六十五話 こそこそと情報収集ですよ
奴隷商のクトルットと知り合いになった翌日から、俺、エヴァレット、バークリステは彼女の店にお邪魔するようになった。ちなみに、子供たちは慈善活動だ。
俺は変装を解いていたし、エヴァレットはフードを目深に被っているので、前の暴漢だとは従業員と客たちには気付かれていない。
さて、先祖帰りで大変な人生を歩んできた、クトルットとバークリステは、同性かつ同年代ともあって出会った当初から意気投合だった。
それは、お互いにお互いの羨ましい部分を、持っていたかららしい。
「クトルットさんは、よきご両親の元でお育ちになられたのですね。そしてこんなにも大きな店を任せてもらえるなんて、羨ましいです」
「ありがとうございます。けど、バークリステさんは、同じ境遇の子たちと過ごしてきたんですよね。実は私、弟や妹を持つのが、小さい頃の夢だったんですよ」
こんな風に、色々なことを言い合い、すっかりと二人は友人関係になってしまった。
では、俺とエヴァレットはなにをしているのかというと、この店にもたらされる奴隷情報に目を通しさせてもらっていた。
大抵は、こんな奴隷がいますよっていう、奴隷商間のお知らせだ。
けど中には、真偽不確かな噂が書き込まれていることもある。
例を出すと、どこそこの森でこんな悪しき者を見たとか、そこここの町中では浮浪児が多く見受けられるとかだ。
真偽不確かなのは、その情報元の奴隷商が、手を出すのは危険だと判断したから。そしてこうして情報を載せるのは、他の奴隷商なら危険と儲けの釣り合いが取れる人がいるかもと期待して。だそうだ。
そんな情報を連日見せてもらっているのは、俺がこの世界の大まかな世情を掴もうとしているためだ。
いまのこの世界は、聖大神ジャルフ・イナ・ギゼティスの教徒たちが、幅を利かせている世の中だ。
そんな巨大かつ強大な勢力であるがゆえに、様々な歪みが見受けられる。
たとえば、人間同士の子供に、先祖帰りで異なる特徴を持つ子が生まれた場合だ。
バークリステが連れてきた子の、多腕種のアーラィのように、多くある腕を切り落とすなんてのは、生易しかたったんだと知った。
いま見ている紙にも、とある村で下半身が牛の赤ん坊――たぶんミノタウロスみたいなものが生まれ、秘密裏に殺して埋めたという噂が載っている。
こんな風に、聖大神ジャルフ・イナ・ギゼティスの聖教本に合わない子たちは、神官の目に触れる前に処理をしようと、すぐに殺されるみたいだった。しかも生んだ母親の手によって。
この話を見て、助けられなかった、なんて俺が心を痛めることはない。
バークリステのような、一見すると人間に見える人でさえ、加護を得られない人は教会に強制的に引き取られる世界だ。おかしいとは、思わない。
けど、自分が生んだ子を、当たり前のように傷つけたり殺したりすることに、少し身の毛がよだつ。
しかし、聖大神ジャルフ・イナ・ギゼティスの聖教本に従えば、そういう人間ではない子は、粛清対象にせざるを得ないのだろう。
もし匿ったりしようものなら、悪しき者に組した罪で、裁かれてしまうのだから。
こんな風に、聖大神ジャルフ・イナ・ギゼティスの教徒の価値観から外れた人は、この世界の町中では生きていられないらしい。
かといって、その他の普通の人たちが、全て平穏であるかといえば、違うらしい。
国はいくつもあるのに、どの国も聖大神ジャルフ・イナ・ギゼティスの一柱だけを何百年も崇めてきたので、元の世界にあったような宗教対立による戦争は起こらない。
食料を求めて土地を奪う戦争は起こるが、聖大神ジャルフ・イナ・ギゼティスの教徒が仲立ちになり、そうそうに治めてしまう。
そんな風に平和すぎて、大きな街には働き口がない貧困層が、溢れているそうだ。
定期的かつ強制的に貧困の人たちを集め、開拓地に送り出しているそうだ。
けど、魔物による襲撃や、開墾の辛さに逃げ出して、のたれ死ぬか盗賊化することが多いみたいだ。
そんな人たちを奴隷にしたらどうかなと、逃げた人たちが出た土地の情報がいくつもきている。
貧困に喘ぐ人たちがいる一方で、富の集中はこの世界にも起こっているようだ。
奴隷落ちした白肌のエルフを、金貨百枚からという値段で、競りを行うという情報がある。
これ似たような、高級奴隷のお知らせは、本当に掃いて捨てるほどあるのだ。
誰が買うんだこれって、クトルットに尋ねると、バークリステの歓談を中止して答えてくれた。
「それは、王侯貴族用ですね。大昔は功績に対して土地で報いていたようですが、その方法はいまでは無理です。なので代わりに、長命で美の期間が長いエルフを、生きた財宝として下賜することが多いみたいですね。生んで増やせば、そのエルフの子も金貨何十枚で取り引きされますから、金のなる動く木だと言う人もいます」
「教会のお偉方にも、愛好者はいますよ。前任者の仕事上の財産だからと、後任者が受け取る事案もあるそうです」
クトルットの話に、バークリステからの追加情報が来た。
ちらっと、エルフと似た存在であるエヴァレットに顔を向けると、複雑そうな表情でポツリと感想を呟いてくれた。
「……神の大戦で裏切って善の神に組した結果が財宝扱いとは、白いエルフの祖先は浮かばれないでしょうね」
それは、可哀想と言う感じでありながらも、馬鹿なやつだと言いたげな口調だった。
けど、たしかに善なる存在であると聖教本で定義されているのに、エルフは悪しき者と大差のない扱いを人からされているようだ。
この状況を受け入れているのか、それとも疎んでいるのかによって、俺はエルフを自由神に勧誘するかどうかを考えないとな。
まあ、でもそれは、かなり先の話だろうから、一先ず棚上げしておくことにしよう。
エルフ関連で、獣人の奴隷というのも、数多くいるみたいだ。
体の大きな種族は戦闘用や剣奴として扱われ、小さな種族はペット扱いみたいだ。
「この大きい小さいって、どの程度のさがあるのですか?」
そうクトルットに尋ねると、俺の体を上から下まで見始めた。
「そうですねえ。邪神官さまの背の、半分もないのが最も小さな種族で、倍近くあるのが最も大きな種族ですね。けれど種類が多岐に渡るのが獣人の特長なので、もしかしたらより大きかったり小さかったりする個体もいなくはないと思いますよ」
なるほどためになると思いつつ、さらに情報を精査していくことにした。




