ないということですか?」
「はい。」
「なるほど、貴女は白いエルフを、卑怯者の種族だと思っている。それはいいでしょう。ですが、どんな種族であっても、いい人悪い人がいます。今から治そうとしている、スカリシアさんはどう思います?」
「……喋ったこともない相手なので、卑怯者だと――」
「いえ、それは嘘ですね。スカリシアさんが私の名前を、長い耳で聞いて知っていたように、貴女はその耳で、私と彼女の会話を聞いていたのでしょう?」
俺がそう断言すると、エヴァレットは言い逃れられないと観念したようだった。
「……可哀想な人だと。好きな人ができても、その人との子供が作れないのは、心苦しいなと思いました」
「そうなのですか。なら、その体を治す手伝いをしないという選択は、不自然ではありませんか?」
「はい、彼女のことは治してあげたいとは思います。ですが、白いエルフを救うと思うと、どうしても納得できないのです」
上手くいきかけていたと思ったのに、思考が戻ってしまった。
うーん、なんか気持ちの問題というよりも、幼い頃からの刷り込みによる洗脳な気配だ。
無理に解こうとすると、自我が捻じ曲がるかもしれない。
仕方がないと、俺は肩をすくめて、違う方向から説得することにした。
「エヴァレットには、なぜ自分は白いエルフが憎いのかと自問してもらいます。ですが、祭壇を作る手伝いは、してもらいます」
「そ、そんな!?」
自分の心とは違うことを強要されそうな状況に、エヴァレットは驚いた顔をする。
けど、俺はそこで、さらに言葉を付け加える。
「スカリシアさんのためではなく、私を手助けするためにです。それでも嫌ですか?」
エヴァレットは驚き顔から、一転して悩み顔になる。
「……納得できない部分はあります。ですが、トランジェさまの役に立つことは、わたしの喜びです。お手伝いします」
エヴァレットの言い表しがたい表情のように、彼女の心の中は色々と複雑なことになっていることだろう。
自問自答の果てに、その心が決着すればいいな。
なーんて、自分勝手なことを考えつつ、治療を待っている人がいるんだと思い出し、手を止めていた祭壇の用意を三人と共に急いで行うことにしたのだった。
儀式のしたくが出来上がった部屋の中は、なかなかに普通とは異なった雰囲気に仕上がっていた。
まず、部屋の中の天井と壁の角には、細縄が緩く張り巡らされていて、縄の途中途中には御札が張られている。
白いテーブルクロスを引いた机の上には、燭台に刺さったロウソクが幾つも置かれている。
その机の四隅には、ナイフを突き刺した大きな塊の生肉が置かれ、テーブルクロスが落ちないようにしていた。
机の向こう側には、自由神の木の立像が置いた。
あ、この立像は、丸太をアイテム欄に入れて、神官の技能である神像作製スキルで作ったものだ。
杖を片手に静かに立つ姿の木の像なので、錫杖を持った仏像って感じに見える。
とまあ、神道と仏教、西洋の礼拝堂、そして悪魔教をミックスしたような、意味不明なものになった。
ここまで意味不明かつ、違う宗教っぽい見た目を作れれば、意味がないなんて思わないことだろう。
しかし自分のことながら、十秒もかからない回復魔法の呪文を唱えるためだけに、よくもまあここまで凝ったものだと思ってしまう。
けど、これで仕込が終わりと言うわけでもないんだよね。
っと、作業が遅れて日も暮れてしまったので、早速スカリシアの治療に入りたいと思う。
エヴァレット――はまだ白エルフを助けたくないと思ってそうなので、バークリステにクトルットとその両親とともに、スカリシアを呼んできてもらった。
部屋に入ってきた四人は、内装を見てギョッとした顔になった。
パッと見が、邪教全開だからね、仕方がない。
「ささ、スカリシアさんは、机の上に寝てください」
「え、ええ。そこに、寝るのですか?」
俺が指定したとはいえ、本当に薄い白いワンピースのようなもを着ての登場だ。
視線を少し下げると、純白のショーツが見えた。
そして、慎ましやかな胸に腕を当てて、透けて見えることを防いでいることから、ブラジャーはしていないのだろうな。
しかし透けて見える腰からお尻の曲線の、なんと艶かしいことか。
眼福眼福と思いながらも、表面上は努めてうさんくさい笑顔を保ちつつ、スカリシアをテーブルクロスを敷いたテーブルに寝かせた。
金糸のような髪が、さっと広がって、薄布の服と合わせてかなり扇情的だ。
けど俺は、それに気がついていない素振りで、スカリシアを真っ直ぐに寝かせ、両手をお腹に置くようにさせる。
そして、注意点を告げていく。
「危ないですから、なにがあろうとも、儀式の途中で体を起こしたりしないで下さいね。痛くはないはずですから」
「は、はい、わかりました。けど、その、なにをなさっているのですか?」
「見ての通り、貴女の体の周りに、ロウソクを置きなおしているのです」
言葉通りに燭台を置くと、俺はロウソクのさきに指をつける。
「火よ」
設定しなおしたショートカットのキーワードを唱えて、物に火をつける魔法を使う。
同じ魔法を使いつづけて、全てのロウソクの先に火を灯す。
その後で、俺はリットフィリアに手で指示を贈る。
リットフィリアが両手を扉にかけると、きぃっと扉が鳴り、パタンと閉じた。
そして彼女は、部屋にある木窓も閉めていく。
外からの光が、パタパタと音と共になくなった。
そして部屋の中には、祭壇と化したテーブルにあるロウソクの火の灯りだけになる。
俺は周囲を確認してから、厳かな声を作った。
「さあ、儀式を始めますよ。机に寝るスカリシア以外の全員は、私の後ろへ。なにがあろうと、私の前には決して前に出ないで下さい」
別に出ても失敗はしないのだけど、雰囲気ってものが大事だからね。
なにか起こるたびに前に来られたんじゃ、どっちらけだしね。
「では――おお、我が奉じる自由を愛する神よ。今日もまた、其の力を貸していただきたく、祭壇を作成し、話しかけております」
はい、ここまで、回復魔法に何にも関係はありません。
ただの雰囲気作りなだけ。
でも、ここからが少し違う。
「聞こえていますのならば、我が愛する自由の神よ、祭壇の四隅に捧げた肉を、刺してある刃物で切り分けることで、返答となさってくださいませ」
俺の言葉の終わり際、机の下に光る円が生まれた。
そこから立ちあがった光る細い糸が刺さったナイフに触れた瞬間、肉塊が薄切り肉に切り分けられてしまった。
その光景に、俺の背後にいる人たちから、どよめきが起こる。
しかし、寝ている場所の関係で見えなかったのだろう、スカリシアはなんでクトルットたちが驚いているのか分からない顔をしていた。
なに、単に食材を切り分けるための魔法なだけだ。
そう心配層な顔をしなくても、大丈夫。
すぐに驚かせてあげるから。
「ありがとうございます。我が神よ! さすればその強大なお力でもって、治療を欲するする者の姿をより照らしなされ。そして、見定めていただきたい!」
再び、机の下に光る円が生まれ、こんどは薄く光る靄が現れる。
その靄がロウソクの火に触れると、まるで松明の炎かというぐらいに燃え上がり、みるみるロウソクの長さが減っていく。
ちなみにこれも、魔法である。
用途としては、松明の火を大きくして周囲をよく照らすためや、夜目の利く相手にフラッシュバンに似た道具の効力を上げるためにつかわれる。
まあ、いま使った二つの魔法は、どちらも役に立たない系統なので、使ったことのない人がフロイドワールド・オンラインでは大半だったけどね。
「ひゃっ!?」
スカリシアは悲鳴を上げて体を上げようとして、寸前のところで止まった。
俺があらかじめ釘を刺していたからか、それとも大きくなった炎の熱量を肌で感じたからか。
どちらにせよ、薄布が大きな火で透過して、色っぽい肌がよく見えるようになった。
緊張と熱気でだろう、スカリシアが汗をかき始め、透ける度合いも強くなる。
俺はキッチリと目で見て記憶しつつも、これは神さまが欲しているせいですよって顔をする。
うん、あとでちゃんと、名前を使ってごめんなさいってお祈りをしておこうっと。
さてさて、ロウソクの長さも半分になったので、仕上げと行こうか。
「治療を欲する者の姿を、よくご覧になったことと思います。ならば、我が神よ! 困難を戦い抜き、絶望することなく敢闘せし者に、最大級の癒しと身を蝕む物の除外を希う!」
ここでようやく、単体限定最上級回復魔法を使った。
三度目の光の円からは、光の粒子が奔流となって立ちあがり、ロウソクの炎ごとスカリシアを包み込んだ。
それから数秒経ち、光の奔流は消え去り、ロウソクが尽きたので炎も消えた。
真っ暗な部屋の中、クトルットとその両親は、どうなったのかと息を呑む音が聞こえる。
俺が手を振ると、暗闇の中でも目が見える、半吸血鬼のバークリステが、木窓を開けて月の光を部屋の中に入れた。
一方で俺は、使っていなかったロウソクを取り出し、その先に火を灯す。
「はい。これにて儀式は終了でございます。治ったかどうかは、皆さまご自身の目で、確認なさるとよいでしょう」
そう言って、あれっと思った。
子宮を再生させたはずではあるけど、どうやって確かめるのだろうか。
この世界には、レントゲンとか内視鏡とかないだろうし……。
これは片手落ちかなと思っていると、テーブルの上に寝たままで汗で張り付いた薄着がエロイ、スカリシアがすすり泣き始める。
「まさか、本当に、治るなんて……うえぇぇ……」
下腹に手を当てて、嬉しそうに口元を緩めながらも、目からは滂沱の涙を流している。
外見からだと変わった様子はないように見えたけど、本人にしか分からない実感と言うものがあるんだろうな。
股を開かせて奥を覗くなんて真似をしなくてよくなったことに、思わず安心する。
いや、残念がったほうがよかったのか?
そんな不埒なことを考えている俺に、クトルットとその両親は視線を向けてきた。
何の用かなと考えて、ああっと思いついた。
「もう側に行っても大丈夫ですよ」
「そうですか!」
「ありがとうございます、トランジェさま。スカリシアお姉ちゃん!!」
ドレットロープとクトルットは飛び出すかのように駆け寄ると、二人してスカリシアの下腹に手を当てて、ちゃんと治ったか確かめようとしている。
一方、妻であり母であるアッテイトはというと、二人の姿に複雑そうな顔をしている。
嬉しそうでもあり、愛する夫と娘を取られて悔しそうでもある。
けど、邪魔するつもりも悪意を持ってもいないことは、アッテイトの目と口元が微笑んでいることからも分かる。
さてさて、喜びに浸る家族をよそに、内装を片付けるとしますか。
この場にいない人に見られたら、それこそ自由神が邪神だと思われてしまいそうだしね。
俺とエヴァレット、そしてバークリステが部屋に張った縄を外していると、リットフィリアが机の下に座って隠れながら、切り分けられた生肉を口に入れるのが目に入った。
目と目が合って、リットフィリアが『てへっ♪』って感じの動作をする。
怒る気も失せて、いいから食べろと身振りしてやると、ぱぱっと四隅のうちの一つを食べきり、次へと向かっていく。
そんな様子も目に入らないのか、クトルットたちはまだ喜びに浸っているようだった。




