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六話 村にやってきて

 村に到着して早々、衛兵らしき老人に槍を向けられてしまった。

 ダークエルフであるエヴァレットを見たら、敵対行為をしてくるだろうなとは思っていたから、驚きはないけどね。


「おい、なにしている! 早く馬車から下りろ!」


 老人は少し近づいてきて、槍先を繰り出す素振りをする。

 前の馬車に乗っていた青年が押しとどめようとするのを、俺は身振りで止める。

 まったくもう、せっかちだな。

 けど、ここで変に反発してもまずいだけなので、大人しく馬車から下りた。

 エヴァレットも続いて下りてきたけれど、剣呑な視線を老人に向けている。武器を持たせていたら、襲い掛かっていたかもしれないと感じさせる、そんな殺気立っている感じだ。

 俺は立ち位置を、老人とエヴァレットの間になるように移動しつつ、トランジェらしいうさんくさい笑みを浮かべる。


「こんにちは、今日はよく晴れていますね」


 とりあえず、挨拶をして反応を見ようとすると、警戒されてしまったのか老人は槍を構えなおした。


「おい、近寄るな。神官服の上に革鎧をつけているのも変だが、ダークエルフと一緒にいるだなんて、怪しいヤツめ!」

「怪しいだなんて、そんなことはないですよ。私は単なる旅の神官です。こちらのダークエルフは、この馬車の荷台に押し込めた人たちが所有していたので、安全のために預かっているだけですよ」

「なに!? いいか、動くんじゃないぞ!!」


 老人は俺とエヴァレットに槍を向けながら、馬車の荷台にすり足で近づいていく。

 その移動を見て、俺は少しだけ違和感を覚えた。

 足のどちらかを怪我しているのか、少し足運びがぎこちなく見えたのだ。

 これは使える情報かも。

 そんな風に考えていたら、荷台の中を見た老人が驚きの声を上げたのが聞こえてきた。


「この人は、村に行商にくる人じゃないか!?」


 どうやら顔見知りだったようで、険しい顔を俺に向けてきた。


「どういうことだか、説明しろ!」

「説明ですか。簡単なことですよ。そちらの商人が、ダークエルフを箱の中に隠し持っていたのです。そして、魔法での善悪判断を使用してみて、悪であると判別がなされたため、こうして拘束しているのですよ」

「……魔法だぁ? アンタがか?」

「はい、旅の神官だと言ってあったでしょう?」


 半信半疑な様子を見て、この交渉の勝ちを確信する。


「では、証拠をお見せしましょう。貴方は、足のどちらかを怪我しているようですね?」

「お、おう。確かに、左足の腿には、魔物につけられた古傷がある。それがどうした」

「その傷を治してご覧に入れたら、私を旅の神官だとお認めになっていただけませんでしょうか?」


 この提案に、老人は訝しげな顔のままで頷いてみせる。


「試しにやってみろ。出来たら信用してやろう。だがいいか。変な真似をしたら、この槍で刺してやるからな」


 俺の予想通り、足の怪我が治るかもという可能性は捨て切れなかったようだ。

 こうなれば話は早い。その古傷を治せれば、信用は勝ち取ったも同然。

 仮に治せなかったとしても、別の方法を模索すればいいだけのことだし。

 じゃあ、念のために俺が使える最上級の回復魔法――エヴァレットにも使用した単体限定最上級回復魔法リミテッドグレイトヒールを使おう。


「私が信奉する偉大な神よ、困難を戦い抜き、絶望することなく敢闘せし者に、最大級の癒しと身を蝕む物の除外を希う」


 呪文の完成と共に、老人の足元に光る円が現れ、光の奔流がそこから立ち上る。


「お、おおおっ!?」


 足の怪我を中心に、驚く声を上げる老人の体に光が纏わりついていく。

 少しして、弾けるように光の奔流が散った。

 回復魔法が終わると、老人はさっきよりも肌艶と血色が良くなっていた。


「あ、足がちゃんと動く!? それに、腰痛や肩こり、関節痛もなくなった!?」


 嬉しげな声を上げる老人。

 だけど、最上級の回復魔法を受けた感想を、温泉の効能みたいに言われるのはちょっとなぁ。

 内心で苦笑いしていると、嬉しげだった老人は急に真剣な顔になった。


「偉大な神官さまとは知らず、失礼な態度をとったこと、謝罪いたします」


 うんうん、どうやら一定の信用は勝ち取れたみたいだ。


「いえいえ。衛兵でしたら、当然の対処だったと思いますよ。確かに怪しいですからね、こんな格好な男が横にダークエルフを連れていたら。それで、古傷は完治していますか?」

「傷痕は服を脱いでみなきゃ分かりませんが、足を動かした感じからは、傷は消えているように感じます」

「それはよかったです。それで、この荷台の中にいる商人とかのことについてですが……」

「分かっております。わたくしめが責任をもって、村の教会にある牢屋の中に押し込みます!」


 よほど回復魔法が効いたのか、老人はかくしゃくとした態度で、縛り上げた人たちが乗った方の馬車を連れて村の中に入っていった。

 村の中に入る許可は貰えたと勝手に解釈して、俺はエヴァレットを伴って、青年がいる馬車に乗る。

 すると、青年からキラキラとした目を向けられてしまった。


「本当に見事な魔法でした。まさか、古傷まで治してしまわれるとは!」


 青年が培ってきた常識では、神官であっても古傷は治せないみたいだ。

 老人の信用を勝ち取るためとはいえ、魔法の選択に失敗したかな?

 でも、治せなくて変に話がこじれるよりかは、マシだったよね。

 次に似た機会があったとき、どんな選択肢を取ろうかと考えていると、青年がおずおずと声をかけてきた。


「その女も御者台に乗せるので?」

「ええ、乗せます。荷台に乗せると隠しているように見えますからね。それに手綱を握らせてて馬車を操らせてみせれば、彼女はこちらの言うことを聞いていると、周囲に言葉を用いなくても伝わるでしょうから」

「なるほど、そういった深い理由があったのですね」


 青年はしきりに頷いてみせるが、理由は単なる口から出任せだ。

 エヴァレットを荷台に乗せる理由は、村人がダークエルフを見たときにどう反応するかが知りたいからだ。

 侮蔑の視線を向けるか、罵詈雑言を吐きかけるか、石を投げるか。

 反応の違いで、人がダークエルフに抱いている感情が分かる。

 そんな風に期待して、エヴァレットに馬車の運行を任せてみた。


 村に入り道を進むと、畑仕事中の村人たちとすれ違う。

 働いている人たちは、人間が多いようだけど、動物の特徴を持った獣人らしき人もいる。仲良く働いているので、種族による身分差はないようだ。

 ダークエルフが悪しき者に認定されているので、獣人などの亜人もそうかと思っていたのだけれど、仲良さそうだし種族によっては違うのかな?

 異世界転移では定番な奴隷は、見ただけではいるかいないか分からない。

 彼ら彼女らは馬車の音を聞いて俺たちのほうに視線を向けるが、不思議そうな顔をするだけだ。

 それはエヴァレットに視線が向いたときも同じで、ダークエルフに悪感情を抱いているとは思えない反応だった。


「……あんまり、反応がないな」


 期待した状況が得られなかったことに、思わず自分一人だけに聞こえる声音で呟いてしまう。

 ファンタジー小説やフロイドワールド・オンラインだと、悪しき種族に出会った善の村人たちが過剰反応するのが定番なのだけど、この世界では違うってことか?

 となると、フロイドワールド・オンラインとは関係のない世界に、俺はトランジェとして転移してしまったってことなのかな?

 または村人たちの知識では、ダークエルフだと判別できないだけだったりするのかな?

 そんな小さな謎を抱えながら、俺たちが乗った馬車は村の中心部にやってきた。

 石造りの堅牢で大きな建物に、あの老人が縄で縛り上げた人たちを入れていく姿が見えた。

 どうやらあそこが、この村の教会らしい。

 しかし重厚そうな見た目から、教会というよりか小さな砦に見える。

 魔物が襲来してきたときに、立てこもるための避難所という側面があるのかも。

 そんな風にマジマジと教会を見ていると、捕まえた人たちを収監し終えたようで、衛兵の老人が近づいてきた。


「ご要望通りに、不埒者たちは教会の牢に繋いでおきました」

「ありがとうございます。そうだ、ちょうど教会に来たのです。神官ないしは司祭さまにご挨拶したく思うのですが、教会の中にいらっしゃいますか?」


 俺の言葉に、老人は首を傾げる。


「司祭さまに挨拶ですか。いまは生憎、どこかに出かけているようです。それにしても、わざわざ挨拶をする必要があるのですか?」

「村にお邪魔する際に挨拶をしておけば、要らない摩擦はなくなるでしょう。それに先ほど渡した悪者たちの処置を、お任せしようかと思っているのです」

「挨拶については分かりましたが……犯罪を裁いてもらうのは、ちょと難しいかと」


 どういうことかと首を捻ると、理由を話してくれた。


「このような小さな村にいる司祭さまですので、村人間の小さな争いを仲裁する権限はあっても、犯罪者を裁く権限を持っていないのです」

「そうなのですか?」

「はい。なので町に使いを出して、牢屋に入れた人たちを引き取る護送を手配することになります」


 言われてみれば、それもそうかと思う。

 聖大神ジャルフ・イナ・ギゼティスの一神だけが、幅を利かせる世界だ。教会の権威は、元の世界の宗教を越えるものになっているだろう。

 なので、目がよく届かない小さな村にいる司祭に下手に権力を持たせると、我がまま勝手に村を扱う危険があるはずだ。

 そんな暴走を抑制するために、村の規模に見合った小さな権限しか与えないのは、理にかなっているように思う。


「理由は分かりました。となると私たちは、しばらくこの村に滞在した方がいいのでしょうか?」

「できれば、そうしていただけると助かります」

「いいのですか? ダークエルフを村に置いても?」

「はい。貴方のような偉大な旅の神官さまが目を光らせて下さるのならば、それ以上の安心はありません」


 そういうことなら、しばらくはこの村で生活しながら、この世界のことを調べてみるかな。


「では、どこか私たちが住める家はありますか?」

「いますぐにご案内できるのは、二件です。一つは、ワシの家に間借りしていただくこと。もう一つは、つい数年前に寿命を迎えた薬師の空き家に住むことです」


 その二択なら――


「――そうなると、私とこのダークエルフは、薬師の空き家に。こちらの青年は、貴方の家に住まわせるようにしたほうがいいでしょうね。その際には、ダークエルフの存在を村人たちに伝えて、薬師の家に近づかないように触れを出した方がいいかと思います」

「いえ、そんな手間を取るならば、ワシの家に三人とも来れば」

「駄目です。ダークエルフを住まわせたとなれば、衛兵である貴方の醜聞に関わります」


 それに加えて、まだまだエヴァレットとは内緒話をする必要がある。

 二人きりになれる状況が作れるなら、今のうちに作っておきたい。

 その邪魔になりそうな青年は、この老人に押し付けたい。

 そんな俺の心の内は知らないので、老人は素直に頷いてくれた。


「……こちらを心配してのお言葉、感銘を受けました。そのように致しましょう」

「いえいえ、心遣いありがとうございます。では、案内していただけますか。えっと、そういえば、まだお名前を聞いておりませんでしたね。私はあてのない旅の神官で、トランジェと申します」

「おお、そういえばそうでした。ワシはオーヴェイです」


 そう挨拶を交わすと、続けて青年も自己紹介する。


「短い間ですがお世話になります、アズライジです。冒険者になるべく、町にいく途中です」


 元気にニコニコといった青年の言葉に、そう言えば名前を知らなかったと、今更ながらに思い出したのだった。


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