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七十話 奴隷商の店の中で、自己紹介をいたしましょう

 通された豪華絢爛な応接間の椅子に座ると、クトルットは早速に彼女の両親に俺たちを紹介し始めた。


「こちらから順に、トランジェさま、エヴァレットさん、バークリステさん、リットフィリアちゃんよ。みんな、お友達になってくれたの」

「そうなのかい。それはよかったね。皆さま始めまして。クトルットの父親であります、ドレットロープ・スッレメイルです。こちらは妻の――」

「――アッテイト。スッレメイルですわ」


 クトルットの両親は笑顔で言いながらも、半信半疑の目をエヴァレット以外に向けている。

 その視線の意味を推測して、そういえばクトルットの欲していた友達とは、彼女の体の秘密を共有出来る相手のことだったと思い出す。

 そりゃあ、神官ルックな俺とバークリステにリットフィリアを、警戒するのは当然だろうな。

 なんたって、この世界での神官は、聖大神ジャルフ・イナ・ギゼティス教徒以外、存在しないはずだし。

 そして、その教徒は彼女が聖大神の加護を受け付けない体だと知れば、無理矢理にも教会に引き取ることをしているしね。

 だから俺は、うさんくさい笑みを浮かべて、クトルットの父親――ドレットロープに喋りかける。


「安心なさってください。私が奉じる神は、貴方が思い浮かべているのとは違う神ですので」


 ドレットロープは、商人らしく驚きを押し殺した表情をした後で、静かに問い返してきた。


「……それは本当にですか?」

「はい。そしてそれは、バークリステ、リットフィリアも同じです。なんなら、絶対に聖大神ジャルフ・イナ・ギゼティスの神官では出来ないことを、お見せしましょうか?」

「それは面白い、是非にも」


 大商人らしく鷹揚に頷く姿を見て、俺はどの魔法を使おうかと少し考える。

 クトルットに指を少し切ってもらって、それを俺が治してみせる――のは、クトルットに聖大神の加護がつくように成ったと誤解される可能性があるので却下。

 ならエヴァレットにも思ったけど、ダークエルフの秘術で治したのだと言われる可能性があるので、取り止める。

 ではと考えて、うってつけの魔法ものがあったと考えついた。

 最近酷使してばっかりだなと思いながら、俺はステータス画面を出して、ショートカットにある魔法を入れて、キーワードを設定する。


「さてでは、いでよ『スケルトン』!」


 手を横にかざしながら、キーワードを唱える。

 手のひらの先に黒い円が生まれ、そこから一組の人骨――レッサースケルトンが押し上げられるようにして現れた。

 こうしてレッサースケルトンを呼び出すとは考えもしなかったのだろう、クトルットの両親は驚いて仰け反っている。

 その反応を見て、俺は得意気になる。


「どうです。聖大神ジャルフ・イナ・ギゼティスの神官に、こんな真似はできないでしょう?」

「た、たしかに、その通りです。しかし、聖教本にでてくる、動く人骨を召喚なさらなくてもよいではないですか!」

「そ、そうです。試すようなことを言った、こちらが悪いとは思います。ですが、死の瘴気を放つ使者を呼び出さなくとも、よいではありませんの!?」


 二人があまりにも怯えるので、俺はレッサースケルトンに視線を向け、そしてバークリステに顔を向けて首を傾げる。


「死の瘴気とは、なんでしょう?」

「聖教本によると、動く死者が纏う空気で、それを吸ったものは息絶えると言われています」


 審問官の助手だったバークリステからの返答に、死の瘴気って近づくだけでバッドステータスを与えることかって理解した。

 生憎だけど、レッサースケルトンにそんな能力はない。だって、一番の雑魚敵だし。

 そんなことは、フロイドワールド・オンラインではリッチやドラゴンゾンビなんていう、最高位のアンデットしか出来なかった。

 そして、死者を好む神に仕えている神官の秘奥儀でないと召喚ができない。

 つまり、俺には使えない魔法ということなんだよね。

 できたら、国の一つでも滅ぼすのは簡単なんだろうけど――って、そんな事を考えている場合じゃなかった。


「その死者の瘴気というものは、コレにはありませんから、安心してください。そもそも、そんな危険な存在を、近くに喚ぶわけないじゃないですか」


 うさんくさい笑みで言いいながら、俺はレッサースケルトンの腰骨に手を当てる。

 クトルットの両親は、この行動に生きを飲んだようだった。

 けど、俺が平気だと分かると、興味深そうにレッサースケルトンを観察し始めた。


「ほぅ、大人しいものですな」

「はい。私が命令するまで、このまま待機しつづけますからね」

「なるほどなるほど……。まさか、いまでは絶滅したといわれる邪神に仕えるかたを連れてくるとは、クトルットには人にめぐり合う運があるとみえる。さすがは我が娘だ」


 なんだか変な方向に、クトルットを評価しているように見える。

 けど、俺は一つ訂正しておかないといけないことがあった。


「もし。先ほどの発言に、一部聞き入れられない言葉が入っていたので、修正を求めます」

「そんな発言を、この私めが、しましたかな?」

「はい。私が仕えている神は、邪神ではありません、中立神です。なので、私も邪神官ではありません」


 自由神の神官として、これは言っておかないといけないことだろう。

 そう釘を刺したのだけど、なんだか変な方向に受け取られてしまったようだ。


「そうですな。この世に、邪神が存在するはずはありませんな。しかれば、邪神に仕える人もいない。なるほど、その通りです」

「そうね。ここにいるのは、聖大神ジャルフ・イナ・ギゼティスさまの別側面を崇めている、クトルットちゃんのお友達ですものね」


 なんだか、俺の崇めているのが邪神ではないと理解したというより、邪神ではないという体で話をしようとしている感じだ。

 ここでもう一回訂正してもいいのだけど、きっと分かってはくれないだろう。

 仕方がないと諦めて、レッサースケルトンを帰還させて、本題を切り出すことにした。


「さて、クトルットとお会いしたときに、なにやら頼みごとがあるとか。それも、聖大神ジャルフ・イナ・ギゼティスの神官では、叶えられないようなお願いだと。それを叶えてくれたら、この奴隷商が持つ情報を今後見せてくださると」


 その言葉を聞いて、クトルットとその両親は、お互いに顔を見合わせる。


「クトルット、なんて取り引きをしたんだね」

「そうよ。あの方の体のことは、もう諦めるしかないことと、決着したはずよ」

「トランジェさまに任せれば、諦めずに済むのよ。情報を渡してあげるぐらい、いいじゃない!」

「あのな、クトルット。商人にとって、情報がいかに大切か、分からないお前ではないだろう……」


 いきなり始まった親子喧嘩に、エヴァレットはうるさそうに耳を押さえ、バークリステとリットフィリアは困惑した顔をする。

 そして俺はというと、収まるまで椅子の柔らかさを感じて待つことにした。

 この世界で、クッションつきの椅子って、なかなかにお目にかかれないから。今のうちに楽しんでおかないとね。

 少しして、口喧嘩は決着したみたいだ。

 ドレットロープが、俺に真剣な目を向ける。


「クトルットからの勧めで、貴方にはある人に面会をしていただきたく思います」

「ある人、ですか?」

「はい、当家の長年の恩人とも言える人です。その人の悩みを叶えてくださったのならば、貴方の必要な情報をいくらでも提供します。それでも足りないと言うのであれば、金子きんすが欲しいのならば、山のような金貨を積む覚悟です」


 クトルットだけでなく、両親もかなりその『ある人』という方に、恩義を受けているみたいだな。

 長年って言っていたから、老人なのだろうか。

 不老不死とかを願われても、そういう魔法はないから、困るんだよな。


「えっと、お役に立てないこともあると思いますが、それでも構いませんか?」

「……正直に言いますと、我々としては諦めているのです。ですが、この機会が最後で構わないからと、クトルットが強くいうものですから」


 愛しい娘の頼みを、父親は断れないってことか。

 美しい家族愛だことだなって思いながら、俺は席を立つ。

 その行動に、クトルットの両親はキョトンとした目をして見上げているので、うさんくさい笑みをあえて浮かべてやった。


「なにごとも済ますには早いほうがいいでしょう。私がお役に立てるか立てないかわかりませんが、まずはその「お方」という人に会わせてはいただけませんか?」

「その通りですな。では、案内いたします」


 そういうやいなや、ドレットロープは席を立つと、道案内をしようとしてくれる。

 大店おおだなの店主自ら先導してくれるなんて、よっぽどの重要人物なんだな。

 心配顔のクトルットもついてくるようだが、彼女はエヴァレットたちにちらちらと視線を向けている。

 その意味を悟り、不要な混乱は避けたほうがいいだろうって、俺はエヴァレットたちに声をかけることにした。


「この商会の恩人を多数の目に触れさせたくなさそうですので、貴女たちは、ここでお茶とお菓子でも、ご馳走になっていてくださいね」


 そう暗に待機を命じると、エヴァレットは少しだけ不満そうな顔で頷き、バークリステとリットフィリアは納得顔で椅子に深く腰掛けた。


「では、いきましょうか」

「はい。こちらです」


 俺の言葉に従って、ドレットロープが店の中を先導していく。

 道の途中で、奴隷らしき人間獣人様々な男女たちが、興味深そうな顔を窓から出して、こちらを見てくる。



 それが転校生を見かけた中高生みたいな反応で、心の中だけでちょこっと笑ってしまった。

 その様子から、ラノベにありがちな性的や肉体的に不遇な扱いを受けているわけではなさそうで、この商会の奴隷の扱いの一幕が見えた気になる。

 さて、そんな商会の恩人とはどんな人かと思っていると、二階の一室で止まった。

 ドレットロープがノックする前に、部屋の中から入室の許可を出す声が、薄っすらと聞こえた。

 かすかにしか聞こえなかったから、はっきりとはいえないけど、女性の声だと思う。

 どんな人なのかと俺が想像を膨らませていると、ドレットロープは扉を開く。


「失礼いたします。貴女さまにお会いさせたい方を、連れてまいりました」

「そう扉の前で畏まらないで、近くにいらっしゃい」


 先ほどと同じ女性の声だったが、かなり若々しくて、ちょっと驚いた。

 しかし、入室の許可を出されたのに、ガチガチに緊張しているドレットロープが入ろうとしない。

 仕方がないので、俺は彼の脇から中に入ることにした。


「はい、ではお言葉に甘えまして」


 言いながら部屋に入り、静かに中を観察する。

 木目調の落ち着いた家具が並んでいて、天蓋つきのベッドが大きな窓の近くにあった。

 そのベッドにかかっている薄布の中に、金色のとても長い髪をした人が、上半身を起こしている。

 相変わらずドレットロープが動こうとしないので、俺はすたすたとベッドに近寄った。

 そして、薄布をめくる前に、声をかける。


「はじめまして。私はトランジェという、旅の神官です。ご尊顔を拝見してもよろしいでしょうか?」


 畏まった言い方をしてみたところ、ベッドにいる金髪の人から笑い声が漏れた。


「うふふっ。畏まらないでと言いましたでしょう。そして、ひさびさのお客さまのお顔を見るのは、こちらも楽しみです」


 母性的な雰囲気を漂わせる態度と言葉に、俺はどんな人なのだろうかと思いながら、薄布を捲った。

 そして、その顔を見て驚いた。


 髪、眉、睫毛は全て金糸のような煌く金髪で、思わず手を触れてしまいたくなる。

 化粧気のない色素の薄い肌には、健康を表す血潮の朱色がさしていて、果実のようにかぶりつきたくなる。

 微笑んでいる表情は母性的でありながら、男の獣欲を掻きたてるほど蠱惑的でもあった。

 そんな言葉を尽くして言い表してみたけれど、それでも足らないほど、とっても美人さんだった! 

 その外見に衝撃を受けていたけど、さらに顔の横に伸びている物を見て、さらに衝撃を受けた。

 それは、エヴァレットにもあるような長い耳――ラノベでいうところの、エルフ耳というやつだ。

 まさかと思って硬直していると、美女の方から喋りかけてきた。


「はじめまして、邪神の神官のトランジェさん。私はこの商会が出来たときから厄介になっています、スカリシアと申します。黒い方は知っているようですけど、白いエルフを見るのは初めてかしら?」


 こっちが自己紹介をする前に、俺の名前とエヴァレットのことを暗に言ってのけたことから、その耳はダークエルフ並みに良いのだろう。

 なんだか先手を取られてしまったなと思いつつも、これから挽回してやろうって気になった。

 なので、スカリシアという白いエルフに、俺はうさんくさい笑みを浮かべなおしたのだった。

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[一言] クトルットの両親は、この行動に生きを飲んだようだった。 生き>息
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