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七十一話 奴隷エルフの人生は、なかなかにヘヴィーな感じです

 自己紹介で一本取られてしまったので、ここから巻き返す気で、気持ちを引き締めることにした。


「はじめまして、お美しいエルフのスカリシアさん。男の身としては、その美貌を拝見できたことだけで、この場所に赴いたかいがあったという気になります」


 軽いリップサービスを使うと、スカリシアは余裕ある顔で微笑む。


「うふふっ。おばあちゃんを、そうからかわないで下さいな。若く見えるかもしれませんけれど、部屋の入り口に立ったままの『ドレイプちゃん』より、はるかに年上なのですからね」


 くすくすと笑いながら言うと、スカリシアに愛称で呼ばれてしまった、クトルットの父親のドレットロープが赤い顔で走り寄ってきた。


「大婆さま! その呼び名は止めてくだされと、なんども言ったではありませんか! しかも今回は、お客人の前で!!」

「あらあら、ごめんなさいね。年老いたエルフにしてみると、貴方が子供だった頃が、つい昨日のような感じがするものですから」


 完全に手玉に取られているなと、ドレットロープがこの部屋に入りたくなさそうだった理由が分かった気がした。

 このまま待っていても、仲睦まじい家族の光景が続くだけだろうから、会話に割って入ることにした。


「失礼ですが、スカリシアさんはこの商会に来て長いのですか?」

「はい。商会が出来てすぐの頃に来ましたから、かなりの古株なのですよ」


 あいにく、この奴隷商が出来て何年かを、俺は知らない。

 教えてもらおうとドレットロープに顔を向けると、ぷるぷると顔を横に振られてしまった。

 これは、スカリシアが商会が出来た年月を教えるなと、釘を刺しているなとピンときた。

 なら、それはそれで置いておくとしよう。

 年齢を知らなくたって、綺麗なお姉さんに接するようすにすれば、間違いはないはずだしね。


「この商会に来たと仰ってましたけど、奴隷なのですか?」

「はい。この首にある紐の通りに、いまでも奴隷ですよ」


 白い肌にあわせるように、真っ白なリボンが首に巻かれて、蝶結びで止められている。

 本当に奴隷なんだ。


「でもそれは不思議ですね。エルフの奴隷は、偉い人から渡される宝であると聞いた覚えがあります。出来たばかりの商会が手にすることは、できないはずなのではありませんか?」


 俺の疑問に対して、スカリシアはまるで子供が頓珍漢な質問をしたかのような笑顔を向けてきた。


「うふふっ。それは順序が逆なのですよ。このわたしを手放すために、この奴隷商を作ったのですよ。財政の悪化に伴って、エルフの奴隷を奴隷商に売ったという、表向きの体裁をとったのです」


 そういう事情があったのか。それでも――


「――なるほど。しかし疑問は残ります。なぜその人は、体裁を整えるために商会をつくるという多大な出費をしてまで、貴女を手放したのでしょうか。損ばかりで徳がないように思うのですが?」


 不可解に過ぎるないように首を傾げるけど、スカリシアは相変わらず微笑んだままだ。


「その問いに一言で答えるならば、人の情念というものですね」

「情念、ですか?」

「はい。私の持ち主だった人は、私の美貌を大層気に入って、長年愛用してくださいました。それこそ、青年から老人を経るまで。そして、死を目前に他の人に渡したくはないと、奴隷商という檻を作って閉じ込めようとしたのです」

「そうしようと考えたということは、その当時、貴女は売られる可能性があったわけですね?」

「はい。その人の妻、子供、そして孫までに、私は疎まれてましたから」


 どれほどその人がスカリシアを好いていたかは推測するしかないけど、老いても愛用していたというからには、いつまでも朽ちない恋愛感情に近いものを持っていたんだろうな。

 そんな相手が身近にいたんじゃ、妻としては不倫相手と同じ屋根の下に住んでいるようなものだ。

 子供たちも、両親とスカリシアの関係を見て、複雑な想いを抱くに違いない。

 となれば、スカリシアの持ち主だった人が死ねば、即売りに出す気だったことだろう。

 エルフの奴隷だ、高値で売れるのは間違いないんだ。不要な物を捨てるだけで、大金が転がり込んでくるなら、迷いなく行うはずだ。

 それを防ぐために、新たな奴隷商を作るっていう発想は、かなりぶっ飛んでいると思うけどな。


経緯いきさつは理解しました。しかし、ここは奴隷商で貴女は奴隷です。ならば、死して長い故人の意思に反し、売る話があったのではありませんか?」


 現店主であるドレットロープに顔を向けると、必死に首を横に振り始めた。


「そんなこと、考えたこともありません! スカリシアさまには、代々の当主から子供にいたるまで、読み書きや算術を優しく教えてもらった恩義があります。いわば、第二の母や祖母も当然のお方です。仮に私が売る気があったとしても、親戚や家族から猛反対を受けてしまいます!!」


 そういう背景もあるだろうなとは、予想していた。

 けどそれは、いまの話であって、当時の話じゃないんだけどなあ……。

 指摘するかどうかで困っていると、スカリシアは微笑みの後で、当時の話を引き継いでくれた。


「ふふっ、いまはそう嬉しいことを言ってくれますが、この商会に来た当初はもちろん違っていましたよ。簡単に言えば、この体はエルフの奴隷に求められる機能が失われているのです」

「機能、ですか?」


 女性の奴隷に頼むことといえば、ラノベの定番だと、夜の交渉だよな。

 そう考えた結果、俺の目は自然とスカリシアの胸元から腰まで動いてしまう。

 うん。胸元は慎ましやかなのは、古きよきファンタジーのエルフ像に合っていて、中々にいい。

 なんて馬鹿なことを考えていると、それを肯定するように、スカリシアは自分のお腹を服の上からなで始めた。


「お考えの通りに、エルフの奴隷は子を成すことが、仕事のようなものです。しかし、この体では子は作れないのです」


 一瞬、歳で生理が上がったせいかなと思ったけど、この商会ができたばかりの昔からのことだったので、考えを削除する。

 ではどいう理由でと考えて、スカリシアの元持ち主が、かなり嫉妬深い人だと気がついた。


「まさか、お腹の中を、破壊されたのですか!?」

「それと似たことですよ。エルフの奴隷としての価値がなくなれば、買い手はいないだろうと、腹を裂かれ小袋を切り離されました。ご丁寧に、高名な神官に傷のみを治す魔法をかけさせて、傷痕だけは残らないように処置がされました」


 なんとまあ、長年の愛をこじらせて偏屈な狂気に変貌させたものだと、舌を巻いてしまう。

 俺が絶句していると、半ば空気だったドレットロープが涙混じりに語り始めた。


「小袋を切られてからというもの、スカリシアさまは体調を崩される事が多くなったそうです。そして病弱かつ子を産めないエルフの奴隷は、非道を行った元の持ち主の願い通りに、買い手がつくことはありませんでした。そしてこれからも、つくことはないでしょう」


 端から聞いている分には、どこに泣くポイントがあったのかと、首を傾げたくなる。

 けど、生まれてから今までを見守ってくれた人が、そんな境遇だと知れば、同情から泣きたくもなるだろう。

 そして、俺がこの家に連れてこられた理由も、なんとなく察しがついた。


「小袋を再生させるために、回復魔法の名手と名高い神官を次々と頼ったのでしょうね。それも、そう思いついた最初の先祖から代々続いてでしょう」


 最後の確認のためにそう尋ねると、ドレットロープが涙目で悔しそうな顔になる。


「ですが、どの神官も治せないと。小袋があれば治しようはあるが、ないのならばどうしようもないと」

「そう言われ続けて諦めたところに、私を連れたクトルットがひょこりと戻ってきたわけですね。この人ならば、治せるかもしれないと」


 これはまた、厄介な事情な家に連れてこられたもんだなって、心の中で肩をすくめる。

 そんな俺の態度が伝わったのか、ドレットロープもスカリシアも、諦めきっているような表情になった。

 落胆しているところ悪いけど、俺なら回復魔法で治せるはずなんだよなあ。

 けど、そう伝える前に、ちょっとだけ聞きたいことがあった。


「事情は分かりました。聞いていませんでしたけど、もしもその体が治った場合、お二人はどうするのですか?」

「どうとは、スカリシアさまのお体が治ったら、嬉しいだけですが?」

「よく質問が理解できませんが?」


 ドレットロープとスカリシアが不思議そうにするので、質問をより詳しくしなおしてあげることにした。


「治療をしてくれた方に、何をしてあげることが出来るのですか? そして子を産めるようになったスカリシアさんを、売りに出すのですか? それとも奴隷から開放して、家族の一員として迎え入れるのですか?」


 二人は思いもつかなかったと言う顔で、少しの間、考え込む。

 そして、ドレットロープ、スカリシアの順番に、答えてくれた。


「治してくださった方には、考え付く限りの心づくしのお礼をいたします。スカリシアさまについても、先祖代々お世話になったお方です。大金を積んでも奴隷から開放し、その後は自由にして差し上げたいと思っております」

「あいにく、奴隷の身なのでお渡しできるものはありません。けれど、治してくださった方が男性ならば幾晩の間、満足していただけるまでお相手をいたしましょう。その後のことについては、体が治った後に考えますね」


 二人は明確に答えてくれた。

 けど、話す態度から期待している度合いが違って見えた。

 ドレットロープは藁を掴む気分で、俺――トランジェが治してはくれないか、治せなくても伝手はないかという顔をしている。

 スカリシアは諦めきった淡々とした顔で、その言葉も俺を相手にからかう気持ちが含まれていた。

 なにはともあれ、二人の考えは分かった。

 奴隷商の情報網が欲しいので、スカリシアを治すことは確定だ。

 けど、恩をより高く売りつけるために、色々と準備が必要だろう。

 ここで無駄に趣向を凝らした分だけ、自由神の信徒を増やす手助けを、ドレットロープはしてくれるようになるはずだ。


「……分かりました。ではまず、私が使える最大の回復魔法をかけてみましょう」

「おお! それでは、すぐにでも!!」

「いえ、申し訳ありませんが、色々と必要なものや準備が必要となります。そしてこれは秘奥の技ですので、行う際には誰にも見られないように人払いをお願いしたく思います。もちろん、ドレットロープさんと奥様のアッテイトさん、そしてクトルットさんは同席しても構いませんから」


 俺が真剣な顔を作って言うと、ドレットロープさんもさらに真剣な顔を返してきた。


「分かりました。必要なものがあれば、仰ってください。可能な限り、当商会が手を尽くして集めましょう」

「ありがとうございます。そのときは遠慮なく手助けをお願いいたしますね」


 そう言葉を交わした次に、スカリシアに微笑み顔を向ける。


「治せるとは、準備が整っていない今は言いません。ですが、期待して待っていてください。きっと体を元に戻してみせますから」

「うふふっ、治せないかもといいつつも、治してみせるとは変なことを言うお方ですね。けれど、期待せずに魔法をかけてくださる日をお待ちしますね」


 どうやらスカリシアは、長年失ったものが、元に戻るとは思ってないみたいだ。

 もしかしたら、治らない現状を受け入れすぎて、それ以外の可能性を排除しているのかもしれない。

 なにはあれども、呪文一つで発動する魔法を、どう大変な儀式っぽくみせるかなと、頭の中で青写真を作っていくことにしようかな。

 有り難味の演出も、神官としては大事な部分だしね。

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