六十六話 予想外は続くよ、どこまでも!
情報収集を終えた俺は、クトルット求めもあって、共に彼女の両親に合いにいくことになった。
俺の招待を悟らせるわけには行かないので、奴隷商の従業員や用心棒は同行さない。
なので同行者は、エヴァレットとバークリステ。
クトルットに用立ててもらった馬車に乗っていこうとすると、旅路に使う馬車に積んだ食料品の箱に、他の子たちと一緒に町に置いてきたはずの、半不死人のリットフィリアが隠れていたのを発見した。
理由を尋ねると、胸を張って主張し始めた。
「自由神の神官となったのですから、自分の心に従って大姉さまとはもう離れません。ずっといっしょです」
「もう、この子ったら」
リットフィリアの言葉が嬉しいのか、バークリステが頬を緩める。
クトルットも、友人のバークリステを姉と呼ぶ子が可愛く見えるのか、大っぴらに反対しない。
そんな様子を見て、反対は難しいなって思った。
それに、自由神の神官としては、自分の心に正直なリットフィリアを褒めないといけないしね。
けど、その前に一つ確認しなきゃいけないことがある。
「リットフィリア。他の子たちには、ちゃんと言ってきたんだよね?」
「もちろんです、戦司祭さま。他の皆は、この町の人の役に立ちたいって、残る気でした」
「そうですか。なら私からは、何も言うことはありません。全員が心からの求めに従った結果ですからね」
そう同行に許可をすると、リットフィリアはバークリステに抱きついた。
「やったー。戦司祭さまに怒られなかったよ」
「よかったですね。でも、密航なんて真似をしたことを、わたくしが怒ります。めッ!」
うっわ、軽い怒り方だな。
って思っていたんだけど、リットフィリアはこの世の地獄を見たかのように、顔を真っ青にする。
「あっ、ご、ごめんなさい。き、嫌わないで?」
「ふふっ、嫌うはずがないじゃないの。ほら、友人を紹介しますから、貴女もごあいさつなさいね」
バークリステが仲立ちになり、リットフィリアとクトルットが会話を始める。
そんな三人の様子を見ながら、俺はエヴァレットに指示して、馬車を発車させた。
こうして六人での移動が始まった。
ごとごとと馬車を揺らしながら道を進んでいく。
クトルットの両親がいるのは、交通の要所になっている街だそうだ。
神の大戦前後ぐらいの大昔には、難攻不落の砦だった場所だったらしい。
でも今は、その砦内を聖大神ジャルフ・イナ・ギゼティス教徒と領主が使い、人々はその外に建て増やした物件に住んでいるようだ。
そんな特徴を、クトルットから聞いていると、突然馬車の動きがゆっくりになったた。
異常を感じて、俺は荷台から顔を出し、エヴァレットに問いかける。
「どうかしましたか?」
「向こう側から、馬車がやってきているのですが、武装した人が乗っているようなのです。なので、警戒をしています」
「馬車のなかに甲冑を積んでいる、とかじゃないんですね?」
「はい、音が違います。剥き出しに置いた武具と、人が着た武具とでは、音のくぐもり方が違うものです」
自信満々に言ってはいるので、信じてみようと思う。
すれ違う余裕ができるように、馬車を端に寄せさせた。
そしてエヴァレットがダークエルフだからと、戦闘を吹っかけられても困るので、楽しく会話中だったバークリステに御者を変わってもらった。
その際、リットフィリアもついてきて、三人で窮屈に御者台に座る羽目になった。
なのに、バークリステは嬉しげだ。
理由を尋ねると、妄想的な答えが返ってきた。
「こうして三人で座っていると、親子のように見えるんじゃないでしょうか?」
改めて確認すると、二十代半ばのバークリステと、十代のリットフィリア。
そして、年齢不詳な見た目のトランジェ。
「なるほど、そう見えてもおかしくはないですね」
軽い気持ちで同意したのだけど、リットフィリアは気に入らなかったみたいだ。
「戦司祭さまは良い人そうだけど、大姉さまの夫に相応しくない」
「も、もう、この子ったら。トランジェさま、気を悪くしないで下さいね」
「いえいえ。出会って十日も立ってない人を、自分が愛する姉に相応しいと思う妹はいないでしょうから」
うさんくさい笑みを浮かべながら、無難な答えを返す。
すると、リットフィリアはその言葉も気に入らなかったのか、ぷぃっと横を向いてしまった。
なんだか、父親に反抗する娘みたいだなって、思わず頬が緩んでしまう。
そんなことをしている間に、エヴァレットが警告した馬車が見えてきた。
見た目は普通の幌馬車で、町と町を行き交っているのかなって感じだ。
しかし、俺たちの進行を妨げるように道に対して横向きに止まると、荷台からワラワラと十人ほど、頭から足まで銀色の甲冑をきた人たちが降りてきた。
そして、手にした剣や片手斧とかの武器を、こちらに向けてくる。
こちらも馬車を止め、俺が代表して彼らに声をかける。
「これはどういうことですか。説明を求めます!」
俺の声に対して、一層立派な甲冑を来た一人が、槍を手に前に出てきた。
そして、大声で返答を始める。
「我らは、聖大神教兵団! 聖大神のご意思に背いた教徒どもを、捉えて裁くが役目の兵である! この先の町にて、悪逆の徒が発生したとの知らせを受けた!」
主張は分かった。
ふむ。きっと、バークリステたちが慈善活動を行ったときに、子供たちの何人かの見た目が変なのを見咎めた誰かが、密告したんじゃないかな。
もしくは、あの子たちの誰かが裏切ったか、もともとスパイだったかして、情報を流したかだ。
どちらにせよ、あの町に行かせるわけには行かなくなった。
さて、どう油断させて、楽に捕らえるか倒すかしよう。
って考えていたのだけど、状況が勝手に悪い方に転がってしまったようだ。
俺たちを見ていた立派な甲冑兵は、やおらバークリステを指差す。
「やや、貴様は! 役目を放棄し、未来ある子供たちを連れ出した罪人ではないか!」
発せられた言葉を受けて、他の甲冑兵たちがこの馬車を取り囲む。
どういうことかと、俺が視線を向けると、バークリステが恥ずかしそうな顔をした。
「実をいいますと、あの子達を連れ出すとき、少々強硬な手を使いまして」
「それは意外ですね。バークリステなら、もっとうまくやりそうなものですのに?」
「聖大神ジャルフ・イナ・ギゼティスの教徒たちの掟など知ったことかと、自由の神の加護を受けて少し気分が高揚していたので……」
つまり、いままで堪えてきた分、不必要になった聖大神ジャルフ・イナ・ギゼティスとその教徒たちに対して、はっちゃけちゃったらしい。
出会った当初から、随分と印象が変わったなって思いながら、仕方がないと俺は御者台を降りる。
するとすかさず、立派な甲冑の人が槍先を受けてきた。
「罪人と同行しているからには、取り調べを受けてもらう必要がある。大人しくしていてもらおう」
「大人しくですか?」
俺はよく分かっていないような表情を作ると、掌をその人に向けた。
まるで、待ってくれとジェスチャーしているようだからか、槍を突いたりしてはこない。
いまが俺に攻撃する絶好の機会だと、気付く様子はない。
なら仕方がないよねと、ショートカットにあらかじめ入れておいた誅打の魔法を使うべく、キーワードを唱えた。
「誅打せよ!」
俺の掌から飛び出した光の球が、立派な作りの頭部甲冑にあたり、バケツを叩いたような辺りに響いた。
しかし、防具の性能がよかったのか、大して痛手は与えられなかったようだ。
まあ、一番弱い攻撃魔法だしね。
「くぉッ――!? 神のお力を授けられた身でありながら、悪事に加担するとは度し難い!」
「おやおや、これは少し本気を出さないと、やられてしまいそうですね」
俺はステータス画面を呼び出すと操作して、いつもの杖を手にローブの上に革鎧をつけた姿に、一瞬にしてなった。
その早変わりに、甲冑兵たちが驚いている間に、俺は馬車にいる人たちに指示を出す。
「エヴァレットは馬車の中に入ろうとする輩の排除! バークリステとリットフィリアは、魔法による遠距離援護をお願いします! どんな魔法を使ってもいいですけど、私に当てないで下さいよ!」
俺は言い終わり際に、一番動きが鈍い別の甲冑兵に杖で打ちかかりながら、魔法を使う。
「我が信奉する神よ、我が杖に堅固さと破壊力を与えたまえ!」
打撃力を向上させるパフを杖にかけつつ、フルスイング!
当たった兜がベッコリとへこみ、相手は地面に倒れた。
どうやらフロイドワールド・オンラインと同じように、甲冑には打撃武器が有効みたいだ。
そして、まさか杖の一撃で仲間が倒されるとは思ってなかったらしく、甲冑兵たちが浮き足立つ。
そこに、バーックリステとリットフィリアからの魔法が飛んできた。
「わたくしに加護を授けし神よ、目前の敵を打つ力を授けたまえ!」
「加護をくれた神さま、ジャマな敵を打つ許可がほしい」
それぞれ微妙に違う呪文だけど、二人の手から誅打の光の球が発射され、甲冑兵に命中する。
防具のおかげで痛くはないだろうけど、当たった衝撃と大きな音で、身動きが止まる。
その隙を見逃さずに、俺は杖で殴りつけていく。
都合三人ほど倒したけど、流石に兵と名乗ることだけあって、すぐに混乱を回復されてしまう。
「落ち着け、戦いが巧みなのは、その怪しげな男一人。その者を仕留めれば、残りは女子供のみの容易い相手。確り対応すれば、恐れるに足りん!」
派手な甲冑兵の命令で、他の面々が統制されて、機械的に俺を追い込み始めた。
バークリステたちから飛んでくる光の球は、甲冑で防いで無視する気らしい。
チッ、こうやって連携されると、面倒なんだよね。
けど、やりようはいくらでもある。
なにせ、俺には自由神の加護による自由度の拡張で、さまざまな魔法が使えるしね。
「我が信奉する神よ、我れが衣服に堅固さを与えたまえ。そして我が神よ、冥府魔道に落ちし悪霊を現世に蘇らせたまえ!」
衣服の防御力を高めつつ、ダークエルフの集落を滅ぼすときにも使った悪霊――バイタルサッカーを召喚。
それを見て、甲冑兵たちが驚きの声を上げる。
「悪霊を呼び出しただと! まさか、貴様は――」
「さあ、甲冑を着たものどもを、吸い殺せ!!」
俺の命令を受けて、三匹の悪霊たちが、それぞれ一人ずつ取り憑いた。
幽霊的な存在かつ、攻撃方法が生命力を奪うものなので、強固な甲冑なんか意味がない。
「ぐああああああっ、やめろ、やめて、く、でぇぇ……」
「いやだ、いや、だ、ぁ……」
「くそ、なんで、日の光の、下、なの、に……」
残念だけど、フロイドワールド・オンラインでは、アンデッド種はペナルティーで継続してダメージを受けるけれど、日光の下でも動けるんだよね。
そしてバイタルサッカーは相手の活力を吸ってダメージを回復させるから、太陽があろうと獲物がいる限り活動し続ける。
まさに、甲冑をきた相手にとって、最悪ともいえる相手だろう。
これはもう、すう勢は決まったも同然だなと思っていると、派手な甲冑の人が槍を抱えて突進してきた。
「悪霊に憑かれ死ぬ定めであろうと、貴様だけは道ずれにしてやる!」
その言葉通りに、バイタルサッカーが背中に取り憑いているのに、最後の一撃を俺に加えようとしていた。
俺は杖を盾に槍先を逸らそうとするが、ゲームとは違う決死の一撃は重く鋭かった。
杖で防いで軌道が変わったものの、槍は俺の肩に突き立つ。
「ぐぅぅ――身命を賭したというのに、道ずれにすら、できない、とは……」
兜の下から恨めしそうな声を出しながら、派手な甲冑の人は崩れ落ちた。
その姿を見ながら、俺は魔法で強化したローブを貫けなかった槍を手で払う。
そして、獲物がなくなって待機状態になっている、バイタルサッカーを返還させる。
ふぅっと、戦いが終わったので一息つくと、視線を向けられているのを感じた。
そちらに顔を向けると、御者台にいるリットフィリアが、ぎゅっとバークリステに抱きついていた。
悪霊を召喚するのを見せちゃったから、嫌われちゃったかな。
いや、いまはそれよりも、この死体たちをどうするか考えないとね。
外傷がないんだから、自然死に見せかけられないだろうか。あとこの甲冑、どこかで売れないかな。スキルで作り直してもいいかな。
そんな事を考えながら、一人一人死んでいることを確かめていく。
そのとき、俺が杖で殴りつけた甲冑兵のうち、二人の息がまだあった。
どうしようかと考えをまとめてから、バークリステたちは手伝ってくれないだろうから、エヴァレットを呼び寄せることにした。
「エヴァレット、少し手伝ってもらいたいことがあるのですが」
「いまいきます!」
馬車から出てきたエヴァレットは、駆け寄ってきて命令を待つ。
その姿が忠犬っぽくて、思わず和んでしまう。
「さて、こっちの生きている二人の身包みを剥いで、縄かなんかで縛っておいてください。私は死体を、彼らが乗ってきた馬車に詰めて、馬の尻を殴って何処かへと走らせますから」
「分かりました。お任せください!」
エヴァレットが作業を始め、俺も死体の処理を始める。
ここは広い平原が続いている。
道を外れた方向に馬車を暴走させたら、横転するまで走り続けることだろう。
死体を積み終わり、幌馬車につながれた馬に近寄り、杖の隠し刃で馬車と接続する皮ひもを少し切る。
これで、運が良ければ暴走の果てに馬車から開放されて、馬は自由になれるだろう。
自己満足だよなと思いながら、俺は杖を振り上げる。
「さあ、あっちへ、行ってこい!」
少し強めに、馬の尻を叩く。
すると、嘶きと共に上体を持ち上げて、前脚を振り回し始めた。
「ヒヒィィイイイン!!」
そして前脚を地面に戻すやいなや、猛然とした勢いで道なき道を、馬車を引きながら爆走していった。
その後姿を見ながら、始まったばかりなのにさっそく前途多難だよなって、この旅路について少し滅入った気分になったのだった。




