六十八話 邪魔なものは、なくすことが最善です
有益な情報を得てから、甲冑兵の男女は捕らえたまま、街道を進んでいく。
一日、二日と、特筆することもない時間が過ぎる。
そして三日の昼、向かい風を受けながら進んでいると、エヴァレットの耳が動いた。
「トランジェさま。前方のはるか先に、多くの人が歩く音と、重そうな馬車の車輪の音が聞こえてきます」
エヴァレットの報告を受けて、平原の道の先を見る。
しかし、小さく隆起した丘や、逆にへこんだくぼ地のせいでか、聖大神教兵団の本隊の姿は見えなかった。
「エヴァレット、距離はどのぐらい離れていると思いますか?」
「そうですね。ゆっくりめの馬車で、朝から昼になるぐらい、でしょうか」
朝から昼ってことは、六時間ぐらいか。
馬車の時速を五キロと設定しても、三十キロ先の音を、エヴァレットは聞いたことになる。
「よく、そんな遠くの音が聞こえましたね」
「森ではこうはいきません。風が良く通る平原だから、向かい風が音を運んでくれたのです」
そうやって謙遜しているものの、エヴァレットの黒色の長い耳は、褒めてって主張するように誇らしげに揺れている。
俺は褒美として頭を撫でてやりながら、ダークエルフの長耳の優秀さに舌を巻いていた。
そして、これほど聴力がいいなら、他にも色々と役立てることができるって、内心でほくそ笑む。
けど、有効性を生かす方法の前に、最短でも三十キロ先にいるであろう、聖大神教兵団の連中をどうするかを、先に考えないとね。
でも、この世界の常識というか、一日で進軍する距離なんて知らない。
ならば知っている人に聞くのが一番だと、バークリステを呼び寄せる。
軽く事情を話して、どの程度の距離を進んでくるかを尋ねた。
「そうですねえ……重たい車輪の音だそうなので、糧食や水、換えの装備は馬車に積んでいると考えます。そうしますと、最も移動を早く見積もったとしても、馬車での半日が聖大神教兵団の一日に進む距離となるでしょうね」
馬車の移動は朝から晩までだから、つまり朝から昼にかけての時間に進んだ距離が、一日の行軍距離ってことか。
あれ、それって――
「――つまり聖大神教兵団は、今日中には、この場所までやってこれないってことですか?」
「はい。エヴァレットの耳を信用するのでしたら、その通りになるかと思われます」
ちょっとトゲを含んだ言い方にも聞こえたけど、俺はエヴァレットを疑う気はない。
「エヴァレットの耳については、私が保証しますよ。ふむっ、今日中にこの場所これないとするなら、どこらへんで野営すると思いますか?」
俺の次の質問に、バークリステは眉間に人差し指を当てて考え始める。
「百人規模ということですので、夕方になる前には行軍をやめて、設営に入るはずです。ですので、いまある距離の、半分程度が最大到達地点かと」
「最大ってことは、それより手前――私たちにしてみれば先で、移動をやめるのですね。なら、色々と仕込めそうですね」
俺はチラッと、馬車の中に転がされている、あの男女の姿を見る。
そして決断する。
フロイドワールド・オンラインで、NPCだけしかいない村を落とすイベントのときに、カルマ値が悪や中立のプレイヤーがよくやったあの方法を使うことを。
日が暮れて、辺りが暗くなった頃。
俺とエヴァレットが草原の草むらの中を移動して、聖大神教兵団の野営地に接近する。
遠目で確認できる距離になると足を止めて、草の中に隠れながら様子を注視する。
この付近は魔物も少なくて平和だからか、歩哨以外の聖大神教兵団の人たちは、広げたテントや馬車の中で休んでいるみたいだった。
馬車から馬を外しているようなので、すぐには移動できなさそうだ。
しめしめと思いながら、食料品や水がある場所を探す。
しかし、馬車の中に積んだままなのだろう、ぱっと見ではどこにあるか分からない。
分かれば、あの作戦を使うことなく、魔法で焼き払ってしまえば、聖大神教兵団は無力化できたかもしれないのになあ。
けど逆に、久しぶりにやる機会が巡ってきたって、ちょっとだウキウキしている自分がいるのも分かる。
「これで、計画に変更はなくなりました。それで、バークリステの方はどうですか?」
「時間通りに動き始めたようですね。もう少しで、人間でも馬車の音が聞こえるようになるのではないかと」
エヴァレットの報告を受けて、まだかなまだかなと待つ。
少しして、道を走る馬車の音が聞こえてきた。
さらに、大量の渇いた木材を転がしているかのような、カラカラとした音もしてくる。
来た来たと俺が楽しんでいると、聖大神教兵団にも動きがあった。
歩哨が警戒してか、誰かを呼びにいき、百人ほどの甲冑兵たちが慌しく動き、松明の灯りを増やしに回っている。
その混乱に乗じて、俺とエヴァレットは、さらに野営地に近づいていく。
やがて、これ以上は気付かれると茂みに隠れなおしたころ、聖大神教兵団に近づく馬車が見えてきた。
御者台に立って手を振っているのは、捕まえていたあの甲冑兵の男女だ。
「もぐおーーー!!」
「もごもがもがー!」
なにかを言っているようだが、意味の分かる言葉にはなっていない。
それを何かの異常事態だと察知したようで、聖大神教兵団の兵たちは、馬車の後ろへと視線を向けた。
しかし、暗がりで良く見えないと思ったのだろう、一人が火矢を曲射で馬車の後ろに落ちるように射る。
すると火矢の灯りで、落ちた場所の周囲が、ぼぅっと照らし出された。
なるほど、遠くにある物に火をつける以外に、そういう使い方もありなのか。
ゲームにはない使い方に感心していると、火矢が照らす空間に踏み入るモノの姿があらわになった。
「ほ、骨が、骨が立って、こっちにきているぞー!!」
そんな野営地にいる甲冑兵の声に、周囲の人たちも大慌てで様子を見て、そして絶句している。
「あ、あれは、聖教本にある悪しき者の代表格、スケルトンではないか!」
「神の大戦の折に、全て破壊されて、残っている物はないはず!!」
「暢気に話している場合ではない! あの骨に追われている馬車を助けなければ!」
一番最後の言葉に、甲冑兵たちはハッとした様子になった。
そしておおわらわで、馬車を野営地に入れる準備と、近づくスケルトン――に似たレッサースケルトンに対抗する用意を始める。
そのぐらいのときに、御者台に乗っているのが、先遣隊の男女だと気付く者が現れだした。
「おい! あの二人が、ここまで逃げてきたってことは!」
「まさか、先遣隊はあの骨どもに、やられてしまったのか!!」
そう早合点しながら、仲間を失った驚愕と悲しみを引き換えに、レッサースケルトンへの戦意を高めているようだ。
もうこれ以上は聞く必要がないなと、エヴァレットに聞こえた声を教えてもらうことをやめた。
「よろしいのですか?」
「ええ。こちらも、仕上げをしないといけませんので――私が信奉する自由の神よ。密かに、朽ち骨に動く力を与えたまえ」
エフェクトを控えめにする文言を入れながら、俺はレッサースケルトンのみを二十匹、魔法で召喚する。
草むらの中で、人骨たちが黒い光の円から湧き上がった。
「さあ、あの光のある場所を目指して、歩きなさい」
俺が命令すると、二十匹のレッサースケルトンたちは、野営地を目指して進んでいく。
その後姿を見ながら、俺とエヴァレットは、聖大神教兵団の逃げ道を塞ぐ位置取りをすべく、移動を開始した。
ほどなくして、野営地から悲鳴が上がった。
「くそッ、骨が草むらから出てきたぞ!」
「馬車を襲っているやつらだけじゃなかったのか!」
それからすぐに、ワーワーと戦う音が聞こえてきた。
きっと状況は、聖大神教兵団の方が有利なんだろうな。
どことなく勇ましい掛け声なんかが、こっちにまで聞こえてくるし。
けど、悪いけど本命はそれじゃないんだよね。
「トランジェさま、馬車が野営地内に入って止まったようです」
エヴァレットの報告を受けて、少し草むらから野営地の様子を見てみる。
すると、野営地に駆け込んだ馬車の御者台にいる男女から、まるで魂が抜け出たかのように半透明な存在が二つ現れた。
そして、その姿を見て驚いている甲冑兵たちに、別々に襲い掛かった。
「どうやらバイタルサッカーたちは命令通りに、あの御者台にいる二人から離れて、周囲を襲い始めたようですね」
「はい。それと、あの馬車の箱に隠れている、バークリステとリットフィリアも、骨を召喚する魔法を使い始めたみたいです」
その言葉とほぼ同時に、馬車の荷台からレッサースケルトンが続々と出てきた。
そして、三匹で一人の甲冑兵を襲いだす。
組織的な行動をしているのを見ると、俺が召喚したものよりも動きがいいな。
バークリステは半吸血鬼で、リットフィリアは半不死人だから、相性の補正が働いているのかもしれないな。
自由神の神官になったから、こっち系統の魔法も使わせ見ようっていう思いつきだったけど、これからアンデット系を召喚することがあるなら、二人にやってもらうことにしようかな。
はてさて、大量のアンデッドたちに襲われる甲冑兵は、一人一人と数を減らしていく。
バイタルサッカーには太刀打ちできないし、レッサースケルトンは続々と追加が馬車から現れる。
この捕虜を前面に出した状態で敵陣地に入り、召喚した獣やアンデットで蹂躙する作戦。
甲冑兵たちが、フロイドワールド・オンラインのNPC並みかそれ以下の実力しかないと分かって、ならやってみようとなったわけだけど。
上手くいっているようで、ホッとしている。
なにせ、フロイドワールド・オンラインだと、陣地に高レベルのプレイヤーが数人いるだけで、破綻してしまうような方法だからね。
広範囲かつ強力な魔法連発して、あっというまに消し炭にされたちゃうんだよね。
それはさておき、仲間が一人死ぬたびに徐々に劣勢になる聖大神教兵団に比べ、こちらは補充が可能なので手勢が減らない。
だから最初は数と実力で勝っていても、恐れず疲れずそして減らない相手には、いつまでも勝ってはいられない。
甲冑兵たちは、不注意で、何かの拍子で、疲れが出て、気が緩んだりする。
そのとき、複数のレッサースケルトンたちの白い手のかかって死ぬ。
助けに入ろうと無茶をすれば、何匹かのレッサースケルトンを道ずれに、死ぬ。
死んで、死んで、死んでいくから、数が減って、減って、減っていく。
やがて、優勢から拮抗に、拮抗から僅差に、僅差から劣勢に、次々に状況が移っていった。
劣勢に一度落ちれば、あとは濁流に押し流されるように、聖大神教兵団は敗色へ一直線になる。
これでもう、こちらの勝ちで決まりなようだ。
この後、聖大神教兵団が取れる方法は二つ。
一つは、無意味に死ぬまで、レッサースケルトンとバイタルサッカーと戦い続けること。
もう一つは、決死の覚悟で囲みを突破して、逃げ帰ること。
さてどうするかなと思っていると、決死の覚悟で逃げてきている。
そう、逃げ道にある草むらの中で待機している、俺とエヴァレットの方向へだ。
「さて、もうひと踏ん張りってところですね。エヴァレット、用意は出来てますか?」
「はい。先ほど頂いた、フィマル草の暗殺軟膏を、ナイフの刃に塗っておきました」
「よろしい。では、私が服を強固にする魔法と、新たな存在を召喚した後で、共同して敗残兵狩りを始めます。逃げられると困る事態になるかもしれないので、一人残らず狩る気でいきましょう」
気軽に聞こえるような声色で喋りかけつつ、俺はレッサーじゃないスケルトンを召喚し、補助魔法を俺たちの衣服にかけていく。
そうして万端整えるてから、敗残兵狩りへと出発する。
そのときふと、なにをするか知らないほうがいいからと、箱の中に無理矢理詰めたクトルットは大丈夫だろうかと、ちょっと心配になった。
まあ、両親に会うときに色々と便宜を図ってあげればいいかなと、問題を棚上げして、見えてきた逃げる甲冑兵たちへ、杖から隠し刃を引き抜きながら襲い掛かったのだった。




