六十七話 情報収集には、痛い尋問が効果的です
聖大神教兵団に出会ってから、数日が経った。
その間、生き残りに話を聞いたんだけど、下っ端らしく誰の情報で動いたのかを、全く知らなかった。
最初は惚けているのだと思ったけど、本当に何も知らないらしい。
事情くらいは聞いていても良さそうなのにと思っていると、バークリステがその理由を教えてくれた。
「聖大神ジャルフ・イナ・ギゼティスの神官やその従者は、上からの命令には従うように教育がされています。なので、何も伝えられていなくても疑問に思わず、知りたいという発想すら生まれません」
「なるほど。聖なる神に仕える偉い人の言うことだから、正しいに違いないと信じているわけですね」
情報が得られないとなると、ちょっと困った。
聖大神教兵団の生き残り二人は、こちらの顔を知っている。
聖大神ジャルフ・イナ・ギゼティスの教徒たちに情報が渡る危険があるから、このまま逃すわけにはいかない。
エヴァレットも同じ思いなのか、『殺しましょうか?』って問いかけるみたいに、大振りのナイフを抜いて持っている。
あっさり殺すのも、選択肢としてはありだろう。
しかし、始末するのはいつでも出来る。
聖大神教兵団なんていう、初めて知る組織の人員だ。可能な限り情報を搾り取ってからでも、遅くはないよな。
さて生き残りの二人は、片方が男性で、もう一方は女性だ。どちらの年齢も十代後半――大学生か高校生って感じだ。
まずは、男性の方に話を聞いてみよう。
「聖大神教兵団というのが、貴方の組織の名前ですね?」
「それがどうした、邪教の僕め。あらかじめ言っておくが、拷問には屈しないぞ!」
主張したいことは分かったけど、どうせならその台詞は、女性の方に言って欲しかったな。
そうしたら、エロティックな方向に責めることも、もしかしたら出来ただろうに。
ちょっとだけ惜しいと思いながら、質問を続ける。
「聖大神教兵団。団の名前がつくぐらいですから、十人ぽっちの集まりではないのでしょう。お仲間の居場所を教えてください」
「ふん。誰が邪教徒なんぞ――ぐがっ!」
俺はその男の髪の毛を掴み上げる。
そして、馬車の床板に額を押し付けるように、勢いよく押し付けた。
さらには、その後ろ頭を足で踏みつけ、軽く捻る。
「こうやって頭を『下げさせて』頼んでいるんですから、教えてくれてもいいではありませんか」
「お、おい、そこは普通、下げて頼む、じゃないの――あだだだだだだっ!!」
俺が足に力を込めると、バタバタと手足を暴れさせ始めた。
しかし、ピンが刺さった標本の虫のように、彼の頭は床板から離れない。
「やめ、止めろ! 頭の骨が、骨がミシミシ鳴ってる!!」
「仲間の居場所を教えてくれたら、考えてもいいですよ?」
「そ、それは教えられ――止めろおおおお!」
拒否したので、もうちょっと足の力を強めたところ、陸に打ちあがった魚のように首から下が暴れ始めた。
気持ち悪い動きだなって思いながら、もう一度、同じ質問をする。
「仲間の居場所を教えてくれませんか?」
「ぐぐおおおおお――お、教えなくとも、我らの仲間は、貴様らの行く手を、遮って――ぐうううえええああああ!」
「そういうのはいいですから。教える気があるんですか、ないんですか?」
「おおおおお、ししいいいいい、ええええええええ――――」
ぐりぐりと足で踏みつけてやっていると、言葉の途中で急に静かになった。
不思議に思って、蹴ってひっくり返すと、白目を剥いて失神している。
どうやら、俺の足と床板との板ばさみによる痛みで、気を失ってしまったようだ。
男性は痛みに弱いって言うしな。
仕方がないと、もう一人の生き残りに顔を向ける。
「さて、次は貴女の番ですね。ですが、あらかじめ聞いておきましょう。こちらの問いに答えずに、痛い目を見ますか? それとも話して、痛みなく過ごしますか?」
「ふ、ふざ、ふざけないで、ください。だ、だ、だれが、しゃ、喋るもの、ですか」
目の前で仲間を痛みで失神させられた恐怖からか、ガチガチと歯が鳴っている。
拒否されたので、さてどうやって情報を吐かそうかなと考えていく。
そのときだった、リットフィリアがすすっと俺に近づいてきた。
てっきり、バイタルサッカーの件で嫌われていると思っていたので、とても驚いた。
「あの、戦司教さま。ちょっと試してみたいことがあるので、その人を身柄をお預けくださいませんか?」
「え、あ、情報を聞きだしてみたいって、ことですか?」
「いいえ。そうではなく、違うことを試してみたいのです」
いまいちよく分からない提案だったけど、とりあえずは任せてみることにした。
情報を聞きだす役が、俺から十代前半っぽいリットフィリアに変わったことで、甲冑兵だった女性は余裕を取り戻した顔になる。
さらには直接傷つけられる心配がなくなったからか、口撃の矛先を俺に向けてきた。
「あ、貴女のような純朴そうな子に、人を痛めつけさせるだなんて、やっぱり邪教徒は邪ね!」
その言い方に少しムッとしたが、リットフィリアがなにをする気なのかのほうが気になった。
彼女は、縄で縛られて転がされている女性兵に近づくと、その顔を両手で持つ。
そして自分の顔を段々と近づけていく。
「え、な、なにをする気なの!?」
まるで唇同士のキスをしようとしているような見た目に、相手の女性兵だけでなく、見ている俺たちも一様に驚いた。
しかし、次のリットフィリアの行動で、さらに度肝を抜かれることになる。
「あーーーーんッ!」
女性兵の顔の近くで大口を開けたかと思えば、勢いよく耳に齧りついたのだ。
一瞬にして、耳の半分が齧り取られ、真っ赤な血が出てきた。
失った部分に激痛を感じたのだろう、女性兵は悲鳴を上げる。
「ぎゃあああああ! なに、なんで、耳が、耳が痛いのーー!!?」
その声がうるさかったのか、それとも耳を齧ったことで満足したのか、リットフィリアは頭を手放してしまった。
俺は慌てて、痛みで暴れる女性兵を抑える。その片耳は、裁断されたかのように、歯の跡がくっきりついている。
そんな中、リットフィリアは口を動かして、口内にある耳の一部を味わっていた。
「もぐもぐもぐ……うーん、美味しいかな?」
そう感想を言いながら首を傾げる姿に、我に返ったバークリステが大声をだす。
「リットフィリア、なにを食べているですか!!」
「人の肉だよ。大姉さまが、戦司教さまの血を飲んだのを見てから、なんだか無性に食べたくなっちゃって」
怒られるとは思ってなかったのか、リットフィリアはしゅんとした様子になる。
そのとき、リットフィリアの種族である半不死人の特徴を、俺は思い出した。
「そうでした。半吸血鬼が血を欲するように、半不死人は生肉を欲するんでした。いくら食べても満足しないリットフィリアのお腹ができた理由は、生肉をえられなかったことが原因の一端なのしょうね」
「な、生肉をですか!?」
バークリステの疑問の声に、証拠を見せた方が早いだろうと、ステータス画面を呼び出す。
そして、アイテム欄から、ダークエルフの集落への移動中に狩った、巨大なウサギに似た魔物――ラッビヘアの肉を取り出した。
それをリットフィリアに手渡す。
手の中にある、顔の面積以上の生肉と、俺の顔を、リットフィリアは交互に見る。
それは、ご馳走を目の前にした幼子のようで、手にあるのが生肉でなければ微笑ましい見た目だった。
「どうぞ、食べていいですよ」
「で、でも、大姉さまが……」
「バークリステとて、貴女が心から欲しているのだと知れば、反対はしなかったことでしょう」
俺の言葉を受けて、リットフィリアは窺う視線をバークリステに向ける。
バークリステは、自分の常識と葛藤したようだったが、最終的には頷くことで許可をだした。
リットフィリアの表情は、一瞬にして喜びに変わった。
「やった。じゃあ、いただきまーすッ!」
がぶっと生肉の塊に噛み付いた。
通常人だったら、顎の力が足りずに生肉を噛み切れないところだろう。
しかし、半不死人のリットフィリアの顎は強靭だったようで、調理ハサミよりも簡単に生肉をかじり取ってしまった。
さらには、ちゃんと噛み砕くように、口を動かしていく。
「んふー……んふ~♪」
口が大きく上下に動く度に、生肉の味に酔いしれるかのように、リットフィリアの表情が溶けていく。
満足してくれている様子に、俺はホッとする。
その後で、視線を信じられないって目で見ている、あの女性兵にうさんくさい笑みを向けた。
「さて、見ての通り、この子は生肉が大好きなようです。そしてとても大食なのです。あの肉がなくなったら、次はなにを食べますかね?」
さっき耳を齧ったとき、あまり嬉しそうにしてなかったので、きっとリットフィリアは人間の肉が好みではないようだった。
しかし、女性兵を勘違いさせるために、あえて人を食べそうだぞと脅してみた。
すると、実際に耳を齧られた恐怖からか、その顔は真っ青になった。
「い、い、イヤです! 生きながら、食べられて、死ぬなんて!」
「そうですね。嫌でしょうね。ですが、何も教えてくれないのでは、助けようがないのですよねえ」
「はな、話します! なんだって話しますから、あの子を近づけさえないで!!」
……もう一ひねり必要かと思ってたのに、呆気なく陥落しちゃったよ。
それだけ、食人って行為が恐ろしかったのだろうか。
楽なことはいいことだけど、男性の方が粘った分、ちょっと拍子抜けしたな。
けど、俺の気分なんてどうでもいいことだよね。
この旅路の安全のために、女性兵から情報を収集をしないと。
そうして分かったことは、この人たちは先遣隊だったらしく、この先の道中に聖大神教兵団の部隊と出会うかもしれないということだった。
しかも悪いことに、人数は百人規模で、悪逆の徒――つまり俺たちとすれ違ったりしないように、その部隊は道々で見かけたひとに声かけと臨検を行っているそうだ。
面倒臭そうな状況が判明してしまった。
どうするかはとりあえず置いておいて、先にここら辺に詳しいはずクトルットに、地理について聞くことを決めたのだった。




